第 五 章

魔神との死闘




 半達はギルガメッシュの酒場で酒を呷っていた。だが、6人の顔は一様に暗かった。単細胞で明るさだけが取り柄ともいえるディープすら口を開いていない。
 いつもならカンを生き返らす為に高額な金をカント寺院に支払った事に毒づいたりもするだろうが、今日は何も言葉がないらしい。
「どうして俺達は負けた」やっと半が口を開いた。
 誰も答えようとしない。だが、答えは全員分かっていた。半達6人よりワードナの方が強かった、ただそれだけだ。だが半は、それを認めたくないのだ。
「これからどうするんだ? またすぐにワードナの所に行くか、それとも……」ディープもやっと口を開いた。
「もっとレベルを上げる」ディープの言葉をさえぎり半が言う。
「そして、次にワードナと戦う時は必ず倒すんだ」
 半の言葉に全員が頷いた。
“俺はもとよりそのつもりだったが、これで魔除けが少し遠くなったな……。しかし、俺のカシナートを見た時のヴァンパイアロードの態度は一体何だったのだろう……”シャドームーンは1人、そう考えていた。



 地下10階。ワードナの部屋。
“真なる侍レッドか……”ヴァンパイアロードもシャドームーンとの戦いを思い出していた。
“私がヴァンパイアになってから一体どれだけの時が流れただろう。一体何人の人を殺したか、そして何度死んだのか……。真なる侍レッド、私が殺した初めての男か……”
「どうしたヴァンパイアロード」ヴァンパイアロードの耳にワードナの声が聞こえた。
「いえ、何でもありません……」ヴァンパイアロードはそう言ってワードナの方に向き直った。
 しかし、そこにワードナの姿はなかった。いや、何者かの陰に隠れ見えなかったのだ。
「貴様、いつの間に!」ヴァンパイアロードがその人影に叫んだ。
「どうした? いつものお前なら気付いていたぞ。ケケケ」その人影はヴァンパイアロードにそう言うといやらしい笑いを漏らした。
「どけっ、私はワードナ様に……」ヴァンパイアロードがその人影を押し退け、その向こうのワードナのそばに歩み寄る。
「オレ様の声色だよ」ヴァンパイアロードの後でそう声がした。
「何!」ヴァンパイアロードが振り向く。
「どうしたのだ、ヴァンパイアロードよ。フラックの言う通り今日のお前は妙だぞ」ワードナが言う。
 ワードナに言われ、ヴァンパイアロードは多少落ちつきを取り戻した。
「いえ、……少々考え事をしておりました」ヴァンパイアロードがワードナに頭を下げる。
「どうした、そんな事じゃ冒険者達に殺られちまうぜ。ケケケ」フラックが再びいやらしい笑いを漏らす。
 フラック。このモンスターの正体は全く分かっていない。悪魔の突然変異体、古代魔法文明の魔術師が作り出した魔物、数千年を生きた不死生物、エルフ以前の最初の人類等様々な説がある。
 中でも面白いのは地獄の道化師という説で、地獄にも年に1度休日があり、その日は罪人達も罰を受けなくてよく好きな事が出来るという。その日、地獄に落ちた罪人相手に道化芝居を演じて見せる道化師がおり、それがフラックでそのショーの客を増やす為に地上に現れる、という説だ。この説はフラックがいつも道化師が着るような衣装を纏っている事から生まれたのであろうが、この説が1番有名で冒険者達もフラックの事をいう時に地獄の道化師と呼んだりする。
 だが、フラックの正体は恐らくフラック自信にも分かっていないだろう。太古より存在しているこの魔物は自分が生まれた場所や時代もあまりに昔すぎて忘れてしまったらしい。フラックの伝説は世界各地に残っており、ワードナの迷宮には1体しか現れないが恐らく仲間がどこかにいるのだろう。
