ぼくフント6
真っ赤なリンゴ



 ぼくフント。犬。
 お芝居をする帝劇っていう所で飼われてるんだ。
 秋もすっかり深まって、空はあんなに高くなっちゃった。
 お空の雲が綿飴みたいでとってもおいしそう。
 えへへ。ぼくったらくいしんぼ。
 だって食欲の秋なんだもん。

 今日のご飯は何かな?
 早くレニさん来ないかな。
「フント、ご飯だよ」
 言うが早いかレニさんがご飯を持ってきてくれた。
 なんとも都合のいい展開だね。
 でも、お腹がペコペコだから気にしないよ。
「わんわん」
 ぼくはいただきますを言ってからご飯を食べ始めるよ。
 ぼくってお行儀がいいでしょう?
 パクパク。モグモグ。
 今日もご飯がおいしいよ。たくさん食べて大きくなるよ。
「最近、良く食べるね。足りなかったかな?」
 ぼくの食べっぷりにレニさんがそう言うよ。
「わん」
 うん。ちょっぴり足りないかも。
 だって食欲の秋だし。ぼく育ち盛りだし。
「じゃあ、ちょっと待ってて」
 そう言うと、レニさんは立ち上がって行っちゃった。
 何か持ってきてくれるのかな?
 だといいな。嬉しいな。
 何だろう? 何だろう? 待ってる時間がたまらない。
「お待たせ」
 わーい。レニさんが帰ってきたよ。
「そう言えば、大きくなったよな」 
 大神さんも一緒だ。ぼくのことジッと見てるよ。
 あんまり見られると照れちゃうよ。えへ。
「はい。リンゴだよ」
 わー、リンゴだ、リンゴだ。真っ赤だよ。
 レニさんが目の前にリンゴを置いてくれた。
 ぼく思わずコロコロ転がして遊んじゃう。
「こら。ダメだよフント。食べ物で遊んじゃ」
「く〜ん」
 レニさんに怒られちゃった。ごめんなさい。
 じゃあ、食べよかな。リンゴは甘くてシャクシャクするよ。
 シャクシャク。
 ぼくがかぶりつくと、リンゴはぼくのお口の中でやっぱりそんな音を立てたよ。
 う〜ん、甘くておいしいよ。トレビア〜ンだね。
 フランスではおいしい時トレビア〜ンって言うんだよ。ぼく良く知ってるでしょう?
 えへへ。でも、本当は大神さんが教えてくれたんだ。
 ちなみに犬語でおいしいはワンダフル。な〜んちゃって。
 あ、なんだか寒くなってきた。もうすぐ冬かな?
「隊長も食べる?」
 ぼくがおいしそうに食べてたら、レニさんが大神さんにそう聞いたよ。
「いただこうかな」
 大神さんはそうお返事したよ。
 そしたらレニさん、ナイフを取り出してリンゴの皮をむきはじめたよ。
「大丈夫かい?」
「うん。平気」
 ちょっぴりぎこちないレニさんに大神さんが声をかけたよ。
 レニさん料理はちょっぴり苦手かも。
 レニさん一生懸命皮をむくよ。
 リンゴの皮をむくときは、ナイフじゃなくてリンゴを動かすんだよね。これも大神さんが言ってたんだ。
「ナイフじゃなくてリンゴを動かすと上手にむけるよ」
 ほらね。大神さん、巴里では良く自分で料理したんだってさ。
「分かった」
 レニさん、そう言うけど、やっぱりちょっと危なっかしいね。
「俺がやろうか?」
「ボクがやるよ」
 レニさんがそう言うから、大神さん黙ってレニさんを見守るよ。
 レニさんがんばれー。
「でも、レニがそういうことするのって珍しいよね。料理もあまり作らないみたいだし」
 大神さんはレニさんを見ながらそう言ったよ。
「あ、う、うん……」
 それにレニさんがそんな返事を返したんだ。
「レニ?」
 大神さんも不思議に思ったのかな? そう言って首をかしげたよ。
「あの、すみれが、ボクも女の子なんだから、料理くらい出来ないと将来困るって、言うんだ……」
 レニさん、ちょっぴりシドロモドロ。
「それで、ボク、隊長も料理の出来る女の子の方がいいのかなって、思って、それで、こういうことから、覚えていこうって……」
「レニ……」
「ボク、料理はあまり得意じゃないけど、いつか、隊長にボクの作った料理、食べてほしくって……」
 あ、レニさんお顔が赤くなってきた。
「ああ。俺も、毎日レニの作った料理を食べられたらって思うよ……」
 大神さんもちょっぴりお顔が赤くなってる。
「え、それどういう意……、あっ!」
 わ! レニさん、リンゴじゃなくて指を切っちゃった!
 驚いて大神さんに顔を向けたから、うっかり手がすべっちゃったんだ。
 わー、レニさんの指から血が出てきたよー。ひー。あわわわ。
「レニ!」
 あ! 大神さんがレニさんを食べちゃった!
 大神さんたら、いきなりレニさんの指をくわえたよ。
 大神さんひょっとして吸血鬼!?
 レニさんの血を見て本性剥き出し!?
 ぼくはナイトとして大神さんからレニさんを守らなくては!!
 …………落ち着けフント。そんな訳ないだろ。
 えへ。ぼくちょっぴり取り乱しちゃったみたい。
「あ、あの、た、隊長……?」
 レニさん、いつの間にかさっきよりも真っ赤になってるよ。
 まるでレニさんがリンゴになっちゃったみたい。
 真っ赤なお顔で大神さんを見つめてる。
「隊長、あの、もう平気、だから……」
「あ、俺、つい……」
 大神さん、レニさんに言われて、あわててお口を離したよ。
 大神さんもみるみるリンゴになっちゃった。
 真っ赤なリンゴが2つになったよ。
「う、うん。……あ、ありがと」
 あ、レニさん、血が止まってる。そっか、大神さんのおかげだね。
「あ、ああ。いや、その、ごちそうさま」
 大神さんたらごちそうさまだって。レニさんおいしかったのかな?
「やだ、もう……」
 レニさん相変わらずリンゴみたいなお顔だよ。
 でも、どうしてさっきレニさん驚いたんだろう?
 大神さんの言ったことに驚いたのかなぁ?
 あれってどんな意味だろう?
 毎日リンゴを食べるのかなぁ?
 毎日レニさんを食べるのかなぁ??
 ぼく犬だから良くわかんないや。



<<   >>



戻る

素材:手作りCandy