帝劇のお菓子な1日
太正14年10月31日。
大帝国劇場の衣装部屋にレニとアイリスの姿はあった。
「レニー、これこれぇ」とアイリスが元気良くレニにその服を見せる。
「これ・・・着るの?」レニはアイリスの手にしている服を見るとそう言っていた。
「着ーるーのー。レニきっと可愛いよー」言うとアイリスは今度は違う服を手に取って、
「アイリスはこれねー」とまたレニに違う服を見せる。
「こ、これ?」レニも流石にそう聞いていた。アイリスが着ると言った服は服と言って良いのか疑問だが、怪獣の着ぐるみだったのだ。
「あはっ、アイリス怪獣だぞー」そう言って着ぐるみを持ったままはしゃぐアイリスを見て、レニは肩を竦めた。
事の始まりは昨日、サロンに花組全員が集まって歓談していた時の事。
「いよいよ10月も明日で終わりですわね」すみれが事も無げにそう言ったのが始まりだった。
「そうですね。この前まで暑い暑いって言っていたのにあっという間ですよね」それにさくらが頷く。
「10月の終わりといえば、明日はハロウィンね」マリアが思い出したように言う。
「ハロウィン?なんだいそれ?」それを聞いて大神がマリアに聞いた。
「うちも知らへんなぁ。なんなんそれ?」と紅蘭もマリアに尋ねる。
「私も詳しくは知らないのだけど、ハロウィンの翌日、11月1日は万聖節と言って煉獄に残っている死者の霊に祈りを捧げる日なのよ。ハロウィンはその万聖節、つまりAll Hallowの前日だから、All Hallows Eve。それでイヴが訛ってHalloweenとなったらしいわ。何となく日本のお盆と似てる感じかしら」とマリアが簡単に説明する。
「へー、マリア良くそんな事知ってんなー」カンナが感心して言った。
「お盆?じゃあお線香でもあげるのかい?」と大神が聞く。
「ふふふ。いえ隊長、今のハロウィンはお祭りと言っていいでしょう。その日はみんな仮装をしたり、子供達が近所の家を尋ねてお菓子をもらったりするんですよ」
「えー、お菓子がもらえるのぉ?」今まで難しくてよく分からない、という顔をしていたアイリスが、お菓子という言葉に反応してそう声を上げた。
「そうね、アイリス。ハロウィンの日に仮装をして私の部屋に来たらお菓子を上げるわよ」マリアがアイリスに微笑みかける。
「わーい、やるやるー。ねぇ、レニも一緒に仮装しよー」不意にアイリスがレニを誘った。
「えっ・・・、ボクも・・・」レニが戸惑う。
「いいじゃねぇかレニ。アイリスと一緒にあたいの部屋に来たらレニにも何かお菓子をやるよ」カンナが言うとレニにウインクした。
「レニもやるといいでーす。私もレニの仮装みたいでーす」織姫がレニがどんな仮装をするのか興味深々、という感じで言う。
「そうですわね。わたくしも何か用意しておきますわ」とすみれが言うと、
「ほな、うちも用意しとくわ」紅蘭も言い、
「じゃあ、あたしもおいしいお菓子を用意して待ってるわ。アイリス、レニ」とさくらが続いた。
「わーい、わーい。ねえねえ、お兄ちゃんは?」アイリスが喜ぶと大神に聞く。
「ああ、もちろん俺も用意しておくよ。とびっきりのやつをね」大神が言うとアイリスとレニに微笑んだ。
「あ、あの・・・」レニは言い掛けたが、もういやだと言える状況ではない事に気が付き、その後は沈黙した。
そんないきさつがあり、レニはアイリスに連れられて、朝から衣装部屋で仮装の衣装を選んでいたのだった。
「ジャーン!」着替えを終えたアイリスがレニに着ぐるみ姿を見せる。
「どう、レニ?」
「あ、えと、その・・・可愛いよ」アイリスの質問にレニはどう答えて良いか分からずやっとそれだけ言う。
「きゃはっ、ホントに!早くみんなにも見せに行きたいなー。ねーレニも早く着替えなよー」レニの言葉に素直に喜ぶと、アイリスはレニをせかした。
「ん、ああ・・・」レニは仕方ないという感じでアイリスの選んでくれた衣装に着替える事にした。
しばらくして着替えを終えたレニがアイリスにその姿を見せると、開口一番アイリスが言った。
「わー!レニすっごく可愛いよー!」
「あ、ありがと・・・」アイリスの反応にレニが少し照れてそう言う。
レニの衣装は濃い青色の大きな襟のついたワンピースに、ワンピースと同じ色のつばの広いとんがり帽子、やはり同じ色で先の尖った靴。魔女の典型的な格好だった。
