geniereni



   太正16年1月。
 花組隊長大神一郎が帝撃に帰ってきた。
 帰国早々、ヤフキエル騒動で少々ざわついたが、今は落ち着いた日常を取り戻している。
 新メンバーを向かえ好評を博した海神別荘も公演が終了し、花組の面々もしばらくはお休み。
 変わりに事務局では、公演後の伝票整理におおわらわだ。
 大神も帝撃では隊長だが、帝劇ではやはりモギリ。
 公演のないこの時期は、雑用に追われる毎日を送っていた。

 大神が事務局のドアを開けると、かすみと由里の忙しそうな姿が目に入った。
「手伝いに来たよ」
 中に入ると、大変そうだねという表情をして、大神が口を開く。
「あ、大神さん。助かるわ〜」
 その大神に由里が嬉しそうな顔を見せた。
「大神さん、すいません」
 隣にいたかすみも、申し訳なさそうな中にも嬉しそうな表情が見て取れた。
 その表情に大神は、自分が巴里に行っている間はもっと大変だったのだろうと思う。
「2人とも食事はしたのかい?」
 時計の針はもう13時を回っていた。
「それがまだなのよ〜」
「一段落したらと思っていたんですけど、なかなか切りがつかなくて」
 2人は言うと眉間にしわを寄せた。
「そうなんだ。じゃあ、2人とも食事に行ってきなよ。続きは俺がやっておくからさ」
 ニコッと微笑んで大神。
「そうですか? じゃあ、お願いしてしまおうかしら」
 いつもなら一旦断りを入れるかすみも、即座に大神の申し出を受け入れた。余程忙しかったのだろう。
「なるべく早く戻ってきますから」
「よろしくね、大神さん」
 そして、2人はそう言うと、事務局を出て行った。
「よし。2人が戻ってくるまでに、少しでも片付けよう」
 大神は机の上に山積みになった伝票を見つめると、腕まくりをしながらそう言った。
「あれ?」
 ふと、目に止まった。
 壁に掛けられているカレンダーの中で、レニが可愛らしく微笑んでいた。
「今年のカレンダー。そういえば、まだ見てなかったな」
 毎年帝劇で販売する花組のカレンダーだ。
 去年花組に加わったレニと織姫が帝劇のカレンダーに登場するのは、今年が初めてだった。
 花組全員が揃った物と一人一人の物とがあり、種類は合計9種類。
 全員揃った物でも、好きな役者の物でも、好きな物が選べるのがファンには嬉しい。
 年末に売店で売れる人気商品の1つだ。
「どうしてレニの物が?」
 と、言いながら、大神はカレンダーの角に破れている部分を見つけた。
 搬入の時にでも、どこかに引っかけたのだろうか?
「なるほど。これじゃあお客さんには出せないな」
 事務局にレニのカレンダーがかかっている理由が分かると、今度はレニのカレンダーその物に興味が移る。
 1番上。1月、2月の写真は晴れ着姿のレニが写っていた。
 2ヶ月に1枚の写真が使われていて、1年で6種類のレニが楽しめる。
 晴れ着姿のレニなど見るのは初めてで、大神は思わずその写真に釘付けになった。
「可愛いなあ〜」
 思わず、声を出した。
「う〜ん。確かにレニさんは可愛いな〜、大神ぃ〜」
「うわ!」
 唐突に背後から聞こえてきた声に、大神がオーバーなリアクションで驚く。
「何だ何だ〜。花組隊長ともあろう者が、簡単に背後を取られてどうする」
 いつの間にか背後に忍び寄っていた加山が、いつもの笑顔で大神にそう言ってきた。
「か、加山! いつからそこに!?」
「なーに、気にするな。さっきの発言はちゃんとレニさんに伝えておいてやる」
 驚く大神を尻目に、加山は落ち着き払ってそんなことを言う。
「バ、バカ! 言わなくていい!」
 その加山に大神が更に慌てた。
「何だ、いいのか? 遠慮はいらんぞ?」
 残念そうに加山。
「遠慮なんかしてない。言う時は自分で言うよ」
「そうか。それでこそ俺の親友だ」
 何がそれでこそかなのかは分からないが、加山は納得したようだった。
「天下の花組隊長も、レニさんの微笑みだけには敵わないようだな」
 と、加山もレニのカレンダーに目を向けた。
「巴里で会った時も可愛くなったと思ったけど、帝都に帰ってきてから会ったレニはもっと可愛くなっていたよ」
 親友が相手だからなのか、大神は臆面もなく自分の感情を言葉にした。

 かすみと由里が食堂に向かう途中、廊下でレニに出会った。
「あ、かすみさんに由里さん。隊長見なかった?」
 2人を見つけるとレニがそう声をかけた。
「大神さんなら今、事務局で伝票整理をしてもらってるわ」
 それにかすみが答える。
「そう。じゃあ、行ってみる。ありがとう」
 レニがそう言って歩き出そうとすると、由里が口を開いた。
「何々? デート?」
 満面の笑顔で言う。
「え? ち、違うよ。日誌を提出するだけ……」
 その由里の言葉に、レニが素直な反応を見せる。
「なーんだ。折角、大神さんが帰ってきたんだし、デートくらいすればいいのに」
 言葉通りなーんだ、という感じの表情。
「デートなんて、ボク……」
 少し頬が染まった。
「大神さんが巴里に行ってる間に、レニとっても女の子らしくなったわよ。きっと大神さんだってそう思ってるんだから」
「え、そ、そうなの? そうかな……?」
 更に頬が染まる。
「そうよ! 思い切ってレニから誘ってみなさいよ!」
 言って由里がウインクする。
「ボクから……?」
 驚いた表情。
「これからは女の子だって積極的になっていい時代なんだからっ」
「由里、そのくらいにしておきなさい。レニが困ってるじゃない」
 今まで黙っていたかすみが口を開いた。
「はーい、ごめんなさーい」
 それに由里が謝る。
「うふふ。じゃあね、レニ」
 そして、軽く手を振ると、由里はレニに微笑み、かすみと一緒に食堂に歩き出した。
 レニは日誌を抱きしめその後姿を見送ると、鼓動が速くなるのを感じながら、事務局に足を向けた。



次へ