すみれの部屋の前で2人は3度目のそのセリフを言う。
「「トリック オア トリート。トリック オア トリート」」
 少し間を置いてからカチャッとドアが開いた。
「あーら2人ともよく来ましたわね」顔を出すとすみれが言った。
「へへへ」アイリスが返事の代わりに笑顔を見せる。
「あら、レニのその衣装・・・。『シンデレラ』でアイリスが着るはずだった衣装ではなくて?」レニの衣装に目を留めたすみれがそう言った。
「そうなの?」レニがそれにそう声を上げる。
「そうだよー、アイリスの着る衣装なのに仕立て屋さんが寸法間違えて大きめの衣装を作っちゃったの。新しい衣装が出来たのが公演の当日ですごーく困ったんだよねー」アイリスが説明し、すみれに同意を求めた。
「そうそう、そうでしたわね。あの仕立て屋、腕はよろしいのですけれどおっちょこちょいなのが玉に傷ですわ」
「タマに傷?すみれ『青い鳥』の舞台でケガしたの?」アイリスが少し驚いた顔で尋ねた。
「アイリス!わたくしの役名は、マレーネド・カリーヌ・メディチ・フランソワ・サン・イタリアーノですわよ!」アイリスの言葉に向きになってすみれが言う。
「玉に傷というのは完璧に近いけど少しだけ欠点がある、という意味だよ」すみれの代わりにレニが説明した。
「へー、レニって物知りだねー」とアイリスが感心する。
「ちょっと2人とも、わたくしを無視しないでちょーだい」すみれが憤慨した。
「・・・それにしても『シンデレラ』からですわ、わたくしの役の方向が変わってしまったのは。『椿姫の夕』ではマリアさんと一緒に大人の演技でお客様を魅了しましたのに、『シンデレラ』や『第三天国』それに夏の『リア王』ですっかりいじわるな役が板についてしまい、先日までの『青い鳥』ではついに猫の役、おまけに宙吊りにまでされて・・・。この神崎すみれともあろうものが。よよよ」
 すみれは『青い鳥』の舞台中に、カンナ演じるフック船長の帆船を吊り上げるという大仕掛けを動かす為のロープを引く係だったのだが、衣装のしっぽが引っ掛かり自分も一緒に吊られてしまうというハプニングがあったのだ。
「宙吊りにされたのはすみれのミスじゃないか」ぼやき始めたすみれにレニが言った。
「そうだよすみれー。それより早くお菓子ちょーだーい」アイリスもレニに同意し、ついに痺れを切らしてお菓子を催促した。
「まったくこれだからお子様は・・・。それにレニも最近言うようになったんじゃなくって・・・」まだぼやきながらもすみれがお菓子の入った包みを取り出した。
「今朝7丁目のとらやで買ってきた栗羊羹ですわ。秋のお菓子といえばこれですものね」すみれが気を取りなおし2人に渡しながら言う。
「へー、和菓子かぁ。ボクあまり食べた事がないから嬉しいや。ありがとうタマ」とレニ。
「マロンだぁ。わーい、ありがとうタマ」とアイリスも言った。
「どういたしましてご主人様・・・・・って、ちょっとぉっ!」すみれがはっとしてまた怒り出す。
 その様子を見てレニとアイリスが顔を見合わせて声を出して笑った。

「「トリック オア トリート。トリック オア トリート」」
 2人がそう言うが早いか織姫の部屋のドアがバーンと開け放たれた。
「よく来たでーす」と同時に織姫が飛び出してくる。
「きゃああぁ!」アイリスがそれに驚いて思わず隣のレニの腕に掴まる。
「驚かさないでよ、織姫」レニが自分の腕を掴まえているアイリスの手に自分の手を重ねると織姫に向かってそう言った。
「あー、ごめんなさーい。レニがどんな仮装をするのか楽しみで仕方がなかったんでーす」申し訳なさそうにレニとアイリスにそう言うと織姫はすぐにレニの仮装をまじまじと眺め始めた。
