第 三 章

グッドのパーティ




 半達の活躍を横目にジム達のパーティも黙々と修行に励み、ついに10階にまで足を伸ばそうとしていた。そして今、パーティは10階へのシュートの前に立っている。
 ジム・アクセルがその床をじっと見つめている。その床というのは10階へのシュートのあるその場所だ。
「ここに足を踏み込めば10階へと降りる訳じゃな」ノームの男がジムと同じその場所を見て言う。
「あぁ、そうさタクアンオショウ。そして、俺達は10階に挑戦できるだけの実力を身につけたんだ」ジムは瞳を輝かせる。それは自信に満ちた輝きだ。
「嬉しいのは分かるが余り逸(はや)るなよ、ジム」そうジムに言ったのはタクアンオショウと呼ばれた人物ではなく、その隣に並んでいる同じくノームの男だった。
「あぁ、ファザーブラウン。俺は焦っているかもしれない。だが大丈夫、冷静だ」ジムは床を見続けながら言う。
「急いては事を仕損じる。剣の極意とは畳の縁を歩くが如し。僕の師匠の口癖さ。平常心、平常心」そう言ったのはドワーフの男だ。
「タタミってなんだい?」そう言って人間の男がドワーフの男の顔を覗き込んだ。ジャッキーだ。
「草で作った敷物よ、ジャッキー。ニホンという国では家の中にその畳という敷物を敷いてその上で暮らしているのよ。家の中では靴は脱ぐ決まりなのだそうよ。そうでしょ? スギタ」ドワーフの代わりに女エルフがジャッキーに答えた。ミル・カレンだ。
「そうだよ。勿論僕が侍だからってニホンに行った事はないけどね」スギタという名のドワーフがミルではなくジャッキーを見て言った。
 ニホンというのは、侍や忍者の生まれた国で遠い東の方にある国だ。ただ、誰1人行ったという人はおらず、その存在すら怪しまれているが、ニホンに関する伝説は各地に残されている。そして、かの妖刀村正がニホン刀であるという事もまた有名な話だ。
「さあ、行くぞみんな」ジムが全員に声をかける。
 全員がそれぞれに応えるのを見ると、ジムはその床の上に立った。そして順々に10階へと降りて行った。



 ここでグッドのパーティのメンバーを簡単に紹介しておこう。
 まず、パーティのリーダー、ジム・アクセル。人間、グッド、戦士。彼の目的は己の鍛錬にある。その為にワードナの迷宮を利用しているだけで親衛隊にさほど興味は持っていない。
 彼がトレボー城塞に来たのは半と同時期で半年程前だ。ただしレベルは1。小さな名も無い村の出身で聖騎士を夢見ている。その為ロードを目指している。ロードになる為に必要な特性値にはすでに達しているのだが、10階に臨もうという時にクラスチェンジをしてはパーティの総合戦力の低下になり危険だとクラスチェンジを見合わせている。ここがジム達グッドと半達エビルとの違いだろうか……。半達のパーティを快く思っておらず、事ある毎にいがみ合っているが敵対心は無く、むしろライバル視しているようだ。前にも述べたがまだ若く19歳という年齢である。
 スギタリキマル。ドワーフ、ニュートラル、侍。彼の目的もジムと同じ己の鍛錬だが、ジムが自分が強くなる事で自分より弱い者を救おうと考えているのに対し、スギタは単純に自分の為に強くなろうとしている。だが、それは私利私欲の為ではなく、武人故の事だ。
 ワードナを倒せる事が出来たなら親衛隊に入り、侍としてさらに腕を磨くつもりの様だ。元々侍志願で、トレボー城塞に来た時から侍に必要な特性値を持っていた為に迷わず侍となった。特性値のバランスはなかなかに良く、戦いに於いても抜きんでた力は持たないが他に比べ劣るところもない優等生というところだろう。強いていうなら運の値が今一歩というところか……。
 ドワーフは髭を伸ばしているので人間から見れば年に見えるかも知れないが、ドワーフの目でちゃんと見れば20代半ばである。
 ジャッキー。人間、グッド、盗賊。珍しいグッドの盗賊だが、彼は以前はエビルであり、しかもディープらとパーティを組んでいた事もあるのだ。
 半達のパーティの中で1番最近トレボー城塞にやってきたのは他ならぬ瞬きの半である。それで今はリーダーというのだから恐れ入るが……。
