第 四 章

大魔導師ワードナの恐怖




 親衛隊長のアンソニー・パーキングの報告で、10階に2つ目のパーティが下りた事をトレボーは知った。
 トレボーの私室にアンソニーと、その後ろにジム達に会いに行ったあの男が控えていた。
「私がそのパーティに会いに行き、名乗らずにおりましたがどうやらそのパーティのリーダーのジム・アクセルという者と例の瞬きの半という者だけは、私の正体に気付いたようです」男がトレボーに報告をする。
「貴様程の男が正体を悟られるとは、ジムという男もなかなかの強者の様だな」トレボーは私室の窓際に立ち、そこから城塞都市を一望していた。
 トレボーの私室は城塞都市の中心に位置する王城の最上階、天守閣にある。王城は城塞都市で1番の高さを誇る。その天守閣に私室を構え、トレボーは自らが治める都市を毎日見下ろしている。支配者としての心理であろうか? 今、この城塞都市でトレボーの上に立つ者はいない。そしてトレボーは、いつか世界の頂点に立とうと考える。その為にはどうしても魔除けが必要なのだ。それで冒険者達の動きを事ある毎に親衛隊に調べさせ、報告させていた。
「はい。あのジム・アクセルという男もさる者ですが、それよりあの瞬きの半という者。もしあのまま迷宮で腕を磨くなら、私と互角……いえ、それ以上の実力を身につける事は確実かと」男は‘互角’と言った後、少し迷ってから本心を素直に告げた。
「ではワードナを倒し、魔除けを取り戻すのも遠くはないと言うのだな?」トレボーは部屋の中、2人に向き直り言った。
「いえ、それはどうかと……」男はたとえ冒険者の中で抜きんでた者でも親衛隊に倒せなかったワードナを倒せるはずがない、と心の中では思っていたが今度は口に出さなかった。
「ふっ……」トレボーはその男の考えを見透かしたかの様に微笑ったが、それも親衛隊隊員というプライドからと思い、大して気にはしなかった。
「よし、行くぞ!」トレボーが叫んだ。
「ど、何処に行かれるのですか?」アンソニーが突然の事に驚き聞く。
「私は欲しい物は手に入れねば気がすまぬ。知りたいと思ったら知らねば気がすまぬ。ディビスに分からぬのならそれを占いに行くぞ」言うとトレボーは、愛剣エクスカリバーを手に取った。ディビスとは勿論トレボーの目の前にいる男の事だ。
「剣など持たれて一体何処へ?」アンソニーが再び聞く。
「鈍い奴だ、ポールに会いに行くと言っておるのだ」トレボーは愛剣を鞘から抜き、その刀身を確かめながら言った。
「では、迷宮へ!? なりませぬ!」アンソニーが叫ぶ。
「私が行くと言えば行くのだ」鞘に愛剣をしまうとトレボーは歩き出した。
「陛下!」アンソニーとディビスは言い出したら聞かない狂王の性格を知っているので、すぐに諦めて自分達もついて行く事にした。



 アンソニーとディビスを引き連れ、トレボーは迷宮にやって来た。
 マーフィーズゴーストと呼ばれるモンスターがいる。1階のある部屋に必ず現れるそのモンスターは、その名の通りマーフィーの幽霊である。
 マーフィーズゴースト。生前名をポール・マーフィーといい、トレボーの唯一無二の親友であり、またトレボー親衛隊の初代隊長でもあった。つまり、ワードナと戦い死んだというアンソニーの前の隊長である。
 生前は侍というクラスに就き、妖刀といわれた村正を操り戦った。その頃のマーフィーは現在のトレボーと同じくらい恐怖され、また尊敬されていた。トレボーがここまでの地位を築けたのもマーフィーがいればこそであったろう。生前レベルは30にまで達しており、トレボー以外には誰もかなう者はおらず、もし敵にまわせばトレボーですら倒されても不思議はないと言われていた。
 そのマーフィーが何故迷宮に幽霊として存在しているのかというと、2つの理由があった。1つは冒険者達の強化育成である。死してもなおトレボーの友であるマーフィーは、迷宮のモンスターに身を落とし冒険者達を日々鍛えているのだ。
 2つ目は、生前に愛用していた妖刀村正の行方である。ワードナに敗れた時にワードナに奪われ、モンスターに与えられたであろう愛刀村正の行方が気になって今もこの場所から10階に思念を飛ばし、行方を追っている。妖刀とまでいわれる村正だ、並の侍に扱える代物ではない。10階を徘徊するハタモトが持っているのか、あるいは誰にも扱えず宝箱で眠っているのか。どちらにしろ自分が認めた相手でなければ使わせるつもりはなかった。
 マーフィーの部屋は1階の南東部にある。まだレベルの低い冒険者ならこのあたりで腕を磨き、マーフィーが倒せる頃になると2階へ降りて行く。勿論30レベルの侍が、低レベルの冒険者にたとえ1対6とはいえ負けるはずはない。もとより冒険者相手に本気になってはいないのだ。その為呪文も一切使わない。

