地下迷宮4階。コントロールセンター内にある宝物庫の隅に3つの人影があった。
「しかし、本当に何もない宝物庫だなぁ」1人がそう言った。
何もないとは言っても空っぽの宝箱や大して価値のないアイテムなどは残されており、3人はその影に入って入り口からは見えない位置に隠れていた。
「迷宮に巣くう盗賊が全て持ちだしたのさ。俺達が初めてここに来た時、もう空だったじゃないか」もう1人がそれに応える。
「う、うぅ……」もう1人は2人の横に寝かされており、時折苦しそうに呻き声を上げた。
その男は体中に酷い火傷を負っていた。モンスターのブレスか、ラハリトクラスの魔法に焼かれたのだろう。
ビィ―――――――。突然、けたたましい音が聞こえてきた。コントロールセンター内に誰かが進入して来ると鳴り響く警報の音だ。
「また誰か来たよ」
「最近やっとここらまで来れる連中が増えてきたな」
「見つかったらやばいよ」
「大丈夫だ。この宝物庫が空だって事は最初に入った俺達の情報で冒険者なら知らない奴はいないし、ここに来る連中はブルーリボンが目的なんだ。ここに入って来る物好きなんかいねぇよ。今までも何組か来たが、ここには誰も来ないじゃないか?」
「でも、新参者の冒険者ならそんな事知らないんじゃ……」
「新参者の冒険者がこんな所まで来れるはずがあるまい?」
「そ、そうだね」
ガチャ、ガチャ。その時、2人の耳に鎧の立てる金属音が聞こえた。そしてその音はだんだんと近づいて来ている。
「来るよ!」
「……大丈夫。足音からすると3人だ。もし見つかったら3人ぐらい殺っちまえばいい。呪文の準備をしておけ」その男はもう1人に言うと、自分もそっと鞘から剣を抜いた。
そして、鎧の音と足音が宝物庫の前で止まった。
「来るぞ」剣を握りしめ、いつでも飛び出せる態勢で男が言う。
言われた男も手印を組み、呪文の用意はできている。
バンッ! 激しくドアが蹴り開けられ、3人の男が部屋に飛び込んできた。
3人の冒険者はきょろきょろと部屋中を見渡す。
「何だよ、宝物庫っていうからお宝があるかと思えば、何もないじゃないか」その中の1人、僧侶風の男がそう言った。
「すでに迷宮のシーフ達に持ち出されていた様だな」もう1人は魔法使い風の男だ。
「出よう、何もないぜ」僧侶風の男が言う。
「待て、何かいる」もう1人の鎧を身に着けた戦士風の男が部屋の隅に小さくなって物陰に隠れている何者かを見つけた。
「ちっ、見つかったか」男は小声でそう言うと、いきなり3人の前に飛び出した。
「何だ!?」その男をモンスターだと思い、3人は構えながらモンスターの正体を見きわめる。
「……」隠れていたもう1人の男も呪文の詠唱に入った。
ガキッ!! 激しく剣が交わる音がした。
「待てっ」戦士風の男が襲ってきた男の剣を自分の剣で受け止め言う。
「俺達はモンスターじゃない」言うと戦士風の男は剣を引き、戦う意志がない事を襲ってきた男に見せる。
「……」襲いかかった男も一旦剣を引くと、3人をまじまじと見つめた。
自分の会心の一撃を受け止めた戦士風の男は、両手持ち専用の剣、グレートソードを‘片手’に持っている。おそらく自分の力や戦い方に合わせて、真っ二つの剣のを打ち直したのだろう。ボルタックではサイズの調整なども行っているのだ。それにしてもこれだけ大きいと真っ二つ2本分を使っているのかも知れない。他の2人より頭1つ分背が高く、剣はその背と同じぐらい長い。その為、鞘は背中にしょっている。その長い剣(長ければその分重くなる)を扱える事は確かにできるだろうと納得のいく体格をしている。太い腕、分厚い胸板を見ると鎧は特注品だろうと想像がついた。
僧侶風の男は、僧侶にしては良い体格をしており、鎧に盾に兜に小手と戦士と変わらぬ装備をしている。だが手にはフレイルを持っているので、僧侶だと分かる。しかし面構えはどう見ても神に仕える者には見えず、どちらかというと戦士の男や自分に近いと男は感じた。
魔法使い風の男は、というより魔法使いだろう。ローブを纏い、その裾からちらっと短剣が見えた。この男も魔法使いにしては良い体格をしているが、鎧を着て動き回れるほどではない。フードから覗く顔が優男をイメージさせる。
