レニとアイリスが大神と紅蘭と一緒に楽屋にやってくると、花組のみんなにかすみと由里、それにつぼみ、かえでに米田、おまけに薔薇組までもが勢ぞろいしていた。
 テーブルにはみんなで持ち寄ったのだろう、さくらの作ったおはぎやカンナの作ったカルメ焼き、他にも新たに作ったか買ってきたらしいお菓子や飲み物が並べられていて、米田用の一升瓶と米田が自分で焼いたするめも置いてあった。大神の作ったパンプキンパイもそこに並べられ、テーブルの真ん中にジャック・オ・ランタンが置かれてその中にはロウソクが立てられた。ロウソクの灯りがカボチャの中をオレンジ色に照らし、とても綺麗に見える。
 みんな思い思いの仮装をしており、さくらは紅蘭の言った通り紅蘭と取り替えたチャイナドレスを着ている。マリアは西部のガンマンといった格好でテンガロンハットがとても良く似合っていた。カンナは忍者装束で全身黒ずくめ、織姫は生まれ故郷イタリアとは程近いスペインのマタドール(闘牛士)の格好で珍しく男装をしており、闘牛士には付き物の赤い布切れをヒラヒラと振りまわしている。すみれはというといつにもまして派手な格好でマリーアントワネットも真っ青な超豪華なドレスを身に纏っていた。例の仕立て屋は舞台に使う予定のない衣装まで作っていたとみえる。
 かすみは『マイファエレディ』でさくら演じるイライザが着た貴婦人の衣装に身を包み恥ずかしそうにしている姿が可愛らしい。由里はこれまた『マイフェアレディ』で紅蘭演じるピッカリング大佐が着たスーツ姿で「1度男装ってしてみたかったのよね」などと言っている。つぼみは『つばさ』で紅蘭が着た飛行士の格好をして「憧れの花組の方の衣装を着れるなんて」と目をきらきらさせてぽうっとしていた。
 かえでは普段のイメージと少し違うが、思いのほかその仮装が似合っていた。『西遊記』ですみれが着た妖鬼婦人の衣装だ。そのかえでを見て大神が「かえでさんが着ると可愛いなぁ」と漏らしたので聞いていたすみれが「どう言う意味ですの?」と大神に詰め寄っていた。
 米田は支配人室に置いてあった鎧武者を持ち出してそれを身に付けていた。「やっぱりこれ着れたぜ」と酒を飲みながら笑っている。
 薔薇組の3人は揃って『愛ゆえに』の衣装を着ており、琴音のオンドレと菊之丞の貴婦人姿はそれなりに、と言うかかなりのレベルと言って良かったが、斧彦のクレモンティーヌは思わずさくらの涙を誘っていた。とはいえ例によって斧彦のそれも仕立て屋の寸法ミスによるものでさくらが舞台で着たものではない。
「大神ー!なんでおめぇだけ仮装してねえんだ!」まだ昼間だというのにすっかり出来あがっている米田が大神を見つけて叫んだ。
「そうだぜ隊長。あたいの格好を見てくれよ。かっこいいだろう?」それにカンナも同意してついでに自分の仮装を自慢した。
「あらカンナさん、本当に良くお似合いですこと。あなたいっそのことそのまま黒子さんになったらどうですの?」それにすみれがいつものように茶々を入れる。
「おめえだってそのきんぴか衣装ならりっぱに照明の代わりができるぜ。何ならあたいが吊り下げてやろうか?宙吊りは得意じゃなかったっけ?」カンナが『青い鳥』のハプニングを思い出すとすみれにそう返した。
「なんですってー」すみれが怒り出すとみんなもその時の事を思い出し、はははと笑った。
「おにいちゃんも仮装しようよー」アイリスがそう言った。
「隊長・・・。楽しいよ・・・」レニもぽそっとそう呟いた。
 その場にいたみんながレニがそんなセリフを言うなんて、と多少驚いたがすぐにそれが喜ぶべき事だとみんな微笑した。
 レニは舞台以外では自分を飾るなんてしたことがなかったし、舞台の上でだって衣装を着て楽しいと思ったことなど1度もなかった。それがこの前の『青い鳥』での演技からレニの中の役者としての部分に変化があったらしい。仲間と劇をする事が楽しいと思ったのはおそらく初めての経験だっただろう。そして最初はしりごみしていたのにアイリスとみんなの部屋を回るうち、今は楽しいという気持ちがレニの中に沸いてきていた。
「そうかい?」大神もそのレニの言葉に嬉しそうに言った。
「少尉さんには何が似合いますかねー」織姫が大神を見ながら頭の中でいろんな服を着た大神を想像する。
「大神少尉にはあれが似合いそうね〜」不意に琴音が何か思いついたらしくそう言う。
