「まったく、前が見えやしねぇ」ぶつくさと文句を言いながらカンナは帝劇までの道のりをてくてくと歩いていた。
 花やしき支部で受け取ったものは、高さ2メートル、幅50センチ位の長方形の箱で、花やしき支部の人間から渡された時に『くれぐれも傾けないように持っていって下さい』と言われていた。
 カンナにとってはさほど重たくもないのだが、傾けてはいけないと言われたので抱えて持つしかない。そのため目の前にその箱があり、箱の代わりに首を傾けないと前が見えない状態にあった。
「こりゃあ確かにあたいにしか運べねぇや」それでも責任感の強いカンナは、決してその箱を傾けることなく帝劇まで運んでいった。
 行きは20分で着いたが、帰りは流石に大きな荷物を持っているし、前も見にくいので走るわけもいかず、1時間以上掛かってしまった。
 帝劇に着く頃には、カンナのお腹の虫がぐうぐうと大合唱を始めている。いつも夕飯を食べる時刻はとっくに過ぎていたからだ。

「ひやー、遅くなっちまったぁ」帝劇の玄関に辿り着くと、カンナはその箱を降ろし大きく体を伸ばした。
「あっ、カンナさん」そこに聞きなれた声が聞こえた。さくらだ。
「おぉ、さくら」カンナが振り返るとさくらの横にもう1つ人影があるのに気づく。
「カンナはん、遅かったやないの。みんな待ちくたびれてるで」紅蘭だ。
「みんなが?」カンナが首をかしげる。
「そうや」責めるような口調ではあるがその顔には笑みが浮かんでいる。
「カンナさん。この箱は私と紅蘭とで運びますから、カンナさんは早く楽屋に行ってあげて下さい。みんなお待ち兼ねですよ」さくらもにっこりと微笑む。
「あ、あぁ・・・」分けが分からないがそう言われ、カンナはまっすぐ楽屋に向かった。

