本番までの2日間は、あっという間に過ぎて行った。
 セリフが入っているとはいえ、演技するとなると話は別だ。
 残りの稽古を花組は全て乞食のシーンにあてて、大神の稽古に付き合った。
 大神も『花組』の一員として、一生懸命に稽古に打ち込んだ。
 レニが大神との再会を懐かしがっている暇などはなかった。
 そして、最後の稽古が終わり、いよいよ本番は明日という夜。レニは大神の部屋を尋ねた。
「やあレニ。どうしたんだい?」
 大神がドアから顔を出すと、少し憂いた表情のレニがそこにいた。
 そのレニの顔を見ると、大神は優しく微笑んでレニを招き入れた。
 部屋に入ると、レニをベッドに座らせ、大神は自分の机に座った。
「あの・・・」
 少し言いにくそうに、レニが口を開く。
「なんだい?」
 優しく大神が聞く。
「隊長嫌じゃない?」
 それにレニがそう言う。
「何がだい?」
 レニの言う言葉の意味が、本当に分からず大神は首を傾げた。
「ボク、勝手に隊長を乞食役に推薦しちゃったけど、もしかしたら迷惑だったんじゃないかって・・・」
 レニが不安げな表情に変わる。
「なぁんだ」
 だが、大神は意に介した風もなく、ふふっと小さく笑う。
「え・・・」
 少し意外な答えだったらしく、レニはそう声を漏らした。
「そんな事を気にしていたのかい?俺はね、レニ。レニが俺を推薦してくれてすごく嬉しかったんだ」
 それにレニがまた驚いた表情を見せる。
 そのレニの瞳を微笑んだままに見つめ、大神は話し始めた。
「俺は、ここではモギリだから、いつもレニの舞台を見ている事しか出来なかった。だから、去年のクリスマス公演で舞台の演出をやった時は、すごく嬉しかったんだ。レニと同じ舞台に直接関われる事が出来る、レニと同じ舞台を作る事が出来るってね。『奇跡の鐘』が大成功した時の興奮は今でも忘れられない」
 レニは黙って大神の話を聞いている。
「けど、俺は役者じゃないから、どうあがいても舞台に立つ事は出来ない。舞台の上のレニだけは、俺にとって遠い存在だったんだ」
「そんな」
 レニが言う。
「分かってる。そんなのは俺のわがままだって」
 レニを遮って大神は続ける。
「それに今年は俺は巴里だから、舞台に関わる事も出来なかった。だからさ、レニが俺を推薦してくれた時は、すごく嬉しかったんだよ。俺はまたレニの舞台に関わる事が出来る。しかも、今年は同じ舞台に立てるってね」
 大神はにっこりと微笑んだ。
「隊長・・・。ボクだって、本当は巴里に行きたかったんだよ・・・・・」
 小声でレニが言った。
「え」
 大神は言葉以上に驚く。
「同じ舞台に立ちたいって思ってるのは、隊長だけじゃないんだから・・・」
 そう言うとうつむいてしまって、レニの表情は大神からは見えなくなった。
「レニ」
 大神は立ち上がると、そっとレニの前に膝をつく。
「隊長」
 そしてそのまま、レニをその腕に抱きしめた。
「ありがとう、レニ。ただいま」
 レニの耳元で大神の声が聞こえる。
「おかえり、隊長」
 ずっと言いたかったその言葉を、レニはやっと口にした。
 2人見つめ合うと自然に唇を重ねる。
 息苦しいほどの口づけ。
 2人の間には、もう距離はなかった。



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