帝劇の地下にあるプールは、作戦指令室にある蒸気演算機の余熱で水温を調節でき、冬でも利用できる。
 夏はもう少し先だが、おかげでレニは今日も訓練が可能だ。
 ミニ機雷を使用した潜水訓練にしようか、通常の水泳による基礎訓練にしようか、そんなことを考えながら廊下を歩いていた。
 潜水訓練ならばプールの底を下げなくてはいけないから少々面倒だ。
 帝劇のプールの底は深さを調整できる。
「潜水訓練にしようかな」
 地下への階段を下りきったところでそう決めた。
「レニ」
 と、レニに呼びかける声があった。
「隊長」
 見ると、作戦指令室の方から大神が歩いてくる。
「これから訓練かい?」
「うん。久しぶりに潜水訓練をしようと思って」
 お互い歩み寄り、丁度更衣室の前で二人立ち止まる。
「そうなんだ。なら、久しぶりに俺も一緒にいいかい?」
 レニの顔を優しく見つめながら言った。
「隊長も?」
 大神を見上げる顔が笑顔になる。
「ああ。今日はもうこの後予定がないんだ。最近、支配人や指令の仕事で訓練の時間なんてなかなか取れないからね」
「うん。分かった。じゃあ、先に行ってプールの調整しておくね」
「よろしく頼むよ」
 それで大神は水着を取りに自室に戻り、レニは更衣室のドアを開けた。

「っ!」
 靴下を脱いだところで気がついた。
 嬉しさからか失念していた。
「どうしよう……」
 困る。
 ペディキュアをしている自分を見て隊長はなんて言うだろう。
 気に入らなかったらどうしよう。
 どうやったら落ちるんだろう。今すぐ落ちないだろうか。
 色々な思いが稲妻のようにレニの頭にひらめく。
 コンコン。
 と、更衣室のドアをノックする音が聞こえる。
 結局何も思いつかないまま大神が戻ってきてしまった。
 仕方がない。
 レニはそのまま準備運動もせずに、プールに飛び込んだ。

「あれ? 潜水訓練じゃなかったのかい?」
 プールの底が通常通りの深さなのに、大神が首をかしげる。
「あ、う、うん。やっぱり、隊長は久しぶりに泳ぐから、潜水訓練より通常の基礎訓練の方がいいと思って」
 後ろめたい気持ちになりながら、大神が着替えている間に考えておいた言い訳を口にする。
「そうか。そうだな。ありがとうレニ」
 その笑顔が胸に痛い。
「じゃあ、まずは軽く流すか」
 と、大神が元気良く言うと、準備運動をしてから、ゆっくりと泳ぎ始めた。

 しばらく二人ともそうして泳いでいたが、大神が小休止のためにプールサイドへ上がってもレニはずっと水の中だった。
 大神がそれに気づいて少し休むよう勧めたが、レニは大丈夫だから、とだけ返した。
「俺、そろそろ上がるよ。レニはどうする?」
 それから少しして、大神がレニに声をかけた。
「……うん。もう少し」
 と、水の中から返事。
「そうか……。あまり無理はするなよ」
 そう言って背を向けると更衣室へ向かう。
「……了解」
 その背中にそう返した。
 後ろめたいながらも、どこかホッとするレニ。
 あと少し、隊長が着替え終わるまで泳ごうか、そう思った時だった。
「ゴボッ!」
 バシャッ!
 何かを喉に詰まらせたようなレニの声と同時に、不自然な水音が大神の耳に聞こえた。
「レニ?!」
 反射的に大神が振り向くと、プールの中でもがくレニの姿が見える。
「レニ!」
 慌てて大神はプールに飛び込んだ。




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