 とにかく半が現れる以前にはエビルのパーティの盗賊はジャッキーだったのだ。その頃は、エビルのパーティも金のカギを手に入れたは良いが、4階に降りるにはまだ力不足で3階で腕を磨いていた。ある日の事、いつもの様に3階まで降りたがその日は何故か偶然にも出会う敵という敵が友好的なモンスターあった。
 友好的なモンスターというのはいわばグッドの属性のモンスターで、彼らはむやみに争う事を望んではいないのだ。
 しかし、エビルの属性の者にとっては、モンスターはモンスター、敵は敵である。ジャッキーを含んだエビルのパーティはおかまいなしに友好的なモンスターと戦いそれを殺した。ジャッキーも最初は何の抵抗もなくそれに加わったが、5組、6組と友好的なモンスターが続くうち、知らず知らずに友好的なモンスターを殺す事に抵抗を覚えていた。友好的な者を殺し、あまつさえ逃げる者にすら背中に剣を突き立てるそのやり方が気に入らなくなっていたのである。そうなってはもうグッドに転向するのは時間の問題だ。そして彼はしばらくしないうちにグッドへ転向していた。
 ディープには散々罵られたが丁度半がトレボー城塞に来、仲間を探していた事とジム達もトレボー城塞に現れ、パーティを組む仲間を探していた事が重なってジム達のパーティに落ちついたのだった。そんな事もあってあまり自分について多くを語ろうとしない。ジムと同じでまだ少年らしさが残る年頃だ。
 タクアンオショウ。ノーム、グッド、僧侶。彼は本物の僧侶で、しかもトレボー城塞内の寺院の住職である。
 トレボー城塞内の寺院は何もカント寺院だけではないのだ。彼の目的はワードナを倒す事にある。かといって親衛隊に入るのが目的ではない。彼はワードナを倒した暁にはトレボー王にこう言うつもりである。「我が寺院に王の御助成を」つまりは門弟もいない貧乏寺の住職という事だ。
 しかし、住職だけあって実力は訓練場に登録された時にすでにマスターレベルを越えており、今は15レベルという強者だ。もっとも寺を1つ預かるにはまだ未熟といえる。しかし、冒険者としては1人前。ジム達の早い成長も彼無しには考えられなっかたというわけだ。
 ファザーブラウン。ノーム、グッド、ビショップ。彼もタクアンと同じく本物の司祭だ。彼はトレボー城塞内に教会を設けており、そこで牧師を務めているが、そこも経営不振で、悩んだ末に冒険者になったという。考えている事はタクアンと同じなのだが2人ともその事は誰にも話しておらず、表向きはただの修行僧という事にしている。彼もレベルは高く、すでに14レベルに達しているがビショップは呪文の覚えが悪い為全ての呪文を覚えるのはかなり先の話になるだろう。タクアン、ブラウン、共に冒険者としては高齢で30代後半である。
 ミル・カレン。エルフ、グッド、魔法使い。彼女はジムの幼なじみである。彼女やジムの住んでいた村は小さかったがそういった村にしては珍しく、2つ以上の種族が一緒に生活していた。
 普通、小さな村というとあまり多種族が一緒に生活する事はないのだ。何故なら、今でこそ異種族間の争いがなくなったが昔は他種族といえば敵、そう考えられていたからだ。これは太古に栄えた魔法文明の時代からの名残らしく、その時代には異種族間で戦争まで起きたと語り継がれている。その為昔ながらの村の中には未だにそれを引きずっている所もある様だ。その点彼女やジムの村は、まだ新しい方なのでそういった馬鹿げた習慣は残っていなかった。
 とはいっても、やはり若い者にしてみれば小さな村で細々と一生を終えるより、大きな街で華やかな暮らしをしたいと思うのは当然である。ジムは確かに己の腕を磨く為に村を出た。ミルが魔法の勉強をしたいと言ったのも嘘ではない。しかし、2人にそんな気持ちがなかったと言い切れるかは疑問である。そういった村の過疎化は進む一方だろう。
 彼女とジムがトレボー城塞にやって来たのは半年程前の事だ。2人は望み通りのクラスにつき、同時期にトレボー城塞にやって来たスギタ、冒険者となったタクアン、ブラウン、そしてエビルのパーティを抜けたジャッキーとパーティを組む事になったのだ。



 地下10階はだいたい地下100メートル程の場所に位置している。その為地熱で多少暑く感じるがうだる程ではない。