 部屋の前まで来るとトレボーは布を一枚取り出して顔を覆い隠した。そしてアンソニーとディビスに外で待つようにいうと単身マーフィーの部屋に入って行った。
 部屋の中に入るとフードをかぶった人間型の大きな彫像が見える。フードには穴が空いており、そこから金色の光が漏れている。彫像には様々な形の宝石が散りばめられており、彫像の前には祭壇がある。その祭壇に新しいお香が焚かれている。
 トレボーが辺りを見回すと祭壇の前に不意に人影が浮かんだ。トレボーには当然それがマーフィーだとすぐに分かったが剣を抜き即座に構えた。
  マーフィーの幽霊もトレボーに向かって拳を振り上げてきた。
 最初にトレボーの剣が振り下ろされた。トレボーの持つエクスカリバーはロングソード+5といわれる程の威力を持ち、カシナートの剣を凌ぐ名剣だ。トレボー程の達人が使えばファイアードラゴンやフロストジャイアントはおろか、この迷宮でも最強の部類に入るグレーターデーモンすら両断出来るだろう。しかし、当たらなければ意味がない。マーフィーはトレボーの一撃を避けた。
  次にマーフィーの拳がトレボーの顎に炸裂する。寸前、トレボーは身を反らして避ける。
 トレボーは体制を立て直すとすぐに二の太刀を繰り出す。今度は当たったがかすった程度だ。マーフィーは無表情に攻撃をかわしている。
 そのマーフィーが何かブツブツと呟き始めた。トレボーは何を言っているのかと聞き耳を立てる。そして、それが呪文と分かりすぐにマーフィーとの距離を開く。
 瞬間、爆炎が上がる。マーフィーの唱えたティルトウェイトだ。
 トレボーは吹き飛ばされるのをこらえ踏ん張る。
 ピシッ。トレボーの頬に傷が浮かんだ。流石のトレボーもこの呪文には無傷という訳にはいかない。
「ぬおぉ」トレボーが唸るとマーフィーにエクスカリバーの切っ先を向ける。
「私だ。トレボーだ。戯れがすぎるぞ、ポール」トレボーが叫ぶとティルトウェイトの効力が消えた。爆炎や爆風が治まる。
「先に戯れてきたのはお前だろう、トレボー」そう聞こえた。勿論マーフィーの幽霊の声だ。
「ふっ、最初からお見通しか?」言うとトレボーは覆面を取り、ニッと笑った。
「この迷宮で起こる事で私に分からぬ事などまずないだろう。外で待つ2人にも久しぶりに会いたい。呼んでくれ」マーフィーも落ちつき、祭壇の前に立った。
 トレボーは頬の傷を自分でディオスの呪文で治すとアンソニーとディビスを呼んだ。ディオスは1レベルプリーストスペルの回復呪文だ。自分が傷ついた姿を部下に見せるなどトレボーの威厳、プライドが許さないのだ。
 トレボーに呼ばれアンソニーとディビスの2人が部屋の中に入って来た。
「隊長、お久しぶりです」マーフィーの姿を見てアンソニーが声を上げた。
「今の隊長はお前だろう、アンソニー」マーフィーが慈しむように声をかける。
「ディビス、お前もずいぶん腕を上げた様だな」今度はディビスに言う。
「はい、マーフィー隊長」ディビスも久しぶりに会うマーフィーに感激している。
「しかし、この様な所にお1人で淋しくはございませんか?」アンソニーが言う。
「そんな事はない。冒険者達の相手を毎日しているし、お前達のように私を慕ってやって来てくれる者もいる。そういう連中の中には必ず祭壇に香を焚いていってくれる者もいるのだ」マーフィーはアンソニーを見つめて言った。
「それより今日は何の用だ。まさか本当に私と手合わせに来たわけでもあるまい?」マーフィーが今度はトレボーを見て言った。
「うむ、貴様に訊ねたい事があって来た」トレボーは真剣な面もちでマーフィーに言う。
「ホビットの忍者がリーダーのパーティの事だ。いつワードナを倒せる?」
「相変わらずだな、その言い方……」言うとマーフィーは目を閉じて瞑想に入った。しばらく沈黙が続いた後、再び口を開く。
「ホビットの忍者、瞬きの半。……今、10階に下りたところだ。このパーティの実力……。そうだな、この者ら6人よりもお前達3人の方が総合的な力は上だ」
「それはそうでしょう。我ら2人とトレボー様なら小隊の3つ、いえ5つにも値するはず」アンソニーがマーフィーの言葉に割って入る。
「まぁ、待て。しかしお前達3人と私を含めた6人とどちらの方が上かは分かろう」とマーフィーがワードナに挑み、全滅した自分が率いたパーティの事を言う。
「た、確かに我ら2人とトレボー様よりもマーフィー隊長達6人の方が総合力は勝っているでしょう……」アンソニーは呟いた。
「ならば、瞬きの半のパーティにワードナは倒せぬと言うのか!?」トレボーが叫んだ。
「……そうとは言えぬ。また、我らでも倒す事はできたかもしれね」
「では、何故?」トレボーが怪訝そうに聞く。
「運が無かったのだろう。私が死んだのはワードナのクリティカルヒットの為だ。それに奴らに我らが行く事を知られ、不意討ちをくらった。そのホビットのパーティにワードナが倒せるかどうかは分からぬが、死なない限りチャンスはあろう。見たところ瞬きの半、少なくともこの男には運が味方している様に見えるがな……」マーフィーはそこまで言うと消えていく。
「待て、マーフィー! 瞬きの半は今どこにいる!?」トレボーが姿を消そうとしているマーフィーに叫んだ。
「10階の第6エリア。どうやら今日がその時の様だな……」言うとマーフィーは完全に姿を消し去った。
「今日……」マーフィーを見送るトレボーの呟きは、様々な想いと共に静寂に吸い込まれていった。



