大神の部屋の前で2人が7度目のセリフを言おうとした時、隣の部屋のドアがガチャリと開いた。
「あら、どうしたの2人とも、そんな格好をして?」中から現れたかえでがレニとアイリスを見つけるとそう声を掛けてきた。
「かえでおねーちゃん。今日は仮装をするとお菓子がもらえる日なんだよ」アイリスがそのかえでに答える。
「ハロウィンのお祭りの日なんだって、マリアが教えてくれたんだ」レニが付け加えた。
「そうか、今日はハロウィンだったわね」かえでが思い出した、という感じでそう言った。
「それで大神君にお菓子を貰いに来たのね?」
 かえでの言葉にレニとアイリスが頷くとかえでが続ける。
「でも、大神君なら少し前に書庫の方に走っていったわよ」
「お兄ちゃんお部屋にいないの?」アイリスが言うと、大神の部屋のドアノブに手を掛けてガチャガチャと回してみる。
 だが、ドアには鍵が掛かっているらしく、ドアノブは回ってはくれなかった。
「書庫に行ってみよう」それを見てレニがアイリスに声を掛けた。
「もう、お兄ちゃんお部屋にいてって言ったのにー」アイリスが少し頬を膨らませた。
「とにかく1度書庫に行ってみなさいな」とかえで。
「うん。行こレニ」アイリスがかえでに返事をしてからレニに声を掛ける。
「ああ」レニもそれにこたえて2人は書庫に向かった。
「今日はハロウィンだったわね・・・」2人を見送りながらかえではもう1度先程と同じセリフを繰り返した。

「お兄ちゃーん。いるー?」アイリスが言いながら書庫に駆け込んだ。
「隊長?」レニも言いながら書庫の中に入ってきた。
「あら、アイリス。それにレニさん。どうしたんですか?」2人にそう声を掛けたのは由里だった。隣にはかすみの姿もあった。
「隊長を探してるんだ」レニが由里に答える。
「大神さんなら私達がここに来る前に階段ですれ違いましたよ」答えたのはかすみだった。
「お兄ちゃんどこ行ったんだろう?」アイリスが誰に言うでもなくそう言うと、
「慌てて1階に降りて行ったけど、どこに行ったのかまでは分からないわ。ごめんね、アイリス」とかすみがアイリスの独り言にそう返した。
「それより2人ともどうしてそんな格好をしてるんですか?」由里が興味津々という感じで尋ねてきた。
「今日はハロウィンのお祭りで仮装をして部屋を尋ねるとお菓子が貰えるんだって、マリアが教えてくれたんだ」レニが由里に答えた。
「ふーん。アメリカの風習かしら?後でマリアさんに聞いてみなくちゃ。・・・でもいいなあ、私も仮装してみたいなぁ」由里がアイリスではなくレニの方を見てそう言った。おしゃれな由里から見ても今日のレニは可愛らしく見えるらしい。
「由里。そんな事言ってないで書庫の整理を早く終らせましょう」かすみが由里にそう言うと、
「はーい」と由里が返事を返し、止めていた手を動かし始めた。
「まったく、椿がいれば3人で出来て早く終るのになぁ」由里の言う通り椿は今、秘密任務の為帝劇を留守にしている。代わりに乙女学園から推薦でやって来たつぼみという女の子が売店で売り子をしているのだが、まだ不慣れな為かすみ達の手伝いをするほどの余裕はないらしい。
 かすみ達を残し、レニとアイリスは1階に大神を探しに向かった。

「あーら、あなた達可愛らしい格好をしてるじゃなーい」階段を下りるとすぐそう声が掛かった。
 顔を見ずともその独特の話し方で、レニとアイリスにはそれが誰だかすぐに分かった。
 清流院琴音。自称愛と美の秘密部隊、薔薇組の隊長だ。
 琴音の横には同じく薔薇組の丘菊之丞と太田斧彦の姿も見えた。
 レニとアイリスは薔薇組にかいつまんで今日はハロウィンでお菓子が貰える、と仮装の理由を説明すると大神を見なかったか、と聞いた。
「一郎ちゃんならさっき厨房で見かけたわよ〜ん」斧彦が必要以上のしなを作ってそう言う。
「何か作っているみたいでしたけど・・・」菊之丞がそう付け加えた。
「行こう」アイリスがそう言うと、
「ありがとう」レニが薔薇組に礼を言い、2人は厨房に向かった。
「可愛いなぁ・・・」2人を見送りながら菊之丞が羨ましそうにそう言った。
「あら、菊ちゃん。仮装したくなっちゃったの?」斧彦がその菊之丞に聞く。
「私達愛と美の秘密部隊としては見過ごせないイベントねぇ」琴音もそう言って不敵に笑った。

