3月、4月のレニは、桜の下照れた表情をしている。
 淡いブルーのワンピースが風にその裾を揺らし、上に羽織ったカーディガンの袖をちょこんと握っていた。
 花も恥じらうとはこの事だと、大神は真面目な顔で考えていた。
 少し、鼻の下が伸びた。
「いや〜、実にいい。着慣れないワンピースを着て見せる表情が奥ゆかしいじゃないか〜」
「あ、ああ」
 思ったことを加山に言われてしまい、相づちを打つしかない。
「でも、こんな写真いつ撮ったんだろう? 春ならまだ俺は帝都にいたのに……」
 桜の花を見て、大神が疑問に思った。
「良く見ろ大神。これは書き割りだ。このカレンダーの写真は全てついこの間撮った物だからな」
 と、加山が説明する。
「え? ホントだ、良く見ると。でも、良く出来てるな〜」
 書き割りの出来の良さに大神が思わず感心する。
「そうだろう。書き割り作成は俺達月組の仕事だからな」
 ふふん、と加山が鼻を鳴らした。
「え、そうだったのかっ。だからお前巴里でも……」
 意外な事実に大神が驚いていると、
「さ、次の書き割りも見てくれ」
 加山がカレンダーに手をかける。
「俺は書き割りじゃなくてレニを見てるんだ」
 早く捲れと言わんばかりに、大神は加山に言った。

 レニが日誌を持って事務局のドアの前までやって来た。
 さっき由里にあんなことを言われたので、中に大神がいると思うと少し緊張する。
 とても意識してしまっていた。
「隊長と出かけられたら嬉しいけど……」
 意識してしまうと、今までデートしたいなどとは思っていなかったのに、何故かデートしたいと思うようになる。
 だが、意識してしまっているから、自分からは言い出せなくもなっていた。
 不思議な心理状態である。
 と、中から声が聞こえてくるのに気が付いた。
「誰かいるのかな?」
 隊長の他に誰かいるのかと、思わずレニは聞き耳を立てる。
「こんなレニも可愛いな〜」
 そう聞こえてきた。大神の声だ。
「え?」
 レニが思わず声を上げる。
「そうだろう、そうだろう。この書き割りもいいだろう」
 続いてそんな声。
「加山さん? 何を話してるんだろう?」
 自分の名前を聞かされ、可愛いとまで聞こえてきた。書き割りの意味は良く分からないが、レニは話の内容が気になって仕方なくなった。
 思わず、その場で立ち聞きを始めてしまった。

 5月、6月のレニは雨上がり、閉じた傘を持って空を見上げている。
 上は半袖のシンプルなシャツ。下はキュロットで、すらっとした足がそこから伸びていた。
 スポーティなスニーカーが足元を彩っている。
 傘に付いた雨粒がキラキラと光り、レニの可愛さを称えているようだ。
「キュロット姿も良く似合ってる」
「この雨粒の光加減が難しかったんだ」
「スニーカーに包まれた足がちっちゃくて可愛いや」
「ホントは空に虹を描きたかったんだが、このアングルでは無理でな」
「キラキラと光ってホントに可愛い」
 加山の言葉など無視し、他に言葉を忘れたかのように可愛いと大神は繰り返した。

 ドアの前のレニ。
「キュロット姿も良く似合ってる」
 大神の声にピンと来た。
 カレンダーを見ているのだと気が付く。
 以前、事務局に足を運んだ時、自分のカレンダーが壁にかかっているのを見つけていた。
 端が破れていたため売り物にならず、事務局で使用しているのだと分かっていたので大して気にもとめなかったが、まさか大神がそれを見ている場面に出くわすとは思いもしなかった。
「キラキラと光ってホントに可愛い」
 レニは事務局のドアの前で、日誌をギュッと抱きしめ、顔を真っ赤にしていた。

 7月、8月のレニを見て大神は鼓動が速くなった。
「見ろ、大神! この美しい夏の海と太陽を!」
「あ、ああ……」
 大神が加山に相づちを返すが、その言葉は耳に入ってはいなかった。
 レニの水着姿を見て、大神は軽い衝撃に襲われていた。
「レニ……、綺麗だ……」
 正に釘付け。視線が離せなかった。
 カレンダーの中のレニは、一昨年熱海で見せた乙女学園指定のスクール水着ではなく、勿論手には機雷など持ってはいない。
 どこかトロピカルな色合いのワンピースに、腰にはパレオが巻かれていた。
 日の光を浴びて楽しそうに笑いかけている。
「あー、何で俺は巴里なんかにー!」
 その笑顔に思わず声を上げた。
「巴里に行ってなければ、去年の夏もレニと一緒に海に行けたかもしれないのにぃ」
 らしくなくそんなことを言ってしまうほどに、大神はレニに惚れ直した。
「だがな、大神。撮影の時ぎこちない笑顔しか出せなかったレニさんに、カメラマンが今まで海であった楽しかったことを思い出してと言ってな。レニさんは一昨年、お前と過ごした熱海でのことを思い出したというぞ」
 加山が書き割りのことから離れ、大神の様子にふとそんなことを言う。
「え?」
 その言葉にカレンダーから目を離し、大神が加山を見た。
「この笑顔は、お前に向けられたものということさ」
 それに加山がそう言ってニッと笑う。
「そ、そうなのか……?」
 そう思うと、大神は嬉しくなり、またカレンダーに目を向ける。
 そのレニの笑顔が、愛しくてたまらなかった。
「だけど、どうしてお前そんなこと知ってるんだ?」
 と、唐突に疑問が浮かび、再び加山を見る。
「俺は月組の隊長だからな」
 そしてまた加山はニッと笑うと、カレンダーに手をかけた。

 レニは身動きが取れなかった。
 中に入るにはタイミングが悪すぎるし、立ち去ろうにも話が気になって仕方がない。
 それ以前に大神の言葉が少々衝撃的で、頭がボーっとするほどだった。
「あー、何で俺は巴里なんかにー!」
「巴里に行ってなければ、去年の夏もレニと一緒に海に行けたかもしれないのにぃ」
 いつも任務を大切にする大神らしくない発言にレニは驚くと同時に、それほど自分と一緒にいたいと思ってくれていたのだと知る。
 胸がキュンと熱くなった。
 胸が熱くなると、今度は顔も熱くなってくる。
 それほど想われていることが嬉しかった。
 そして、臆面もなくその想いを加山に聞かせていることが、恥ずかしくて照れくさかった。



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