「更衣室にバレッタが忘れてあった。……これ、織姫のだよね?」
 部屋に入ると、レニは持っていたバレッタを織姫に見せる。
「おう。ありがとでーす。そこに置いといてくださーい」
 織姫は視線をレニに向けると、にこやかにそう言った。
「レニもお風呂に行ってきたですかー?」
 織姫の目に映るレニはパジャマ姿だ。
「うん」
 机にバレッタを置きながら返事をする。
「そうですか。だったら、もう少し遅らせて一緒に入れば良かったです」
 そう言う織姫はネグリジェ姿で、床に膝を立てて座っていた。
 と、また視線をレニから足元に戻し、先ほど手が離せないと言った理由、その作業を再開する。
「……何してるの?」
 その見慣れない仕草に、レニが首をかしげた。
「ペディキュアを塗ってるんです」
 足元を見つめたままに織姫。
「……そうなんだ」
「どうかしたんですかー?」
 そのレニの反応に織姫がそう言うと、
「ペディキュアを塗っているところを見るのは初めてだったから」
 そう返事が返ってきた。
 そこで、再び織姫がレニに視線を移すと、レニが織姫の爪先をじっと見つめていた。
 織姫はそのレニの表情に、思わずクスッと笑みをこぼす。
「ちょっと待ってくださーい。もう少しで終わりますから、そしたら次はレニにも塗ってあげるでーす」
 そんなことを言い出した。
「え、ボクはいいよ。バレッタを持ってきただけだから……」
「まあ、そう言わないでくださーい。試しに塗ってみるです。すぐに落とせばいいじゃないで〜すか?」
 にっこりと微笑む。
「でも、……ボクには似合わないよ」
 目をそらした。
「でも、興味はあるんでしょうー? 似合うかどうかは塗ってから決めても遅くないと思いますけどー?」
 相変わらず笑顔で。
 そして、しばらくの沈黙。
「……分かった。じゃあ、ちょっとだけ……」
 それから、レニが言った。
「了解でーす。じゃあ、もう少しだけ待ってくださいね」
 織姫がレニの背中を押した。




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