レニがオムレツを作ったことがないのも驚きだったが、コクリコに教えられながら作ったレニのオムレツを味わった時の方が、驚きが大きかった。 見た目もまるで空気の抜けたバスケットボールのようだったし、中身も何だかべちゃっとしていた。 昨日織姫が語った『レニ・ミルヒシュトラーセ物語』からは想像できない味だった。 「レニさんにも苦手なものがあったんですねー。でも、エリカなんて苦手なものだらけですから」 「レニさんは日本からいらしたから、フランス料理は得意ではないのですね」 「ふむ。まぁ、レニならすぐに上達するのではないか?」 「初めてにしては上手にできたと思うよ。今度また一緒に作ろうよ。ね、レニ」 それぞれの言葉がさりげなくレニを落ち込ませた。 こういう時は下手な慰めをもらうよりも「ごちそうさん」とだけ言って厨房を出て行くロベリアがありがたかった。 厨房で巴里花組と別れると、レニは特に予定もないので舞台へと足を運んだ。 市場が完全に再開し、営業に支障がないだけの仕入れができるようになれば、シャノワールも営業を再開する。 その時には、レニと織姫がゲストとして出演することになっていた。 その時のために、舞台の状態を確認しておこうと思ったのだ。 「レニ」 と、舞台に着くなり声をかけられた。 「隊長」 巴里に来てもやはり雑用なのかと、レニは思わず微笑する。 大神が舞台でモップがけをしていた。 レニがシャノワールに着いてから初めて見る、巴里華撃団の大神ではなく、シャノワールの大神だった。 「どうしたんだい?」 モップを動かす手を休めて、大神がレニに聞いた。 「うん。舞台を確認しておこうと思って」 「そうなんだ。久しぶりにレニのレビュウが見れるかと思うと楽しみだよ」 そう言って大神は笑った。 「うん。ボクも、久しぶりに隊長に見てもらえるの……その、嬉しい……」 レニははにかみながらそう言うと、うっすらと頬を染めた。 「あ、そう言えばさっきコクリコに聞いたんだけど、俺を探してたんだって?」 レニの笑顔に微笑み返すと、唐突にそれを思い出し大神が聞く。 「え。……うん。でも、もういいんだ」 ふと、大神の言葉にレニの顔から笑みが消える。 「何か用があったんじゃないのかい?」 と、そのレニに首をかしげた。 「うん。もういい」 「そうか」 「あー、レーニ。ここにいたですかー」 そこへ、騒がしく織姫が姿を現した。 「織姫。……今起きたの?」 舞台にやってきた織姫に、レニが眉をひそめる。 時刻はすでにお昼を回っていた。 「だって、レニったら起こしてくれなかったじゃないですかー」 「起こしたよ」 「あら……。でもー、私が起きなかったら起こさなかったのと一緒でーす」 無茶苦茶な織姫の論理にレニは肩をすくめる。 「それで、こんなところで何してるでーすか?」 「舞台の状態を確認してたんだ。織姫も舞台に立つ前に見ておいた方がいい」 「おー。了解でーす。後でちゃんと見ておくです」 「今見れば?」 「今はそれよりお腹が空いたです。朝から何も食べてないんでーす」 起きたばかりなのだから、朝から何も食べていないのは当たり前である。それにまたレニが肩をすくめる。 「レニはお昼ご飯食べたので〜すか?」 「……うん。さっき」 「レニひどいでーす。わたしというものがありながら……。よよよ」 「織姫。言葉の使い方が間違っている」 「そんなことはどうでもいいです。今はわたしのお昼ご飯をどうするかが問題でーす」 「どこかに食べに行けば?」 「わたし一人でですかー? レニ、冷たいでーす」 「織姫が起こしても起きないから……」 「そうだ! レニ、あれはもう作ったですか?」 「ふふふ」 そこで大神の笑い声が聞こえた。 それでレニと織姫が大神を見る。 「あら。中尉さん、いたですか?」 「……隊長、どうしたの?」 「いたのかはひどいなぁ。……いや、久しぶりに二人の会話を聞いたなと思ってね」 言うと、大神はにこにこと笑う。 「なーに言ってるですか。そんなことより今は中尉さんの話をしているんですから黙って聞いてるでーす」 「俺の話?」 織姫の言葉に大神はきょとんとするが、織姫は無視してレニと続きを話しはじめた。 「で、あれはもう作ったですか?」 「……作ってない」 「どーしてですかー?! あんなに張り切ってたじゃないですかー?」 「……もう、いいんだ」 「レニ? 何かあったのですか?」 「別に」 そこでレニは織姫から視線をそらした。 「もう。困ったレニですねー」 「織姫君、一体何を作るんだい? 俺にも説明してくれよ」 訳がわからずに大神が説明を求める。 「ふー、仕方がないですねー。レニは中尉さんのために――」 「織姫!」 と、織姫の説明をレニが遮る。 「レーニ! あれを作らないで何をしに巴里まで来たっていうんですかー!?」 まるで噛みつきそうな勢いの織姫。 「任務」 その織姫にレニが短くそう言うと、大神には聞こえないようにレニに顔を近づけ、織姫が小声を出す。 「その任務を提案したのは誰でしたっけー? 提案というよりは駄々をこねてるようにも見えましたけどー?」 「なっ。そ、そんなことない。ボクは花組の隊員として当然の提案をしたまで」 少し焦っていつもよりちょっとだけ早口になる。 「ふーん。じゃ、もう帰りましょう。任務はもう終わりましたし、別に舞台には立たなきゃいけないなんてこともありませんしねー。あれを作らないなら尚更でーす」 今度は織姫が肩をすくめた。 「…………」 織姫にそう言われ、レニは少しムッとした表情になる。 織姫はその子供のような表情に、思わず微笑してしまう。 「レニ。あんなに練習したんだから大丈夫です。きっと上手にできます」 それからそのレニに、そっとそう笑いかけた。 「……織姫」 「それに、ここまで来て作らずに帰ったりしたら、かえでさんに何て言われるかわからないでーす」 言うと織姫は満面の笑みを見せた。 「……わかった」 その笑顔に、レニは心を決めた。 |