パジャマたいむ
〜かえで編〜



 夜もすっかり更けてきたというのに、読みかけの小説が面白くて、私は書庫から離れられないでいた。
 トントントン。
 階段を誰かが上がってくる音が聞こえてきた。
 と、すぐにどこかでドアが開く音がする。
「レニー、早く早くー」
「待ってよ、アイリス」
 レニとアイリスだった。
 そういえば、今日はアイリスがレニの部屋に泊まるって言っていたわね。レニのベッドが着てから、初めての泊まりのお客さんね。
「2人ともまだ起きていたのかい?」
 大神君だ。さっきの階段を上がる足音は大神君か。見回りご苦労。
「今から歯をみがきに行くところなんだよ」
 アイリスの声がそう聞こえてきて、私はふと気になって書庫からこっそり顔を覗かせてみた。
 見ると、案の定レニはベッドと一緒に私が選んであげたパジャマを着ている。
 う〜ん、やっぱり良く似合ってるわ。可愛いわよ、レニ。
 あら、でも何だか恥ずかしそうにしてるわね。
 大神君には悟られないように演技してるけど、レニったら恥ずかしがってるのを気づかれないように表情を作ってるわ。
 もう、大神君たらレニがこんなに可愛いのにちょっとは誉めてあげなさいよね。
 って、大神君も顔作ってない? あ〜あ、2人とも素直じゃないわね。
 大神君必死で顔がにやけるのを抑えてるわ。
 でも、こういうのってどうして当人同士は気がつかないのかしら? 端から見てると見え見えなのに。アイリスはまだ経験が浅いから、気づいてないみたいだけど。
「じゃあ、歯をみがいたらおやすみ」
 あ、もうレニ行っちゃったじゃない。大神君たらホントに朴念仁なんだから。
 あ、大神君顔がいきなりゆるんだわよ。
「レニ、可愛かったなぁ」
 あ〜あ、もうどうして本人に言ってあげないのよ。これはちょっと放っておけないわ。
 私は思わず、書庫で小説を握り締めた。

 朝、6時50分。
 書庫から持ってきた小説が面白くて、結局徹夜をして読破してしまった。
 もう今から寝てもそんなに眠ることはできないわね。
 折角だから、ちょっと奥手の2人を何とかする計画でも立てようかしら。
 ガチャ。
 あら、今ドアが開く音がしたわね。
 私はそっと自分の部屋のドアを開けて覗いてみた。
 あら、レニだわ。いつもより早いんじゃない? アイリスの寝相でも悪かったのかしら?
 まあ、いいわ。この時間に洗面所に行くってことは、上手い具合に大神君と出くわすかもしれないわね。タイミング良く行ってきっかけを作ってあげようかな。
 ガチャ。
 私がそう思っていると、今度は隣の部屋のドアが開いた。
 あ、大神君。相変わらず早起きね。
 昔、士官学校時代の癖が抜けなくて今でも早く起きてしまうって言ってたけど、女の子に対してはそんなにお固くちゃだめなのよ。
 もう少しそういうところは加山君を見習った方がいいわね。
 さてと、私もこうしちゃいられないわ。

 頃合を見計らって、私は洗面用具片手に洗面所に向かった。
「ははは」
「ははは」
 洗面所に着くと、2人の笑い声が聞こえてきた。
 何だか私がいなくても上手くやっているみたいね。
 でも、ダメを押しておく必要があるわ。何せ2人とも奥手なんだから。
「あらあら、楽しそうね」
 私は何気なく後ろから声をかけた。
「かえでさん、おはようございます」
「おはよう、かえでさん」
 2人が私を見つけて挨拶を返してきた。
「おはよう。大神君、レニ」
 私は何食わぬ顔でそう言って笑うと、すぐにレニのパジャマに視線を移す。
「あら、レニ。そのパジャマ、やっぱり似合ってるわよ」
 そしてそう言う。
「そう? ありがとう」
あら、レニったらそっけない返事ね。
もう、大神君が可愛いって言ってあげないから、私が言っても信じてくれないんだわ。ホント、世話が焼けるわね。
「ね、大神君。似合ってるわよね?」
 私はストレートに大神君に聞く。
 ホントは可愛いって言いたくて仕方がないんだから、ストレートに聞いてやった方がいいのよ。
「はい!」
 それに大神君は即答してきた。こっちが驚くくらい素直な反応で、思わず面食らっちゃったわ。
「やだ、大神君。そんなに力いっぱい答えなくてもいいわよ」
 でも、その素直な反応はいいわよ。
「た、隊長……」
 ほら、レニも照れちゃってるわ。
「あ、いや、その……」
 どもる大神君に私は追い討ちをかける。
「まったく、大神君たらレニのパジャマ姿が可愛くて、にやけてたんじゃないの?」
「いいっ!」
 それにもまた大神君は素直な反応を見せた。
 ふう〜、どうしてレニの前でそれができないのかしら。
「あ」
 大神君が慌てて口を押さえた。
 今更遅いわよ。
「あ〜ら、やっぱりそうだったのね? レニ、大神君のだらしのない顔見せられちゃったわね」
 私は遠回しにレニに大神くんの気持ちを説明する。レニは頭のいい子だから、これで十分のはずよ。
「え? そ、そうだったの……?」
「う」
 レニの反応に大神君が言葉をなくしたわ。もう一押しね。
「大神君、可愛いと思ったら女の子にはちゃんと可愛いって言ってあげなくちゃだめよ」
「は、はい」
 大神君ホントに素直で良い子ね〜。
「あ、あの……。隊長……」
 ほら、レニが聞きたそうにしてるわよ。
 私はそう思うと、大神君にウインクして合図を送る。
「レニ、あの、そのパジャマ良く似合ってるよ。その、可愛いと思う」
 やったぁ、ついに言ったわ。
「あ、ありがとう」
 うんうん、レニも嬉しそうだわ。ホント可愛い子ね。
 これでパジャマが花柄じゃなくて、織姫が着てるような真っ赤なネグリジェだったらもっと面白かったんだけどな。
 まあ、いいわ、レニはこれからもっともっと可愛く綺麗になっていくんだから。その時の大神君の顔が見物ね。
 さてと、今日はこのくらいにしておこうかな。
「さあさあ、2人とも歯みがきは終ったんでしょう? 続きは他でやってちょうだい」
 私は言うと、歯をみがくために2人を洗面所から追い出した。
 それで2人は、仲良く自分の部屋に戻っていった。
 この流れで行くと、今朝は一緒に朝食でも取るんじゃないかしら。
 歯ブラシをくわえながらそんなことを思う。
 でも、まだまだあの2人には私の手助けが必要ね。
 奥手のレニと朴念仁の大神君か。引っ付け甲斐があるわ。
 私は何だか急に楽しくなって、自然にハミングをしてしまっていた。
 鏡の中の自分に、思わず微笑んで見せる。
 帝国華撃団副指令藤枝かえでの試練は始まったばかりだわ。
 私はそう思うと、もう1度鏡に映る自分の顔を見て微笑んだ。



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