 シュンッ!
 半のクリティカルヒットが決まった。覆面を付けた男の首が転がる。それで戦闘が終わった。
 クリティカルヒットというのは、忍者特有の、首をはねる事によってどんなに体力のある者でも一瞬に絶命させるという一撃必殺の技である。
 半達はすでにこの10階に於いても申し分ない実力を発揮し、向かうところ敵なしといえた。
 半は12レベルに達している。レベル的には迷宮を徘徊するマスターニンジャやハイマスターよりも低いが、実力はそれ以上といえる。今もそのハイマスターの首をはねたところだ。
 半達はそろそろワードナの相手ができるのでは、と思い始めていた。
「識別してくれ」半が宝箱を開けてミシェルに言う。
「OK」宝箱から取りだした物をミシェルが慎重に調べる。もし呪われたアイテムで呪われたりすれば呪いを解く為にまた、がめついボルタックに金を払う事になるからだ。だが、もし呪われたアイテムでもボルタック商店はそれなりの値で引き取ってくれるが。
「……カシナートの剣だわ」ミシェルが識別を終えた。
「名匠カシナートの剣か。ん? 柄の所、何か書いてあるんじゃないか?」半がミシェルの持つそれを見て言った。
「えっ?」ミシェルが言われ、剣の柄の部分を見た。見ると確かに何か文字が書いてある。
「本当。こんな小さな字良く見つけるわね。……‘真なる侍レッドに捧ぐ カシナート’。真なる侍レッド? どんな人物かしらね」ミシェルが首を傾げた。
「真なる侍っていったらシャドームーンじゃないか。シャドー、お前確か悪のサーベルだったな? 貰っておけよ」半がシャドームーンに向かってそう言うと、ミシェルがシャドームーンにカシナートの剣を渡す。
「あぁ」半に頷いてシャドームーンがカシナートの剣をミシェルから受け取る。
“人に贈られた物を使う気はあまりしないが、確かに悪のサーベルよりは良い斬れ味だろう。”シャドームーンは思い、剣を鞘から抜いた。
 悪のサーベルはショートソード+3に相当し、真っ二つの剣よりも切れ味が良いがカシナートの剣に比べるとやや落ちる。悪の属性の者にしか装備できないが、なかなか貴重なのでボルタック商店での値段はカシナートの剣よりも上である。その為悪のサーベルを使う者はあまりおらず、価格的には一桁安いが下層でも腕があれば十分戦える真っ二つの剣を使う者が多い。
 シャドームーンはカシナートの剣を一振りした。
 ヒュンッ。
“軽い!”シャドームーンは驚いた。
“以前ボルタックで試しに持った事があったがそれに比べるとかなり軽い。それに手に良く馴染んで具合がいい。レッドという奴がどんな奴だったのかは知らんが、これはカシナートの作品の中でも最も出来の良い物の1つだ”
「さぁ、行くぞ」半が剣をじっと見つめているシャドームーンに声をかけると歩き始めた。
 シャドームーンはそれで我に返ると剣を鞘に戻し後に続いた。
“どうやらこの剣、俺の目的の為に一役かってくれそうだ”シャドームーンは思うと1つの想像をした。
 その想像の中でシャドームーンは魔除けを身に付けている。そして目の前には、トレボーの首が……。