 道化師の格好とは不似合いな錫杖を手に持ち、その顔には常にいやらしい笑いがこびり付いている。ポイゾン、パラライズ、ストーン、クリティカルヒット、ブレスとありとあらゆる特殊攻撃を使いこなす。エナジードレインや呪文こそ使わないがその攻撃力はグレーターデーモンやヴァンパイアロードと比べても全く劣るとは思えない。グレーターデーモンが迷宮最強と言われるのは、その強さは勿論だがそれ以前に現れる時、必ず4、5体で現れ、さらに仲間を魔界から召還するいやらしいモンスターだからだ。もし1体だけで現れるならフラックより恐ろしい相手とは言えないだろう。その為フラックを迷宮最強という冒険者もいる。勿論、真に迷宮最強はワードナだが。
「冒険者達に殺されるだと。ふんっ、この間も冒険者共がやって来たがしっぽを巻いて逃げて行ったわ!」ヴァンパイアロードがフラックに叫ぶ。
「何? ついにあのホビットの忍者が来たのか?」とフラック。
「知っているのか? あの冒険者共の事を」ヴァンパイアロードが聞く。
「あぁ、オレ様は戦った事があるが前衛の3人、特に忍者と侍は凄腕だった。このオレ様が殺られちまったんだからな」フラックはたとえ死んでもその細胞の1つ1つが完全に消滅しない限り何度でも蘇ってくるのだ。細胞の1つ1つが本来の姿を記憶しており、髪の毛1本でも残っていればそれから細胞分裂を繰り返し再生する。太古から今まで生きてきたのも異常に高い生命力とこの能力のおかげだろう。ヴァンパイアロードの様なアンデットではないが、限りなく不死に近い事は確かである。
「ケケケ。あいつらを逃がしたのは間違いだったな。もっと強くなってやって来るぜ。お前は死んでもすぐ生き返るからいいかもしれねぇが、そっちのジイさんは気を付けるこったな。いくらハイレベルの魔導師でも不死身じゃねぇんだからよ。それにジイさんに死なれるとオレ様の遊び場がなくなっちまうんでな。ケケケッ」フラックが口の端をつり上げ楽しそうに笑った。
「ワードナ様になんと無礼な!」ヴァンパイアロードがフラックに叫んだ。
「おっと。それじゃあ、またな」フラックが言うと次元の壁を越えようとする。
「待て、フラック!」
「怒るといい男が台無しだぜ。ケケケ……」フラックは笑い声を残しテレポートした。呪文こそ使えないがフラックには超能力という持って生まれた能力があるのだ。
「くっ、フラックめ」ヴァンパイアロードがフラックの消えた空間を見つめ呟いた。
「ヴァンパイアロードよ」今まで黙ってフラックとのやりとりを聞いていたワードナが声をかけた。
「はい、ワードナ様」今度こそ本物と確信し、ヴァンパイアロードが答える。
「彼奴の言葉、確かにその通りだ。今まで以上に護衛に力を入れ、私を守るのだ。良いな」ワードナは静かな口調で言ったが、それは命令でありワードナの命令は絶対である。
「はっ」ヴァンパイアロードが頭を下げる。
「私が死んでしまってはお前の望みも叶わないのだからな」半ば脅しじみた文句を言うと、ワードナは再び口を閉じ、魔除けの研究に取り掛かった。
 魔除けを調べるワードナの姿を見て、ヴァンパイアロードは思う。
“そう、ワードナ様と、魔除けを守るのは私の為でもあるのだ。あの魔除けが私を……”



 そして、3カ月。半達は、死に物狂いで腕を磨く。



 この迷宮に現れるモンスターにグレーターデーモン、フラック、ワードナの護衛で普段冒険者の前に現れる事はないがヴァンパイアロード、と絶大な力を持つモンスターが3種存在する。
 だが、それ以上に恐れられているモンスターがいる。
 魔神マイルフィック。モンスターと呼ぶにはあまりにも強大といえるその魔物は、魔界に於いてその力は魔王たるデーモンロードと並び神にも等しい力を持つ。故に魔神と呼ばれ恐れられている。
