ところが、その日の午後からは遠方からの来客により、シャノワールは少々慌しくなった。
 トーキョーから帝都花組の三人がやってきたのだ。
 例の投げ文は帝都花組の仕業だと分かり問題は解決したのだが(本当は加山の仕業だが)、歓迎会やら喧嘩騒動やらで、またも大神はやっかいな問題を抱えることになった。
 バタバタと走り回る大神を捕まえてあれこれ訊く時間など作れそうになかったし、シー自身も歓迎会のお菓子作りなどで忙しく、憂鬱になっている暇もなかった。
 そんな忙しさの中でも、夜になればいつも通りシャノワールは営業を開始する。
 シーは売店を一時閉めると、メイド服を司会服に着替え舞台裏に向かっていた。
 そして、舞台裏に到着すると大神の姿を見つけた。
「あ!」
 その大神を見て、シーはまた昨日と同じように咄嗟に物影に隠れていた。
 シーの視線の先。そこには大神と花火の姿があり、こともあろうか大神が花火の指先に口づけをしているのだ。
 大神さんたら、何してるのよぉ!
 シーはその大神の姿に思わず声を上げそうになる。
 つい昨日にはメルを抱きしめていたというのに、今日は花火に、指とはいえ口づけをするなんて無節操にも程がある。
 流石のシーもこれには瞬間的に頭に血が上った。
 メルと付き合っているのなら尚更、付き合っていないにしてもメルと抱き合っておいて、今度は花火だなどと許せるものではない。
 大神が口を離すと、ぽっと赤くなっている花火とニ、三会話をする姿が見えた。
 少し戸惑ったような慌てた風でもあったが、花火の姿はどこか楽しげに見えた。
 もう、大神さんたら女心をもてあそんで!!
 シーは物影で、怒りの炎をメラメラも燃え上がらせる。
 そして、大神が花火と別れ、舞台裏から廊下に姿を見せたところで、女の敵を捕まえた。
「大神さんっ!」
 すごい剣幕でシーが大神の腕を捕まえると、大神がわっと声を上げて驚いた。
「わぁ! シーくん、一体どうしたんたい?」
 驚きながらも何事かと大神がそのシーに尋ねた。
「どうしたですって? それはこっちのセリフですよぅ!」
 プリプリ怒っているシーに、大神は訳が分からない。
「大神さんってそういう人だったんですね!」
 一体何のことなのか、大神にはさっぱりだ。
「シーくん、何を怒っているんだい? 俺が何か気に触ることをしたのなら謝るよ」
 ホトホト困った顔になりながら、シーに怒っている訳を訊ねる。
「もう! しらばっくれる気ですか? あたし見てたんですよ! 今、花火さんの指にキスしてたじゃないですかぁ!?」
 怒りに任せて、シーが捲くし立てる。
 こんな男のために自分が悩んでいたのかと思うと、自分自身にも腹が立ってきた。
「え、あ、いや……。あれは、その……」
 シーの言葉に大神も説明しようとするのだが、シーのすごい剣幕にしどろもどろになる。
 ただでさえ、昼間はグリシーヌとすみれ、コクリコとアイリスの喧嘩に巻き込まれてヘトヘトだというのに、今度は自分が怒られては流石の大神も参ってしまう。
「それに、昨日はメルと抱き合ってたじゃない! あたし見てたんだからぁ! もう、大神さん最低ぇ!! メルにひどいことしないでっ!!」
「シ、シーくん落ち着いて」
 だが、感極まったシーは取り乱し、その場から駆け出してしまった。
「シーくん!」
 慌てて大神がシーの後を追う。
 半ベソのシーが前も見ずに走る。
 だが女の子の足だ。エレベーターホールまで来たところで、すぐに大神が追いついた。
「シーくん!」
 シーを捕まえようと大神が手を伸ばす。
 と、その時だった。
 ガツン。
 そんな音が大神の足元から聞こえた。何かにつまずいたのだ。
「あ、と、と、と、と……」
 と、拍子に大神がバランスを崩して前のめりになる。
 ギュッ!
「きゃあ!」
 大神の手に柔らかい感触が伝わっくると同時に、シーの悲鳴が聞こえた。
 何かにつまずいて危なく転びそうになったが、目の前にいたシーのおかげで持ちこたえた。
 とは言え、状況はあまりいいとは言えなかった。
 つまずいた大神がシーに抱きつく形になり、今、大神の腕の中にはシーの柔らかい体がすっぽりと収まっている。
「今日は俺がつまづく番か……」
 シーを抱きしめたままに大神がそんなことを呟く。
「え?」
 と、シーが声を上げると、
「昨日はメルくんがつまづいてね。その、俺が抱きとめたんだ……」
 苦笑いで大神はそう言った。
 大神の話によれば、舞台で使う小道具が見つからないとメルが道具室でそれを探しており、出番が近かったこともあり大神も一緒になって探していたらしい。
 道具室には色々な道具が置いてあり、中には誰かが床に落とし、そのまま転がってる物もあったりする。
 それに、たまたまメルがつまづいてしまい、転びそうになったところを大神が抱きとめたのだそうだ。
 つまり、丁度その場面をシーは見てしまったということらしかった。
 漫画などでは良くあるシーンだが、そんなことが現実にあると思うはずもなく、シーは誤解してしまったという訳だ。
 と、そこまで聞いてシーは我に返った。
「大神さんっ! いつまで抱きついてるんですかっ!!」
「あ! ご、ごめん!」
 慌てて大神がシーから離れる。
「もう、ホントにつまづいたんですかぁ? 何だかあやしくなっちゃうなぁ」
「え、いや、ホントだよ……。何につまづいたんだろう……?」
 本当につまづいたことを証明するために、大神がキョロキョロと足元を見回してみる。
「あ、これだ」
 と、床にポツンとツールボックスが置かれていた。
「何でこんなところに?」
 言いながらひょいと持ち上げて、大神がそれをマジマジと見る。
「あ」
 シーもそれを大神の横から覗き込み、その文字を発見した。
 ご丁寧にと言うか、余程愛着があるのか、ツールボックスにはジャン・レオとサインが書かれていた。
「ジャン班長のだ」
「あ、ツールさん!」
 今朝、ジャンが売店まで来て見当たらないと言っていたツールボックスだった。
「ジャン班長がずっと探していたんですぅ」
 今朝のことを思い出し、シーが大神に言う。
「そうなんだ。じゃあ、俺格納庫に届けてくるよ。シーくんの誤解も解けたみたいだしね」
 そして、そう言って微笑むと、大神はツールボックスを持って、エレベーターの前まで歩いていった。
「ちょっと待って下さい! まだ花火さんのことは聞いてないですよぅ!!」
 その大神にシーがまた、そう声をかけた。
 それに大神が立ち止まり振り返ると、さえない顔に少し引きつった笑みを浮かべた。



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