3人共種族は人間で、属性は見た感じエビルであろうと思えた。レベルもマスターはいってそうな雰囲気があり、4階程度なら3人で十分だろう。どうやら仲間を失ったのではなく、始めから3人パーティの様だ。
「こんな所でどうしたのだ?」戦士の男が自分に襲いかかってきた男に聞いた。
「ああ、仲間がドラゴンフライのブレスにやられてな。連れの僧侶やビショップも死んで、3人になっちまって困ってたんだ」男は後ろにいる仲間を顎で指して言った。
「こりゃ、酷いな」僧侶が横たわっている男に近寄った。
「あんた、僧侶ならマディをかけてやってよ。ただでとは言わないからさぁ」横たわる男の横で、さっき呪文を唱えようとした男が言う。
「金をくれるならやってやらない事もないが。この火傷、昨日や今日じゃねぇな。あんたら一体、いつからここにいるんだ?」と僧侶。
「もう1週間は経ったと思うが、迷宮の中じゃ時間の感覚が分からないからな」剣を鞘に収めながら、男が僧侶の後ろにやってきた。
「それは凄いな。同情する。クロノス、マディかけてやれよ」魔法使いが言った。
「ああ」クロノスと呼ばれた僧侶が頷くと、横になっている男に最高の回復呪文マディを唱えた。
それでその男の火傷は治ったが1週間以上何も口にしていなかった為に衰弱しきっていた。
それでもしばらくすると男は目を覚まし、何とか体を起こせるようになった。
「凄いスタミナだな」魔法使いの男が言う。
「食え」戦士がぶっきらぼうに起きあがった男に干し肉を差し出した。迷宮に入ると時として2、3日出られなく事もある。その時の為に冒険者は多少の非常食は持っているものなのだ。
「あぁ、すまん」男はそれを受け取ると無心に食べ始めた。
「たらふくもあるぜ」と僧侶がそれを差し出して言う。
‘たらふく’というのは、ビスケットの様な物で、日持ちがよいので非常食としてよく用いられるが、味の方は今1つなので普段好んで食べる様な物ではない。
「お前達も食え」戦士が後の2人にも進めた。
「すまないな」と言ってから2人もたらふくを口に運んだ。
「良く食うな」僧侶が3人を見て言う。
あっという間に全部の干し肉とたらふくがなくなった。
「ごちそうさま」呪文を唱えようとした男が礼を言った。
「いや、いい。……まだ名前を聞いていなかったが。俺はG・ウィルソン」戦士が名を名乗った。
「俺はクロノスだ」と僧侶が言う。
「リム」と魔法使い。
“こいつら本当に俺達の事を知らないらしいな。これは利用できるぜ”男はそう思うと他の2人に目配せをした。
それに2人が目で頷く。
「瞬きの半、忍者だ」と最初に襲いかかった男が言った。
「レタス、魔法使い」と呪文を唱えようとした男が言う。
「シャドームーン、侍だ」横たわっていた男が、つらいと思い半が脱がせたのだろう、かたわらに置いてあった自分の鎧を着けながら言った。
「ちょっと待った。あんた親衛隊なのか?」と鎧を着けたシャドームーンにクロノスが叫んだ。
しまったと半は思った。勿論その表情にそんな素振りは微塵も見せはしないが。
シャドームーンの鎧の、胸の部分に付けられた階級章。それが外してなかったのである。
半もレタスも自分の胸に付けられた忌々しい階級章はすでに迷宮の中に捨ててしまっていたが、身動きが取れない為2人でここまで運んできたシャドームーンに付けられていた階級章の事はうっかり忘れてしまっていたのだ。
「あ、あぁ。そうだ」とシャドームーンがチラッと半を見、“何故取っておいてくれなかったのだ”と目で抗議する。
シャドームーンにしても親の仇、トレボーの親衛隊の印などこの場で剥ぎ取って投げ捨ててしまいたいが、この3人の前でそれはできない。しばらくの間、親衛隊員でいるしかなかった。
「親衛隊でも迷宮に降りたりするのか……」リムが独り言の様に呟いた。
「どっちにしろ、迷宮に潜れば同じ冒険者さ」シャドームーンはそれには何も言わず、代わりにレタスが口を開いた。
レタスもシャドームーンの階級章に気付かなかった事に‘悪い’という気持ちがあり、フォローにまわった。
