第 九 章

謎の地下11階!?




 シャドームーン、半、レタスの3人が城から逃げ出し、姿を隠してからすでに10日が過ぎようとしていた。
 親衛隊員の中には、すでに国外へ逃亡したのだと言う者も現れ始め、捜索は難航していた。
 その親衛隊員の中には、ミシェルやディープ、カンの姿もあり、ジムやジャッキー達の姿も見られた。もっとも兵士達の中には彼らを快く思わない者もたくさんいた。
 それもそうだ。志願してトレボー軍に入った者達は下級兵士から城の衛兵になり、そして近衛兵、親衛隊と位を上げて行くのに、いくら大魔導師ワードナを倒したからとはいえ、冒険者風情がいきなり親衛隊員になるなどどれだけ実力があっても納得いくがものではない。そういった者の中には、ジム達よりレベルが上の者もおり、当然のように反感を買った。そんな問題もあって、ますます捜索は息詰まっていた。



 ギルガメッシュの酒場。ジムとジャッキーとタクアンの姿が見える。
「まさか、有無を言わさず親衛隊に入れられるとはな」ジムが暗い調子で言った。
「全くじゃ。わしとて寺院への寄付だけで良かったものを……。もっともわしとブラウンは王宮配下の寺院という事になって、普段は寺院におってもよいがの。しかし、戦の時に駆り出されてはたまらんわい」タクアンも同意する。
「逃げ出すしかないよ。今ならシャドームーン達の事でごたごたしてるから、今がチャンスだよ」ジャッキーが小声でそう切り出す。
「簡単に言うなよ。上手く逃げ出したとしても、追手が来る。村には帰れない」とジム。
「でも……。そうか、ジムとミルは帰るとこがあるから」ジャッキーが言う。
 ジャッキーはもともと旅から旅へ、人の財布をくすねて生活していた本当の盗賊だ。それがモンスターから奪う金品とワードナを倒した時に貰える報奨金目当てにトレボー城塞にやって来たのである。
「わしは逃げる気はないぞ。無理矢理親衛隊に入れられたとはいえ、寺院への寄付は貰ったしの。何よりわしにはその寺院がある。捨てては行けん。たぶんブラウンも同じ気持ちだと思うがな」とタクアン。
「しかし、確かにこのままではいつか戦の手伝いだ。侵略の手伝いなど御免だからな」ジムがどうしたものかと言う。
 そこで皆口を閉じ、重苦しい空気が3人を押しつぶそうとしていた。



 ミシェルは1人、迷宮の入り口に姿を現した。この場所に来るのは何故か随分と久しぶりの様な気がした。
 ほんの10日前までは半やシャドームーン達とこの場所に毎日の様に姿を見せていたのに。
 ミシェルは入り口のすぐ横にある小屋に目をやった。その小屋は迷宮入り口を見張る兵士達の詰め所である。
 迷宮から瀕死の状態、麻痺や石化した状態の仲間を連れて帰還したパーティの、あるいは死や灰になった仲間を連れて戻ってきたパーティを速やかにカント寺院まで運んだり、ワードナを倒し魔除けを手に入れ凱旋したパーティを拘束し、トレボーのもとまで連れて行ったりするのがその小屋にいる者達の仕事である。
 ミシェルは小屋に近づくとおもむろにそのドアを開けた。
 ドアを開けると2人の男、人間とホビットがテーブルに向かい合ってカードゲームをしているのが見えた。横を見ると小さなキッチンがあり、汚れた食器がいくつも重なっている。テーブルの奥には簡素なベッドがある。兵士達が仮眠をとる為の物だろう。
 ミシェルはその2人の男には見覚えがあった。何時だったか迷宮に降りる時に小屋から顔を出して「ねえちゃん、寄ってかない。戦ってばかりいないでたまには遊ぼうよ」と声をかけてきたのがその人間の男だった。その時ディープに「貴方より下品な男がいるわよ」と言った覚えがある。それに魔除けを持ち帰った時に半ば強制的に拘束され、トレボーの前に連れられて行った時の兵士達の中には2人共いた様に思う。
「何か用かい、ねえちゃん?」あの時と同じ様に下品な人間の男がそう声をかけてきた。無精髭がいかにもだらしなさそうな男だ。
 ミシェルがそれを無視すると人間の男はムッとしてカードゲームをする手を止めて、ミシェルの方をじっと見た。
