ぼくフント7 |
シャボン玉ホリデー |
ぼくフント。犬。
お芝居をする帝劇っていう所で飼われてるんだ。
ぼくがここに来て、もうすぐ二年になるんだよ。
昔は小さかったけど、ずいぶん大きくなったんだ。
もうかけっこでもレニさんに負けないよ。大神さんにだって勝っちゃうもん。
でも、大きくなっちゃったから、もうレニさんに抱っこしてもらえなくなっちゃった。う〜ん、残念。
あ、レニさんがこっちに来るよ。大神さんもいる。
二人はいつも一緒だなぁ。レニさんあるとこ大神さんありだね。
あれ? 大神さんが何か持ってる。おっきくてまん丸だ。
「フント、今日は良い天気だね」
「わん!」
レニさんにご挨拶。
「やあフント」
「わん!」
大神さんにもご挨拶。
「今日は体を洗おうね」
するとレニさんがそう言ったよ。
大神さんが持ってたのは、体を洗うタライだったんだ。えへへ、ぼくのお風呂だよ。
ぼく、初めてこのタライを見た時は、ぼくがおっきくなったからご飯の入れ物も大きくしてくれたのかと思っちゃったんだ。
「大恐竜島で使ったタライがこんなところで役に立つとは思わなかったよ」
大神さんもそんなことを言うから、恐竜さんも使ったタライなのかと思ってビックリ。
こんなに食べられないよって思っちゃった。えへへ、勘違い。
でも、たくさん食べてもっと大きくなったら、レニさんや大神さんを背中に乗せてあげるんだ。
今日みたいな天気の日には、帝劇を一跨ぎしてお散歩に行くんだよ。
なーんちゃって。
そんなに大きくなったら、レニさんのお部屋に入れなくなっちゃうもん。
せっかくぬいぐるみさんとお友達になったのに会えなくなったらさみしいよ。
ぬいぐるみさんなら背中に乗せてあげられるしね。
あ、そうだ。体を洗ってもらうんだった。
「わんわん!」
ぼくはお願いしますのお返事をしたよ。
ぼくお風呂だーい好き。
だって、ゴシゴシ洗ってもらうの気持ち良いんだもん。
「よしよし。今用意するからね」
レニさんがそう言うと、大神さんがタライを置いたよ。
タライタライー。
嬉しくってぼく飛び込んじゃう。
カーン。
ぼくがタライに飛び込むと、カネの音が響いたよ。
「あはは。フントは気が早いなぁ。水を入れるからちょっと待ってね」
「今日は暑いから水でいいよね」
レニさんと大神さんがそう言って、噴水のそばの蛇口からホースでタライに水を入れるよ。
ぼくは一旦外に出て、お水が入るまで待機するんだ。
「ブラシをかけようね」
レニさんがそう言うと、ぼくにブラシをかけてくれる。
体を洗う前にブラシをかけると、毛玉が取れてすっきりさ。
「さ、これくらいでいいかな」
大神さんがそう言うと、タライはお水でいっぱいになったよ。
「ブラシももういいよ。さ、フント。タライに入って」
ひゃっほー、待ってましたー。
嬉しくってぼくまた飛び込んじゃう。
ザブン!
「あっ!」
「わあ!」
ぼくがタライに飛び込むと、お水が元気に飛び跳ねたよ。
それがレニさんと大神さんにかかっちゃった。
「フント。飛び込んじゃダメだっていつも言ってるだろう?」
レニさんがお顔を拭きながらそう言うよ。
「くぅ〜ん」
レニさん、ごめんなさい。ぼくはレニさんに頭を下げて謝るよ。
ぼくちょっとはしゃぎ過ぎちゃった。
「よしよし。今度から飛び込んじゃダメだからね」
そしたらレニさん笑ってくれたよ。ぼくの頭を撫でてくれた。
レニさんに許してもらえてぼくホッと一安心。
「わん!」
だからレニさん大好きさ。
「じゃあ、洗うよ」
レニさんがそう言うと、シャンプーの始まりだ。
体をまんべんなくぬらしてからシャンプーをかけてもらうよ。
「く〜ん」
く〜、冷たくって気持ちが良いよ。
「あはは。フントのやつ気持ち良さそうだね」
大神さんがぼくを見てそう言った。
ふふふ。うらやましいでしょう〜。
でも、かわってあげないよ〜。レニさんのシャンプー独り占めだもん。
レニさんはアイリスさんにシャンプーしてもらってるんだよね。
アイリスさんはレニさんにシャンプーしてもらってるのかな?
大神さんは自分でしてるの? 大神さんの髪ツンツンだけど、手が刺さったりしないのかなぁ?
そういえば、大神さんがタンスで猫さんを飼ってるって由里さんから聞いたことがあるよ。
でも、そのことは内緒なんだって。
大神さん、こっそり紹介してくれないかな。お友達になりたいな。
猫さんは大神さんにシャンプーしてもらってるのかな? ちょっぴり気になるね。
でも、内緒話は聞かないのが大人というものだね。
ふふ。ぼくも成長したものだよ。えっへん。
ゴシゴシゴシゴシ。
首に背中にお腹にしっぽ。
レニさんがゴシゴシしてくれると、ぼくの体はすっかり泡だらけ。
「フントのケーキの出来上がりだね」
大神さんたらそんなこと言うよ。
あわわわ。大神さんぼくを食べないでね。
「そうだね。ちょっぴりおいしそうだ」
ひー、レニさんまでそんなこと言って。
ぼくなんて食べてもおいしくないよー。
「わんわん!」
そんなこと言うからぼく暴れちゃう。
「こら暴れちゃダメだよ。食べたりしないから」
「あはは。フント冗談だよ。お前なんて食べないよ」
なんだ。冗談だったのか。
それを聞いて一安心。
でも、お前なんて食べないよっておいしくなさそうってことかなあ?