 だが、それは魔界での事、物質界(あるいは地上界や人間界と呼ばれる)に現れる悪魔達は、そのほとんどが太古の昔に神々との戦いに敗れた時に施された封印に今も縛られ、自らの本来の力の半分以下しか発揮出来ない。 とはいえ、魔神とまで言われるマイルフィックのパワーは凄じく、封印の為完全に実体化できないので物理的な攻撃力は非常に低いが、ポイゾン、パラライズ、3レベルドレインの特殊攻撃に加え、魔法使いの呪文を7レベル全て扱い、呪文無効化率50%、また不死王ヴァンパイアロードには及ばないもののヒーリング能力も持っている。これで本来の力の半分以下というのだから冒険者は神に感謝しなくてはならない。
 だが、神に封印されたとはいえ、失われた古代の魔法や悪魔にしか使えない暗黒魔法の1つや2つ使わない方がおかしいともいえる。それがまだ冒険者達に知られていないとしたら、この魔神に出会ったら逃げるのが1番の得策かもしれない。

 敵はウィルオーウィスプ1体、ポイゾンジャイアント2体、そして、マイルフィック。
 ウィルオーウィスプはブラウンの4レベルメイジスペル、モーリスでACを上げられスギタとジャッキーの剣に斬り裂かれ死んだ。
 モーリスは相手の心に恐怖を植え付ける呪文で、結果モーリスを受けた敵は防御が手薄になりACが上がる事になる。強い心を持っていればこの呪文にかかる事はない。ウィルオーウィスプの様なACの高いモンスターにはもってこいの呪文だ。この呪文が効くという事は、鬼火とも言われるこのモンスターにも心があるという事になる。
 ACというのは、アーマークラスの略で防御力の事だ。ACが低ければ低い程防御力は上がる。
 ポイゾンジャイアントはミルのマカニトを当たり前の様に無効化し、なおかつ毒霧のブレスを吐き出していた。ポイゾンジャイアントのブレスは毒といっても体内に残留するタイプのものではない為、ポイゾンの状態になる事はないが皮膚に付着しただけで痺れるような痛みを感じるのである。
 2体のポイゾンジャイアントから吐き出された毒霧は否応無く6人を襲い、確実にダメージを与えていた。
 しかし、2体の内1体の吐いた毒霧のブレスには大した威力がない様に思えた。
 それもそのはず、ジムがポイゾンジャイアントに一太刀浴びせていたからである。
 モンスター特有のブレス攻撃というものは、そのモンスターの体力に比例し、モンスターの体力が高ければ強いブレス、低ければ弱いブレスになるのである。つまりブレスを吐くモンスターに出くわしたら、ブレスを吐かれる前に少しでもそのモンスターにダメージを与える事が得策である。
 ジムに斬られたポイゾンジャイアントはすでに虫の息であった。こうなるとこのポイゾンジャイアントのブレスは、大した効果は発揮できない。後は丸太の様な腕からの一撃に気を付ければ、さほど苦労無く倒せるだろう。
 ジムは、もう1体は任すと言ってマイルフィックに向かった。
 マイルフィックは最初、カティノを唱えていた。しかし、6人の内誰1人眠らないのを見るとすぐさま次の呪文にかかった。カティノが効けば自分が手を下す相手ではない、効かなければ多少は出来る輩であろうから自分も戦いに参加しよう。そんな思いが魔神にはあった。
 タクアンはマイルフィックのカティノに対応し、すぐさまモンティノを唱えたが無効化され効かなかった。
 ポイゾンジャイアントのジムが斬りつけた方は、ジャッキーの短剣でも難無く倒れ、もう1体は流石に苦労したがスギタの真っ二つの剣が心臓を貫いていた。スギタが相手をしたポイゾンジャイアントのブレスでパーティはかなりの深手を追ったが、タクアンとブラウンの回復魔法のおかげで戦えるだけの体力は残っていた。