 ホビットの男もそれにつられてミシェルに目をやる。そこでホビットは‘あっ’と言う表情をした。そして人間の男に話しかける。
「おい、この前ワードナを倒して魔除けを持ち帰ったパーティの中にエルフのビショップがいただろう。あいつだよ。ワードナを倒したから親衛隊員になったって聞いたぜ」ホビットは小声のつもりだったが、慌てていたので十分ミシェルにも聞こえる声を出してしまっていた。
「何? 親衛隊?」人間の男は怪訝そうな表情でミシェルを見ると、胸元に親衛隊員の証である階級章を見つけた。それで、初めて自分が犯した失態に気が付いた。
「し、失礼しました!」2人は持っていたカードを放り出すと慌てて立ち上がり、ミシェルに敬礼した。
「聞きたい事があるの」そこでミシェルはやっと口を開いた。
「はっ、何でしょうか!?」2人が敬礼したままに言う。特に人間の男は、失態を見せた分を取り戻そうとピシッときおつけの姿勢をし、大きな声ではきはきと喋っている。
「ここ数日の間に3人だけのパーティが迷宮から出て来なかったかしら?」ミシェルはそんな人間の男の態度などまったく気にもせず、冷めた口調で言った。
“あぁ、トレボー様に逆らって逃げ出した3人を捜す命令が出ていたな。元の自分の仲間をこの人も捜しているんだ”ホビットがミシェルの質問にそう思った。
 あの日、早速国中にシャドームーン、半、レタスの3人は指名手配され、トレボー城塞内には至る所に3人の似顔絵が貼り出された。似顔絵の下には、生死問わず捕らえた者には5万ゴールドの賞金と書かれてある。
「そんな3人は見ていませんよ」ホビットはそう言おうと思った。が、
「3人組のパーティなら見ました。見ましたとも」人間の男はホビットよりも早く、そう答えていた。
「見たのですか?」ミシェルが少しだけ早口にそう聞き返した。
「はい!」ホビットが驚いてる内に人間の男は喋り始めた。
「そうですね、3日ぐらい前かな。あいつらが来たのは」男の口調は話すというよりは、喋ると言った方が当てはまる様に思える。
「3日も! 何故連絡しないのです!? 手配書はここにも回って来ているのでしょう?」ミシェルは驚きそう叫んだ。
「えっ!? あの3人手配される様な事を?」今度は人間の男が驚いている。
「でも、それから毎日姿を見せますぜ」と男。
「毎日?」ミシェルが聞く。
「あっ! ほらほら後ろ、噂をすればですぜ」と男は小屋の窓から見える人影を指さした。
「てめえら、待ちやがれ! 何やりやがったんだ!」男は叫びながら外に飛び出して行く。
 開け放たれたドアの外に、3人の冒険者達の前に男が立ちはだかるのが見えた。
「何?」人間の男に前をふさがれた冒険者達が何事かと言う。
 ミシェルが外に出ると、確かに3人パーティの冒険者達がそこいた。
「これは、親衛隊の方が何のご用で?」その3人の内の1人、僧侶風の男がミシェルに聞く。
「いや、良い。邪魔をしました。行きなさい」とミシェルが言うと、すっと会釈をして3人は迷宮に向かって歩き始めた。
「いいんですかい?」と人間の男がミシェルに聞いたが、ミシェルは無視してその3人パーティを目で見送る。
“戦士と僧侶と魔法使いの3人パーティか。見たところ3人ともマスターは越えているみたいね、低い階なら大丈夫でしょうけど”ミシェルは思った。
「それにしても、貴方達より今の3人の方がよっぽど見る目がある様ね。一目見てその者のクラスとおおよそのレベルぐらいは分かる様になりたいものだわ」と横目で人間の男と小屋から出てきたホビットの男を見ながら言う。
「は、はあ」人間の男が訳は分からない風だ。
“お前のせいで俺まで節穴だと思われたじゃないか”その横でホビットがそう思った。
“シャドームーン……。もうこの街にはいないのかしら……?”ミシェルが3人組のパーティが消えて行った迷宮の入り口を見ながら思い、その入り口の横にまで貼られているシャドームーン達の手配書の似顔絵を見つめた。