「確かに。どうやら属性も全員悪のようだし、レベルもクラスもいいバランスだ。良かったらこのままもっと下に下りてはみないか?」とレタスの言葉に頷いてからG・ウィルソンが言う。
「それはいいな。3日前にこの街にやって来たばかりで、まだ他のメンバーが見つからないんだ」クロノスが半達に説明した。
“3日前、それで俺達の事をまだ知らないのか……”と半が思う。
「俺は構わん。だが、降りるなら10階に行きたい」シャドームーンがそう言った。
「シャドームーン」レタスが何を考えているのかという風に言う。
「シャドームーンがいいのなら俺は構わんよ」半が言い、その後に小声でシャドームーンに「またワードナの部屋に行って本物の魔除けを探す気だな」と呟いた。
「決まりだな。親衛隊もいるし心強い」リムが手を打つと言う。
「では行くか。どうせなら、ワードナも倒したいものだな」とG・ウィルソン。
「何言ってるんだ。知らないのか? ワードナはもうどっかのパーティが倒したって話だぜ」“俺達がな”と思いながら半がG・ウィルソン達に言う。
「ははっ。1週間もこの中にいたんじゃ知らないだろうが、ワードナはまた蘇ったらしいぜ。ワードナを倒したパーティは2つになったんだ。きっとまた蘇っているに違いないさ」とクロノスが言う。
「何だって」半、シャドームーン、レタスは3人共驚きの声を上げたが、一際シャドームーンの驚きが大きかった。
「それで魔除けは?」シャドームーンがクロノスに詰め寄る。
「な、何でもどっちも偽物だったらしいぜ。本物はまだこの足元だろうさ」シャドームーンの余りの勢いにどもりながらクロノスが答える。
「そうか……」シャドームーンがホッとして胸を撫で下ろした。
「話はそれぐらいにして行こう。10階ならまずブルーリボンを手に入れなくちゃいけないんだ」レタスがG・ウィルソン達3人に得意そうにそう教えた。
「うむ」G・ウィルソンが頷く。
そして、6人は地下10階へと進み始めた。
地下10階。7番目の部屋に6人は向かっていた。
4階の宝物庫で出会ってからここまでに7回の戦闘が行われた。
最初にモンスター配備センターの守衛を倒した。6人ともマスターレベルを越えているのでこの戦闘は楽なものだった。
難なくブルーリボンを手に入れ、エレベーターで9階に降り、その後シュートで10階に降りた。そこまでモンスターには出会わなかったが10階の各部屋では、それなりの戦闘が行われた。
それでも苦戦というほどのものはなく、初めて10階まで降りてきたG・ウィルソン達3人にはこの迷宮に何故これ程までに今までの冒険者達がてこずってきたのか理解できなかったようだ。
それには、半達3人の力もあったが、G・ウィルソン、クロノス、リムの3人が強かったのも確かだった。
半達はこの3人の強さに目を見張った。
G・ウィルソンの豪快な剣技は見事としかいい様がない。その巨体から生み出される力は、軽々とグレートソードを操り、本当に両手で持つ様に作られた剣なのかと疑いたくなるほどだった。
クロノスにしても敵を見極め、唱える呪文の早さはなかなかに素早かった。何より前衛に飛びださんばかりの勢いがあった。それもそのはず、この男は忍者への転職を望んでおり、そうなれば半にも負けないほどの実力を身につけるだろうと思われた。
リムの呪文は素晴らしかった。その旋律は決して乱れる事なく、現れるモンスターに対しての呪文の選考も確かだった。そしてグレーターデーモンなどの呪文無効化能力を持つモンスターに対しては一切呪文を唱えない。これがレタスには衝撃的ですらあった。いくら無効化能力があっても何もしないでいるなどレタスには1度もなかった。可能性は0ではないのだと攻撃呪文を唱えるか、防御呪文を唱えるなりしていた。それなのにリムは全く動かない。無駄に呪文を唱える事はないと後ろから観戦した。自分は魔法使いなのだとリムは言った。
半達3人とG・ウィルソン達3人は、7回の戦いでお互いの技量を確かめ合い、初めてパーティを組んだにもかかわらず、ある程度のコンビプレイができるようになっていた。6人の冒険者としての資質、センスの良さというのか。