「ふーん。魔女、ウィッチですねー。でもずいぶん可愛い魔女ですねー。・・・レニのスカート姿はヨーロッパの頃に舞台で何度か見てますけどー、今日は何だかその頃より女の子らしく見えまーす」織姫は感心したようにそう言った。以前のレニを知っている織姫だけに、それはレニが自分を女の子だと意識し始めたからに他ならないと思っていた。
「そ、そうかな・・・」だがレニはそれについてまだ自覚していないので織姫の言葉に少し戸惑った。
「それにしてもアイリス、面白い格好してますねー。ジャンポールまで仮装してるですか。でもちょっと似合ってるかもってカンジ」着ぐるみ姿のアイリスと少年レッドのジャンポールを見て織姫が感想を言う。
「わー、良かったねジャンポール。織姫がジャンポールの仮装を誉めてくれたよ」アイリスがジャンポールに話し掛けた。
「ふふふ。でーは、わたしからはこのビスケットでーす。ジャンポールの分は用意してませんから、仲良く分けて下さいねー」織姫が言うとビスケットの入った包みを2人に渡す。
「ありがとー織姫」アイリスは織姫に礼を言うと「良かったね」とジャンポールに声を掛ける。
「ありがとう、織姫」レニも織姫に礼を言った。
 隣のカンナの部屋に向かうレニの後姿を見つめながら織姫は“レニがありがとう、か”そう思い微笑していた。

 カンナの部屋の前。せーのの掛け声でまた2人はそのセリフを言う。
「「トリック オア トリート。トリック オア トリート」」
「はーい」部屋の中からカンナの声が聞こえるとカチャリと扉が開いた。
「おう、よく来たな」カンナが部屋から顔を出すとそう言い、続いて2人が持っている包みに目をやった。
「へー、みんなには何をもらったんだ?」そしてそう聞く。
「うんとねー、マリアがチョコでー、紅蘭がおこしー、すみれがくりようかんで、織姫がビスケットだよー」アイリスがにこにこしながらジャンポールと一緒にお菓子の包みをギュッと抱きしめた。
「アイリス、そんなに強くしたらお菓子が壊れちゃうよ」レニがそれを見て慌てて言う。
「あっそうか」アイリスがはっとして少し力を緩めた。
「ふう、そうか」言うとカンナがへへへと笑った。
「あー、カンナ上げないんだからねー」アイリスがそのカンナの笑いを見て言う。
「おいおい、違うよアイリス。あたいの用意したお菓子がみんなと同じだったらつまんないだろ?それでさ」カンナが慌てて説明し、「別に取りゃあしねーよ」と付け加えた。
「欲しければ分けてあげるよ」それを聞き、レニがカンナに言う。
「おっ、嬉しい事言ってくれるねぇ、レニ。でもそれはみんながお前さんに用意してくれたお菓子なんだ。人に上げないで自分で食べな」カンナが膝に手をついてレニの視線に目を合わせると優しく言った。
「・・・うん、分かった」レニはそういった人と人とのコミニュケーションにまだ不慣れなところがある。戦闘やそれに関する知識は人並み外れているが、そういった事に関しては子供と同じと言っていいだろう。だから花組や大神達は普段から気にして教えるべき事はそうして教えている。レニもそれと知って、仲間の意見は素直に聞いていた。
「へへへ、じゃああたいからはこれだ」カンナが笑顔で包みを取り出した。
「わあ、おっきいねー」アイリスが驚きの声を上げる。
「カンナ、それお菓子なの?」レニもそう声を上げた。
「じゃーん、カンナさん特製のカルメ焼きさ。さっきフライパンで作ったんだ。うめーぞー」にこにこしてカンナが言った。
「かるめやき?」アイリスが首を傾げる。
「何だよ、知らないのかアイリス。レニは知ってんだろ?」カンナが言うとレニに聞く。
「ボクも聞いた事ない」レニが答えた。
「あちゃー損してるねー。氷砂糖と玉子の白身を混ぜてから、煮たてて泡立てて固まらせたものさ。甘くておいしんだからあ」カンナが言うとウインクして2人に包みを渡した。