 この階は独立した7つの部屋とそれにつながる7つの通路からなる。仮にそれをエリアと呼ぶとしよう。各エリアはそれぞれテレポーターでつながれており、1つ目の部屋のどこかにテレポート地点があり、そこから2つ目の部屋につながる通路へテレポートし、2つ目の部屋から次の部屋につながる通路へテレポートする、という仕組みだ。7つ目の部屋がワードナの部屋なのだがそれについて語る前に親衛隊の最後の生き残りは息絶えたので誰もその事を知るものはいない。
 ジム達が10階に降り立つとまず壁に掛けられている警告の文が目に入った。
「力のある者と言うのはその力を誇示したがるものだ」と様々に色を変えて点滅するそれを見て、タクアンが誰に言うでもなく言った。
「行こう」ジムがそう言うと通路を道なりに歩きだした。
 通路は前と右に分かれていたが右側は地上への強制テレポーターだと半に聞いていたので素直に前に進んだ。
 ジムは最初何故そんな事を教えるのかと勘ぐったりしたが半の「教えておかないとお前らみたいな未熟な奴らは全滅しかねないぜ、10階は」という言葉で納得がいった。半とて知っていて教えずジム達が全滅したら寝覚めが悪いという訳だ。
 属性が違っても新しい発見をしたら教え合うというのが冒険者同士の不文律の決まりとなっていた。誰だって危険は最小限に抑えたいものだ。もっとも、それらは決まって半達かジム達によって伝えられたが。
 1つ目の部屋の前まで来ると流石にジム達の顔に緊張が走った。このドアの向こうには、間違いなくモンスターが待ち構えているのだ。
 これは先の親衛隊からの情報で10階の各部屋には必ずモンスターが配備されているという事だった。
 配備という言葉を使ったのは、4階のモンスター配備センターの名にある通り、ワードナにとってモンスターというのは、たとえ強大無比のドラゴンや絶対の魔力を誇る悪魔ですら、ただの守衛にすぎないという事だ。
「開けるぞ」ジムが緊張したままに言い、ドアに手をかけた。
 ドアを開けると数体の鎧を着た男が見えた。
 数人と言わず数体と言ったのは、ワードナに従って太陽の光を捨てた輩はすでに人にあらず、という冒険者達の意見からだ。
「レベル8ファイターだ。それが6体だな」タクアンが敵の正体を見抜いた。正体判別の呪文ラツマピックを唱えておいたのですぐに判別できた。
 ラツマピックは敵の正体を見抜く魔法で相手のレベルやクラスを見抜く力を身につける事ができる。モンスターにも同様で例えば巨人にもフロストジャイアントやポイゾンジャイアントなどこの迷宮には4種の巨人が召還されている。見た目ではすぐに判別できないが、この呪文を使えばたとえ初めて目にするモンスターであってもその正体を見抜く事が出来るのだ。この呪文の効果は1度唱えれば迷宮内から出ない限り持続し続ける。3レベルプリーストスペルだ。
「それならミル、カティノだ!」ジムが叫んだ。
 カティノは1レベルメイジスペルで対象となった者は急激な睡魔に襲われる。しかも眠っている間は、その相手に対しての物理的な攻撃のダメージが2倍になるという1レベルにしてはかなり使える呪文だ。
「分かってるわ」ミルがジムに応え、呪文を唱える。
「行くぞ、スギタ、ジャッキー」ジムが叫び他の2人もそれに続き敵に向かった。
 ジャッキーは盗賊というクラスなのに前衛を務めている。本来盗賊というのは後衛に位置し戦いには参加せず、敵を倒した際に手に入る宝箱の罠を外す事だけをその任務としているのだ。攻撃に関しては大した働きは出来ないが、上級クラスの忍者を除いては宝箱の罠を外す事の出来る唯一のクラスなので、パーティにはなくてはならない存在だ。もっとも忍者とて盗賊程上手く罠を外す事は出来ない。半は盗賊の時分から前衛をやっていたが例外的なもので、あの男だからこそ出来たのだろう。現にジャッキーは前衛に位置していてもジムやスギタが2人倒す間にやっと1人倒せるか、という程度だ。では何故ジャッキーが前衛をやっているかというと、後衛に位置するタクアンが呪文を効率良く唱える為である。この高レベルの僧侶は無茶なリーダーの戦いにも対応して呪文をすぐに唱えられる優秀な冒険者というわけだ。