 楽屋のドアを開けると真っ先に飛び込んできたのは『カンナ、誕生日おめでとう!』の垂れ幕だった。
 楽屋の中には花組が勢ぞろいしている。その他にも米田、かえで、かすみ達3人娘もいた。
 テーブルにはおいしそうな料理や飲み物が並び、米田が大喜びしそうな一升瓶も置いてある。
 それらを見てカンナは、みんなが自分に内緒で誕生会の準備していたのだと気づく。米田のお使いも、準備を悟られないためのものだったのだ。
「遅いですわよっ!」すみれがカンナの顔を見ると開口一番そう叫んだ。
「な、なんだいなんだい。あたいは何も聞いちゃいないぜ!」カンナも負けずに叫ぶ。
「こらこら、よしなさい2人とも。せっかくのお祝いの席なんだから」喧嘩の仲裁役はいつもマリアだ。
「カンナ〜。はい、ここに座って」アイリスが座布団の1つを差し出した。
「あ、あぁ。ありがとよ、アイリス」カンナが素直にそれに応じる。
 カンナがそこに座るとすでに同じテーブルに着いていた織姫が声を掛ける。
「それにしても、遅かったですねー。何かあったんですかー?」
「いや、ちょっと子供達と遊んでたら遅くなっちまってよ」とまた照れ笑い。
「カンナさん。ホントに子供好きですねー」織姫がふふふと笑う。
「ただ、同じ次元なだけですわ」とすみれ。
「へへへ、そうかもな」それには否定せずそう言った。
「そういえば、ハチマキがないね」レニが微妙な違いに気づく。
「あたいのファンの子がいてよ。その子にやっちまった」
 カンナがテーブルの下に手を下ろしていたので、レニからは死角になっていて気づかなかったリストバンドも、あげてしまったと付け加えた。
「そうそう、カンナ。あなたに手紙がきているわよ」かえでが思い出したようにそう言うと手紙を取りだしカンナに渡す。
「誰から〜?」アイリスが興味深そうに聞いた。
 だが、差出人は楽屋にいる全員が想像できた。
「隊長からだ!」余程嬉しかったのか、カンナが大声を上げる。
「きゃはっ!やっぱりお兄ちゃんからだ〜」
「良かったですねー」織姫が言う。
 この春にフランス留学のために旅だった大神一郎中尉。帝国華撃団、花組の隊長であり、カンナの恋人でもある。
「読んで読んでー」アイリスがはしゃぐ。
「こら、アイリス。ひとの手紙を見たり聞いたりするのは良くない事よ」マリアがたしなめる。
「はーい」アイリスが素直に頷いた。
「ごめんな、アイリス」カンナは言うと再び手紙に目を落とした。
“隊長、後でゆっくり読ませてもらうからな”そして、手紙を懐にしまった。
「これけっこう重たいでぇ」
「本当ですね。カンナさんよく1人で運んできましたね」
 そこへさくらと紅蘭が先程の箱を運んできた。2人がかりでも重そうにしている。
「よいしょっ」さくらがかわいらしい掛け声を上げると、その箱がテーブルの上、カンナの目の前に置かれた。
「さぁ、カンナはん。開けてみてや」紅蘭が目を輝かせる。
「えっ?まさか爆発しないだろうなぁ」カンナがおそるおそるその箱に手を掛けた。
「いややなカンナはん。いいから、はよう開けてみい」
「えいっ!」掛け声と共にその箱の蓋をすっと上へ抜き取る。
「わあ!」楽屋にみんなの驚きの声が上がった。
「大きいですねぇー」椿が目を丸くする。
「それにとっても綺麗」とかすみ。
「どこのお店のなんですか?」由里だ。
「アンヂェラスや」紅蘭が由里の質問に答える。
 みんなの目の前に現れたのは特大のバースデーケーキだった。紅蘭が花やしきにいた頃からの常連の洋菓子屋アンヂェラス。そこに紅蘭が無理を言ってこの特大バースデーケーキを作ってくれるよう頼んだのだ。
「アンヂェラスの御主人驚いとったわ。2メートルのバースデーケーキなんて後にも先にもこれだけやろな」言うと紅蘭は、はははと笑った。
「すまねえな。主役にこんなもん運ばせちまってよ」米田が口を開く。
「準備もしなくちゃいけねぇし、気づかれてもまずい、ケーキは重くておめぇしか運べねえしでな。結局おめぇに運んでもらうのが一石二鳥だと思ってな」
「アンヂェラスの御主人も花やしきまでなら運べるけど、銀座までは無理だっておっしゃって」さくらが付け加えた。
「途中でカンナさんが中を見ないか、気が気じゃなかったでーす」
「カンナさんのことですから、中を覗いた時点で食べてしまいかねませんものねぇ」すみれだ。
「なんだとー」
「へへへ、始まったな。だがよカンナ、この誕生会の言い出しっぺはすみれなんだぜ」米田が昼間と同じ笑いを見せた。
「えっ」カンナが驚いてすみれを見る。  すみれはまた昼間と同じようにプイッとそっぽを向いた。
「ありがとよ、すみれ」カンナがそのすみれにそう声を掛ける。
「あら、なんだかそう素直にお礼を言われると気持ちが悪いですわね」
「へへへ」カンナが今日何度目だろう、また照れ笑いをする。
「おほほほほ」そうすみれも一緒になって笑った。
「ハッピーバースデーを歌おう」そう言ったのはレニだった。
 レニは去年、初めて誕生日のお祝いをみんなにしてもらい、そうしてもらう事がどんなに嬉しいかを知った。それから花組や帝劇の仲間の誕生日には、率先してハッピーバースデーを歌ったり、プレゼントを用意したりしている。
「わーい、わーい。歌おう、歌おう」アイリスがレニの意見に賛成する。
 他のみんなも‘そうね’と頷いた。
「ハッピーバースデェートゥーユー」そして今日2回目のハッピーバースデーが始まった。
「ハッピーバースデェートゥーユー」カンナの目頭が熱くなる。
「ハッピーバースデェー、ディア、カンナー。ハッピーバースデェートゥーユー」歌が終わると拍手、
「おめでとう、おめでとう」そして今日2回目のおめでとうの大洪水。
「ありがとよ。ありがとうよ、みんな」
 カンナの目からも再び洪水が溢れそうになる。それを押さえるために顔を上げた。
 すると特大のバースデーケーキがその目に飛び込んできた。自分の背丈ほどもあるそのケーキを見つめ、カンナは思った。
“米田さんよ、こいつは確かに大きくて重いよ。心にズシッときたぜ”と。

 その後、特大のバースデーケーキをカンナがぺろりと平らげた事は言うまでもない。



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