折りしも、巴里華撃団は結成以来最大のピンチを迎えていた。 先日凱旋門に出現した新たな怪人との戦いで、巴里華撃団は壊滅状態。光武Fは大破。 大神はその責任を感じて、シー曰く「いつにも増してさえない顔」になっていた。 それでもシャノワールの日常はいつも通りで、通常業務をこなしながらも大神は対策を講じなければならなかった。 メルがその心の支えになっているのだろうかと、シーは思ったりもしたのだが、考えて答えが出るはずはなかった。 そこへ、当の大神が売店に姿を現した。 シーの気持ちなど知らず、大神がさえないながらも笑顔を見せた。 突然の大神の来訪にシーは内心ドキッとするが、先ほどの秘書室と同じで、表情には微塵も出さない。 売店やステージなど、客の前に立つことの多いシーは、その感情を咄嗟に隠す術を自然に身につけているようだ。 普段、気心の知れた相手には面白いようにコロコロと表情を変えるのだが、反面表情を作ることも知っていた。 でも、いつまでもこんなモヤモヤしてるのいやだよぅ……。 シーは心の中で眉をひそめると、やはり心の中でそう呟く。 もう、こうなったら本人に直接聞いちゃうんだからっ! 元々はっきりした性格のシーだ。いつまでも、モヤモヤした自分に堪えられなくなった。 「大神さんじゃないですかぁ! いいところに来てくれましたぁ!!」 「い、いきなりどうしたんだい?」 「あのぅ、大神さん、あとで、お花屋さんに行きますよねぇ」 それでも、今この場で訊くには心の準備が出来ていなかったし、誰がやってくるかも分からない。外で二人きりになる作戦だ。 「へ? 花屋? 別に行く予定はないけど……」 シーの突然の言葉に大神が何事かと訊き返す。 「行きますよね!」 シーの笑顔が急にキリッとした表情に変わる。ここで断られては作戦は台無し。シーは少々強めに出た。 「え……あの……」 と、訳の分からない大神だが、人に頼まれると嫌と言えない性格だ。 「わかった、行くよ。あとで、花屋に行けばいいんだね」 そう答えていた。 「ホントですねぇ!! よし! これで勝ったも同然ですぅ」 大神の答えに思わずシーがそんなことを言う。 呼び出しに成功し、後は訊き出すだけだと思うと、つい口がすべったのだ。 「勝ったも同然? どういうことなんだい?」 それには大神もシーに何か企みがあるのかと思い、素直に疑問を口にする。 「えーと……それは……ナイショなんでぇ、行ったらわかりますよぅ」 が、シドロモドロになりつつもシーにそう言われ、 「シーくんがそう言うなら、まぁ、いいけど……」 大神も、まあ、後で分かるならばいいかと、納得した。 「あ、そうそう! 大神さん、ブロマイドを買いに来たんじゃないんですか?」 大神が納得すると、とりあえずこの話題から離れたいシーは、ちょっと強引に話をそらした。 「え? まぁ、そうだけど……」 そればかりではないが、ついでにブロマイドを買おうとは思っていたので、大神はそう言う。 「ごめんなさぁい。今、ブロマイドの在庫を調べているんですぅ。もうすこししたら、調べ終わるので、またあとで来てもらえますか?」 そして、シーは用意していた言葉をすかさず大神に返した。 今は一人になって大神からどうやって昨日のことを訊き出すか、頭の中でシミュレーションしておきたいからだ。 「ああ、わかった。それじゃ、またあとで来るよ」 大神も素直にそれに頷くと売店を後にする。 「それじゃ、またあとで会いましょうねぇ!!」 その背中にそう声をかけると、シーは第一段階成功と思うのだった。 さて、花屋に行く前にもう一つやっておくことがある。そのためにメルに会わなくてはと、シーは売店を後にして秘書室に向かうのだが、秘書室に辿り着くやいなや大神が秘書室に入っていくのが目に入った。 「大神さん、秘書室に何の用なんだろう?」 シーは秘書室に向かう大神の背中を見ながら、またモヤモヤとした気分になってきた。 「大神さん、まさかまたメルに……」 何かに捕らわれたように、そんな考えしか今のシーには浮かばなくなっている。 