織姫が塗り終わると、次はレニの番だ。
 レニは先ほど織姫がしていたように、床に膝を立てて座る。
 そのレニの足の指の間に、織姫がティッシュペーパーを幾重にも折った物を挟み込み、指と指の間に隙間を作っていった。
 レニはその自分の格好を見て、少し滑稽だなと思う。
「こうしておかないと、塗りづらいですからね〜」
 それにレニがなるほどと思っていると、次に織姫は小瓶を幾つか取り出した。
「レニにはどの色が似合うでしょうね〜」
 と、小瓶とにらめっこする。
「全部赤じゃない」
 その小瓶を見てレニが声を上げた。
「そうですよー。わたしは赤しか持ってないですからね」
 ふふふ、と笑う。
「でも、微妙な違いがあるんです。レニなら分かると思いますけどー?」
 実際に塗ってみないことには何とも言えないが、確かに濃淡や艶など、それぞれに違いがあるだろうことは想像できた。だが、その違いの意味や効果についてはさっぱりだ。
「これなんか似合いそうですねー」
 そう言って、織姫は小瓶を一つ取り上げた。
 赤だ。
「…………」
 織姫がどうしてたくさんの赤の中からそれを選んだのかレニには分からなかったが、単純に綺麗だとは思った。
 そう思うと、織姫がその赤を選んだ理由は気にならなくなった。
「さ」
 そして、織姫はゆっくりとした手つきで、レニの足、指先に色を入れていく。
「レニは、わたしがいつもペディキュアをしているって知らなかったでしょう?」
「え。そうなの?」
 レニは少なからず驚く。
 織姫との付き合いは長い。織姫の水着姿を見たこともあるし、最近は一緒にお風呂に入ることもある。
「レニはそういうことに興味がありませんでしたからね」
 クスッと織姫。
「どうして? 足の指なんて普段見えないのに。飾っても仕方がないじゃない」
「ペディキュアやマニキュアには爪を保護する効果があるんでーす。すみれさんがいつも透明のマニキュアをしてるのにレニは気づいてなかったんじゃないですか?」
「……そうだったの」
 言われてみればぺディキュアの『キュア』はラテン語で『手入れ』のことだとレニは思い出した。
「あの人もわたしと同じでプロ意識の強い役者でしたからねー。肌や髪だけじゃなくて、爪の先にまで気を配って、いつも美しさを保つ努力をしていたです」
「そう、だったんだ……」
 そのことに気がつけないでいた自分が少しショックだった。
「なーんて。ふふ」
 そのレニに明るく織姫が笑う。
「え?」
「それも勿論ですけどー、一番の理由は女の子だからでーす」
「女の子?」
 レニには織姫が言っている意味が分からない。
「そうでーす。女の子はいつまでも可愛く、綺麗でいたいと思うものです。レニだってそうでしょー?」
「え、ボ、ボクは……別に……」
 レニが戸惑う。
 その戸惑いが織姫の言葉を肯定していた。
「レニだって、マリアさんだって、かえでさんやアイリスだって、みんなおんなじでーす。人それぞれ方法は違うでしょうけどー」
 織姫はそう続けた。
「レニが口紅を買ったのも可愛くなりたかったからでしょう?」
「っ!」
 織姫がそれを知っていることにビックリする。
「フフン。まさかわたしが気づいてないと思ってたんじゃないでしょうねー?」
「あ、いや、その……」
 驚きと恥ずかしさで言葉が出てこない。
「女の子っていうのは、周りの女の子の変化に敏感なものなのですよ? 仲がいいんだったら尚更でーす」
「あ、そ、そうなんだ……」
「昔のレニならともかく、今のレニだったらそういうことにも気が付くようになると思いますよ」
 それにレニが返事を返すよりも早く、
「はい。できましたー」
 レニの爪先が赤く染まった。
「うーん。なかなか綺麗に塗れたでーす。人の足に塗るのって初めてだったから、ちょっち緊張しちゃったです」
 鮮やかなイタリアンレッド。
「あ、ありがとう……」
 似合っているのかどうか、自分自身判断できずにいる。
「でも、少し派手じゃないかな……?」
 そう思った。
「そんなことないでーす。手の爪ならですけどー、ペディキュアの場合はハッキリクッキリした鮮やかカラーの方が映えるんでーす」
「そ、そうなんだ……」
「そうでーす」
 そこで二人見つめあうと、笑いあった。
「じゃあ、わたしもう寝ますから出て行ってくださーい」
 唐突に織姫。
「え。待ってよ織姫。これ落としてくれるんじゃないの?」
 と、レニが足元を指差す。
「どうしてですかー?」
 本当に不思議そうに。
「だって、さっきすぐに落とせばいいって」
「それは似合ってなかったらの話でしょー? 似合ってるんだからいいじゃないですかー」
 正論である。少なくとも織姫は似合っていると思っている。
「いや、でも、ボクこんなの、困るよ……」
「はいはいはい。いいから出て行ってくださーい。レニもお洒落に興味が出てきたんなら、ちゃんと睡眠は取らなきゃダメです」
 強引にレニの背中を押してドアの方に連れて行く。
「いや、織姫、でも、それとこれとは……」
 しどろもどろになって追い出される。
「安心してくださーい。レニにはこれからわたしがちゃーんと色々教えてあげますからね。チャオ」
 バタン。
 と、ついに廊下に追いやられた。
「…………」
 もう一度ドアをノックしようと思って、諦める。
「もう」
 小さくそうつぶやくと、誰にも見られないうちにと急いで廊下を走り、部屋へ戻った。
 それからレニは、しばらくベッドの上で足の爪を眺めていた。




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