「ありがとうカンナー」アイリスが笑顔で言った。
「ありがとう」レニも礼を言う。
 そして2人は両手一杯にお菓子を持って、隣のさくらの部屋に向かった。

 レニとアイリスはもうすっかり息の合ったそのセリフをさくらの部屋の前で唱えた。
「「トリック オア トリート。トリック オア トリート」」
「はーい」返事が聞こえるとぱたぱたと足音が聞こえ、その後にガチャッとドアが開いた。
「すごい、お菓子の量ねぇ」さくらが部屋から顔を出すとレニとアイリスが抱えているお菓子の包みに驚いて言った。
「へへー、いいでしょう」アイリスが嬉しそうにさくらに言う。
「でも、それならもうあたしはお菓子を上げなくてもいいくらいね。あたしはトリート(お菓子)じゃなくてトリック(いたずら)にしてもらおうかしら?」さくらがふふふと笑ってちょっぴりいじわるを言う。
「えー、お菓子くれないのー?」アイリスが不満の声を上げた。
「さくらはいたずらが良いらしいよ」レニがまじめな顔をしてアイリスにそう言う。
「ふーん。じゃあレニー、さくらにいたずらしちゃおうかー」アイリスがレニの顔を見上げると、
「そうだね」レニもアイリスを見てそう答えた。
「ちょ、ちょっと・・・待って、2人とも。冗談よ、冗談」さくらが慌ててそう取り繕う。
「きゃは。さくらが困ってるよ、レニ」言うとアイリスがまたレニを見上げる。
「冗談だよ」レニはアイリスの言葉を聞くと、さくらにそう言った。
「え!?・・・レニ、まじめな顔で冗談言わないでくれる・・・」さくらが戸惑いながら微笑した。
「分かった」レニが返事を返すと微笑んだ。
「でも、まさえさんにはレッドがついてるから大丈夫だよ。ねージャンポール」アイリスがレッドの仮装をしたジャンポールに声を掛ける。
「あら、ジャンポールまで仮装をしてるのね。・・・でもその仮面とマフラーどうしたの?『少年レッド』はラジヲドラマだから衣装はないはずでしょ?」さくらが首を傾げる。
「あのねー仕立て屋さんがラジヲドラマだって知らなくて作っちゃったんだってー。だからアイリスがもらっちゃったの」アイリスが嬉しそうに言う。
「あ、あの仕立て屋さんも相当なおっちょこちょいね。どうしたらそんな勘違いが出来るのかしら・・・」さくらが引きつった笑いを見せた。
「そのおかげでアイリス達はお菓子を貰えるんだよねー、レニ」とアイリス。
「まあね」とレニも答えた。
「ふふふ」さくらが笑うとスッと包みを取り出した。
「はい。おはぎを作ってみたの」言いながらさくらがそれを渡す。
「わーい、さくらの手作りだー」アイリスが喜んだ。
「アイリスはお菓子を貰うたびに大喜びするんだね・・・」レニがボソッと呟く。
「だって嬉しいんだもん」アイリスが笑顔で答える。
「レニも嬉しかったら喜んでね。そうするとこっちまで嬉しくなっちゃうから」さくらがレニとアイリスのやり取りを聞いてそうレニに言う。
「・・・そうなの?うん、分かった」レニが言うとさくらに頷いた。
「次は誰の所に行くの?」さくらが2人に聞く。
「次はお兄ちゃんのところだよ」アイリスが答える。
「それで終り」とレニもさくらに言った。
「そう、じゃあね。あんまり食べるとお昼ご飯が食べられなくなるからほどほどにね」さくらが言うとまたにっこりと笑う。
「うん、アイリス女優だもーん」アイリスがマリアとのやり取りを思いだし、そう言ってからさくらにお菓子ありがとうと頭を下げた。
「じゃ」レニも頭をぺこりとすると、そう言ってさくらの部屋を後にした。



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