「お兄ちゃーーん」アイリスが言いながら勢いよく厨房に飛びこんだ。
「おわっ!」そのアイリスの声に驚く人影があった。
「米田支配人」続いてやって来たレニがその人影に声を掛ける。
「何でぇ2人とも。ビックリさせるんじゃねぇよ」米田がレニとアイリスにそう言う。
「おめぇらそんな格好して、仮装行列でもあるのかい?」その2人の格好を見ると米田がとぼけた顔でそう聞いてきた。
 レニとアイリスは簡単に仮装の理由を説明すると、大神を見なかったかと聞く。
「大神ぃ?ああ見たぜ。あの野郎俺がつまみを探しにここに来たら『出来たー』って叫んでとっとと自分の部屋に戻って行っちまいやがった。何が出来たか知らねーがつまみならくれても良さそうなもんなのによ」米田は最後に「べらぼうめ」と付け加えコンロのするめをひっくり返した。
「お兄ちゃん、アイリス達が探してる間にまたお部屋に戻っちゃったのかなあ?」アイリスがレニの顔を見る。
「そうだね。もう1度隊長の部屋に行ってみよう」レニがアイリスにそう言うと、また2人は大神の部屋に戻ることにした。
 厨房に残った米田はコンロの上のするめを見つめながら、“そういえば俺の部屋にある鎧武者、実際に着れるのかな”とそんな事を思っていた。

「「トリック オア トリート。トリック オア トリート」」今度こそ大神がいる事を願ってレニとアイリスが今日7度目のそのセリフを唱えた。
「はーい」すると中から大神の声が聞こえてきた。
「わーい、お兄ちゃん今度はいてくれたよ」アイリスが本当に嬉しそうにレニにそう言うと、
「うん」レニも何だか嬉しくなって笑顔でアイリスに答えた。
 ガチャッと言う音とともに部屋のドアが開くと大神が顔を出した。
「やあ、2人ともよく来たね」大神が笑顔でそう言う。
「もうー、アイリス達お兄ちゃんの事ずっと探してたんだからー」アイリスが少しだけすねて見せる。
「え、そうなのかい?ごめんごめん。せっかくだから手作りのお菓子を作ろうと思ってね。書庫でお菓子作りの本を見てからさっき厨房でこさえてきたんだ」大神が謝ると部屋にいなかった理由を説明した。
「えー!お兄ちゃんの手作りなのー!?」アイリスの顔がパッと嬉しそうな表情に変わった。
「はい、これだよ」大神は言うと微笑みながらその手作りお菓子をレニとアイリスに差し出した。
「わーこれあったかいよ」アイリスが受け取ったそれはまだ出来たてで温かかった。
「良い匂い・・・」レニが言った通り何か甘い匂いが漂ってきた。
「マリアがハロウィンにはカボチャが付きものって言ってたから、カボチャのパイを焼いてみたんだ。うまく出来たかどうか分からないけど・・・」大神が少し照れた風にそう説明する。
「カボチャでランタンを作るってマリアが言ってたね」レニが昨日マリアに聞いたことを思い出した。
「俺もそれを聞いてね。作ってみたんだ」大神がレニの言葉に待ってましたとばかりにカボチャを繰り抜いて作ったランタンを部屋から持ち出して2人に見せた。
「わあ、なんだか怖い顔だねえ」アイリスがそれを見て印象を言う。
「カボチャのランタンは魔除けらしい、だからきっと怖い顔をしてるんだよ」レニがアイリスに説明した。
「ジャック・オ・ランタンって言うんだってさ」大神がレニとアイリスの様子を見ながらにこにことして言った。
 カボチャを繰り抜いて目や口の穴を開けて作るランタン(提灯)は、魔除けの意味があり、ハロウィンの日にはアメリカではどこの家でも軒先に飾っておくのだとマリアが昨日説明していた。
「・・・2人とももう持ちきれないね。ちょっと待ってて」大神がふとレニとアイリスの抱えているお菓子を見てそう言うと、部屋の中から大き目の紙袋を持ってきて2人にくれた。
 大神の気遣いに2人が素直に喜んだ時、その声は掛かった。
「大神はん。アイリスにレニもおったんか」もちろんその口調、紅蘭だ。
「紅蘭どうしたの!?」レニとアイリスが振り向くと、紅蘭の姿を見て驚いた。
 見ると紅蘭はさくらがいつも着ているような袴姿でそこに立っていたのだ。
「紅蘭・・・、その格好・・・」大神も紅蘭を見て不思議な顔をした。
「どや?なかなか似おうてるやろ?さくらはんとうちの着てるもん交換したんや」さくらがいつも着ている袴姿に似ているのではなく、紅蘭の着ているそれはそのままさくらの物だったらしい。
「もしかして、仮装?」レニがピンと来たらしく、不意に口を開いた。
「そや、レニとアイリスの仮装見とったらなんやうちも仮装してみとうなってな。みんなに話したらみんなもうちと同じ事思ってたんやて。ちゅうわけで3人とも今から楽屋まで来てみいひん?みんな仮装して集まってるで」紅蘭がとても楽しそうに説明し、3人を誘った。
「わーい、仮装パーティだー」アイリスが一も二もなくそう言って喜んだ。



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