「夢か……」
 ジェノブレイカーの後部座席、元々単座のジェノブレイカーに無理矢理積んだシート、そこで目を覚ますと、リーゼはポツリとそうつぶやいた。
「誕生日……」
 夢の中で見た過去の風景を思い浮かべる。
(結局分からずじまいなんだよな。……なんでこんな夢見るんだよ。思い出しちゃったじゃないか)
「起きたか?」
 そのリーゼに、前のシートに座るレイヴンが声をかけた。
 レイヴンの操縦するジェノブレイカーは、近くの街に向かう途中、砂漠の上を飛んでいた。
「…………」
 ふと、リーゼはそれに気がついた。
(レイヴンの誕生日っていつなんだろう?)
 リーゼはレイヴンの誕生日を知らない。
 そして、それをレイヴンに聞こうと口を開いた瞬間、
「スリーパーゾイドだ」
 レイヴンが前方にそれを見つけた。
「え?」
 と、出かかった言葉を引っ込めて、リーゼがひょいと前方を覗く。少し先に遺跡が小さく見え、その周りにスリーパーゾイドと見られるガイザックが、数体姿を現していた。
「レイヴン。あのガイザックやっつけよう」
 突然リーゼが言った。
「何?」
 レイヴンはそれに怪訝な顔をする。
「スリーパーゾイドが姿を現してるってことは、誰かが襲われてるってことだぜ?」
「それは分かるが……」
 助けること自体は嫌ではないが、リーゼが率先してそれをしようとすることがレイヴンは意外だったし、多少気持ち悪くもあった。
(リーゼのやつ、いつからそんな善人なったんだ?)
 思わずレイヴンはそんなことを思うが、それに答えるかのようにリーゼはこう続けた。
「助けた礼をいただくのさ」
「なるほど」
 レイヴンは微笑した。
(やっぱりリーゼだ)
 その小悪魔的な発想に安心する。
「行くぞ」
 レイヴンはジェノブレイカーを急加速させると、ガイザックに向かった。側を飛ぶシャドーとスペキュラーも後に続く。
 あっという間に遺跡に到達すると、レイヴンは状況を確認する。
 襲われているのは一台のジープ。ガイザックの群れの中を右往左往と逃げ回っていた。乗っているのは運転している人物一人だけのようだ。
 ガイザックは20体ほど。だが、レイヴンとジェノブレイカーには何の問題もない数だ。
 レイヴンの正確で的確な攻撃は確実にガイザックにヒットし、そのすべてを一撃でフリーズさせていった。

 襲われていたジープは遺跡の側に止まり、乗っていた人物も安心したのか、ジープを降りるとトントンと腰を叩きため息をついていた。
 レイヴンはそのジープの側にジェノブレイカーを着陸させると、コックピットから出て地上に降りる。リーゼも後に続いた。
 二人が『礼』を受け取るために襲われていた人物に近寄ろうとすると、向こうから近づいてきて二人に話しかけてきた。
「ひょひょひょ。助かったぞい、レイヴン」
「お前は!」
 いきなり自分の名前を呼んだその人物を見て、レイヴンは驚く。
「あー!」
 レイヴンの後ろでリーゼも声を上げた。
「久しぶりじゃの。元気にしとったか?」
 禿げ上がった頭。それでいて後頭部から伸びる長い髪。快活な老人。天才科学者ドクター・ディだった。
「どうしてこんなところにいるんだ? まさか、罠か!?」
 と、レイヴンは反射的にあたりを見回す。
 リーゼもそれに習ってキョロキョロと首を動かすが、
「ひょーひょひょひょ」
 面白そうに笑うドクター・ディの声に、またすぐに向き直った。
「何が可笑しいのさ?」
「誰もおりゃせんて。わし一人じゃ」
「本当か? バン達がどこかに隠れているんじゃないだろうな?」
 レイヴンがまだ周りに神経を配りながら、眉をひそめる。
 レイヴンとリーゼはお尋ね者だ。たとえデスザウラーを倒すのに協力したとしても、それ以前の罪が消えた訳ではない。ガーディアンフォースに見つかれば捕まってしまう身分。慎重にならない方がおかしかった。
「わし一人じゃ」
 それにドクター・ディはまた同じセリフを言った。
「じゃあ、なぜ俺だと分かったんだ?」
 今度は話しかけられた時の様子から、レイヴンが聞く。
「あのゾイドはジェノブレイカーではないのか? あの魔獣を操るのはレイヴンしかおるまい」
 当たり前じゃ、とドクター・ディ。
「なぜこんなところに一人でいる?」
 元共和国軍の天才と言われた科学者、言わばVIPが単独で行動するというのは確かに怪訝に思える。
「この遺跡を調べるために決まっておろう。それに、わしはもう軍は退役したんじゃ。誰もつれて歩くような人間はおらん」
「でも、こんなスリーパーがたくさんいるところに一人でいるなんておかしいじゃないかぁ」
「何がおかしいものか。どの遺跡にスリーパーゾイドが配置されておるかなどわしが知る訳なかろう。配置されておるかどうか分からんのじゃから来てみるしかあるまい」
 二人の質問攻めにディはだんだんとうんざりした様子になる。
「もういいじゃろう? 助けてもらった礼は言った。わしは行くぞい」
 と、ディは背を向けてしまった。
「待ちなよ」
 それにリーゼが声をかける。本来の目的である『礼』をまだもらっていない。
「言葉だけじゃ足りないね」
「何のことじゃ?」
 ドクター・ディが振り返る。
「命を助けてやったんだぜ? それなりのものを用意してもらわなくちゃ」
「金ならないぞ」
 あっさりと答えた。
「さっきも言ったろう? わしはもう軍を退役しておるでの。どこからも給料などもらっとらん。年金で細々と暮らす毎日じゃて。ひょーひょひょひょ」
 楽しそうに笑う。
「でも、あんたほどの科学者なら今までの発明でたんまり儲けてるんじゃないのかい?」
 それでもリーゼは食いかかるが、
「そんなもの、とっくに研究費で飛んでいってしまったわい」
 やはりあっさりと返されてしまった。
「ホントに?」
「ホントじゃとも」
「嘘だよね?」
「わしは嘘はつかん」
「…………」
「…………」
「……行こう、レイヴン」
 礼がもらえないと分かると、リーゼはガックリと肩を落とす。
「あ、ああ」
 二人のやり取りを黙って聞いていたレイヴンも、拍子抜けした様子でそれだけ言って返した。
「待て。もし遺跡の調査に付き合うのなら礼ができるやもしれん」



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