パジャマたいむ
〜大神編〜



 トントントン。
 全ての見回りを終え、自室に戻ろうと階段を上がる。
 階段を上りきったところで、どこかでドアの開く音がした。
 その音のした方に目を向けると、ドアから見なれた人物が2人顔を出した。
「レニー、早く早くー」
「待ってよ、アイリス」
 レニとアイリス。2人が出てきたのはレニの部屋だった。
 俺は不思議に思って2人に声をかける。
「2人ともまだ起きていたのかい?」
「あ、お兄ちゃんだー」
「た、隊長……」
 元気なアイリスとは逆に、レニは少し戸惑ったような態度を見せた。
「アイリスね〜、今日はレニのお部屋にお泊まりなんだよ〜」
 アイリスが、いいでしょう? と言わんばかりに嬉しそうに笑った。
 そう、最近レニはベッドを買ったんだ。おまけに寝る時はパジャマを着ている。前に1度だけ、レニのパジャマ姿を見たことがあった。
 あれは偶然風呂上りのレニと出くわした時だった。俺はそのあまりの可愛さに、にやける顔を抑えられなくて困ったものだ。
 あまり着なれないものを着ている姿を見られるのが恥ずかしかったのか、レニもすっかり照れてしまっていた。
 風呂上りだったので、余計に頬が赤く染まっていたな。
 そして、今また偶然俺はパジャマ姿のレニと出くわしたんだ。
 だけど今日はあの時とは違い、レニは普段通りの表情を見せていた。
 さっきは突然で少し戸惑ったみたいだけど、もうパジャマ姿にも慣れてきたのかな?
 俺はまたレニのパジャマ姿が可愛くて顔がにやけそうになるが、アイリスの手前そんな顔をしたら何を言われるか分からない。俺は必死に普段通りの表情をするように務めた。
「そうなのかい? でも、もうこんな時間だよ。2人とも早くおやすみ」
「少し話が長引いてしまったんだ」
「今から歯をみがきに行くところなんだよ」
「じゃあ、歯をみがいたらおやすみ」
 俺が2人にそう言って笑顔を見せると、2人は洗面所に向かって歩いて行った。
 2人の後姿を見送ると、やっと俺は自分の感情をその表情に出す。
「レニ、可愛かったなぁ」
 その時の俺の顔は、思いっきりにやけていただろう。

 俺は毎朝7時前には目が覚める。士官学校時代からの癖がいまだに抜けないのだ。あの頃は7時どころか4時や5時に起こされることもあった。
 巴里にいる時でもその癖は直らず、特に用事がある訳でもないのに7時には起きて、シャノワールの出勤時間まで暇をつぶしていた。
 俺は両腕を突き上げ思い切り伸びをすると、ベッドから起き上がった。
 そして洗面用具を持つと、そのままの格好で部屋を出た。

