はっぴー
後編



 クリスマス公演の稽古は順調に進んでいた。
 舞台セットもその大半が出来上がり、衣装もほとんどが完成していた。
 花組の演技もほぼイメージ通りに仕上がり、客演の江戸川も好演を見せていた。
 サンタクロースいる、いないで、一時は不穏な空気が流れたが、あの後アイリスが素直にみんなに謝って、今ではすっかり元通りの花組に戻っている。
 相変わらずレニとアイリスはサンタクロースを信じているが、もうサンタはいないと言われても笑っていられた。

 今日の稽古が終わった後。楽屋。
 順風に進むクリスマス公演準備に花組ものびのびと稽古が出来、余裕を持って本番に望めそうだった。
「生まれ変わったら何になりたい?」
 気持ちにゆとりがあると、ふと舞台の事から離れてそんな話題も出たりする。
 とは言っても、きっかけはクリスマス公演『見習い天使と見習い悪魔』の中にあるくだりからだった。
 見習い悪魔リルは、見習い天使エルと共にプレゼントを配って行く内に、エルや子供達の純粋な心に触れ、いつしかその心は善へと変わっていく。
 それを知った魔界の女王は、善の心を持った悪魔など必要ないと、非情にもリルをその手で葬ってしまう。
 リルの死を悲しむエルに、女神は2人へのクリスマスプレゼントとして、リルを生まれ変わらせてくれると言う。
 何に生まれ変わらせるかはエル次第。そこでエルは、リルを自分と同じ天使にするか、それとも人間にするか、はたまた鳥や動物、或いは草木にするか、何が1番幸せなのかと悩むのである。
「鳥も良いよな。大空を駆け巡って好きなところへ飛んで行けるんだぜ」
 カンナが言う。
「あら、カンナさんはクマなんかお似合いじゃなくって?」
 それにすみれがそう言うと、
「そう言うお前はハリネズミってか?」
 カンナが阿吽の呼吸でそう突っ込む。
「何をおっしゃいますの。わたくしは、そうですわね、毛並みの綺麗なラグドールなんて良いかもしれませんわね」
 ちょっと気取ってすみれ。
「ラグドール?何だいそれ?」
 カンナがそれにキョトンとして聞いた。
「ネコの種類ですわ。食べ物じゃございませんわよ?」
 からかう風にすみれが言うから、また楽屋にカンナとすみれのBGMが流れ出す。
「あたしはウサギさん。可愛いですよね、ウサギさん」
 そのBGMをバックに、さくらがニコニコして言う。
「銀杏の木なんてどうかしら。帝劇の庭にひっそりと立って、いつまでも帝劇を見守っているの」
 マリアが詩人めいたことを言う。
「同じ見守るなら、わたしは夜空に輝くお星様でーす。キラキラ輝いて、皆さんをいつまでも楽しませてあげまーす」
 織姫が大げさに両手を広げてそう言うと、
「それ生き物とちゃうし、星って死んだ人みたいやで」
 紅蘭がすぐさま突っ込みを入れる。
「アイリスぬいぐるみー」
 続いてアイリスがそう言うと、
「それも生き物やない」
 またも紅蘭が間髪を入れない。
「じゃあ、紅蘭は何になりたいですか〜?」
 と、織姫が聞く。
「うちは光武やっ!」
 すると紅蘭は目を輝かせて答えた。
「それこそ生き物じゃないでーす!」
 今度は織姫が逆に紅蘭に突っ込みを入れると、
「何言うてはるの!?機械は生き物やで!」
 紅蘭らしい答えが返ってきた。
 マリアがそのやりとりを聞いて笑うと、ふとレニが何も言っていないことに気づく。
「レニは何になりたい?」
 そして笑顔で尋ねた。
「・・・・・」
 その質問にレニは思いを巡らせてみる。
 今までそんな事は考えた事もなかった。
 が、レニがその答えを出す前に、楽屋に騒がしく入ってくる人物がいた。
「ニュースですー。大ニュースー」
 その声、そのセリフ、由里だった。
「大神さんが帰って来るんですってー」
 楽屋のドアを開けると同時に、由里が大きな声を上げた。
「えー!?」
 いっせいに花組の驚きの声が楽屋に響き渡る。
「い、いつだよ?今日か?明日か?え、はっきりしろよ由里」
 すみれとの言い合いなどどこへやら、カンナがさっきの由里よりも大きな声を出した。
 そのカンナにすみれですら文句を言うのを忘れて、由里に話の続きをせまった。
「それがですね。さっきかえでさんに聞いたんですけど、何でも巴里での任務が一段楽したらしくって、休暇が貰えたそうなんです」
 誰よりも早く情報を伝える事にある種の快感を覚えている由里が、嬉々として目の前にいる8人に説明した。
「じゃあ、クリスマス公演観てもらえるの!?」
 アイリスが信じられない、という感じで由里に言う。
「ええ、クリスマスまでには帝劇に戻って来るらしいわ」
 それに由里が微笑むと、アイリスは満面の笑顔を見せた。
「良かったですね、レ〜ニ」
 らしくなく驚いて呆然としているレニに、織姫がそっと声をかける。
「え、あ、・・・うん」
 レニがどもるのは、いつも大神の話題。
 そのレニを見て、織姫は微笑した。

 その日の夜。大神から通信が入った。
「隊長!」
 キネマトロンにその顔が映ると、レニは思わずいつもより少し大きな声を出す。
「え?どうしたんだいレニ?」
 とぼけた顔で大神がそう言うから、レニは珍しくやきもきしてしまう。
「帰って来るんだって?そんな事全然言ってなかったじゃない」
 少し拗ねた風にレニ。
「あれ、もう聞いちゃったんだ?内緒にしておいて驚かそうと思ったのに」
 当の大神は、けろっとした顔で笑う。
「もう」
 レニがまた拗ねてそう言うから、大神はその顔が可愛くて笑顔が止まらなかった。
 レニは拗ねているのに大神がいつまでも笑顔だから、レニもいつしかつられて笑っていた。



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