 ちなみに普通戦士や侍などのいわゆる戦闘員が2人しかいないパーティは3人目を僧侶で補う事が多い。何故なら僧侶は比較的体力のある者が多く、神に仕えるという立場から刃物を使う事は許されていないが盗賊の使う短剣と同等かそれ以上の攻撃力を持つメイスという鎚矛の1種を使えるからだ。盗賊はメイスや長剣等の重い武器を使うと手の感覚が鈍る為、罠を外す時に必要な感覚を失いかねないのだ。
 ミルのカティノで眠りこけた敵を一刀のもとに切り捨てて、大して手間もかからずに倒していた。
 聖騎士を目指しているジムにしてみれば、正々堂々と戦い倒したいだろうが避けられる危険は少しでも回避するというのが冒険者としては常識でもあるし、そうする事で自分はともかく仲間が無事でいるのだからと自分を納得させていた。
「こいつらなら9階でも出会う。次は何が出るのか楽しみだ」スギタがレベル8ファイターの亡骸を見て言う。
「私はモンスターと遭うのを楽しみって思った事なんてないわよ。そりゃ、戦わないとレベルは上がらないけど……」ミルがスギタの言葉に意見を言う。
「鬼が出るか蛇が出るか、というやつですな」ブラウンもスギタの言葉に口を開いた。
「それを言うなら悪魔が出るか、ドラゴンが出るか、だよ」言ってジャッキーが宝箱の罠を外し中身を取り出すとブラウンに渡した。
「そうだな、どれ」ブラウンはジャッキーに頷くと受け取ったアイテムの識別を始めた。
 ビショップは、覚えは悪いが僧侶と魔法使いの呪文を両方とも使いこなす事のできる唯一のクラスだ。だが、ビショップのパーティに於ける本当の役割というのはまさにこのアイテムの識別といえるだろう。ボルタック商店ではビショップのいないパーティの為にアイテムの識別をしてくれるが、いかんせんあのけちなドワーフはなかなかに高額な報酬を要求してくる。それでミシェルは良く闇でアイテムの識別をし、こづかい稼ぎをしている様だ。ビショップのいるパーティには迷宮内で見つけたアイテムが自分の装備より良い物ならキャンプを張りすぐに交換できる、という利点がある。
「大した物じゃない。眠りの巻物に幻滅の短剣です。モンスターは宝箱に呪われた物をしまっておくんですな」ブラウンが識別を終えて言う。
 幻滅の短剣は呪われている短剣の1つで、戦いには全く役に立たない。
 眠りの巻物は、カティノが封じ込められている巻物でボルタックにも売っているが大して使う機会はないだろう。低いレベルで盗賊が後衛にいるパーティは持たしても良いかもしれない。
「では、行こう」幻滅の短剣を投げ捨て、眠りの巻物をタクアンに渡すとブラウンはジムに声をかけた。
「あぁ」ジムが応えると歩きだし、皆がそれに続いた。
 2つ目の部屋のモンスターは、シーフが2体だけだったので難なく倒し、3つ目の部屋もバンパイアが4体だったのでその爪をくらう前にディスペルと素早く剣で叩きのめした。
 ディスペルというのは、解呪の事で神に仕える者のみに会得できる能力である。アンデットモンスターに対しては呪文攻撃よりも有効な手段といえる。ただ、その力はディスペルを行う者のレベルに左右されるので、あまり低いレベルの者だとさほど良い効果は期待できない。
 アンデットモンスターというのは、生への執着心やこの世への未練、あるいはワードナの魔力によって蘇ったモンスターの屍である。アンデットモンスターの中には、エナジードレインといって相手の精力を吸い取ってしまう者までいるので素早くディスペルする必要がある。エナジードレインによって精力を吸い取られた者は体力が減少し、その上今まで通りに動く事すらままならなくなる。結果、レベルが下がったも同然となるのである。
 4つ目の部屋まで来ると流石に緊張も和らぎ始め、ジムも落ちついてドアに手をかける。
 ドアが開くとそれまでと同じ様に6人の目の前にモンスターが現れたが、1つ今までと違ったのは、6人共が初めて見るモンスターだったという事だ。
 タクアンの脳裏に1つの言葉が浮かんだ。‘ファイアードラゴン。’ラツマピックで知るそのモンスターの名前である。
