次の日。 レニが厨房を後にすると、ばったりコクリコと出くわした。 「あれぇ、レニ? 何やってるの?」 大きな袋を抱えたコクリコが、レニを見つけると不思議そうにそう聞いてきた。 「……隊長を探してるんだ」 レニは無表情に答える。コクリコの言う「こ〜んな顔」だ。昨日の照れた顔からは想像できない。 「イチロー? ボク、今日は見てないよ」 コクリコはいつも通りの顔でそう答えた。 「そう。ありがとう」 それにレニが礼を言って立ち去ろうとすると、 「あ、レニ」 コクリコに呼び止められる。 「何?」 「ねぇ、レニ。オムレツ好き?」 唐突な笑顔でコクリコ。 「……別に。好きでも嫌いでもない。……どうして?」 「へへ〜。さっき市場に行ったらもう何軒かやってるお店があってね。卵を買ってきたんだ」 言うと、コクリコは抱えている袋の中からその卵を一つ取り出してみせた。 「いつも野菜クズをくれるお店もやってたから、ボク早速サーカスの動物達に持ってってあげたんだ」 と、嬉しそうに笑う。 カルマールとの決戦はほんの二日前のことだ。避難していた市民が完全に巴里に戻ってくるにはもうしばらくかかるだろう。 市場だけでなく、街の機能が完全に回復するのにも時間がかかる。 シャノワールの営業も仕入れの問題からすぐにという訳にはいかない。昨日の歓迎会では備蓄してあった食材で料理を作ったが、客に出すためにはやはり市場が通常営業に戻ってからでなくてはならなかった。 「そう」 街が少しずつ元に戻りつつあることにレニが微笑する。 「それでね、久しぶりに新鮮な卵が手に入ったから、オムレツでも作ろうと思って」 「そう」 さっきとは違う抑揚で。 「うん。良かったらレニも一緒に食べない? ボク、こう見えても料理には自信あるんだ」 「あぁ、構わない」 言うと、レニはまた微笑んだ。 コクリコがフライパンを引っくり返す姿を眺めながら、レニはオムレツができあがるのを待っていた。 オムレツの語源がフランス語の「素早い男(hommeleste)」からだという説があるのをレニが思い出していると、厨房に声が聞こえてきた。 「何かいい匂いがするじゃないか」 ロベリアだ。 厨房に入るなりそのいい匂いをさせているコクリコを見つけると、背後からひょいっと覗き込む。 「オムレツか。たまには悪くないねぇ」 それからそんなことを言った。 「何言ってるのさ。ロベリアの分はないからね」 いきなり現れたロベリアにコクリコが迷惑顔で言う。 「いいじゃないか。二つ作るも三つ作るも同じだろ?」 言うと、やっとレニの顔を見た。今は空腹でレニよりオムレツに挨拶する方が先だったらしい。 「もう、仕方ないなぁ」 本当に言葉通りの顔をして、コクリコが溜息をついた。 「悪いな」 それにロベリア流の礼を返すと、ニッと笑ってみせる。 「なんだかいい匂いがします〜」 そこへ、間髪入れずにそんな声が聞こえてきた。 「うわぁ、エリカまで来たよ」 その声を聞くとその後の展開を予想してコクリコが悲鳴を上げる。 「グリシーヌさーん、花火さーん。こっちでいい匂いがしますよー」 どうやらグルシーヌと花火も一緒のようだ。 「はは。三人前追加みたいだぜ」 エリカの声を聞くとロベリアがそう言って笑った。 「えー。六つも作るのぉ。ロベリア手伝ってよぉ」 「やなこった。誕生日でもないのに誰かのために料理なんてやってられるかよ」 コクリコの悲鳴にロベリアがそう返す。 「何だよ、自分ばっかり」 それにコクリコが非難の声を上げると、 「丁度そこに一人暇そうにしてるヤツがいるじゃないか。手伝ってもらいなよ」 ロベリアがレニを見てそう言った。 「え」 レニがそう声を上げたところで、エリカ達が厨房に到着した。 「あー、ロベリアさん達ずるいですー。エリカ達に内緒で何かおいしいもの食べようとしてるんですねー」 「あぁ。なんでもコクリコとレニがうまいオムレツを作ってくれるらしいぜ」 厨房に入ってくるなり騒がしいエリカに、すました顔でロベリアが答えた。 「ほう。レニは料理も得意なのか?」 エリカに続いてグリシーヌも厨房に顔を出す。 「それは是非ご指導して頂きたいです」 花火もレニに視線を向ける。 「レニ、手伝ってくれるの?」 コクリコも嬉しそうにレニに振り返った。 「え、いや、ボクは……、料理は苦手だから……」 「もう、レニさんたら冗談ばっかりー」 そのレニの言葉をエリカが笑い飛ばす。 「そうだな。レニならオムレツくらいどうということはなかろう」 グリシーヌもエリカに同意した。 「いや、本当に……」 「はいはい。謙遜はいいから早く作ってくれよ。腹ペコなんだよ」 言うと、ロベリアはレニの細い肩に手を置き、さっさとコンロの前までレニを押し運んだ。 「レニが手伝ってくれるなら百人力だよ」 ロベリアに運ばれて隣に立ったレニに、コクリコが笑顔を見せる。 レニはこの無邪気な笑顔に弱い。 アイリスにしてもコクリコにしても、無邪気な笑顔を向けられると、何故だかレニは首を横に振ることができなくなる。 それに、六人分のオムレツをコクリコだけに作らせるのも気が引けた。 レニは観念してコクリコに口を開いた。 「えっと、……どうすればいいの?」 「え?」 レニのセリフにコクリコがそう言った。 |