“偽物? では、本物は一体何処にあるというのだ?”その思いはヴァンパイアロードのものであった。
 地下10階。ワードナの部屋。ヴァンパイアロードは地上での出来事を飼い慣らした吸血蝙蝠(こうもり)に聞き、魔除けの所在に疑問を抱き始めていた。
「ワードナ様! 先の2つの魔除け。偽物という事は本物は何処にあるのです?」ヴァンパイアロードが玉座に座るワードナに訊ねた。
「何を興奮しておる、ヴァンパイアロードよ。案ずるな、誰にも盗られぬよう安全な場所に保管してあるわ」ワードナが答える。
「安全な場所? それは何処です」ヴァンパイアロードがいつになく冷静さを欠いている。
「私が信用できぬか? ヴァンパイアロードよ」ワードナがヴァンパイアロードを睨んだ。
「いえ、し、しかし……。魔除けの研究を早くしてもらわねば私も困ります」ヴァンパイアロードがワードナにそう答える。
「……それ程までに戻りたいか? 人間に」とワードナが言った。
「はい、もう永遠の命などたくさんです。いくら命を断っても、すぐに生き返ってしまう。歳を取りたい、そして人として死にたい……」ヴァンパイアロードが涙声で言った。
「それ程までに言うか、ヴァンパイアロードよ。ならば1つ試してみるか? お前を人に戻す方法が1つだけある。だが、これは私にも自信がない。お前をがっかりさせると思い、魔除けの研究が終わるまで黙っていようと思ったが。ダメでもともと、やってやろう」ワードナが玉座から立ち上がり言った。
「本当でございますか!? ワードナ様!」ヴァンパイアロードが歓喜の声を上げる。
「しかし、失敗しても恨むでないぞ」とワードナ。
「勿論です」とヴァンパイアロード。
「では、ついてまいれ」ワードナは言うと呪文を唱えだした。
“転生の間へ行くのか?”ヴァンパイアロードが思っているうちにワードナの呪文は終わった。
 すると玉座の前の床にぽっかり穴が開き階段が現れた。その階段をワードナが降り始め、後にヴァンパイアロードが続いた。
 10階のワードナの部屋から階段で下に降りる。つまり、地下11階。誰も知らない、ワードナとヴァンパイアロードしか知らない秘密の地下11階であった。
 その11階をワードナは転生の間と名付けていた。
“転生の間。ここで何をするのだろう?”ヴァンパイアロードは思った。
“ワードナ様が蘇る為だけに存在するこの部屋で”
 転生の間。地下11階にあるこの部屋は、部屋と呼ぶにはとてつもなく広い。
 その広さは20ブロック×20ブロック。つまりフロア全体が1つの部屋になっているのである。
 その部屋の床には見ただけでは余りに大きすぎてそれとは分からないが巨大な魔法陣が描かれている。地下11階全ての床を覆い隠すように描かれているこの魔法陣は、ある儀式の為に描かれた物なのだ。いや、それどころか、この部屋そのものがその儀式の為に存在するのである。
 その儀式とは、転生術。
 しかし、一般にいう転生とは少し違っていた。一般に転生といえば、前世の記憶、能力、人格などをそのままに新しい肉体、新しい命を得る事をいうが、ワードナの行う転生は肉体も命も同じ物なのだ。
 10日前、半達のパーティ、そしてジム達のパーティに殺されたワードナ。そのワードナを再生したヴァンパイアロードがこの部屋で転生させた。
 命を断たれ幽体となり肉体を放れると、再び肉体に戻るにはカドルト(7レベルプリーストスペル。死や灰の状態から完全な状態に復活させる事ができるが失敗すればロストしてしまう)などの魔法を使うしかない。しかしワードナはもっと確実で安全なシステムを開発したのだ。その仕組みはこうである。