 ファイアードラゴンは、その名の通り炎のブレス(炎や冷気、毒ガス等を体内から吹き出すモンスター特有の攻撃)を吐き、その上魔法使いの5レベルの呪文まで唱えてくるので強者ぞろいの10階のモンスターの中でも厄介な相手である。その焼けるような体の色からレッドドラゴンと呼ばれる事もある。
 それが2体。10階に降りて初めての強敵の出現だ。
 その強敵は余裕からか、ジム達を見つけても体を起こそうとせず、部屋の中で巨体を休ませていた。
「やっと実戦でティルトウェイトが使えるわ」ミルがその巨体を見て言った。
「なめるなよ! タクアン、モンティノを唱えてくれ。ファイアードラゴンは魔法を使うと聞いている。ミル、でかいのを一発お見舞いしてやれ!」ジムがファイアードラゴンに対して素直に感情表現した後、指示を出す。
「行くぞ! スギタ、ジャッキー!」ジムが叫び、横たわる竜に向かう。名を呼ばれた2人も気合いと共に駆け出した。
 ファイアードラゴンも足元に近づくうるさい人間共の相手をする気になったのか、渋々重い腰を上げた。だがその直後、ファイアードラゴンはもっと早くうるさい人間共の相手をするんだったと思う。
 ミルが唱えたティルトウェイトが効果をあらわしたのだ。その爆炎は最強の魔獣といわれるドラゴンにも確かにダメージを与えていた。しかし、息の根を止めるにはいたらなかった。
 そしてそれは、同時にファイアードラゴンを完全に怒らせる結果になった。ファイアードラゴンがみるみる怒りの形相に変わっていく。流石に人がいなかったらこの世を支配していただろうとまでいわれる賢く力強い魔獣は、その表情まで多彩で人にも感情が読み取れる程だ。
 そして、2匹のファイアードラゴンは深く息を吸い込み始めた。
「ブレスが来る! その前に叩け!」ジムがファイアードラゴンの仕草にブレスを予感し仲間に叫んだ。
「うあぁー!」スギタが渾身の力を込めて剣を突き刺す。スギタの剣はシャドームーンと同じ、ロングソード+2だ。
「やぁー!」ジャッキーもスギタと同じ相手に思いきり切りつけるが、盗賊のショートソードではドラゴンの堅い皮膚に傷は付けられなかった。ジャッキーの剣は最強の短剣と呼ばれるショートソード+2だ。
 ジムはもう1匹のドラゴンに向かい、飛び上がってその首を切り裂く。首はドラゴンの皮膚の中でもいくらか柔らかいところだとジムは知っていたのだ。
 そのファイアードラゴンは首から血を流し始めた。しかし、ブレスは確実に行われた。2匹ほぼ同時だった。
 ゴオォー。
 まさに燃え盛る炎が音を立てて6人に降りかかる。
「うあぁ」運の悪いスギタはもろに体で受け止めてしまった。だが、持ち前の体力のおかげで致命傷にはいたっていない。他の5人も傷ついてはいるが十分戦える体力は残っている。
 ファイアードラドンは次の攻撃に移った。スギタとジャッキーが相手をしている方は呪文の詠唱を開始した。
 ジムの方は再びブレスを吐き出すつもりだ。
 タクアンはスギタにマディを唱え、その後スギタとジャッキーに「大丈夫呪文は封じてある」と言う。
 スギタはそれならと思い切ってファイアードラゴンに近づき剣を繰り出す。
 だが、次の瞬間スギタの体が宙に舞い、そして壁に叩き付けられた。
 ファイアードラゴンは呪文を唱えるふりをし、逞しい尻尾を振り回したのだ。ファイアードラゴンは自分の魔法が封じられた事などとうに気付いていた。逆にそれを利用したのだ。狡猾。これこそ最強の魔獣と呼ばれるドラゴンの真の姿だ。
 しかし、ファイアードラゴンも人を少し甘く見すぎている。ジャッキーの存在を完全に無視していた。先程のジャッキーの攻撃でジャッキーに対し、完全に警戒心をなくしている。この人間は、いつでも殺せると。
 ジャッキーはそのファイアードラゴンに隙を見つけた。真正面から向かい、思いきりその目の高さまで跳んだ。盗賊が他のクラスと比べ抜きんでているところ、それはこの身軽さと素早さだ。
 半の影になりあまり目立たないではいるが、ジャッキーは盗賊としては半に次ぐ実力を持っている。半が忍者にクラスチェンジした今、迷宮で1番の腕を持つ盗賊はジャッキーだ。素早さという能力だけ見れば半と互角だろう。
 ジャッキーはファイアードラゴンの目を見据えると即座に短剣をその目に突き出した。
