アイリスは部屋に閉じこもり、レニや他のみんなが説得を続けたが、アイリスが部屋から顔を見せることはなかった。
 とりあえず、今はそっとしておこうと、みんなはそれぞれに散って行った。
 レニは去り際に、自分もサンタクロースを信じている、とドア越しに告げた。
 それにもアイリスの返事はなく、レニは少し沈んだ気持ちになった。

 その日の夜も大神から通信が入った。
「もう乞食のセリフは全部覚えちゃったよ」
 キネマトロンにその姿を現すと、今日もセリフ合わせを始めようと大神が笑った。
「レニ?」
 だが、レニの様子がいつもと違うことに気づき、その名を呼ぶ。
「あ。ごめん、隊長・・・」
 名を呼ばれハッとする。
「どうかしたのかい?」
 そのレニに優しく大神が問いかけると、しばらく間を置いてから、レニは今日の事を大神に話した。
「そうか・・・」
 大神はそれだけ言うと、少し考え込む表情をする。
「隊長・・・。隊長はサンタクロースの存在を信じてる?」
 大神が言葉が見つからずにいると、レニの方からそう聞いてきた。
「レニは、どうなんだい?」
 と、逆に大神がレニに質問する。
 レニは、大神にはサンタクロースを信じていると口にしていない。
「ボ、ボクは・・・」
 その大神からの質問に、少しばかり戸惑ってしまう。
「信じているんだろう?」
 いつから気づいていたのか、大神は半ば確信めいた口調でそう聞いてきた。
「・・・う、うん」
 それにレニが頷く。
「レニが信じるものは俺も信じるよ」
 その頷きを見ると、すぐまた大神はレニに言う。
「でも・・・」
 花組や3人娘達に言葉や態度でサンタクロースの存在を否定されているので、大神のその言葉を素直に信じる事が出来ない。
「それにレニが信じて待っていないと、サンタクロースだってレニのところには来てくれなくなっちゃうよ」
 大神はあくまで優しい。
「え?」
 その大神の言葉の意味が理解出来なくて、レニは聞き返した。
「レニは俺を信じて待っててくれてるんだろう?」
「うん」
 その質問の答えに自分の疑問の答えがあるのだろうと、素直にレニは返事を返す。
「それと同じさ」
 大神はレニの目を見つめ微笑む。
「信じてくれている人がいるから、待っててくれる人がいるから、がんばれるのさ」
 ありのまま、その心の内をただ言葉にする。
「レニがいるから、俺は巴里でもがんばれるよ」
 そして、最後は力強く。
「隊長・・・」
 大神の真っ直ぐな言葉に、レニはたまらなく涙が溢れそうになった。

 大神との通信の後、レニは何故だか頬が火照っている事に気づき、それを冷まそうと中庭に出た。
 中庭に出ると、フントがレニを見つけて遊んでほしそうに喉を鳴らしたが、それよりも眠気の方が勝っているらしく、近寄ってくる事はなくそのまま目を閉じてしまった。
 レニはそのフントに優しく微笑んで、おやすみと小さく言った。
 ベンチに腰かけて夜空を見上げると、数えきれない星達がレニを見下ろしていた。
 しばらくして、レニはその気配に気がつく。
「レニ、何やってるの?」
 パジャマ姿のアイリスが、ジャンポールを抱いてそこに立っていた。
 少しふさぎこんだ風な表情で、上目使いにレニを見つめている。
 その目は赤く腫れているのだろうか?夜のせいでそこまでは分からなかった。
「アイリス。星を見ているんだ」
 それでもアイリスが部屋から出て、顔を見せてくれた事にホッとしてそう答える。
「アイリスも一緒に見ても良い?」
 アイリスが聞く。
「ああ」
 レニがそう答えると、ジャンポールを抱えたまま、パジャマ姿のアイリスがレニの隣に座った。
「寒くない?」
 アイリスの格好を見てレニが聞く。
「ううん。こうしてれば平気」
 言うとレニにピッタリと体を寄せてくる。
 そのアイリスの体を、レニも暖かいと感じた。
 しばらくそうして2人で星を見上げていた。
 去年の秋に2人で作ったジャンポール座は、冬の夜空にはもうその姿を見る事は出来なかった。
 今度はフント座を作ろうか?などと、星から目をそらさずに言い合ったりした。
「アイリスね。本当はサンタクロースがいないって知ってたんだ」
 唐突にアイリスが言う。
「え?」
 他ならぬアイリスからの言葉に、レニは一瞬耳を疑った。そして視線を空からアイリスへ移す。
「クリスマスイブの夜には、パパやお兄ちゃんがプレゼントを枕元に置いてくれてるって知ってたんだ」
 アイリスは夜空を見上げたまま、話を続ける。
「でも、アイリス、お兄ちゃんに会いたかったの・・・。今年はレニと一緒に主役のクリスマス公演を見てほしかったの・・・」
「アイリス・・・」
 アイリスだって隊長の事を想っているんだ。今更ながらレニはそれを思い出す。
「アイリスがサンタさんを信じてれば、今年もお兄ちゃんがプレゼントを持って、アイリスに会いに来てくれるんじゃないかって・・・・・思ってたんだぁ」
 アイリスの大神に対する気持ちがどれほどのものかはレニには分からない。だが、その想い自体は理解出来た。会えない寂しさは十分に知っていた。
「だから、みんなにサンタさんはいないって言われた時、お兄ちゃんは来てくれないんだって言われてるような気がして・・・。でも、みんなの言う通り、今年はサンタさん、来てくれないんだよね・・・」
 そこで一拍置くと、もう一度口を開く。
「レニ、ごめんね。アイリスを元気付ける為に、サンタさんを信じてるって言ってくれたんだよね」
 少し寂しそうな笑顔で、最後にそう締めくくった。
「アイリス。サンタクロースはいるよ」
 しばらくの後、不意にレニが口を開く。
「レニ?」
 そこでやっと夜空から目を離し、アイリスはレニの顔を見つめた。
「だけど、ボク達は、もう大人になっちゃったんだ」
 そしてアイリスの瞳を見つめ返しそう続ける。
「隊長も今は会えないけど、必ず帰って来る」
 小さな口が開き、わぁーっと息を吸い込んで、アイリスの表情がパァッと明るくなる。
「うん!」
 開いた口を閉じると、アイリスは元気良くそう頷いた。
 2人を照らす降るような星達が、輝いてやまなかった。

 レニはその夜夢を見る。
 それはレニの中に眠る、意識的には呼び起こすことの出来ない幼い頃の記憶。
「良い子にしてたかな」
 すやすやと眠るレニを見下ろして、誰かが話しかけている。
「1歳の誕生日おめでとう。それからメリークリスマス」
 レニの眠るベッド。その枕元に何かが置かれる気配。
 誕生日プレゼントだろうか?クリスマスプレゼントだろうか?
 レニはすやすやと眠る。
 プレゼントをくれたのは誰だろうか?
 父親だろうか?それとも・・・?
 それはレニの中に眠る、意識的には呼び起こすことの出来ない幼い頃の記憶。
 けれど、確かな記憶・・・。
 眠りから覚めると、レニはそんな夢を見た事すら覚えてはいない。
 だが、何か懐かしい、それでいて暖かいような、嬉しいような、そんな気持ちに満たされていた。
 訳もなくウキウキする。そんな感覚。
 クリスマス公演まであと少し。
 レニの誕生日まであと少し。



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