 半達は6つ目の部屋から第7エリアへテレポートした。
 半達が10階に降りるようになってから3カ月以上経つが未だにワードナの部屋にはたどり着いていない。それというのもそれまでに呪文が尽きたり疲弊したりしてしまうからだ。6人の内1人でもコンディションが悪ければ地上に戻る。でなければ全員が死ぬかも知れないからだ。
 だが、今回は違った。初めて7つ目の部屋に向かっているのだ。もしかしたらそこがワードナの部屋かも知れない。全員がそう思い、さっきから押し黙っている。
 シャドームーンだけは今さっき手に入れたカシナートの剣をしきりに気にしていた。まるで新品の長靴を与えられ、早く雨が振らないかと待ち望んでいる子供の様にそわそわして、早くモンスターが現れないかと思っている様に見えた。
「ドアだ」先頭のディープが言った。
「これは!」ディープの驚きの声に全員がドアを見つめる。
 そのドアには1つの看板が掛けられていた。

LAIR OF THE EVIL WIZARD
** W E R D N A **
OFFICE HOURS 9AM TO 3PM
BY APPOINTMENT ONLY
THE WIZARD IS *IN*

「ちっ、ふざけた看板だぜ」半が呟いた。しかし、それとは裏腹にその心は踊っていた。
「カン、レタス、ドクターミシェル。呪文は残ってるな?」半の問いに3人が頷く。
「ディープ、シャドームーン。いいな?」続き2人にそう聞くと、シャドームーンは無言で頷き、ディープはこう答えた。
「望むところだ!」
「よぉし! ワードナさんと初顔合わせだ。行くぞ!!」
 バッ。半の声と同時にディープがドアを蹴り開ける。そして、6人はワードナの部屋へなだれ込んだ。