 グサッ。
 そして、奥深く最強の短剣を柄の部分まで突き刺すと手を離し床に着地した。
 ファイアードラゴンは自分の認識の甘さを後悔しつつ、血の涙を流しながら絶命した。ジャッキーの短剣は眼球から脳にまで達していたのだ。
「スギタは?」ジャッキーは自分に向かって崩れ落ちてくるドラゴンの屍を避けながら、壁に叩き付けられたスギタを見る。スギタのかたわらでタクアンが回復呪文を唱えている姿が見えたので安心しドラゴンの眼球から短剣を抜き取った。
 ジムは2度もブレスを受けてなるかとその剣をドラゴンの顔めがけて叩き付けていた。
 幸運にもジムの剣は竜殺しの剣と異名を取るドラゴンスレイヤーだ。この剣は、通常切り裂きの剣と同程度のダメージしか与えないがドラゴンに対しては絶大な威力を発揮する魔法の剣なのだ。
 ジムの剣さばきは見事なもので、ファイアードラゴンは確実に傷ついていた。
 だが、ファイアードラゴンも黙ってやられているわけはない。2度目のブレスを吐き出そうとする。
 瞬間、ファイアードラゴンは身動きを止めた。まるで石膏で固められたかの様に固まった。ブラウンのマニフォだ。
 マニフォは僧侶の2レベルの呪文で、相手を麻痺状態にしてしまうのだ。この呪文が効いている間は全く身動き出来ないので、ドラゴンスレイヤーを持つジムの敵ではなかった。
 固まったファイアードラゴンにドラゴンスレイヤーがその牙を容赦なく突き立て、あっけなくそのファイアードラゴンは死んだ。
 10階に降り初めて出会った強敵にジム達は勝利した。それは、グッドのパーティ全員に自信を与え実力の証明としていた。

 5つ目の部屋はキメラが3匹だった。キメラは魔法文明時代の魔術師達に造られた合成魔獣で、ドラゴンの頭と羽、ライオンの頭と上半身、山羊の頭と下半身を持ち尻尾は蛇というモンスターだ。ドラゴンの頭からは炎のブレスを吐くが、本物のドラゴンには及ばない為さほど苦労なく倒した。
 そこで回復魔法が尽きたのでその部屋のテレポーターでスタート地点に戻り、そこから地上に帰還した。
 これも半から聞いた事で、各部屋には次のエリアに行く為のテレポーターと共にスタート地点に戻る為のテレポーターも存在するとの事だ。スタート地点とは勿論9階から降りた第1エリアのその場所だ。



 ギルガメッシュの酒場ではすでにジム達が10階に降りた事が噂になっていて、ジム達はもてはやされていた。
 ディープはそれを横目で見ながら「いい気になるなよ」と呟いたが、半に「羨ましいのか?」と言われ、さらにふてくされた。半はそれを見て笑ったが、瞬間その笑いが消えた。ジム達と話をしている1人の男に気付いたからである。
 半はその男に対して奇妙な感覚を覚えた。ただの冒険者に見えるがその実力は自分よりも確実に上だと確信していた。
 その男、実は親衛隊の隊員で半と同じ忍者だった。半も同じ忍者だったから気付いたののかもしれないが他の冒険者達は誰1人としてその男に気を止めなかった。
 その男は隊長アンソニーの命令で噂の真偽を確かめに来たのだ。レベルは16という強者である。こんな連中がごろごろいるのが親衛隊なのだ。この連中でも倒せなかったワードナに半達やジム達は挑もうとしているのである。
 半はジム達との話しを終え、酒場を出ようとしている男を目で追った。すると男が一瞬こちらを見た様な気がしたが、そう思うともう1つ視線を感じたのでそちらを見ると、ジムが自分の顔を覗いていた。その内に男は外へ出て行った。
 半がジムに頷いて見せるとジムは無言で目をそらし、男が出て行った酒場の出口をしばらくの間見つめていた。
 半はそんなジムを見て“こいつ気付いたな。パーティのリーダーは伊達ではないという事か”と思い、しばらくしてからあの男が親衛隊員だと確信した。
 ジムもしばらく考えてから自分達の実力を探りに来た親衛隊員だろう、という結論に達した。



 この時、ジム13レベル、スギタ13レベル、ジャッキー14レベル、タクアン15レベル、ブラウン14レベル、ミル13レベル、であった。



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