不意に声を掛けられ、子供達はカンナの方に振り返った。
「誰?」そうカンナに聞く子もあれば、
「うん終わり」と素直に返事を返す子もあった。
「あっ!」当事者の1人、泣かした方の男の子がカンナを見るなりそう声を上げた。
「桐島カンナだ!」
「おおっ!嬉しいねぇ、あたいの事知ってるのかい?」カンナが自分の名前を呼んだ男の子に笑顔で言う。
「あ、う、うん・・・」少し照れたようにその男の子は返事をした。
「カンナ?」と泣いている子もそう呟き、カンナの顔を見上げる。
「ほらほら、おめぇもいつまでも泣いてるんじゃねぇよ。男の子だろ」カンナが泣いている子の頭を撫でる。
「ホントにカンナだぁ!・・・・・あたい、女の子だもん」と泣いている子がカンナが目の前にいる事を喜んだと同時に自分を男だと言った事に反論した。
「ええ!?本当かよ。そんな格好してるから分からなかったぜ。ごめんな」
 カンナはその子にそう謝ると、その子の格好をまじまじと見つめた。見れば上に空手の道着のような服、下は濃い青色のタイツをはいていた。髪の毛もどちらかというとさんばら髪で、まるでカンナをそのまま小さくしたような格好だ。ただカンナと違うのはさんばら髪を束ねるハチマキがない事ぐらいだろう。
「おめぇ、その格好・・・」カンナがやっとそれに気づき、その子にそう聞く。
「カナちゃんはカンナちゃんの大ファンなの」とその子の横にいた子供が変わりに答えた。
 その子の名前はカナというらしい。名前までカンナに似ている。
「へぇー、そうなのか。へへへ、うれしいねぇ」カンナは思わず照れ笑いをする。
「うん。でも・・・」カナが頷くと、目を伏せた。
「でもどうしたい?」不思議に思ってカンナが聞く。
「カンナのハチマキが・・・」
「ハチマキ?」
 言ってからカンナはさっきまで喧嘩が行われていた場所に目をやると、そこに破れている布切れが落ちているのに気がついた。良く見るとそれは太正12年の8月公演『西遊記』のときに売られたカンナグッズの‘ハチマキ’だった。
「これおめぇのかい?」カンナがその落ちている布切れを拾うとカナに見せて聞く。
「うん。ごめんねカンナ、こんなにしちゃって・・・・・」カナが申しわけなさそうな顔をする。
「いいってことよ。でもどうしてボロボロになったんだ?これが喧嘩の原因なのか?」カンナは言うとカナとカナと喧嘩をしていた男の子の顔を見た。
 男の子はカンナに見つめられるとすっと目をそらす。それでカンナはハチマキをぼろぼろにしたのがその子だと悟った。
 詳しく聞くとカナと喧嘩をしていた男の子もカンナの大ファンなのだそうだ。それでハチマキを持っているカナが持っていない男の子に自慢をし、それに腹を立てた男の子がハチマキを取り上げ、カナが取り戻そうともみ合っているうちにボロボロになってしまったらしい。
「そういう分けだったのか・・・」カンナは少し考えるとカナを見つめた。
「カナ。これからはどんなに自慢したい事があっても、わざと見せびらかして、羨ましがらせるような事はしちゃいけないぜ」
「うん。ごめんなさい」カナはまだ涙の残る瞳でカンナの目をしっかり見つめると、はっきりとそう頷いた。
 カンナはその返事に満足し、満面の笑みを浮かべる。
「よし!じゃあ、おめえにはこれをやろう」言うとカンナは自分の頭に巻いていたハチマキをほどきカナに渡す。
「だからもう泣くんじゃねぇぞ」頭を撫でる。
「わーーーい!カンナのハチマキだあぁーーー!!」カナはそれを受け取ると跳び上がって喜び、何度もお礼を言った。
「ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとう」その顔はもうすっかり笑顔で、さっきまで泣いていたとは思えないほどにはしゃいでいる。
「間違っても首にだけは巻くなよ。それだとサボテン女になっちまうからな」おどけてカンナが言う。
 それを聞いた子供達はドッと笑った。
 カンナとすみれの掛け合いは帝劇ファンなら知らない者はいない。カンナが舞台の上でもアドリブで、すみれのことをサボテン女だとか、ヘビ女だとか言っているのも有名な話だ。
 子供達の笑いの中、ふと見ると男の子は指をくわえてカナのハチマキを見ていた。
「おめぇ、名前は?」それを見てカンナが男の子に聞く。
「二郎」男の子が答えた。
“カナと二郎か。こいつはいいや”カンナはカナと二郎の2人に自分と大好きな人を重ねる。
「よーし、二郎。おめぇにはこれだ」カンナが言うと両腕のリストバンドを外し、男の子に差し出した。
「えっ、いいの!?」二郎が戸惑ったように聞く。カナを泣かした自分にカンナがこんな事をしてくれるとは夢にも思わなかったからだ。
「あーいいぜ。だけどいいか、2度と女の子を泣かすようなマネはしないって約束しろよ」
「うん!するする。します」二郎がブンブンと首を縦に振り答えた。
 カンナはそれを見ると、また満面の笑みを浮かべ、今度は二郎の頭を撫でた。
「いーなー、いーなー」他の子供達は口々にカナと二郎を羨ましがった。
「ごめんな、もう何にもあげる物は残ってねぇんだよ」カンナがそう言うと、
「ええーーーーー」子供達は一斉にそう声を上げた。
「分かった分かった。じゃあその代わり、今日は夕方までたぁっぷり一緒に遊ぼうぜ」
「わーーーい!!!」子供達は大はしゃぎだった。