 魔法陣の上で肉体、魂(幽体)を共に魔法陣に集められた膨大な魔力で一旦原子レベル並みの細かい塵にする。その塵を再び混ぜ合わせ固め、もとの姿に戻す。すると塵になった魂も再び肉体に取り込まれ融合する。つまりは生き返る事になるのである。塵になるという事は一旦ロストの状態にする訳であるが、蘇った時の状態は歳を取る事もなく、生命力の低下もない。さらに一旦ロストさせる訳だからロストの状態からも復活が可能なのである。これによって半達やジム達に殺された時にも何の支障もなく蘇った。ジム達と戦ったワードナも紛れもなく本物なのである。ただ、ジム達が倒した後にワードナの体が蒸発したのは、肉体を持って行かれては復活は不可能になる為、半達に倒され蘇った後に安全装置の様な魔法を自らにかけておいたのだった。それでワードナの体は自然に転生の間に運ばれるのである。それをヴァンパイアロードが転生させるのだ。
 その転生の間の中央、魔法陣の中心にヴァンパイアロードが横たわった。
「失敗してもお前は死にはせん。安心しておれ」ワードナがヴァンパイアロードにそう声をかけると、呪文を唱え始めた。
 ワードナはヴァンパイアロードにこう説明した。不死の肉体と魂を塵にして、再び融合する時に体組織の配列を変えれば、人間として転生が可能、と。
“カシナートよ、やっとお前の元へ行けるかもしれぬぞ”ヴァンパイアロードは思った。
 そしてワードナの詠唱が終わる。
 ヴァンパイアロードの体と魂が徐々に塵となっていく。薄れゆく意識の中、ヴァンパイアロードは人間だった頃を思い出していた。レッドと呼ばれていたあの頃を。
“戻れる。戻れるんだ、あの頃に”そう思いながら。



 500年前、ヴァンパイアロードは人間だった。それが何故不死王ヴァンパイアロードなどという魔物になってしまったのか……。
 その頃は、トレボーの様な支配欲に取り憑かれた王はどの国にもおらず、戦争などない平穏な日々が続いていた。
 しかし、どんな時代にもモンスターの影だけは消える事はなかった。
 森にはオークやコボルト、洞窟にはトロル、ゴブリン、平原にはゴーゴンが群れをなし、高山にはキメラやドラゴンが巣を作り、海にはサーペントが住み着いていた。
 それだから旅人達はモンスターの余り出ない所に作られた街道を通って街から街へ、国から国へと移動するようにしていた。
 ある日、街道を大きく外れ、広い草原を1人行く旅のドワーフがいた。
 街道を外れればモンスターと出会う確率も高くなる。それを承知でドワーフは草原を急いでいた。
 そして、案の定モンスターと出くわす。
「コケッーコウ」鶏の様な鳴き声と鶏の様な姿。コカトリスだ。
 蛇の胴体に雄鶏の頭、羽、足を持っており、その体に触れると石化してしまう。
「コカトリス。まずい、こんな所で石化などされたら」ドワーフが自分を見つけ襲いかかってくるコカトリスから逃げ出す。
「コケッ」しかし3メートルはある巨体がドワーフの短い足になどすぐに追い付いてしまう。
「くっ」ドワーフの眼前にまで雄鶏の顔が近づいてくる。
 ボコッ。その時だった。何処からか投げられた石がコカトリスの背中に当たった。それでコカトリスの意識は背中、後ろに向いた。
「今の内に逃げるんだ」石を投げた主がドワーフに言う。
「す、すまぬ」ドワーフがコカトリスから大急ぎで離れた。
 コカトリスは振り返り、後ろに立つ男に向かう。
 男はそれでも慌てず、腰の剣に手をやった。
「コケッコケッ」コカトリスが吠えながら男に襲いかかる。
「や――――っ!」男はかけ声と共に腰の剣を抜きはなった。
 シュバッ! 瞬間、コカトリスの体が両断された。
「コッ、グェッ」コカトリスが断末魔の叫びを上げ、白眼をむく。コカトリスはあっという間に絶命した。
 男が剣を鞘にしまい、逃げたドワーフを捜す。
 草原にぽつりと落ちている岩の後ろに隠れていたドワーフを見つけ、無事なのを確認すると男は何も言わず立ち去ろうとした。
「待ってくれ」ドワーフが去ろうとする男の背中に声をかけた。
「何かな?」男が立ち止まり振り向く。
「助けて頂き感謝している」とドワーフ。
「礼など良い。直接触らねば石化もできない雑魚など、倒しても自慢にはなりません。それよりこの辺りをうろつくのならそれなりの準備をしてくるか、傭兵の1人くらいは雇った方が良い」男がドワーフに言った。