 起きるとまず歯をみがくために洗面所に行く。歯をみがくだけなので眠る時の格好のままだ。
 ランニングシャツに下はジャージ。ジャージは動きやすくていい。
 洗面所に着くと珍しく先客がいることに気づいた。パジャマ姿で鏡に向かって歯をみがいている。
 レニとマリアは割と早起きだが、それでも俺よりは少しだけ遅い。かえでさんも早起きのようだが、あの人は1つ屋根の下に住んでいてこう言うのもなんだけど、あまり生活感を感じさせないところがある。
 そんな訳で、今まで朝洗面所で誰かに出会ったことはなかった。
 その珍しい先客の後姿に俺は声をかけた。
「レニ、おはよう」
 一瞬、肩をピクッとさせると、レニがそっとこちらを向いた。
「た、隊長……。おはよう……」
 例によってパジャマ姿を見られることにまだ抵抗があるのか、戸惑ったような照れたような仕種が可愛らしかった。
 レニは昨日と同じ、薄い水色の生地に白い小さな花柄が幾つも散りばめられているパジャマを着ていた。
 レニには青が本当に良く似合う。
「いつもより少し早起きだね。アイリスはまだ寝てるのかい?」
 レニの可愛さににやける顔を必至に抑えながら、普段通りの表情を作る。
「う、うん。アイリスの寝言で目が覚めちゃったんだ」
「ははは、そうなんだ」
 俺はそれに笑うと、レニの横に並んで持ってきた歯ブラシを取り出した。
 この洗面所は丁度2人並んで歯をみがいたり顔を洗ったりできるスペースがあり、蛇口も2つ取りつけられている。
 歯ブラシを用意して歯磨き粉をそれにつける段になって、俺は歯磨き粉を切らしていることを思い出した。
「あ、歯磨き粉切らしてたんだっけ」
 俺がそう言って少し困った顔をすると、横からすっと手が伸びてきて、レニが自分の歯磨き粉を差し出した。
「ありがとう、レニ」
 俺がそう言うとレニはチラと笑顔を見せて、また鏡に向かって歯磨きを続けた。
 俺もレニから受け取った歯磨き粉を歯ブラシにつけると、歯ブラシを口の中に入れてゴシゴシと手を動かす。
 鏡に向かうと横にいるレニの顔が俺の隣に映っていて、俺は思わずそちらに目が行ってしまった。
 鏡を見つめながらゴシゴシと手を動かしているレニが見える。
 歯ブラシの方向が変わるたびにそれに合わせて首をかしげたり、口がおかしな形になったりするのが、可愛くて楽しくて見ていて飽きない。
 そうやってじっとその姿を見ていたら、鏡の中のレニの目がふと俺の方に向けられて、目が合ってしまった。ドキッとして俺はとっさに視線をそらした。じっと見つめていたことを気づかれただろうか? 俺はそう思いながら、鏡の中の自分に視線を移した。
 それでもチラチラと隣に映るレニの姿を気にしながら、俺はふと思った。
 レニのこのパジャマは、レニが自分で選んだんだのかな? レニの趣味にしては可愛らしすぎる気もするけど、アイリスの影響かもしれないな。
 そういえば今まで見たレニの私服は、どれもかえでさんの見立てらしい。普段からさりげないおしゃれが似合うかえでさんの見立てだから、レニも素直にかえでさんの選んだものを着ているみたいだけど、まあ、自分にはどんな服が似合うのかレニ自身分からないところがあってかえでさんに任せているのかもしれないけどね。
 とはいえ、水着を持っていなかったレニに乙女学園指定のスクール水着を渡したのには参ったけど。
 でも、確かにあれも似合っていたよなぁ。
 あ、いかんいかん。思い出したらまた顔がにやけちゃったぞ。
 にやけた顔をレニに見られるんじゃないかと焦ったけど、上手い具合にレニは歯みがきを終えて顔を洗い始めた。
 ふう、危ないところだったよ。
 心の中でため息をつくと、俺も歯ブラシを動かしている手をとめて口をすすいだ。
 ブクブクブク。ガラガラガラ。
 口の中の歯磨き粉を全部すすぐと、次は顔を洗う。
 朝、冷たい水で顔を洗うのはとても気持ちがいい。まだ少し鈍い頭をすっきりさせてくれる。
 バシャバシャと洗って顔を上げる。肩に載せていたタオルを手に取ると、そのままそれに顔を埋めた。
 ゴシゴシと顔を拭くとまた鏡を覗き込む。そこにいるさっぱりした顔の自分に満足すると、隣に映っているレニがこちらを見て笑っているのが見えた。
「どうしたんだい?」
 俺は不思議に思ってそう聞いた。
「だって、隊長がおかしいんだもん」
 そう言って笑うレニの表情が、俺は妙に新鮮でドキッとする。
「あ、え、そうかい?」
 思わず照れ笑いをしてしまう。
「ははは」
 レニはまだ笑っている。
「ははは」
 俺もそれにつられて一緒になって笑った。
「あらあら、楽しそうね」
 そこへ、後ろからそう声がかかった。
「かえでさん、おはようございます」
 その声の主を認めると、俺はそう挨拶した。
「おはよう、かえでさん」
「おはよう。大神君、レニ」
 いつもの包みこむような笑顔で、かえでさんは俺達にそう言うと、レニに視線を向ける。
「あら、レニ。そのパジャマ、やっぱり似合ってるわよ」
「そう? ありがとう」
 その会話でやはりレニのパジャマはかえでさんの見立てだと知り、俺ももう1度レニのパジャマを見つめる。
「ね、大神君。似合ってるわよね?」
 いきなりかえでさんがそう聞いてきた。
「はい!」
 それに俺は、まるで条件反射のように返事を返す。それにかえでさんが一瞬きょとんとした表情を見せた。
「やだ、大神君。そんなに力いっぱい答えなくてもいいわよ」
 そう言ってかえでさんが笑う。
「た、隊長……」
 その横で、レニが顔を真っ赤にして俯いてしまった。
「あ、いや、その……」
 思わず苦笑いをする俺に、かえでさんもまた笑顔を見せた。
「まったく、大神君たらレニのパジャマ姿が可愛くて、にやけてたんじゃないの?」
「いいっ!」
 かえでさんが図星を指すので、俺は思わずそう声を上げてしまった。
「あ」
 と、慌てて口を押さえる。
 俯いていたレニも、顔を上げて俺に視線を向けていた。何か不思議なものでも見るような顔だ。
「あ〜ら、やっぱりそうだったのね? レニ、大神君のだらしのない顔見せられちゃったわね」
 かえでさんが楽しそうな顔で俺、そしてレニに向かい言った。
「え? そ、そうだったの……?」
「う」
 俺はそのレニの言葉を聞いて言葉をなくす。俺のにやけ顔はしっかりレニに見られていたらしい。
「大神君、可愛いと思ったら女の子にはちゃんと可愛いって言ってあげなくちゃだめよ」
 かえでさんは小さな子供にでも言い聞かせるように、俺にそう言った。
「は、はい」
 俺は情けなくもそれに素直に返事を返した。
「あ、あの……。隊長……」
 と、そこへレニが何か言いたげな素振りを見せる。
 それを聞いたかえでさんは俺にウインクをして見せた。それで俺ははっとしてその言葉を口にする。
「レニ、あの、そのパジャマ良く似合ってるよ。その、可愛いと思う」
 何だかあらたまってこういうセリフを言うのは恥ずかしくて、俺は少し照れてしまった。
「あ、ありがとう」
 だけど、レニはとても嬉しそうにそう言って笑って見せてくれた。
「さあさあ、2人とも歯みがきは終ったんでしょう? 続きは他でやってちょうだい」
 かえでさんが俺達にやらせたのに、つき合っていられないという風に言う。
 それで俺とレニは洗面所を空けて、かえでさんに挨拶するとその場を離れることにした。
 俺達が部屋に向かって廊下を歩いていると、後ろからかえでさんのハミングが聞こえてきた。
 なんだろう? かえでさん、今日はやけにご機嫌だな?
 俺がそう思ってレニの顔を見ると、レニもそう思っていたのか不思議そうな顔をしていた。
「レニ、良かったら一緒に朝ご飯食べないか?」
 そのレニを朝食に誘う。
「うん」
 それにレニは笑顔で頷いた。
 その笑顔がとても可愛くて、俺も笑顔になる。
 何だか今朝は得した気分。今日はいい一日になりそうだ。
 俺はそう思うと、もう1度レニの顔を見て微笑んだ。



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