花火の件の誤解も解けて、シーの胸のモヤモヤは完全になくなった。 思えば、全て自分の勘違いだったのだ。 とはいえ、大神が勘違いされるようなことばかりしているものいけないのだが。 その大神はツールボックスを格納庫に届けに行き、シーはもうすぐ出番のため舞台裏に急いでいる。 昨日とは違って、今日はすっきりとした気分で舞台に立てそうだった。 「良かったぁ。メルと大神さん何でもなかったんだぁ」 思わず、小声でそんなことを言ってしまうほどシーは嬉しかった。 シーは、大神がメルと付き合っていなかったことが嬉しかった。 いや、メルが大神と付き合っていなかったことが嬉しかった。 ソルボンヌで知り合って以来、大の親友になったメル。 同じアパートで暮らし、シャノワールでも一緒。メルの顔を見ない日などはない。 今のシーには、メルなしの生活なんて考えられなかった。 大好きなメル。 その想いは、メルを抱きしめた大神にヤキモチを焼いてしまうほど。 勿論、男女の愛とは違っていたし、ましてや同性愛などとも違う。 言うなれば、女子学生が先輩にラブレターを書くそれに近い、少女特有のピュアな感情だった。 そう言う意味では、紛れもなくシーはメルのことが好きだった。 「ショコラケーキも上手く焼けたし、今日のあたしはついてるかもぉ!」 帝都花組の歓迎会のために、シーが焼いたショコラケーキは最高の出来だった。 思えば、メルと大神も付き合っていなかったし、花束も半額で買うことが出来たし(金を払ったのは大神だが)、確かに今日のシーはラッキーかもしれない。 「よう。誰がついてるって?」 そのシーに話しかける声があった。 「ロベリアさん! へへへ、あたしですよぉ。あたし、今日はちょっとついてるみたいなんですよねっ!」 声の主を見つけると、シーが笑顔でそう返した。 「へ〜、そりゃ良かった。そんな日はカジノにでも行ってみるといいぜ」 シーの笑顔にロベリアもニヤリと笑う。 「カジノですか〜? あたし一度も行ったことないんですよね。一度行ってみたいんですけどぉ……」 と、シーが上目使いにロベリアの顔を見る。 「なら、今日行ってきなよ。アタシも今日稼ぎに行こうと思ってたんだけどね……」 言いながら、無造作にたたまれたそれをポケットから取り出すと、シーに差し出した。 「郊外にあるカジノのチラシだよ。地図も載ってるから、それがあれば一人でも行けるだろ?」 シーがそれを広げると、言われた通り巴里郊外にあるカジノのチラシだった。 隅の方に地図も載っており、タクシーを使えばさほど時間もかからない場所にあるようだった。 「わお! ……でも、ロベリアさんは行かないんですかぁ?」 それにシーが喜びの声を上げると、続いてロベリアにそう訊ねる。 いくら行動力のあるシーでも、一人で行くには少々カジノは刺激的で危険な場所に思えた。 「ああ。アタシは今日はもう、たんまり儲けさせてもらったんでね」 そのシーに、またロベリアがニヤリとする。 「えー、一人でカジノに行ってきたんですかぁ? ロベリアさん、ずる〜い!」 それを聞くと、シーが頬を膨らませた。 「へ、違うよ。カジノより簡単に儲けさせてくれるヤツが、日本から来てくれたんでね」 と、ご機嫌なロベリア。 「えー? トーキョーの花組さんのことですかぁ? ロベリアさん、何したんですぅ?」 ロベリアの言葉に、シーは興味津々だ。 「さてね。ま、お互い幸せってことさ」 それをロベリアがさらっとかわすと、 「さ、アタシはこれから昼間の憂さ晴らしもかねて、バーに行くことにするよ」 続いて、そう言った。 「憂さ晴らし?」 それにもまたシーが首を傾げる。 「それより、そろそろ出番なんじゃないのかい?」 だが、ロベリアはシーの格好を見ると、逆にそう訊いた。 「ああっ、そうでしたっ! それじゃ、あたし行きますね! ロベリアさん、ありがとうございますぅ!!」 すっかり話し込んで時間を忘れてしまったが、もうそろそろレビューが始まる時間だ。シーは慌てて、舞台裏に走り出した。 「シー」 その背中にロベリアが声をかける。 「もし店が終わってからカジノに行くんなら、隊長でも連れて行くんだね。華やかに見えてカジノってのは怖い連中もいるからさ。あんなヤツでも何かの役には立つだろうさ」 「はーいっ!」 シーは走りながらロベリアに振り向き、手を振りながら元気良くそう返事をした。 「全く元気なお嬢さんだね」 ロベリアはそう言ってシーを見送ると、自分もその場から歩き出した。 エレベーターホールにさしかかると、その床に置いたはずの物がなくなっていることに気がつく。 「ははん、誰か気がついたね」 その場所にあったツールボックスのことだ。 今日、昼間にロベリアは警察署の襲撃を計画していた。 以前、逮捕された時に大切な物を押収され、それを取り返すためなのだが、運が良いのか悪いのか大神にその計画がばれ、寸でのところで大神に取り押さえられてしまった。 その時に使用しようと思っていた火器の手入れに、ジャンの工具を拝借したのである。 バズーカの手入れに使うなどとは言える訳がなく、お得意の無断拝借を決め込んだ訳だ。 朝までかかって手入れを終えると、返しに行くのも面倒なので、そのまま出かけるついでに持って出て、エレベーターホールに置いておいた。 エレベーターなら整備班の連中も利用するし、誰かが気がついて戻しておくだろうと思ったのである。 思った通り大神が気がついて返しに行ったのだが、その前にその大神をつまづかせ、ましてやシーに抱きつかせる原因になったとは、流石のロベリアも知りはしなかった。 「しかし、あの隊長さんもおせっかいな野郎だよ。……今度はどんな作戦で行くかねぇ」 昼間の出来事を思い出し、ロベリアは次なる計画を考える。 「待てよ。そのおせっかいを利用するってのはどうだ? アタシがまずサフィールの格好で……」 次なる計画を思いついたのか、ブツブツと呟きながらロベリアはその場を後にした。 |