はっぴー
前編



 太正15年冬。今年もクリスマス公演が近い。
 今年の演目は、童話『見習い天使と見習い悪魔』。
 クリスマスの夜、見習い天使と見習い悪魔が、それぞれ1人前になる為の試験として、サンタクロースの手伝いをする。
 見習い天使エルはきちんとサンタクロースの役に立てたら、1人前の天使として認められる。
 見習い悪魔リルはその正体を隠してサンタクロースに近づき、プレゼントを配るのを邪魔する事が出来たら1人前の悪魔として認められる。
 けれど、クリスマス当日。サンタクロースは風邪をこじらせて配達に行けなくなってしまう。そこでサンタクロースはエルと、リルの2人にプレゼントを配ってほしいと頼むのだった。
 主役のエルとリルには、アイリスとレニ。
 他の花組のメンバーは、エルとリルが配達中に出会う子供達や、サンタクロースや悪魔、女神等を演じる事となる。
 その他今回の公演にはゲストとして、江戸川夢声も出演が決まっていた。

 サロン。花組がそこに勢ぞろいしていた。
 先ほどかすみに手渡された台本を手に、それぞれ自分の役柄やストーリーを確かめながら、あれこれと話をしていた。
「風邪をこじらせて寝込んじまうなんて、何だかあたいらしくねぇ役だなぁ」
 サンタクロース役のカンナが、台本をぱらぱらとめくりながら感想を言う。
「わたくしもですわ。魔界の女王だなんて、わたくしらしくありませんことよ」
 カンナの言葉にすみれもそう続いた。
「何言ってんだ。悪魔の親分なんてお前以外に考えられねぇじゃねぇか?」
 それにカンナがそう返すから、またいつものように2人の言い合いが始まる。
「また始まったでぇ」
 そう言いながらも紅蘭はいつもの事だと全く止める素振りも見せず、台本にある自分の役柄を目で追っていた。
「うちはずっとサンタクロースを信じて待っている子供の役やね」
「わたしは紅蘭の逆で、サンタを信じていない女の子の役でーす」
 織姫も自分の役を説明する。
「何だとこのやろう!」
「何ですの!」
 カンナとすみれの言い合いをBGMにして、花組は話を続ける。
「あたしは女神様ですって。去年のレニの聖母様みたいな綺麗な衣装が着られるのかしら」
 言うとさくらは、女神姿の自分をイメージして、うふふと笑う。
「どうしてさくらさんが女神でわたくしが魔界の女王なんですの〜?」
「おめぇにはお似合いだってさっきから言ってんだろっ!」
「ほらほら、いい加減にしなさいよ」
 カンナとすみれにそう声をかけつつ、マリアもまた台本から目は離さない。
「江戸川先生は、子供の頃にサンタクロースを信じていたけど、ついに現れる事がなかったサンタクロースを恨んでいる乞食の男なのね」
 と、マリアが説明的なセリフを言う。
「江戸川先生の事だから、クリスマスの直前に引っ越しちゃって、サンタさんに居場所を教えるの忘れてたーとかそんな理由じゃないんですか〜?」
 織姫がマリアの言葉に冗談を言う。
「あら、織姫良く分かったわね」
 それに織姫よりも台本を読みすすめていたマリアが真面目な顔で返すと、
「あら、ホントにそうなんですか〜」
 織姫は少し驚いた風にそう言うと、台本にあるその部分を見つけ呆れた顔を見せた。
「とは言っても、本当の江戸川先生ではなくて役の上での話だけど・・・」
 と、マリアが付け足す。
「でも、サンタクロースを信じてないなんておかしいよねー。サンタさんはいるに決まってるのに」
 アイリスのその言葉に、一同が台本から目を離し、アイリスの方に目を向けた。
 カンナとすみれもピタリと言い合いをやめると、アイリスの方を向く。
「アイリスには毎年サンタさん、プレゼントを届けてくれるよ」
 言うとアイリスは満面の笑顔を見せていた。
「ねぇ、レニ。サンタさんはいるよねー」
「ああ」
 不意にアイリスにそう言われたが、すぐにレニはそう言って笑顔を返した。
 その返事に満足したのか、アイリスは台本を持つとかえでのところに行くと言ってサロンから出て行った。
 アイリスはまだ難しい漢字が読めない。いつも台本を渡されると、そこに書いてある難しい漢字をかえでに見てもらっているのだ。
「アイリス、まだサンタを信じてるですか?」
 アイリスの姿が見えなくなると、織姫が口を開いた。
「そうみてぇだな」
 それにカンナが相づちを打つ。
「フランスにいた頃はご両親が、帝劇に来てからはあやめさんや大神さんがクリスマスの日にはそっと枕元にプレゼントを置いていたんですよね。だから、今でも信じてるんですよ」
 さくらが少し低いトーンで言葉にする。
「だけど、今年は隊長はいないわ」
 どういう意味で言ったのか、マリアがさくらに続いた。
「もうアイリスにプレゼントはするなってことですの?」
 その言葉の意味を計りかねて、すみれがマリアに聞く。
「そういう訳じゃないけど、アイリスももう13なのよ。いつまでもこのままで良いとは思えないわ・・・」
「わたしはもう必要ないと思いますけどー。中尉さんも皆さんも少し甘いと思いまーす。13にもなってサンタを信じてるなんてナンセンスでーす」
 言うと織姫は肩を竦める。
「レニまでアイリスに合わせちゃって、レニらしくないでーす」
 そして、そう続けた。
「・・・・・」
 レニは無言。
「レニ?」
 織姫がそのレニの様子を怪訝に思い、再び声をかける。
「あ、ああ。・・・そうだね」
 レニはそれだけ言って返した。

 サロンを後にして自室に戻ると、レニは部屋の隅に無造作に置かれている椅子に座り、台本を開くと目を落とした。
 しばらく読み進めると、キネマトロンが呼び出し音を鳴らした。
 その音に反応すると、レニは台本を椅子の上に置き、キネマトロンの電源を入れる。
「やあ、レニ」
 聞きなれた声が聞こえ、見慣れた姿がそこに映る。
 大神一郎。レニの想い人。
「隊長」
 その人をその瞳に映すと、レニはその感情を微笑という形で表した。
「元気だったかい?・・・と言ってもこの前通信してからまだ1週間も経っていないけどね」
 言うとキネマトロンの中の大神は、白い歯を見せて笑う。
 それにつられてレニも笑うと、続いて口を開いた。
「クリスマス公演の演目が決まったんだ」
「へぇ、何に決まったんだい?」
「見習い天使と見習い悪魔っていう童話だよ」
 言うとレニは椅子の上に置いた台本を手に取って、キネマトロンに向けた。
「へぇ、確かサンタクロースの手伝いをする天使と悪魔の話だったよね?」
 キネマトロン越しに映るその台本に目をやると、大神が思い出しながら言う。
「良く知ってるね」
 それにレニが驚くと、昔アイリスに読んでやった事があるんだ、と大神は笑った。
「そう言えば、今年はアイリスのサンタクロースのプレゼントはどうするのかな?」
 アイリスの名前が出てその事を思い出すと、独り言の様に大神は呟いた。
「え・・・」
 その大神の言葉に、思わずレニは声を上げた。
「どうしたんだい?」
 それに大神が聞くが、
「何でもない」
 レニは即答した。



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