翌日からセリフ合わせが行われた。 稽古する場所の少ない帝劇では、セリフ合わせから舞台上で行なわれる。 8人が椅子を輪に並べ、それぞれが台本を見つめていた。 主役のレニとアイリス以外の6人は、それぞれメインの役以外に通行人やプレゼントを待つ子供など複数の役が割り当てられている。 帝国歌劇団花組は8人しかいない小劇団である為、舞台では1人で何役もこなすこともあれば、逆に1人芝居をしなければならない事も多かった。 どうしても8人でまかなえない時には、他の劇団に客演を依頼したり、エキストラ程度の出演であれば、乙女組から選抜して出演してもらう事もあった。 今回は乞食役で、江戸川夢声に客演を依頼していた。 江戸川は舞台演出家でもあり、役者でもある。 かつて今回と同じようにレニとアイリスが主役を演じた『青い鳥』でも客演し、巧妙な演技で舞台を盛り上げている。その他演出家としても多数の花組の舞台に参加していた。 その江戸川は今日のセリフ合わせには参加していない。 乞食の登場シーンはほんの一幕なので、ある程度花組の稽古が煮詰ってからの参加となっていた。 一通りセリフ合わせが終わると、一旦休憩に入った。 「レニ。最近お兄ちゃんとお話した?」 アイリスが横に座るレニを掴まえると、そう尋ねてきた。 レニが大神と時折キネマトロンで話している事はみんな知っている。それを知った時かえでは、大神君も案外マメね、と言って笑っていた。 「え、うん。昨日・・・」 腕にしがみついているアイリスを見下ろすと、レニが昨日の大神との会話を思い出し、少し言いにくそうに答えた。 「お兄ちゃん、帰って来る予定とかないのかなぁ?」 そんなレニの態度など気にもせず、アイリスが話を続ける。 「昨日は何も言っていなかったけど・・・」 どうしてそんなことを聞くのだろうと思ったが、口には出さずありのまま答えた。 「えー、でも、クリスマスイブはレニのお誕生日だよー。恋人のお誕生日に帰って来ないなんて、ダメだよー」 何がダメなのかは知らないが、アイリスは言うと少し口を尖らせて見せた。 「レニが帰って来てってお願いしたら、帰って来てくれるかもしれないよ?」 それからレニにそう提案する。 「隊長だって巴里での任務があるんだ。仕方がないよ」 それにはレニも流石にそう返した。 「でもー」 それでも不満そうに声を上げ、アイリスは頬を膨らませた。 「アイリス。レニが困ってるじゃない」 見かねてマリアが声をかける。 「だってー」 相変わらず頬を膨らませて、アイリスがマリアに顔を向けた。 「アイリス我慢しぃや。大神はんに会いたいんはみんな一緒なんやで」 紅蘭も膨れ面のアイリスに言う。 「あんまり我侭言ってると、サンタさん来てくれないぜ」 カンナにもそう言われ、やっとアイリスは口を閉じた。 「う、うん」 サンタクロースを信じているアイリスに、カンナの言葉は大きく響いたようだった。 その夜も大神からキネマトロンに通信が入った。 「珍しいね。2日連続なんて」 レニが言いながらも嬉しそうな表情を見せる。 「ん?ああ。クリスマス公演の事が気になってね」 それに大神も笑顔でそう返した。 そう、と頷いてから、今日の稽古の内容をレニが話し始める。 「今日はセリフ合わせだけだったけど、良い呼吸で進んだ」 「去年もみんなの息はピッタリだったものね。チームワークの良さが花組の良いところさ」 大神は言うと、ふと去年のクリスマス公演の事を思い出す。 去年、自分が選んだ主役に、自分が演出した舞台。 いつもはモギリや雑用という形でしか、手伝えなかった花組の、レニの舞台を手伝う事が出来た。 一緒に舞台を作ったと言っても良いだろう。 最初、かえでに主役選びと舞台演出を頼まれた時、自信はなかった。だけど、舞台に立つ事の出来ない大神にとって、舞台に立っている時のレニだけは、遠い存在だった。 どうあがいても同じ場所に立つ事は出来ない。 自信はなかった。でも、そんな気持ちがあったから、舞台演出という大役を快く引き受ける事が出来たのだ。 『奇跡の鐘』が大成功に終わった時の興奮は、今でも忘れることが出来ない。 大きな戦闘で勝利を収めた時とは、全く違った達成感、満足感があった。 それもこれも、レニの舞台に直接関われた事が大きかった。 「隊長のおかげだよ」 今ではすっかり花組の一員である事を、レニが大神のおかげだと言う。 「ちょっと悔しいな」 そのレニに大神が苦笑いをして見せた。 「え?」 と、レニが小首を傾げる。 「今年はレニと一緒に舞台を作れない事がさ」 「隊長・・・・・」 その言葉には、レニもすぐには返せなかった。 大神のその言葉が、自分への想いから来ている事をレニは知っていたからだ。 「じゃあ、今からセリフ合わせに付き合って」 ふと思い立って、レニが元気良く大神にそう言った。 「え?」 「江戸川先生は今日のセリフ合わせに参加していなかった。だから、江戸川先生とのシーンはまだセリフ合わせをしていない」 そう言って台本を開いて、そのシーンをキネマトロンに向ける。 「よし、俺にできる事があるなら何でも手伝うよ」 嬉しそうに大神はそう答えた。 レニの手伝いが出来る事も嬉しかったが、悔しがっている自分にレニが気を使ってくれた事が分かって、その事の方が嬉しかった。 その日の夜は、キネマトロン越しに、遅くまでセリフ合わせが行われた。 |