今のこの6人はワードナを倒した時の半達よりも明らかに強いと思えた。
そしてワードナすら今度は余裕で倒せるだろうと半は思っていた。と同時に、もう少し早くこの3人に出会っていれば、これまでの戦いももっと楽しいものになっただろうにと思うのだった。
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ワードナの部屋。相変わらずそのドアにはふざけた看板が掛けられていた。
半達がこの看板を目にするのはこれで3度目だが、今回のそれは今までと少し違っていた。
「外出中って書いてあるぜ?」とクロノスが看板を見て言った。
いつもなら最後の文字は‘IN’であった。それなのに今日は‘OUT’になっている。
「散歩にでも行ったのかもな」とリムが言った。
G・ウィルソンは無口に思えたが、クロノスとリムはこういう時にも冗談を飛ばす。それが半にはまた心地良かった。いつもディープと冗談を飛ばし合い、ミシェルにそれを責められて、それにまた冗談で返す。そんな雰囲気が好きだったからだ。
半はすっかりこの連中が気に入っていた。
「やはり死んでしまったのでは?」シャドームーンが呟く。
「とにかく行ってみるか」とG・ウィルソンが言い、5人に良いか? と聞きもせず、いきなりドアを蹴り開けた。
半達にすれば一言ぐらいあっても良さそうなものだと思えるが、7回の戦闘の内に3人の性格もある程度は掴んでいたので別に驚きもしなかった。
G・ウィルソンには全員が準備はできているし、呪文も体力も十分に残っていると分かっているのだ。だから何も言わずドアを開けた。考えてみれば当たり前の事ではあった。もっともミシェルがこの場にいたら絶対に文句を言っただろうと半は思ったが。
ドアが開いた直後、6人は素早く部屋に躍り込んだ。
そして、全員が瞬時に部屋の内部に視線を走らせてその状況を見て取った。
「いない」とだけシャドームーンが言った。勿論ワードナの事だ。
ワードナの部屋にいたのは、側近ヴァンパイアロードとその下僕ヴァンパイア共だけであった。
「ちっ。つまらないな、これじゃあ」とクロノスが不満そうに言う。
「仕方ないな」リムが言い、詠唱に入った。
前衛のG・ウィルソン、半、シャドームーンもすでにヴァンパイア達に向かっていた。
レタスとクロノスも詠唱を始めている。
ヴァンパイアロードとヴァンパイア共は6人に気が付くと、ヴァンパイアロードの命令でヴァンパイア共がわらわらと6人に向かい、ヴァンパイアロードも呪文の詠唱に入った。
最初に行ったのはやはり半だった。まず1番近くにいたヴァンパイアの首を当たり前の様にはねとばした。
次にシャドームーンとG・ウィルソンが行った。シャドームーンはカシナートの剣を巧みに操ってヴァンパイアを斬り裂き、G・ウィルソンはグレートソードを振り回しヴァンパイアを2つにした。
そこでリムがティルトウェイトを唱える。
「ティルトウェイト」落ち着き払ったその声の後、爆発がヴァンパイア共を包み込んだ。それで残りのヴァンパイアはほとんどが死んだが、わずかに呪文を無効化した奴らが残った。
その刹那、クロノスがマリクトを唱えた。聞くだけで肉体的ダメージを受ける呪いの言葉を、相手を取り囲む空気を振動させる事により間接的に発音させ、それを聞いた相手に凄じいダメージを与える。相手の周りのある一定の範囲のみの空気がその言葉を発音するだけなので、唱えた者の周りでは呪いの言葉は聞こえず術者には当然ダメージはない。僧侶のティルトウェイトと言っても良い7レベルプリーストスペルだ。それでヴァンパイアは全滅し、ヴァンパイアロードもかなりのダメージを受けた。
そしてレタスがジルワンを唱える。と同時にヴァンパイアロードもジルワンを唱えた。
「ジルワン?」それを聞いて半が驚く。
レタスの詠唱がジルワンであると気付いたヴァンパイアロードは、それを避ける為に自らもジルワンを唱えたのだ。
レタスから放出された魔法力が見えない塊となってヴァンパイアロードに向かう。その塊めがけてヴァンパイアロードからも同じ力が飛ぶ。そしてそれは2人の中央でぶつかって弾けた。
