公演の稽古も進み、今日は江戸川を招いて乞食のシーンの稽古だった。
「さぁ、始めるわよ」
 元気良く江戸川夢声が声をかける。
「よろしく」
 それにレニが挨拶を返すと、
「はい、よろしくぅ」
 江戸川は律儀に頭を下げて語尾下がりに言った。
 江戸川演じる乞食と見習い悪魔リルのシーン。
 子供の頃サンタクロースの存在を信じていた乞食が、ついに現れなかったサンタクロースを恨んで街中の子供達にサンタなんていないんだと言いふらしている。
 そこへ現れたリルに、サンタクロースはいると言われて、口論になる。
 その後、見習い天使エルがトナカイの引くそりに乗って現れるのだが、サンタの姿はない為にやはり乞食はサンタクロースを信じられない。その乞食にエルは、昔乞食が子供だった頃にサンタクロースにお願いしていたおもちゃを手渡し、引っ越してしまったから届ける事が出来なかったんだと説明する。
 それを聞き、胸の奥では信じていたサンタクロースがやはりいた事に乞食は涙する。
 このシーンの1番の見せ場は、サンタの邪魔をするはずのエルが、乞食に対して一生懸命サンタの存在を信じさせようとするところだ。
 その乞食説得のシーン。
「サンタクロースはいるよ。ボクは今年サンタクロースの代わりに子供達にプレゼントを配っているんだ!」
 あれから大神とのセリフ合わせは毎日とはいわないが、割と頻繁に行なわれていた。
 その甲斐あってか、初めての江戸川とのやりとりもレニの中ではイメージが出来上がっていた為、スムーズにセリフが流れた。
 まだ舞台衣装も出来ていない、稽古着姿、台本片手での稽古だというのに、すでにとても熱の入った演技を見せている。
「サンタクロースなんていやしないさ。子供達の枕元にプレゼントを置くのは、いつだって父親の役目なんだ」
 江戸川も多少レニに引っ張られる形ではあるが、今日初めてとは思えないほどの呼吸で、レニのセリフに対していた。
「2人とも流石ね」
 それを見守るマリアから、思わずそう口をついて出た。
「どうして。どうしたら信じてくれるの・・・」
 涙声で言うリル、レニの演技に花組はいつもの事ながら、本当に演技なのか?と錯覚させられる。
 そこでアイリス演じる見習い天使エルの登場となる。
「・・・・・」
 が、そこでセリフを言うはずのアイリスから声はなかった。
「アイリス?」
 そのアイリスにマリアが声をかける。
 花組もどうしたのかとアイリスを見つめた。
「あ。ごめんなさい」
 マリアに名を呼ばれ、アイリスが我に返る。
「アイリス、レニと江戸川先生の迫力に飲まれて、出トチリしちゃった」
 えへへっと苦笑いを見せて、アイリスがペロッと舌を出した。

 ひとしきり稽古が終わると、休憩を取る。
 それに合わせて3人娘が、お茶を用意して持って来てくれた。
「あーはい。ありがとう」
 江戸川はぺこりとお茶を注いでくれたかすみに頭を下げると、美味しそうにそれを飲み始めた。
「あー、やっぱりかすみ君の煎れてくれたお茶は美味しいねぇ」
 ほっとため息をついて江戸川が言うと、かすみは嬉しそうにありがとうございますと微笑んだ。
「私の家で焼いたお煎餅も食べて下さいね」
 そう言って椿が実家から持ってきたお煎餅を江戸川に勧めると、江戸川はまた美味しそうにそれを食べ始める。
 それをにっこりと微笑みながら椿が見つめると、不意に思い出し笑いをした。
「ふふふ、懐かしいなぁ」
 そう言って笑う椿に、由里が口を開く。
「何よ椿、思い出し笑いなんかして。何か面白い事でもあったの?」
 それを受けて椿が頷くと、話し始めた。
「えへへ。私、子供の頃クリスマスに靴下を下げて、おもちゃ下さいって書いた手紙をその中に入れておいたんですね」
「うんうん」
 好奇心の強い由里が、椿の話に興味深そうに頷く。
 花組や他のみんなも、お茶や煎餅を頂きながら椿の話を聞いていた。
「それがですね。朝起きたら、靴下の中にお煎餅が入ってたんですぅ。しかも、サンタさんからのお返事に、おもちゃは高いから、煎餅で我慢してくれって書いてあったんですよぉ」
 そう言うと椿は、また可愛らしい笑顔を見せた。
「あははー。それじゃあ、椿のお父さんがお煎餅を入れたってバレバレねー」
 そして由里もそう言うと、声を出して笑った。
「サンタクロースなんていやしないさ。子供達の枕元にプレゼントを置くのは、いつだって父親の役目なんだ」
 と、江戸川も乞食のセリフを思い出して、少しふざけた感じでそれを口にすると笑う。
「そうなんです。だから私、それでサンタクロースはいないって分かっちゃってショックだったんですよ」
 椿が最後に、子供だったな、と呟くと笑顔で締めくくった。
「あわわわわ」
 と、さくらが慌てた様子で声を上げた。
 え?っという感じで、椿、由里、江戸川がさくらの方を見るが、もう遅かった。
 花組もあーあという顔をしており、アイリスは1人泣き出しそうな顔をしていた。
「あの、どうかしたんですか?」
 椿の話に笑顔を見せていたかすみが、花組の態度にその表情を変えて聞く。
「サンタクロースはいるもん!」
 アイリスの涙声がそれに答える形になった。
 そのアイリスの言葉で、3人娘と江戸川はアイリスがサンタクロースを信じているのだと知る。
「あ、あ、あ」
 椿が自分が言い始めた話だけに、どうして良いか分からずにあたふたとしてしまう。
 由里や江戸川も困った顔を見せて、おろおろとしていた。
「ふう〜。もうこの際だからはっきりさせておいた方が良いんじゃないですか〜」
 たまらず織姫が声を上げた。
「サンタクロースはいないって、アイリスもそろそろ知っておくべきでーす」
 そしてそう続ける。
「織姫さん!」
 思わずすみれが織姫の名を呼ぶ。
「そんな言い方しなくっても」
「そうだぜ、織姫。アイリスが可哀想じゃねぇか」
 珍しくカンナがすみれの意見に同意した。
「あら、私がアイリスを苛めてるみたいじゃないですか?」
 それに織姫が頬を膨らますと、
「そんな事は言ってないわよ」
 マリアがフォローに入った。
「なあ、アイリス。その、残念やけどサンタはんは架空の人物なんよ」
 こうなったら仕方がないと、優しい口調で紅蘭がアイリスに説明を始める。
 アイリスは何も言わず、顔をぐしゃぐしゃにしている。今にも涙が溢れそうだ。
「プレゼントならうちが用意してやるよってに」
 なぐさめるつもりで紅蘭が言う。
「アイリス、プレゼントが欲しい訳じゃないよ!」
 ついに感極まってそう叫ぶと、アイリスは泣きながら走り出した。
「アイリス!」
 みんなが慌てて後を追おうとすると、誰よりも早くレニが走り出していた。
「サンタクロースはいるよ」
 そう呟いてから。



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