そう思うと、シーは秘書室のドアに張り付き、いけないとは思いつつも聞き耳を立てるのだった。 秘書室から大神とメルの話し声が聞こえてくる。 「さっきの投げ文について、メルくんは心当たりないかな?」 どうやら先ほどの投げ文について話しているようだった。 先ほど、薔薇の花に謎の怪文書がくくられて、シャノワールに投げ込まれた。 大神はグラン・マに依頼されて、その犯人を探しているのだ。 「『光は東方より……巴里の街にサクラサク』サクラ……桜のことですよね。巴里の街路に、桜の木は、植えられていませんし……。すみません。お役にたてなくて……」 「いや、そんな……」 メルと大神のそんなやりとりが聞こえた。 「そう、そんなことない!! メルはみんなのお役に立っていますよぅ!」 そう言いながら、シーは秘書室に飛び込んだ。 「シ、シーくん……!?」 唐突に現れたシーに大神が驚きの声を上げる。逆にメルは驚いて声がない。 「その証拠に今から、あたしの役に立つんだもん!! そうだよね、メル?」 そんな二人には構わず、シーはマイペースで話を続ける。 「な、なんの話? どういうことなの?」 これにはメルも口を開き、突然のことに戸惑いながらも訊き返した。 「あたし、今からお花を買いに行くからぁ、お店番しててほしいんですぅ!」 立ち聞きした話の内容から色恋の話ではないと分かり、ましてや昨日のようなことでもないとホッとしたものの、 それでも二人きりにさせておくことにどこか抵抗を感じたシーは、二人の間に割って入りたかった。 元々作戦の第二段階として、花屋で大神と会っている間の店番をメルに頼むつもりでいたのだ。 ここでメルにそれを頼むために姿を見せれば、言わば一石二鳥だった。 「わたしが!? 売店の売り子!? そ、そんなのできないわよ。シーがいない間、売店を閉めればいいじゃない」 売り子の経験などないメルが驚いて、そして慌てて目を丸くする。 「もうかる時が、かせぎ時!! オーナーの許可はもらっちゃいましたぁ!」 勿論嘘だ。 売店から秘書室に来る短い間に、そんな許可をもらう時間などあるはずがない。 だが、この時間グラン・マがカフェでお茶を楽しんでいるのをシーは知っていたし、花屋では今日『愛の花の日』でカップルには半額で花を売っている。 例え嘘がばれたとしてもお店のためだと、言い訳には自信があった。 こういった、咄嗟の機転や判断力にはシーは優れていて、加えて行動力もあり、おまけに言い出したらきかない性格だということをメルは良く分かっていた。 「もう、シーったらぁ……。大神さんからもなんとか言ってくださいよ」 それでも大神にそう助けを求めるが、 「メルくん、シッカリとね。俺も応援するよ」 大神にまでそんなことを言われてしまった。 「お、大神さんまで、シーの肩を持つなんて……」 大神の返事が意外だったメルは、信頼度ダウンの効果音を出しながらしょぼくれてしまった。 「ほらほらぁ! ね、大神さんもこう言ってるんだしぃ!!」 逆にシーは信頼度アップの効果音を出し喜んでいる。 「……もう、わかったわよ。わたしが売り子をすれば、いいんでしょ」 元々人のいいメルだ。シーの頼みを断り切れず、ついには承諾した。 「わーい! ありがとー!! メル、だ〜いすき!! それじゃ、後でお願いねー!!」 シーは大喜びで礼を言うと、ついでに愛の告白までし、アッという間に秘書室から出て行ってしまった。 第二段階成功。 となれば、長居をしてボロを出すよりも、とっとと退散した方が利口だからだ。 「シーには負けるわ……。言い出したら、きかないんだから」 と、メルがやれやれという表情になる。 「では、大神さんは、投げ文の調査をお願いします。はぁ……わたしが売り子か……」 メルがシーの思惑を知るはずもなく、頭の中は売り子のことでいっぱいになった。 「メルくん……がんばってね。それじゃ、もう行くよ」 そんなメルを見て、シーの肩を持ってしまったし、ちょっぴり悪い気になりながら、大神も秘書室を後にした。 「花屋の前に売店を覗いてみるかな」 秘書室を出ると、大神はぽつりとそう呟いた。 |