 子供達とカンナはだるまさんがころんだをする事になった。最初のオニは二郎だ。
「だーるまさんがこーろんだ」二郎が言うと振り返る。
 ピタッ。みんな一斉に動きをとめる。
「だーるまさんがこーろんだ」
 ピタッ。また一斉に動きを止める。
「だーるまさんんがこーろんだ」
 ピタッ。
「くっ、くっくっくっくっく。あっはっはっはっはっは」不意に子供達が大笑いを始めた。
 みんなの視線の先にカンナがいる。
 唯一カンナの後ろに位置していたためカンナの顔が見えなかったカナが、何事かと思ってカンナの前に回りこんだ。
 見るとカンナはまるでひょっとこのように口を突き出して、その場でジッとしていた。
 そう、カンナはさっきから二郎が振り返るたびに、あかんベをして見せたり、目をよせてみたり、思いつくかぎりのおかしな顔をして見せていたのだ。
 最初は我慢していた子供達も、ついにおかしさが堪えきれずに笑ってしまったのだ。
 その日はカンナの圧勝でだるまさんがころんだは終わった。

 日も落ちてきて、そろそろ子供達は帰る時間となった。みんな集まって名残惜しそうにカンナにさよならを言っていると、
「あっ!」不意にカナがそう声を上げた。
「どうした、カナ?」カンナが聞くと、
「今日カンナの誕生日!」目を丸くしてカナが答えた。
「あれっ、そうだっけか?今日何日だ?」とそれを聞いてカンナ。
「なのかー」
「9月7日ー」
 子供達は口々に答える。
「あーそうか!今日はあたいの誕生日だったのか!」カンナが本当に驚いたように言う。
「カンナ忘れてたのぉ?」カナが口を開いた。
「へへへ。どうやらそうらしいや」それにカンナが照れながら答える。
 実際最近は、黒鬼会との戦いも終わり、芝居芝居の毎日で、戦っている時とは違うがそれなりに多忙な日々を送っていた。そのせいかカンナも自分の誕生日を忘れてしまっていたのだ。
「ハッピバースデートゥーユー・・・」いきなり子供達の1人が歌い始めた。
「ハッピバースデートゥーユー」続いて他の子供達もそれに合わせて歌い始める。
「ハッピバースデー、ディア、カンナー。ハッピバースデートゥーユー」
「わーい、おめでとう、おめでとう」歌い終わると今度はおめでとうの大洪水になった。
「へへへ、ありがとよ」その洪水にみまわれ、カンナが得意の照れ笑いを見せる。
 不意に嬉しさのあまり、カンナの目からも洪水が溢れそうになったが、なんとかそれを堪えた。
 それから子供達1人1人と握手をすると、カンナは大きく手を振り、子供達にさよならを言って花やしきに向けて駆け出していった。



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