「流石に不死王は簡単には殺られないな」とG・ウィルソンが言う。
「こんな使い方もあるんだ。では2つだったらどうするか見たいと思わないか?」とリムが感心してレタスに言う。
「同感」レタスがそれに答え、同時に詠唱に入った。再びジルワンだ。
「ふっ」半が面白そうにそれを見つめる。
G・ウィルソンもクロノスも魔法使いに任せて、静観を決め込んだ。
だが、シャドームーンは剣を引かず、ヴァンパイアロードに向かっていた。
あっという間だった。横一閃、シャドームーンのカシナートがヴァンパイアロードの体を2つにして、分かれた体の内上半身をリムのジルワンが塵にし、下半身をレタスのジルワンが塵にした。
シャドームーンは今まで気が付かなかったが3度目の対戦でヴァンパイアロードの体型が何となく自分に似ていると感じた。という事は、自分にぴったり馴染むこのカシナートの剣を使っていたレッドという人物も、こんな感じだったのだろうなとふと考えた。
その、もとは自分のものだった剣に斬られ、ヴァンパイアロードはシャドームーンに2度目の敗北をした。
「ヴァンパイアロードがどうやって避けるか興味があったのに」とリムがシャドームーンに邪魔をしたな、と言う。
シャドームーンがそれに対して悪かったなと言うと、リムは冗談だと笑い飛ばし、レタスも笑った。
「それにしてもワードナは?」クロノスが言った。
「やっぱり散歩だ」リムが言う。
「親衛隊員に恐れをなしたのかも知れん」G・ウィルソンがシャドームーンの胸の階級章をちらりと見た。
「まさか……」シャドームーンが呟く。
ワードナを倒している半達にすればいないのが当たり前なのだが、G・ウィルソン達には不思議と思えた。
その後魔除けがないかと部屋中をくまなく探したが何もなく、ただ誰もいない玉座だけが主を待ってたたずんでいた。
「何もないな」クロノスの言葉がシャドームーンに重くのしかかる。
“剣では完全に負けた。魔除けなくして勝てるはずもない”シャドームーンは思った。
「やれやれ、戻るとしようか」リムが言うとレタスにどっちがマロールを唱えるかと聞いてきた。
それでレタスが慌てて半の顔を見る。
「待ってくれ、ここで別れよう」半が言った。
「ここで?」クロノスが半に聞く。
「4階の仲間の亡骸を取って来たいんだ」半が説明する。
「構わんがもう一緒にはなれないのかな?」とG・ウィルソンが聞いた。
「そうだな、俺達はもう今日でここからはおさらばなんだ」と半。
「そうか、残念だな」とG・ウィルソン。
「俺もだ」と半。
そして、一足先にG・ウィルソン達3人はリムのマロールで地上へと戻って行った。
半達もいつまでも迷宮に潜んでいる訳にもいかず、とにかく地上の状況を見ない事には身動きが取れないので、1度地上へ戻ろうという事になった。
上手くいけばミシェル達の力を借りて逃げられるかも知れないし、ダメならまた迷宮に潜んで機会を待っても良い。そう考えたからである。
そして、レタスはマロールを唱える。
半達がG・ウィルソン達に会う事は、その後二度となかった。
誰もいなくなったワードナの部屋でヴァンパイアロードが大地の精を吸い上げて再生を始めていた。そして完全に復活すると玉座の前、転生の間の入り口を開ける呪文を唱えた。
床が開き階段が現れると1人の老人がゆっくりと姿を現した。
ワードナである。
「申し分けございません」玉座に着いたワードナに冒険者達に負けた事をヴァンパイアロードが詫びる。
「良い。貴様は負ければ良いのだ。死なぬのだからな」ワードナがヴァンパイアロードを冷たくあしらう。
しかしワードナの完全なる下僕、傀儡となり、感情をなくしたヴァンパイアロードは、恐怖も怒りも悲しみも感じる事はなく、ただその場でワードナにひれ伏しているだけだった。
“私はもう、親衛隊とは戦わぬ。私を倒し、親衛隊に入った者ならなおさらだ。私とて死にたくはないのだよ”とワードナは思った。
ワードナはヴァンパイアロードが半やG・ウィルソン達と戦っている間、転生の間に避難していたのだ。
ワードナも人の子。死への恐怖は感じている。すでに2度死んでいるのだ。もう死にたくはないと思って当然であろう。