「確かにそうしたいところだったが何分急ぎの旅でな。そこでお願いがある。よければこの旅が終わるまでの間、わしの用心棒になってくれぬか? 勿論、ただでとは言わん」ドワーフが言って頭を下げた。
「私を雇いたい? ……良いでしょう。私もあてのない旅です。貴方がこんな所ばかり通るのなら私も面白い」
「本当か。有り難い。わしは刀鍛冶のカシナートという者。急ぎ南の国ラサまで行かねばならん。ラサ王がわしの打った剣を所望というのでな」とドワーフが行き先と目的を告げる。
「あの有名なカシナート殿か!? これは驚いた。こんな所で出会うとは。そうと分かれば喜んでお供しよう」男がカシナートと知り、そう言う。
 刀匠カシナートといえば大陸中で知らぬ者はいないと言われるほどの名匠だ。カシナートの剣は凄じい切れ味を持ち、伝説のデーモンスレイヤーハースニールや妖刀村正ブレードと比較する者もいる程だ。
「しかし、なにもわざわざ貴方がラサまで行かなくとも良いのではないですか? 剣を打ち、それを送れば」男が疑問に思う。
「そうはいかん。ラサ王の所望する剣は自分専用の、その手にあった物でなければ不満らしい。わしもその意見に賛成だ。剣はそれぞれの人によって重さや長さも考えて作るべきだ。お前さんの剣は何処で手にいれた?」とカシナート。
「これは以前、街の武器屋で買った物ですが」男が答える。
「それではどこかしっくりこないところがあるはずだ」カシナートが男の腰、剣を指さして言う。
「確かに私には少し軽い。長さももう少し欲しいとは思っていた」腰の剣に手をやり、男が言った。
「そうだろう。よし、ラサ王の剣を打ち終わったら、お前さんの剣を打ってやろう。この旅に付き合ってもらう礼だ」とカシナートが言った。
「何と! それは願ってもない。こちらこそ感謝します。必ず貴方を無事にラサまでお連れしますよ」男が嬉しそうに言った。
「そういえばまだ名乗っていなかった。自己紹介が遅れましたが、私の名はレッド。見ての通り人間、侍です」男が名を告げた。
「あの居合いで侍とは分かった。しかもかなりのレベルであろう?」カシナートが聞く。
「レベルは21。しかしまだまだ未熟です」レッドが謙遜する。
「ふふっ。では行くとしよう」カシナートはレッドの謙遜に小さく笑うと、ラサに向かい歩き始めた。

 それからカシナートとレッドは草原を越え、森に入り、川を渡って南の国ラサを目指した。
 そして、数日の後にラサに到着すると2人は城に迎えられ、カシナートはその日から3日3晩の間、ラサ王の剣を打ち鍛えた。
 そして、4日後に完成した剣を王に献上した。
 その後、レッドとの約束を守って、レッドの為にも王に渡した物と同じぐらいに丹誠込めて剣を打った。
 それをレッドが受け取る。
「かたじけない。私の為にこれ程立派な物を」レッドはそのカシナートの剣を振り回したり、鞘に収めたり出したり、日にかざしたりして、その確かさを実感していた。その柄の部分には‘真なる侍レッドに捧ぐ カシナート’と彫られている。
「礼には及ばんよ。わしにできるのはここまでだ。その剣を生かすも殺すもお前さんの腕、心掛け次第だ」とカシナートが言う。
「正直言って私は腕には自信があります……」とレッドが話す。
「確かにお前さんほどの腕の持ち主はそうはおらぬだろうな」とカシナート。
「だが、たまに考えてしまいますよ。それも今の若い内だけなのだと。歳を取れば嫌でも力は衰え、私より強い者が限りなく現れる。いつまでも今のままでいたい。今の強いままで……」レッドが手にしているカシナートの剣を見つめ言う。
「この剣の様にいつまでも変わらぬ切れ味のままでいられればと」
「しかし、歳を取るからこそ人は成長するのだ。お前さんもまだまだ強くなれる。守りに入るではないぞ」とカシナートがレッドに忠告した。
 その2人の会話を何気なく聞いていた人物がいた。この国の宮廷魔術師だった。
 カシナートとレッドがラサの国を去る時、レッドはカシナートにその場で分かれを告げた。カシナートも帰りはゆっくり街道を通って帰るからとレッドとはそこで分かれる事になった。