「よーし、じゃあお菓子をもらいにレッツゴー!」アイリスが元気良くそう言うとレニが着替えている間にやったのだろう、赤い仮面をつけ黄色いマフラーを巻いて『少年レッド』の仮装をしたジャンポールをギュッと抱きしめて衣装部屋のドアに向かって駆け出した。
「あ、アイリス、待って」それにレニも続いた。
2人が最初にやって来たのはマリアの部屋だった。
「いーいレニ?トリック オア トリートって言うんだよ」アイリスが昨日マリアに教えてもらったハロウィンの日に近所の家を尋ねる時に使う言葉をレニに教える。
「分かってる」それにレニがそう答えた。
トリック オア トリート。いたずらか?お菓子か?という意味で、ようはお菓子を出さないといたずらしちゃうぞ、という事である。
「せーの」
「「トリック オア トリート。トリック オア トリート」」アイリスの合図で2人が同時にそう言うと、部屋の中からマリアの声が聞こえてきた。
「はーい」
続いてガチャリとドアが開き、マリアが顔を出す。
「よく来たわね。2人とも」そう言った後マリアが少し驚いた顔をした。
「どーしたの、マリア?」アイリスがそれに気付き声を掛ける。
「あ、ごめんなさい。レニがあんまり可愛かったから」マリアは微笑みながらそう言った。
「でしょー。アイリスもビックリしたんだー」
「あ、あの・・・ありがとう」レニがまた戸惑いがちに礼を言う。
「ねーマリアー、アイリスはー?」すかさず着ぐるみ姿のアイリスがマリアに聞いた。
「とても可愛いわよ」マリアがアイリスの問いに微笑んだ。
「わーい!」喜ぶアイリスを見て再びマリアが微笑むと、小さな包みを2つ取り出した。
「さ、2人ともこれを上げるわね」そして言いながら包みをアイリスとレニに1つずつ渡した。
「きゃはっ!ありがとうマリア」アイリスがはしゃぐ。
「ありがとう」レニがぺこりと頭を下げる。
「ミルクチョコレートよ。でも1度にいっぱい食べちゃダメよ。みんなに貰うお菓子もね」マリアが言い聞かせるようにそう声を掛ける。
「分かってる。必要以上のカロリーは摂取しない」レニがマリアに答えた。
「カロリー?何それ?」それを聞いてアイリスが首を傾げる。
「そうね、簡単に言うと太っちゃうって事かしら」マリアがアイリスにも分かるような簡単な説明をする。
「えー、アイリス太るのいやー。だってアイリス女優だもん」アイリスが少年レッドのジャンポールをギュッと抱きしめてそう言うと、レニとマリアはそれを見て微笑んだ。
次に2人がやって来たのは紅蘭の部屋だ。
「「トリック オア トリート。トリック オア トリート」」2人がドアの前でそう言うと待ってましたとばかりにすぐさまそのドアが開いた。
「よう来たな、2人とも」顔を出した紅蘭がそう言うとまじまじと2人の仮装を見る。
「は〜、2人とも可愛いなー。ジャンポールは少年レッドかいな。なんや嬉しいなぁ。お、アイリスそれうちらが主演した『大恐竜島』でボツになった衣装やな。えらい懐かしいやないか。それにレニのスカート姿初めて見たわ。よう似おうてるで」紅蘭が感心する。
「えへへ、『大恐竜島』なのに仕立て屋さん怪獣を作っちゃったんだよね」アイリスもその時の事を思い出して笑う。
「せやせや、おもろかったなぁ」ははは、と紅蘭も笑った。
「『大恐竜島』はボクも台本を読ませてもらった。そういえばあの舞台からヒントを得て隊長が降魔撃退の罠を仕掛けたって聞いたけど・・・」
「そうそう大神はん、帝劇に降魔が侵入してきた時の用心にタライ仕掛けはったんやで。ほんまおもろい人やわ」言うと紅蘭はまた笑いレニはそれを聞いて、自分では思いつかないような事をするなぁと思ったのだろう、大神の話に苦笑した。
「ねぇ、こうらーん」言うとアイリスが上目使いで紅蘭の顔を見た。
「お、そやった。肝心の物を渡さへんとね」アイリスに言われ思い出した様に紅蘭がお菓子を取り出した。
「浅草で買ってきた雷おこしや。ごっつぅおいしいでぇ」言うとアイリスとレニに包みを渡す。
「おこしおこしー」アイリスはまた嬉しそうにはしゃぎ、
「ありがとう」レニはまたぺこりとした。
お礼を言い隣のすみれの部屋に向かう2人の背中を見ながら紅蘭はふと呟いた。
「ふーむ、うちも何や仮装したくなってきたで」