 ジムはマイルフィックと対峙し、カシナートの剣を構えていた。ドラゴンスレイヤーから替えた名匠カシナートの剣である。
 マイルフィックが呪文の詠唱を終えた。
「ティルトウェイト」低く唸る様な声で魔法使い最強の呪文が行使される。
 ドーン。大きな爆音の後、爆炎と爆風がパーティに襲いかかる。
「うぁっ」ジムが小さな悲鳴を上げる。
 マイルフィックは、ジム達が出会うティルトウェイトを唱えられる初めての敵である。
 タクアンがマディでジムを元気づけると、ジムは再びマイルフィックにカシナートをぶつける。
 ポイゾンジャイアントに手を焼いていたスギタとジャッキーもやっとマイルフィックの相手に駆けつけた。
 タクアンは最初にモンティノを唱えて、次からは回復呪文以外を唱える暇はなかった。ブラウンも同じである。
 ジムはその2人に助けられ、ひたすらカシナートを自分の持てる最高の技を持ち操っていた。全ての力を発揮し魔神に叩き込む。
 スギタとジャッキーも精一杯にそれぞれの武器を操っている。
 ミルはティルトウェイト、マダルト、ラハリトなど、とにかく呪文が尽きるまで唱え続けた。それらが効くのは五分五分だと十分に分かってはいる。
 マイルフィック。流石に魔神と呼ばれるだけの事はある。迷宮に於いてNO.2に位置するジム達のパーティをこれ程までに苦しめるのとは。普通の敵なら、例えばグレーターデーモンですらすでに戦闘が終わっていても不思議はない。そんな事を思う程長い時間を戦っている。
 ジム達の中にマイルフィックを目にした者はいなかった。だが、その姿を見た時、誰もがマイルフィックと気付いた。それ程有名なこの悪魔に戦いを挑み逃げなかったのには理由がある。マイルフィックはワードナと同等の力を持っているという噂。それが理由だ。
「ティルトウェイト」2度目の爆炎が6人を襲った。だが、6人のダメージはさほどではない。偶然にもミルはマダルトを唱えていた。その極寒の嵐がティルトウェイトの炎の力を和らげたのだ。当然、マダルトのダメージはマイルフィックには皆無だが。
「呪文を封じてくれ! こんな事、2度はないぞ」ジムがマイルフィックを睨んだままに叫んだ。
「しかし、体力の回復をせん事には……」タクアンがそう言う。
「奴の呪文を封じられればダメージは半減する!」ジムは先程から少しも休む事なくカシナートの剣を振り回しているので、相当の疲労を強いられているはずだ。
「わ、分かった」
“確かにこのままではその内呪文が尽きてしまうか”そう思いタクアンが詠唱を始める。
 マイルフィックはまた呪文の詠唱を開始していた。
 ジム達は傷ついた体でなおもマイルフィックに迫る。その時である。
「!?」ミルはマイルフィックが唱える呪文の詠唱を聞き、違和感を覚えた。
「この呪文、何?!」ミルが全く聞いた事のない詠唱であった。
 ミルはマスターレベルに達している魔法使いだ。勿論、7レベル全ての呪文を覚え、僧侶の呪文だとて詠唱で何の呪文か分かる自信があった。だが、マイルフィックの唱える詠唱が何の呪文なのか分からなかったのだ。
「気を付けてみんな! ……一体、何の呪文なの?」ミルは叫び、何が起こるのかと思いつつもその詠唱を聞き逃さないよう全神経を耳に集中した。
「早くモンティノを!」ジムにしろ他の仲間にしろマスターレベル以上であるのだから、多少は魔法に関する知識はある。ジムもミルと同様マイルフィックの初めて聞く呪文に危機感を感じ、タクアンにそう叫んでいた。
 しかし、マイルフィックがほんの少しだけ早かった。