勿論、身の程知らずが現れれば、今度はワードナがそれをいたぶる番だが。
そして、ワードナはその懐から数枚の魔除けを取り出すと、再びその研究を始める。
研究の中いくつもの模造品を作り、その完璧さゆえに、もうどれが本物なのか分からなくなってしまった魔除けの研究を。
部屋のドアの看板は、いつの間にかまた‘IN’に変わっていた。
G・ウィルソン達3人が迷宮の入り口に実体化して、3人は初めて半達の事に気が付いた。
迷宮入り口に貼ってある手配書の顔がさっきまでパーティを組んでいたあの3人だったからだ。
このトレボー城塞に来てまだ3日という事もあるが、G・ウィルソン達3人は性格上手配書をまじまじと見る様なタイプではない。まるで気にしていなかった手配書にさっきまで一緒にいた男達が描かれていることに驚いていた。
「道理で強い訳だ」リムがそう言うとG・ウィルソンとクロノスは全くだと言い、笑い合った。
それで3人は親衛隊に報告するでもなく、酒場へと歩き出した。
その手配書には捕らえた者には賞金を出すとは書いてあったが、見かけた者は連絡しろとは何処にも書いてなかったからだ。
G・ウィルソン、クロノス、リム。半達に代わり次の時代をになう冒険者達である。
空にはすでに夜の帳がおり、星が夜空を飾っていた。
迷宮入り口の見張り小屋の窓から、3人パーティが帰って来たのが見えた。
何やら楽しそうに笑う3人をボーっと見ながら、迷宮がそんなに楽しい場所なのかと無精髭をはやした人間の男は考えていた。
昼間、親衛隊の女エルフに節穴と見られ、すっかり落ち込んでいる見張りの兵士だった。部屋の中にはその時に一緒にいたホビットもいる。
カチャッ。その時ドアが開いて、1人の男が部屋に入ってきた。
「もう交代の時間か?」見張りの男は入ってきた男を見もせずに言った。
「おい!」ホビットの声だった。
「あ?」男が振り返ると何処かで見た事のある男がそこにいた。
何処でだろうと男が考えて、その男の胸に親衛隊の印の階級章がある事に気付き、それが10日前にワードナを倒した2つ目のパーティの中にいた戦士だと思い出した。
「何の用ですかい? 3人組のパーティなら見ませんぜ」と男が言う。
「ほう。良く俺の聞きたい事が分かったな。何故分かった?」と親衛隊員のジム・アクセルが聞く。
「え、あ、いや。勘でさあ」と男が昼間の事を考えていて、何気で言っただけだったので少しどもりながらもとっさにそう答えた。
「勘か、凄いな。……なら良い。邪魔したな」とジムは言い、小屋から出て行った。
「凄い?」と男が呟く。
「聞いたか、おい。あの親衛隊員は俺を凄いって言ったぜ!」男が嬉しくて、側のホビットに叫ぶ。
「あーあ」ホビットはただの偶然だろ、と思い肩を竦めた。
小屋を出たジムは、迷宮の入り口に何か気配を感じ、そちらに視線をやった。
「ジム」不意にジムは自分の名を呼ばれ、誰かと思い見つめる。
「半! シャドームーン! レタスも!」ジムは迷宮の入り口に3人の姿を見つけ驚いた。
10階からレタスのマロールで今ここに実体化したのである。
「しっ、声がでかいぜ」半が口に指を当ててそう言う。
「すまん」とジムが言った。
そこで半は少し驚いた。自分は冗談のつもりで言ったのだ。ジムの胸に階級章を認め、この男はトレボーの手先になったのだと思い、運が悪いぜ、また迷宮に戻るかそれとも逃げ出すか、そう考えつつ自分達を捜す親衛隊を小ばかにする意味で言った軽口だったのに、ジムはそれに謝ったのだ。
「捜していた。何とかお前達を逃がそうと思ってな」ジムは半達に言った。
「どう言う事だ?」と半が聞く。
「とにかく一緒に来い」ジムが言うと背中を向ける。
「罠じゃないのか?」とレタス。
「いやそんな小細工をする男じゃないはずだ。行こう」と半がジムの後に続いた。
その後にシャドームーンとレタスも続いた。
見張り小屋の窓から人間の男に、チラッと4人の姿が見え、手配書の男達に似ていると思ったが、先程自分を誉めた親衛隊員も一緒にいたので違うだろうと全く気にしなかった。
