ぼくフント2
夢のつづき



 ぼくフント。犬。
 お芝居をする帝劇っていう所で飼われてるんだ。
 今日はとっても良い星空。ぼくは気持ち良くって眠っていたけど、誰かの話し声で目が覚めたんだ。
「わん」ぼくがその声の主に鳴いてみる。
「フント」ベンチに座っている人はレニさんだったよ。
「ごめんな、起こしちゃったね」その隣りには大神さんもいる。
 今日は春公演の最終日だってお昼ご飯を持って来てくれた時、レニさんが言ってた。
 きっと打ち上げの後、2人で涼みに来たんだね。
「わんわん」ぼくは、夜中なのに2人に会えたのが嬉しくて、思わずそう声を上げたよ。
「あ、ダメだよフント。もう皆寝てるんだから」レニさんがぼくにそう言った。
「くぅ〜ん」ぼくは頭を下げてごめんなさいをする。
「ふふふ、フントはいい子だね」それを見てレニさんが笑うから、ぼくはホッと一安心。
 でも、帝劇の窓にはどれも明かりがついていないよ。どうして2人だけで起きているのかな?
 なんだか最近、レニさんと大神さんは一緒にいる事が多いんだ。どうしてだろう?
「今日のレニとても格好良かったね」大神さんがレニさんにそう話し掛けたよ。
「た、隊長・・・。見てくれてたの・・・?」レニさんはちょっと困ったような、嬉しそうな顔でそう言ったよ。
「ああ、手が空いた時にちょっと舞台を見させてもらってたんだ」と笑顔の大神さん。
「ボク、春公演では王子役だったけど、本当はお姫様役がやりたかったんだ・・・」レニさんが何て言ったのかボクには聞こえなかったんだ。とっても小さな声だったから。
「ん?どうしてだい?」でも、大神さんにはレニさんの声がバッチリ聞こえたみたい。さすがだね、大神さん。
「クリスマス公演で隊長がボクを聖母役に選んでくれた時、とても嬉しかったんだ。武蔵を倒して帝劇に戻ってきた時、また隊長にボクの女役を見てもらいたいと思った。・・・・・おかしいよね、男役のボクが女役を見てもらいたいと思うなんて」レニさんは、言うとうつむいちゃった。
「レニ・・・」大神さんはそんなレニさんを見つめると、突然立ち上がったよ。
「おお、姫よ。麗しき姫よ」そして大神さんはそう言ったんだ。
「た、隊長?」レニさんが目を丸くするよ。
「おかしくなんかないよ、レニ。いくら舞台の上で男役だったって、レニは俺にとって掛け替えのない女の子だから」大神さんははっきりとそう言ったよ。なんだか男らしいね。
「隊長・・・」レニさんは嬉しそうに笑ったよ。
「今から俺にレニのお姫様役を見せくれよ。俺が相手役を務めるからさ」と大神さん。
「え・・・。でも、隊長セリフ・・・」
「大丈夫。ちゃんとレニのセリフだけは頭に入ってるんだ。いつも稽古や舞台ではレニばかり見てるからね」
「・・・・・」レニさんは月明かりだけでも分かるくらいに、お顔が真っ赤になっちゃた。
「レニは全てのセリフを覚えているんだろう?」構わず大神さんがそう言うよ。
「う、うん・・・」それにはレニさんも頷いて見せたんだ。
 そしてレニさんは、いつもぼくにお芝居を見せてくれる時の真剣な表情になったよ。
「王子様。私を助けに来てくれたのですか?」それを見てぼくは、一瞬本当にそこにお姫様がいるのかと思っちゃったんだ。
「おお、姫よ。捕らわれの姫よ」大神さんも本物の王子様みたいに凛々しいよ。下手だけど。
「ああ、王子様。私をさらってお逃げ下さい。悪い魔女が現れないうちに」
「いや、姫よ。逃げたりはしない。どんなことがあっても君は俺が守る」
 2人のお芝居は、月明かりに照らされてとても綺麗に見えたんだ。
「王子様」
「姫」
 そして2人は近付いて抱き合ったよ。良いシーンだね。
 レニさんと大神さん、お姫様と王子様は見詰め合ってお互いの瞳の中にいる自分の姿を見ているようだよ。
 そしてだんだんお顔が近付いていくんだ。あれ、どうしてお顔を近づけるんだろう?
 ぼくが不思議に思っていると、今度はお口とお口がくっついちゃった。
 あれあれ、どうしてお口をくっつけるんだろう?セリフが言えなくなっちゃうよ?
 これもお芝居なのかなあ?
 ぼく犬だから良くわかんないや。



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