「UTLAEAR」マイルフィックが唸った。
「モンティノ」少し遅れタクアンが言った、その瞬間。
 突然、6人の目の前に竜巻が発生した。その竜巻がピカッと光ったかと思うと6人は空中に舞い上がった。魔力により発生したその小型の竜巻にすくわれたのだ。竜巻に巻き込まれ、その中で稲妻に撃たれる。竜巻自体が光った様に見えたが、それは竜巻の中の雷光だった。
 ドサッ。不意に竜巻が消え、6人の体は突然宙に放り出され落下した。
「ユウト……ライヤアだと……」ジムが虫の息で言った。
「ユウ、トライ、ヤー? あ、暗黒……魔法なの?」ミルも息絶え絶えに呟く。
 暗黒魔法というのは、闇の力を源とする魔法で、悪魔やアンデットモンスターなど人外の魔物にしか使えない魔法だ。
「タクアンオショウ……」ジャッキーが呟く。今にも息絶えそうな面もちだ。
「ジャッキー」タクアンが言うと立ち上がりマディを唱え始めた。
 タクアンは、幸い落下した際にスギタの上に落ち、スギタがクッションになったおかげで純粋に魔法のダメージだけで済んだようだ。しかし、それだけでもかなりの深手を負っている。
 そのスギタは床にうつ伏せになったまま動かない。時折、低く呻き声が聞こえるので死んではいないようだ。
 ブラウンも意識はあるが、声すら出ない状態のようだ。
「マディ」タクアンが叫ぶとジャッキーの体力が瞬時に回復した。
 ジャッキーが立ち上がり見渡すとジム、ミル、スギタ、ブラウンの4人が倒れたままで起きあがる力も残っていないようだ。
「タクアン、すぐみんなにマディを」ジャッキーは全員の状態を見てタクアンに叫んだ。
 タクアンが1番軽傷だったのは幸運といえた。もし、タクアンが呪文を唱える体力すら残っていなければ確実に全滅しているからだ。だが、今の状態もほとんどそれと変わらない。
 ジャッキーは目の前でこの状況を楽しんで見ている魔神を睨みつけた。
 マイルフィックの表情は明らかに笑っていた。その醜い顔がさらに醜く口の端をつり上げ「シャッシャッシャッ」と声を立てている。
「ジャッキー」聞きなれた声がした。
「ジム」ジャッキーが見るとジムがカシナートの剣を構え、立ち上がっていた。
「やるぞ、最後だ。ぶっ倒してやる」ジムがそう言うとマイルフィックを睨んだ。
「最後?」ジムが怪訝な表情をして聞いた。
「マディが切れた」ジャッキーにジムではなくタクアンが答えた。
「スギタ達はディアルマやディアルで何とかするしかない」とタクアン。
 ディアルマは5レベル、ディアルは4レベルのプリーストスペルだが、マディに比べると断然落ちる回復呪文だ。
 もう1度ティルトウェイトやあの呪文を受ければマディが使えない今、全滅は必至だ。
「行くぞ、ジャッキー」ジムがジャッキーにそう言い、ジャッキーがそれに頷く。
「うおおおぉ――――――――!」ジムが迷宮中に聞こえるかという程の大きな叫び声を上げ、魔神に最後の戦いを挑む。
 ジャッキーも後に続く。ジャッキーは無言だったが、いつもの穏和な表情はそこにはなく鬼気迫っていた。
 タクアンにはもう打つ手は残っていなかった。ただ、スギタらに回復呪文を唱える事しかできなかった。
 マイルフィックは半死半生だった6人の中から3人が立ち上がり、2人が自分に向かって来るのを見て多少驚いていた。