 悪の大魔導師とうたわれるワードナ。そのワードナが迷宮を築き魔除けを持ち込みやっている事、それは魔除けの研究である。
 クリティカルヒット、エナジードレイン、ストーン、パラライズ、ポイゾン等の特殊攻撃を完全に防ぎ、パーティの体力を完全に回復し、魔法使いの7レベルのテレポート呪文マロールを使用でき、しかもそれらの効力は無限。さらに持っているだけでもその者の体力の回復がなされ、装備すれば鎧の中でも最高の防御力を誇る聖なる鎧やミスリルプレートと同等の力を発揮する。
 そこまではトレボーの宮廷魔術師にでも分かった事。それ以上の事はワードナにも全く分かっていなかった。分かった事といえば、その魔除けがかつての魔法文明時代の魔術師によって作られた、という事ぐらいだった。
 ワードナは苛立っていた。以前は魔法使いの使う古代語魔法や僧侶の使う神聖魔法は勿論の事、精霊魔法、召還魔法、死霊術、暗黒魔法、合体魔法、魔力付与、転生術、とありとあらゆる‘魔法’を研究し、そしてそれを身に付けたというのに今回だけは全く研究が進まないからだ。
 そしてそれは、魔除けを作った古代魔法文明の魔術師よりもワードナの方が劣るという事になる。それがまた気に入らなかった。
  加えていうなら側近で護衛の全てを任されているヴァンパイアロードの「10階に進入したパーティが2組。内1組は近日中にこの部屋にやってこんばかりの勢いです」という言葉がよりいっそうワードナを苛立たせた。
「トレボーめ! 冒険者などという輩に私が倒せるとでも思っているのか! よかろう、来るがよい。ここへ来て我が呪文の餌食になるが良い」
 ワードナのその言葉を知ってか知らずか、その数日後、ワードナの部屋に乱入してくる6人組がいた。

 半達6人がそこで最初に目にしたのは青白い色の肌をした奇妙な人型の生物だった。その奇妙な生物には牙があり、爪は異常に鋭く伸び、目はカッと見開かれ、口からはよだれを垂らしている。
「ヴァンパイアだ」ディープの言う通り、それは吸血鬼ヴァンパイアだった。
 それが6体。
 そして、その後ろに紫色の衣装を纏った男が見えた。その男もヴァンパイアと同じく青白い色の肌をしている。が、ヴァンパイアのそれとは違い、病的な青白さではなくどこか美しさを感じさせる。その白さのせいで男の目が異常に目立っている。赤い。眼球が真っ赤なのだ。
「ようこそ、冒険者の諸君。この部屋にたどり着いたのは君達が初めてだ。私はヴァンパイアロード。ヴァンパイアの王だ。そしてこちらにおられるのがこの迷宮の支配者、大魔導師ワードナ様だ。ワードナ様にお会いできた事を光栄に思うのだぞ。そして、その想いを冥土の土産にするがよい」
 ヴァンパイアロードに言われるまでもなく半達の目は玉座に座る老人を見つめていた。
 背がすらりと高く、頭には宝冠をかぶり、その身にはローブとマントを着、髭が床まで伸びている。
 ワードナはそのつり上がった目で半達6人を睨み、白い髭を揺らしこう言った。
「行き先は決まったのか? 天国、それとも地獄……」そしてワードナは立ち上がる。
「来るぞ!」半が叫んだ。
 シャッ。半の声とほぼ同時にその音が聞こえた。ヴァンパイアロードがその爪を伸ばした音、ヴァンパイアロードが戦闘態勢に入った。そしてその音が合図となり、ヴァンパイア共が向かってくる。
「カン、ミシェル、ディスペルだ! レタスはティルトウェイト! シャドームーンはヴァンパイアロードに、ディープは俺とワードナだ」半がいつもは勝手に動いているメンバーに指示を出した。この戦いは1つの間違いも許されない、1つのミスで全滅しかねない、そう思ったからだ。それが分かってか全員が半の言う通りに動く。
「ティルトウェイト!」
 ドーン! 半に言われるまでもなくティルトウェイトを唱えるつもりだったレタスが1番早かった。
 その爆炎をまともに受けて4体のヴァンパイアが焼けただれて死んだ。残りの2体はどうやら呪文を無効化した様だ。だが、カンとミシェルのディスペルで呪いが解けその場に崩れ落ちた。
 無効化というのは、アンデットモンスターや悪魔特有の能力で、呪文に対する免疫とでもいおうか、魔法抵抗力とでもいおうか、とにかく魔法をある程度の確率で文字どおり無効にしてしまう事だ。低いと20%程だが高いと95%もの確率で無効化してしまうモンスターもいる。
「チッ……」ヴァンパイアロードが舌打ちした。そのヴァンパイアロードもレタスのティルトウェイトで少し服を焦がし、軽い火傷をしている。だが、みるみるそれが治っていく。高等なモンスターや高い生命力を持つモンスターに良く見られる能力で、普通の人間やエルフ達とは比べものにならない程早く自然治癒させてしまうヒーリング能力だ。流石ヴァンパイアの王というところか。
「ふん!」ディープがワードナに斬りかかった。レタスと同じく半に言われるまでもなくワードナに行くつもりだったらしく半よりも早く襲いかかった。
 スカッ。だが、ディープの剣は空を斬る。ワードナは素早く避けた。
 続いて半が斬りかかる。
 スカッ。
「何っ!」半は驚いた。避けられたのだ。
 今までこの迷宮で半の素早さについてこられたのはフラックだけ、あの太古の魔人、地獄の道化師フラックだけだ。悪魔の上位階級に位置するグレーターデーモンと戦っても五分以上の戦いをするフラックに避けられるのならまだ納得がいくが、こんな老人によけられたとあっては迷宮一素早いといわれる瞬きの半の名が泣くというもの。
「くそっ!」半がまた斬りつける。
 スカッ。しかし、虚しくまたも空を斬った。
「ちくしょ―――――!」半が叫んだ。こんな事は初めてだった。半はいつになく焦っていた。
「どうしたホビットの忍者よ。その程度で私が倒せるとでも思ったのか?」ワードナが言うと凄じい早さで呪文を唱える。
「マダルト」5レベルメイジスペルだ。極低温の嵐が巻き起こり6人を襲う。
 しかし、今まで何度もグレーターデーモンのマダルトをうけ、フラックの吐く冷気をくらってきた半達に今さらこの呪文では致命傷にはならない。とはいえ、こんなに間近でうけたのは初めてだ。半は片膝をついた。
「マディ」カンの呪文で半の体力が回復する。
 再び立ち上がる半を見て、ワードナが嘲笑した。