「あれ?なんですか琴音さん?」大神が聞く。
「ふふふ。私がコーディネートして差し上げましょう」言うと琴音は大神を引っ張って衣装部屋に連れて行ってしまった。
「楽しみですね」菊之丞がそう言うと、
「一郎ちゃんなら何着ても似合うわよ〜」と斧彦がウインクした。
 しばらくみんながわいわい言いながら楽しみに大神の登場を待っていると、コンコンとドアをノックする音が聞こえてきた。
「おっ、隊長かな?」カンナがその音を聞いて言った。
「隊長ならドアをノックする必要なんてないわ。誰かしら?」マリアが指を顎に付け、首を傾げた。
 みんなが注目する中さくらが「はーい」と言いながらガチャリとドアを開けた。
「玄関でお呼びしたのですが誰もおみえにならず、そうしますとこちらからお声が聞こえて参りましたので勝手に奥まで入らせていただきました」ドアを開けると男が1人頭を下げてさくらに向かってそう言った。そして頭を上げるとさくら越しに楽屋の中に目をやって、男はその様子に絶句した。
「仕立て屋のおじちゃんだー」アイリスがその男を見てそう声を上げた。
「あら?仕立て屋さんがくる日だったかしら?」かすみが少し驚いた風に言う。
「あれ?仕立て屋さんどうしたの?」由里が仕立て屋の様子に気付いて声を掛ける。
 見ると仕立て屋は驚いた顔のままその場に固まってしまっていた。今まで自分が間違えて作った服をみんなが着てのお出迎えは少々心臓に悪かったらしい。
「皆様、おまたせしました」そこへタイミング良く琴音と大神が戻ってきた。
「わあ、大神さん良く似合う」
「かっこいい」
 その大神を見たみんながそれぞれにその仮装に感嘆の声を上げた。
「日本のオトコもたまにはやりますねー」珍しく織姫まで大神を誉めた。
「一郎ちゃん、ステキよー」斧彦は大神に投げキッスまでしている。
「これは・・・」仕立て屋も大神の仮装を見て我を取り戻したらしく、感心してそれを見つめていた。
 大神の仮装は夏公演『リア王』でカンナが演じたリア王の衣装で、またまたサイズは大神に何故かピッタリの物が仕立て屋のおかげで用意されていた。
「何か恥ずかしいな」大神が照れ笑いをする。
「隊長。それならいつでも舞台に立てるね」レニも大神の仮装に感心したらしくそう言った。
「ホントですわ少尉。リア王もカンナさんでなく少尉が演じてくださればわたくしもっと演技に張りが出ましたのに」すみれもレニに同意するとそう言う。
「あたいよりかっこいいんじゃないか?うかうかしてられないぜ」カンナがすみれの言葉に反論するのも忘れて、自分の衣装を着た大神に感想を漏らす。
「本当に良くお似合いですねぇ・・・・・」最後に仕立て屋まで大神を誉めると、不意に何か思いついたようなそぶりをちらりと見せた。
 仕立て屋はいつも衣装のサイズを間違えたり、違う衣装を作ってしまったりしていることのお詫びと、『青い鳥』の大成功のお祝いに来たのだと説明し、持参したお菓子の折詰めを差し出した。それでテーブルの上はいっそう賑やかになる。
「お昼ご飯がお菓子になっちゃいましたね」さくらが思わずそれを見て呟いた。
 その後すぐに急用が出来たと言って仕立て屋は帰ってしまったが、みんなはお菓子を食べながら、各々の仮装を批評しあったりした。

 レニは大神が用意してくれた紙袋の中から、その大神が作ったパンプキンパイを取り出すと口に運んだ。
 そしてそれを一口食べると、今までは食事など栄養が摂取できれば味は関係ない、そう考えていたのだがその逆もあるのだなと思った。大神のパンプキンパイは、何か嬉しいような楽しいような、そんな味だったから。
 そしてレニは部屋の真ん中でお菓子を食べながらはしゃぐアイリスを見て、心の中で今日誘ってくれた事に礼を言っていた。
 ジャック・オ・ランタンを焦がすロウソクの火が、甘い香りを漂わせる午後のひとときだった。

 それからしばらくしたある日。帝都日報にこんな記事が載った。
『帝劇花組の衣装を手がける仕立て屋に一般向け仮装用衣装登場。すべて花組の衣装と同じデザイン同じ素材で、サイズはお好み次第。聞きつけた帝劇ファンが毎日店に殺到している』
 その記事を見たレニは「隊長のおかげだね」と微笑した。



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