ジムと半達は夜の闇に紛れ進んだ。しかし、不夜城と言われる城塞都市だ。夜とはいえ表通りには昼間ほどではないが人が往来している。それ故に裏道を通らねばならなかった。
「ここだ」ジムは3人を誘導し、ある建物の前までやって来た。
そこはある寺院の前だった。
「入るぞ」言うとジムは堂々と正門を開け、中に入って行く。
レタスは怪訝そうな顔をしたが、半にはここが誰の寺院なのかだいたいの見当はついていた。
中に入って大聖堂まで来ると、また半達の知った顔が3つあった。
「半! そうか見つけたか、ジム」とその内の1人が言った。
「やっぱりあんたか、タクアン」と半が言う。
「ジャッキーとミルも……」レタスがどういう事か説明してくれとジムに言う。
「ああ」と返事をしてからジムが話し始めた。
ジム達は明日、このトレボー城塞から逃げ出すつもりだと言う。ジム、ミル、ジャッキーの3人は親衛隊になど入る気はなかった。それなのに無理矢理入れられてしまい、逃げ出す計画を立てていたのだ。
計画は簡単である。死んだふりをして棺桶に入り、それを街の外まで運び出してもらう。運ぶ人間は親衛隊員で王宮配下の寺院の僧侶でもあるタクアンなので誰も疑いはしないだろう。もっともジム達がいなくなった事が分かれば騒ぎにはなるが後の祭りだ。
この城塞都市の中には墓地というものがない。街の中には生きている者が住めば良い。死んだ者など壁の外で良いのだというトレボーの考えが逆に都合が良かった。
「それで?」と半。
「それでお前達がまだこの街にいるのなら、同じ様にして逃がしてやろうと算段していたんだ」とジムが答えた。
「なるほど。偶然あそこでお前と出会ったのは、最高に運が良かったという事か」半がニヤッと笑った。
「だが何故だ? 俺達はエビル、しかもトレボーに反乱したのだぞ。見つかれば貴様達も殺されるのは必至ではないか」今まで黙って聞いていたシャドームーンが口を開いた。
「確かにそうだが、もともと俺達は‘冒険者’なんでね」とジム。
「確かに‘冒険’だわな」と半。
「一緒に逃げましょう」とその半にジャッキーが言った。
「ありがたい」半は一言だけそう礼を言った。
次の日。6つの棺桶が馬車に積み込まれ、寺院を出発した。
その棺桶には不運にも食中毒で死んだ一家の死体が収められており、家族が全員死んでは蘇生に金を出す者もいないので、城塞の壁の向こうにある墓地まで埋めに行くところである。
というのは勿論表向きの理由で、その中にはジム、ジャッキー、ミル、半、シャドームーン、レタスの6人が入っていた。
ジムはミルと共に故郷に帰る。そして、生まれ育った村でミルと一緒になるつもりだ。だが、聖騎士になる夢は捨ててはいない。いつの日か立派な聖騎士になると誓っていた。
ジャッキーには故郷がない。だからという訳ではないが、ジムの村について行く事にした。ジム達の村で盗賊などやめて、真面目に働くのも良いかも知れない。そう考えていた。
ミルはジムと一緒に行くだけである。魔法の知識も華やかな街の暮らしも今はいらない。ジムがいれば何もいらなかった。
半は次は何処で戦いを楽しもうかと考えていた。どこか戦争でも始めそうな国に行って傭兵にでもなろうか、それとも何処かまた別の迷宮に潜ろうか、と想いを巡らせていた。
シャドームーンはこの街から出るのには少し迷いがあった。結局仇は打てず、トレボーにはやられっぱなしである。せめて一矢報いたかったが、いつか必ずもう一度トレボーに、今度はムーンの王として戦いを挑もうと考えていた。今度は魔除けの力など借りず、自らの力のみで倒してみせると。
レタスはしばらくは旅に出て、面白い場所を見つけたら今度はそこで楽しい仲間を探そう。そしてまた冒険をしようと思っていた。
城塞の外に出ると、そこには広い平原が広がっている。
馬車は足を止め、タクアンは周りに人がいない事を確認して棺桶の蓋を開けた。
各々が棺桶から出ると、窮屈だったと伸びをしたり、体をほぐしたりする。
その後で棺桶の中から自分の荷物を取り出し、身に付ける物は身に付け、そうでない物は手に持った。
「世話になったな」ジムがタクアンに言うとお辞儀をした。