 自分が猛威をふるっていた太古の魔法文明時代にはこんな事は有り得なかった。その時代、魔法の力は絶大で今ですらティルトウェイトが魔法使い最強の呪文であるが、そのころティルトウェイトが使える魔術師など珍しくもなく、それよりも強力な魔法はいくつもあった。スペルレベルも7レベルでは収まらず、10レベルにまで及んだ。そんな時代に戦士の力などたかが知れていた。魔法の防護があるならまだしも、純粋に自分の力だけで戦う戦士はティルトウェイトを1度でも受ければそのほとんどが死に絶え、2度受ければ確実に絶命しただろう。ところが、今自分の目の前にいる人間族の2人の男は、ティルトウェイトを2度も受け、さらに暗黒魔法までその身に受けたというのに、神聖魔法で体力だけは回復していようと、まだ自分に向かってくるだけの‘力’が残っているのだ。
“そんなはずはない”魔神の思いはそうだった。
「……」マイルフィックはその人間に今度こそ引導を渡してやろうと四度呪文の詠唱に入った。
 しかし、魔神の声は誰の耳にも届かなかった。呪文は封じられていた。先程のタクアンのモンティノが効いていたのだ。
「やあああぁ――――――!」流石に素早くジムよりもジャッキーの方が先にマイルフィックに襲いかかった。
 ジャッキーはマイルフィックの前まで来ると思い切り跳躍した。自分の身長の3、4倍はあるその巨身を飛び越えると、今度はマイルフィックの脳天に向かい短剣を構え落下する。
 呪文が封じられていた事と目の前に駆けてきた人間の意を突いた行動が、マイルフィックに一瞬隙を作った。
 ジャッキーがまずマイルフィックの脳天に最強の短剣を突き立てる。マイルフィックの頭にある鶏の鶏冠(とさか)の様な突起に短剣が突き刺さった。
 ジャッキーが短剣を突き刺した直後、ジムが跳んだ。
 ジャッキーの様に高くは跳ぶ事は出来ないが、ジムは確実にマイルフィックの体にカシナートの剣を潜り込ませた。
 マイルフィックの心臓にカシナートは食い込んでいた。
 マイルフィックは最初の攻撃の直後に鶏冠に短剣を突き刺さした忌々しい人間を払い落とした。
 直後、もう1人が足元でジャンプするのが目に入った。しかし、遅かった。マイルフィックがその人間に手を下す前に、その人間はその手に持つ長剣をマイルフィックの心臓に突き刺したのである。
 全てが意外であり、全てが計算外だった。かつての魔法文明時代なら、たとえ神の封印で力が半分しか出せなくても、ティルトウェイト程度しか使えない魔術師や戦士の6人くらいのパーティにやられるはずなどなかった。しかし、このパーティは違った。特に人間、特に戦士が自分の知るものとはかけ離れていた。魔法文明時代の戦士はこれ程の力は持っていなかった、これ程の生命力は持っていなかった。
“ウギャアアア―――――――!”マイルフィックが初めて叫び声を上げた。それは絶叫だったが、モンティノの効果がまだ続いていたので6人には聞こえなかった。
 マイルフィックは恨めしそうにジムの顔を見ると前方にうつ伏せに倒れた。
 ジムは倒れていくマイルフィックを避けながら眺めていた。
 その巨体が完全に横になった時、カシナートの剣が床に押され、さらに奥深く、胸に入り込んで行くのが見えた。
 タクアンの呪文でやっと立つ事が叶ったスギタ達もその魔神の最後を見届ける。
 そして、魔神は床に沈んでから数秒後に忽然とその姿を消した。
 死んだのだ。いや、正しくは魔界から送られていたマイルフィックの思念、ビジョンが崩壊したのだ。マイルフィックの分身といっても良いだろう。神の封印により完全な形でこちらの世界には実体化できないのだ。この迷宮に現れるマイルフィックの正体……。
“時代、時代か……”魔神が消える瞬間、魔神はそう考えていた。
 ジム達は勝った。呪文も体力も限界だったが、とにかく勝った。伝説の魔神に勝ったのである。
 そして6人はテレポーターを使い、地上へ凱旋した



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