それはそれでちょっぴりショック。溜息出ちゃう。ふう。
ふわり。
「あ」
レニさんが何か見つけたよ。何だろう?
「シャボン玉だ」
大神さんも見つけたよ。
ぼくの溜息でシャボン玉さんができたんだ。
体のシャボンが舞い上がったんだね。
「わん!」
お日様の光でキラキラしてシャボン玉さん輝いてるよ。
そよそよ風に吹かれて飛んでいく。
パチン。
あ、割れちゃった。残念賞。
シャボン玉さん、さようなら。
「ストローがあればもっとシャボン玉が作れるのにね」
シャボン玉さんに見とれていたレニさんも、ちょっぴり残念そうにそう言った。
「そうだね……」
大神さんもそう言うと、何かを考え始めたよ。
「そうだ。レニ、ちょっと待っててくれ」
それからそう言うと、中庭の隅に走っていった。何か思いついたみたいだね。
しばらくすると大神さんが戻ってきたよ。手にお花を持ってる。
「タンポポ? どうするの?」
レニさんが大神さんの持ってるお花を見て聞いたよ。
大神さんが持ってるのはタンポポさんだったんだ。
小さくて黄色いお花が可愛いね。
あ、でも、タンポポさん、お花と茎にわかれているよ。
「この茎を使うんだ」
大神さんがそう言って笑ったよ。
「そうか。タンポポの茎はストローみたいに筒状になっているんだ」
レニさんもそれに思わず納得。
大神さん、かしこいね。
「花は使わないから、ここに……」
それから大神さんそう言って、お花の部分をレニさんの髪に差し込んだよ。
「あ」
レニさんの髪にタンポポさんの花飾りが可愛く咲いたんだ。
「可愛いよ……」
大神さんたらニヤケ顔。
「あ、ありがとう……」
レニさんはお顔を赤くしたよ。
大神さんもキザなことするね。
でも、レニさんホントに可愛いや。まるで花の妖精みたいだよ。
ぼくまたレニさんのこと好きになっちゃった。
これが大神さんの髪だったら、剣山なしで生け花だ。
すみれさんもビックリだね。
「はい。やってごらん」
大神さんがタンポポさんストローをレニさんに手渡すよ。
「うん」
それを受け取ると、レニさんぼくのシャボンにストローをくっつけたよ。
それからふうって息を吹いたんだ。
ふわふわふわり。
わーい。タンポポさんストローからたくさんシャボン玉さんが飛び出した。
すごいすごい。みんなキラキラ光って風に乗って飛んでくよ。
綺麗だな。
「わんわん!」
ぼく思わず見とれちゃう。
「綺麗だね」
レニさんもお空を見上げて呟くよ。
「そうだね」
大神さんも見とれてる。
レニさん以外のものにも見とれるんだね。知らなかったよ。
ぴゅー。
パチパチパチン。
あー、いたずらな風でシャボン玉さんが割れちゃった。
「あ」
レニさんも残念そう。
いたずらな風はレニさんの髪もなびかせて、タンポポさんの花飾りも揺らしたよ。
ゆらゆら揺れて、タンポポさんの花飾りが今にも髪から落ちそうだよ。
はらり。
あ。そう思ったら、ホントに花飾りがレニさんの髪から滑り落ちちゃうよー。
「あ!」
大神さんもそれに気づいて、思わずそう声を出したんだ。
「え?」
そしたらレニさん、その声で大神さんの方を向いたよ。
大神さん、花飾りを受け止めようと勢い良く身を乗り出した。
うわー。でも勢いが良すぎるよ。
危ないよー。ぶつかっちゃうー。
ぼくビックリして、思わず目を閉じちゃった。
ゴチッ。
チュッ。
そしたらそんな音が聞こえてきたよ。
そしてそっと目を開けたんだ。
「いたた……」
「いてて……」
二人ともおデコをおさえてる。
さっきのゴチッって音はレニさんと大神さんのおデコがぶつかった音だったんだ。
二人ともおデコが真っ赤だよ。
花飾りは大神さんの手の中だ。
やるね、大神さん。ちゃんと受け止めたんだ。
「……ごめん。大丈夫かい?」
「う、うん。平気……」
大神さんにレニさんがお返事。
でも、おかしいよ。二人ともおデコだけじゃなくて、お顔も真っ赤になっちゃった。
おデコをぶつけて熱が出てきたのかなぁ?
そういえば、チュッって音は何だったんだろう? あれもどこかぶつけた音だったのかなぁ?
二人とも、ドギマギしちゃってどうしたの? シャボン玉はもう終わり?
ぼくのシャンプーはどうなっちゃったんだろう?
何がなんだかチンプンカンプン。
ぼく犬だから良くわかんないや。