 だが、レッドはラサを離れなかったのである。レッドはラサの宮廷魔術師と共にある魔法の実験を行っていたのだ。
 ラサの宮廷魔術師は城でのカシナートとレッドの会話を聞いていた。それでレッドにこの話を持ちかけてきたのだ。
 ある魔法実験とは、不老不死。永遠を生きる為の秘術の実験だった。
 その秘術は宮廷魔術師の手によって動物実験までは成功していた。
 猿を使った。その猿はナイフで傷をつけてもすぐに傷を癒し、心臓を貫いてもしばらく後に息を吹き返した。
 人での実験はレッドが実験台になった。猿では成功している。きっと上手くいく。これで自分は不死になる。今の強いままの自分で永遠を生きられる。そう思った。
 そして実験は成功した! だが!! そこにはとてつもなく大きな落とし穴があったのだ。
 実験は常に王城の地下。宮廷魔術師の研究室で行われていた。そこは日の光が入らず、いつもランプの光で過ごしていた。その為2人は気が付かなかった。
 レッドはその時、不死を得たと喜び勇んで外に飛び出した。地下室から飛び出し、外を駆け回る。不死となり初めて見る太陽がやけに眩しかった。しかし、眩しすぎた。次の瞬間、レッドの体は陽光に溶け始めた。
「何故だ?! 何が起こったんだ?!!」レッドは宮廷魔術師に詰め寄ったが時すでに遅し!
 レッドは確かに不老不死を得た。だが、レッドの体は恐ろしい魔物に変わっていたのだ。
 あの猿もそうだった。陽光に照らされると体が焼ける様に熱くなり溶け出した。2、3日すると牙が生え、爪が伸びた。食物よりも血を吸いたい衝動に駆られる。そして、夜な夜な血を求め、街をさまよう。
 宮廷魔術師の失敗だった。魔法文明時代に書かれた書物を解読して、不死の法を見つけたと思った。だが、そこに書いてあったのはアンデットモンスター、ヴァンパイアを創り出す方法だったのだ。
 レッドは何とか元に戻してくれと宮廷魔術師に詰め寄った。だが、モンスターを創ったとし、ラサ王の手に寄って宮廷魔術師は処刑され、レッドも幽閉された。
 牢の中で何度自殺をはかってもすぐに生き返ってしまう。ついにレッドは見張りをその牙にかけ、ヴァンパイアとしての能力を使い、見張りを操り牢を開けさせるとそこから逃げだしたのである。
 それからのレッドは荒れに荒れ、夜の街を我が物顔に荒し回った。元に戻る事を諦め、モンスターとして生きる覚悟を決めた。剣を捨て、その爪をその代わりとした。
 レッドはまさに不死の王、ヴァンパイアロードとして生まれ変わったのだった。
 それから500年。レッドは、いや、ヴァンパイアロードは孤独と共に生きてきた。
 そして、ワードナと出会った。
 長い間待った。500年という時を。そして、ついに自分を元に戻せるという人物に出会ったのである。
「魔除けの力を使えばお前を元に戻す事などたやすいはずだ」ワードナはヴァンパイアロードに確かにそう告げた。



 転生の間。床一面に描かれている魔法陣の上にヴァンパイアロードは横たわっていた。
「目を覚ませ。ヴァンパイアロードよ」ワードナの声が響いた。
 その声でヴァンパイアロードがその目を開けた。そして、静かに起きあがる。
「気分はどうだ?」とワードナ。
「すがすがしい気分です」とヴァンパイアロード。
「それは良かった。ところでこれからも私の為に働いてくれるか?」ワードナが聞く。
「はい。永遠に……」ヴァンパイアロードは頭を下げて言った。
“成功だ。肉体はそのままに魂から人格、心だけを取り除いた。心をロストさせたぞ。これでお前は永遠に私の下僕となって働くのだ。永遠にな!”ワードナが思うと声を出して笑う。
「わっはっはっはっはっ! はっはっはっはっはっ!」ワードナはいつまでも笑い続け、その声は誰も知らない地下11階の闇の中へ吸い込まれて行く。
 その横で、完全にワードナの下僕となった不死王が、何も思わず、何も感じず、ただその場にたたずんでいた。



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