 半とディープとカンとレタスがワードナとやりあっている中、シャドームーンはミシェルの援護でヴァンパイアロードと戦っていた。
 シャドームーンはさっき手に入れたばかりのカシナートの剣を操っている。
 カシッ。ヴァンパイアロードの鋭い爪がカシナートを受け止めた。
「なかなかやるな。ダークエルフよ」ヴァンパイアロードが声をかける。
「シャドームーンだ。貴様もな、ヴァンパイアロード。だが勝つのは俺だ」シャドームーンがカシナートを振り回しながら応える。
 ガキッ。カシナートとヴァンパイアロードの爪が交わり一瞬動きが止まる。
「!」ヴァンパイアロードが何かに驚いた様な表情を見せた。その目の先にカシナートがあった。
「貴様、その剣、そのカシナートは……」ヴァンパイアロードが赤い目を凝らして食い入るように見つめる。
「何っ? このカシナートがどうしたというのだ。……もしやこの剣に記してあるレッドという名を知っているのか?」
「知、知らんっ……」ヴァンパイアロードは明らかに何か隠している様に見えた。
 シャドームーンはその態度を奇妙だと思ったがそれについて聞いている場合でもなく、今は倒す事の方が先決だ。シャドームーンは再び剣を構えた。

「ティルトウェイト!」老人とは思えない程張りのある声でワードナが叫ぶ。そしてカンはそれをまともに受けていた。
「カンッ!」レタスが叫んだ。しかし、その声はカンには聞こえていない。
 カンは死んでいた。
「ちくしょ───! ティルト……」レタスがティルトウェイトを唱える。
「やめろ!」レタスの呪文をさえぎって半が叫んだ。
「マロールだ。逃げる……」半はそう呟いた。
 その決断は遅すぎたかもしれない。それ程までに半達は傷ついていた。
 そして、半達は地上へテレポートした。



<< 第三章   第五章 >>