シーがドキドキしながら花屋の前で大神が来るのを待っていると、何も知らずに大神がその姿を現した。 「あ、大神さん! やっぱり来てくれたんですねぇ!!」 大神の姿を見つけると、シーが嬉しそうに声をかける。 いよいよ、二人の関係を訊き出す時が来たのだ。 「あぁ、気になるからね。それで、俺になにか用事があったのかい?」 何も知らない大神は、シーが何を内緒にしているのか興味津々だ。 「ナイショの話ですから、ちょっとこっちに来てくれますか?」 その内緒話を花屋の前でする訳には行かず、シーは大神を引っ張ってすぐ横の墓地へと移動した。 墓地に着くと、大神は何が始まるのかと楽しみにしている風に、笑顔を見せシーの言葉を待つ。 もう、大神さんたらそんなに楽しそうな顔してぇ。 ふと、その大神の顔を見て、シーはそんなことを思った。 自分がこんなに悩んでいるのに、当の大神はニコニコ、ヘラヘラといつも通りに笑い顔を見せている。 確かに凱旋門事件や投げ文の件で大変なのは分かっているのだが、その大変さを微塵も感じさせない大神の表情を見ていると、ちょっと悔しくなってくる。 大神の抱えている問題に比べたら、自分が悩んでいることなど小さなことに思えてしまうからだ。 加えて、その悩みの原因が目の前の大神なのだから、悔しさも倍増だった。 二人の関係は知りたいが、それを知る前にシーは、大神にちょっとした意地悪をしてやりたくなってきた。 言ってみれば、仕返しのようなものだろうか? 「あのお花屋さん、今日は『愛の花の日』で、カップルには半額なんですぅ。だから……カップルのフリをしてもらえますかぁ?」 シーの頭に、咄嗟に『愛の花の日』のことが頭に浮かんだ。 「シ、シーくん……。それは……よくないんじゃないのか?」 流石に曲がったことが嫌いな大神だ。素直に首を縦には振らなかった。 「心配いらないですよぅ。経費削減だと思えば、お店のためにもなるんですし。とりあえず、大神さんは『その通りさ、ハニー』ってだけ答えてくれればいいんですからぁ。それじゃ、行きますよぅ。よろしくお願いしますねぇ」 だが、シーも負けてはいなかった。早口で捲くし立て大神が首を横に振る暇も与えず、強引に言いたいことだけ言うとその腕を取り、無理矢理花屋の前に連れてきてしまった。 「いらっしゃいませぇ! あら、シーさんと大神さん、カップルだったんですか?」 二人が花屋の前に腕を組んで現れると、花屋の看板娘コレットが声をかけてきた。 この花屋にはシャノワールも店に飾る花を注文しており、シーも大神もコレットとは顔なじみなのだ。 「そうなのぉ! 大神さん、あたしにお花をプレゼントしてくれるんですぅ」 これまたシーは、大神が否定する間も与えず、間髪入れずにコレットに返事をする。 「あ。ああ……。その通りさハニー」 こうなっては、大神もシーの言う通り、経費削減のためと自分を納得させるしかない。シーに言われた通りに、教わったセリフを口にした。 だが、いかんせんモギリ大神。帝劇やシャノワールで一流の舞台を観ているにもかかわらず、その演技力は、 「…………? なんか、セリフみたいですね。本当にカップルですか?」 思わず、コレットにそう言われてしまうレベルだ。 「ホ、ホントですよぅ!! そうですよね?」 「その通りさ、ハニー」 これにはシーもドキッとして、慌てて取り繕う。 大神はもう、「その通りさ、ハニー」以外の言葉が出てこないようだった。 「……あやしいなぁ。まぁ、いいですけど」 ずいぶんとあやしいカップルだが、常連のシーと大神だ。嘘だとしても大目に見ようと、コレットは思ったのだろう、二人に半額で花を売ることを承知したようだ。 「それじゃ、そこにあるお花で花束を二つお願いします」 コレットの言葉に、シーもとりあえずホッとして、花を注文する。 「え〜と……合計で200フラン、カップルですから、半額の100フランです」 そして、コレットが花束を手際良く用意する。 「それじゃ、大神さん、あたしにプレゼントしてくれるんですよね」 その花束を受け取ると、シーが大神ににこやかな顔を見せた。 「え……? そ……その通りさ、ハニー。じゃ、これで」 カップルのフリをしているし、話の流れから大神がお金を払わなければ不自然だ。 大神はここで、シーにしてやられたと気がついた。 「はい、たしかに100フラン。ありがとうございます」 コレットがその100フランを受け取り、大神の財布はすっからかんになった。 「それじゃ、大神さん。あたしは先にお店に帰ってますからね」 シーはにこやか、晴れやかに大神に手を振ると、花束を二つ両手に抱え、花屋を後にした。 「1フランも払わずに花束を手に入れるとは……。……すごい経費削減だな」 一人残された大神が、思わずそう呟いていた。 いたずらが成功してちょっぴり気の晴れたシーだったが、結局二人の関係は訊けずじまい。 ま、いっか。また次の機会にがんばろう。 それでもシーはそう思うと、それまでは胸のモヤモヤと付き合う覚悟を決めた。 |