「こちらこそ今までいろいろと」とタクアンが返す。
「まあ、堅い挨拶はなしだ。俺は行くぜ」と半が皆に言うと歩き出した。
「半!」それをジムが呼び止める。
「ん?」と振り返る半。
「一度手合わせしたかったな」とジム。
「そうだな、何なら今からやるか?」と半が腰の剣に手をやった。
「え?」ジムが驚く。
「はは、冗談だよ。あばよ」言って半は走り始めた。早く、あっという間に半は小さくなっていく。
残された6人は、しばらくの間その背中を見つめていたが、順に別れを告げてその場から立ち去って行く。
「さらばだ」シャドームーンはそれだけ言うと1人歩き始めた。その方角は今は失われた国、ムーンがあった方角だ。
「じゃあね、サンキュー」レタスはそう言うと空を見上げ、雲の流れる方向に歩き始めた。
「風の吹くまま、気の向くままか」それを見てタクアンが言った。
ジムとジャッキーとミルは1人ずつタクアンに丁寧に挨拶すると、馬車を引いていた2頭の馬の内1頭を馬車から離した。その馬にミルを乗せ、ジムが手綱を取り歩き始め、ジャッキーがその隣に並んで歩いて行く。途中1度だけタクアンに振り返り手を振ったが、それからは振り帰る事なく故郷の村を目指し前を見て進んだ。
“若者達よ、振り返るな。人生という迷宮は後戻りはできぬ。己を信じ、仲間を信じ、目標に向かって進むが良い。道に迷い、道を見失っても、挫けず真っ直ぐに進むが良い。その先にあるのは勝利という未来なのだから。”タクアンはジム達を見送りながら祈った。
その若い冒険者達の未来に神の加護のあらん事を。
ジム達がいなくなった。それを聞いたミシェルには逃げだしたのだと分かったが、姿を見せなくなった日にタクアンが6つの棺桶を外に運び出している事から半達も一緒に逃げだしたのかとタクアンを問いつめた。
だが、タクアンは何を聞かれてもジム達が逃げたのとあの棺桶はまるで関係がないと主張し、決して口を割らなかった。
だが、ミシェルは、半達が、シャドームーンが何処かで生きている、いつかまた会える日が来るかも知れない、そう思えるだけで満足だった。そして、今度シャドームーンに会った時こそ、自分の想いを伝えよう、そう思った。
ディープは半とシャドームーンに取り残された様な気持ちになっていた。いつも軽口を叩き合っていた半、普段は辛気くさいが戦いになれば素晴らしい技を見せるシャドームーン。彼らに置いて行かれた様な気がしていた。だが、単細胞のディープだ。すぐにそんな事は忘れるだろう。その深緑色の瞳はいつも何かを探しているから、そして楽しいものを見つけ、また豪快に笑うだろう。
カンは望み通り親衛隊員となって満足していた。そしていつかトレボーと共に侵略戦争に発つ日が来るだろう。その相手がムーン国のシャドームーンでも構わない。あの日見たトレボーは確かに狂っていたが、その強さは本物だった。強い者にひかれる。それは人の心理。カンはトレボーについていくと決めた。それもまた人生である。
スギタも同じだった。望み通り入隊した親衛隊で力をつける、技を磨く。そして、できるならトレボーすら超えるほどの腕を身につけたい。その為に今はトレボーのもとにいようと思った。
ブラウンだけはタクアンに6つの棺桶の秘密を聞かされていた。それを聞きブラウンは6人の行く末を案じ、神に祈るのだった。そして思う。“神は正しい者の味方ではない。信じる者の味方なのだ。神を信じ、間違っても良い、何度でもやり直して進むが良い。ここで学んだ事を教訓に明日を生きるが良い。永遠にやってくる明日を。”
半が、シャドームーンが、ジム達が去ってから数年の後。
トレボー領ムーン地方で独立戦争が勃発。この戦いでムーン側は圧倒的勝利を収め、ムーンは再び独立国家となる。
その国の王にはダークエルフ、闇の王シャドームーンが即位。
そして、その独立戦争の先頭に立って戦った者の中にホビットの忍者がいた。その忍者の剣は敵を圧倒し、恐ろしい早さで敵の首をはねたという。
彼の本名は分からないが、人は彼をこうあだ名した。
瞬きをする間の、その半分の時間で首をはねるとして付けられた名前、瞬きの半、と。 |