大神に抱え上げられてプールサイドに運ばれたレニだが、実際はそれほど大したことではなかった。
 左足にこむら返りを起こし、その瞬間推力を失って一瞬沈没したのだ。
 レニならすぐに体勢を立て直し、右足でケンケンとプールサイドに戻っただろう。
 だが、大神がレニの体を抱き上げた時に言った「大丈夫だから下ろして」という提案は問答無用で却下された。
 レニをプールサイドに座らせると、大神は怒った顔でレニをジッと見つめ、ペチリとその頬を軽く叩いた。
「ずっと休まずに泳いだりするからだ」
「……ごめんなさい」
 しゅんとするレニ。
「足をつったのかい?」
 と、レニの足を見つめる。
 それには何も言わず、レニは左足のふくらはぎをトントンと叩き、マッサージを始めた。
「俺がやってあげるよ。こういうことは海軍で慣れてるんだ」
 そう言った瞬間、目に入った。
「あ」
 思わず声が出た。

 レニも小さく声を上げる。
 とっさに両方の爪先を手で覆った。
「レニ。いいから足貸して」
「やっ」
 大神は構わず左足をつかまえると、膝を伸ばさせた。爪先を上にそらして、ふくらはぎの筋肉を伸ばしていく。
 それから、だんだんとふくらはぎそのものをマッサージする。
 レニは仕方なく、右足の指だけその手できゅっと隠した。
「…………」
「…………」
 しばらく二人とも黙っていた。
「それ、どうしたんだい?」
 ようやく大神が口を開く。
 もちろん、ペディキュアのことだ。
「……織姫が、塗ってくれたんだ」
「そうなんだ」
 足をマッサージしながら。
「少しドキッとしたけど、隠すことはないよ」
「だって……」
「ずっとプールから上がらなかったのもそのせいだね?」
「……うん」
「ばかだなぁ」
 そこでレニの顔を見た。
「女の子なんだから化粧やアクセサリーに興味を持つのは当たり前じゃないか」
「え」
 笑顔の大神を戸惑いの表情で見つめる。
「レニが綺麗になるのは大歓迎だよ?」
「でも、ボクには派手だし……、隊長も、好きじゃないかなって思って……」
「そうだね。レニには少し派手かもしれないね」
 笑顔のまま。
「そ……」
 ショックな表情。
「だけどさ、そうして色々と試してみて、自分にあったものを見つけていくんじゃないかな」
「…………」
「色んなことを経験して、どんどん綺麗に、どんどん可愛くね」
「……たいちょ」
「だから、恥ずかしがらなくていいよ。新しいことを見つけたら俺にも見せてくれよ。感想を言うからさ。……俺なんかが言っても良ければだけど」
「ううん。ボクの方こそ、……その、これからも見ていてくれる?」
「ああ」
「ありがとう」
 レニが笑った。
「もう、痛くないかい?」
「うん。もう大丈夫」




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