第 二 章

クラスチェンジ(転 職)




 半達のパーティはすでにブルーリボンを取り、この前10階まで降りた事で自信をつけ、今では9階を主に探索する様になっていた。10階はもとより、9階まで降りたパーティは半達が初めてである為、たちまちの内に噂となり街中に広まった。
 そしてそれは、狂王の耳にも届いていた。

 トレボーの私室で1人の男がトレボーに街での噂を報告していた。
 国王親衛隊隊長アンソンー・パーキングだ。前の親衛隊長が迷宮に親衛隊の精鋭達と乗り込み、ついに戻って来なかった為、まだ未熟ではあるが隊長を務めている。未熟といっても隊長を務める程だ、今ギルガメッシュで酒を呷っている連中と比べたらコボルトとドラゴン程の違いがある。
 クラスはトレボーと同じく僧侶と戦士の複合クラスであるロード(君主)。属性はグッド。種族もトレボーと同じ人間だ。
「ついに9階まで降りたパーティが現れたか」トレボーは親衛隊長の話を聞き喜んでいる。
「はい、トレボー様。私自らそのパーティに会ってまいりましたが、その言葉に偽りはないかと思われます」親衛隊隊長アンソニー・パーキングは、方膝をつき、うやうやしく話している。
「うむ、後少しで……」トレボーは魔除けを手にするその日を想い苦笑した。
「ただ陛下、その者らが言う事に少し不可解な点がございます」
「何?」トレボーは良い気分になっていたのでアンソニーの言葉で現実に戻され、少しムッとした表情を見せた。
「その者達が言うには、4階から9階へ行く事のできるエレベーターに乗るのに必要なブルーリボンを陛下から頂いたと言うのです。陛下の声がしたと……」
「何! 私の声がしただと……ふっ、はっはっはっ、ワードナめ! それはおそらくワードナの仕業、彼奴の戯れだ」
「確かに、それなら合点がいきますが……」アンソニーはうつむいたままの姿勢になった。
「貴様、まさか私が裏でワードナとつながっているとでも思っているのか!?」トレボーはアンソニーの態度に腹を立てた。
「と、とんでもございません。その様なこと……私はただ、ワードナが何事かたくらんでいるのではないかと……」アンソニーは慌てて言いつくろう。
「ふん! その様な事どうでも良い。魔除けが戻ればその様な心配も無くなるわ! それよりアンソニー、その9階まで降りた者達は一体何者なのだ? 下層に降りたのは我が親衛隊以来だ。さぞ名のある者達であろう」トレボーは興味深そうに聞いた。
「いえ、それが……これを」アンソニーはトレボーの質問には答えず、何かの書類を差し出した。
「それは訓練場に登録されているそのパーティのものです」アンソニーが差し出したのは、半達の履歴書だった。
「ふむ……」トレボーは履歴書を見つめる。
「忍者志望の盗賊に、エビルの侍に……、在野の者か。なかなか面白いパーティではないか。アンソニー、このパーティから目を離すなよ」
「はっ。かしこまってございます」
「瞬きの半とシャドームーンか、楽しませてくれそうだ。魔除けを取り戻し我が親衛隊に入るが良い。ふっはっはっはっはっはっ……」トレボーは高らかに笑った。



 ギルガメッシュの酒場。トレボー城塞で最も流行っている酒場である。
 迷宮での戦いに明け暮れる冒険者達がいつでも祝杯を、あるいは仲間を失い悲しみを紛らわせる酒を、あるいは戦いの恐怖を忘れ去る為の酒を飲めるように丸一日休み無く営業している。
 また、ギルガメッシュブランドの酒も作られ売り出されている為それを買い迷宮にまで持ち込む者もいるという程の人気を誇っている。リルガミンの街に本店を持ち、主な大都市にはそのチェーン店を持っている。ここトレボー城塞のギルガメッシュも多くのチェーン店の内の1つだ。
 元々は一般の酒場なのだが、今では仲間を募るならギルガメッシュ、と言われる程冒険者でひしめいている。

 1つのテーブルに男が2人座り、酒を呷っていた。半とディープである。
 半はその小さい体に似合わず、すでにジョッキ8杯分ものウォッカを飲み干していた。ディープの方はもっぱら食べる方専門で、テーブルの上には皿が5、6枚重なっている。
「なぁ、半よう、俺達のレベルもかなり上がってきたし、そろそろ本格的に10階の探索してみちゃぁどうかね? モゴモゴ」ディープが口に物を頬張りながら半に聞く。半とは友達付き合いだが、こういう事はパーティのリーダーに聞くとわきまえている。
「あぁ、だがレタスがティルトウェイトを覚えない事にはな」半は言うと9杯目のジョッキに口をつけた。
 ティルトウェイトというのは魔法使いの使う最強の攻撃呪文で、その効果は核融合爆発並の威力を持っており、爆炎の魔法などとも呼ばれている。核爆発で発生する放射能は呪文の段階で処理されるので影響は無い。純粋に爆発のダメージだけが襲いかかるのだ。魔法使い最高の呪文なので当然7レベルの呪文である。
「いつになく弱気じゃないか? 半」とディープ。
「親衛隊はマスターレベル以上だったんだ。それで全滅した。俺は馬鹿じゃないつもりだ」半が言う。
「まあな、レタスももうすぐマスターだし、もう少しの辛抱か……」ディープは残念そうに言った。
 レベルというのは、それぞれのクラスに対してつけられる位のようなもので、武道でいうところの段や級の様なものである。マスターレベルというのは、13レベルの事でそのレベルになると魔法使いや僧侶は、個人差はあるがほとんどの者が全ての呪文を覚える。一人前として認められるのだ。勿論、侍やロード、ビショップなどは全ての呪文を覚えるのに13レベルでは足りないが、それでも13レベルといえば一目おかれる存在となる。
 クラスというのは、いわゆる職業の事であるが一般的なそれとは違い、冒険者のみに使われる言葉だ。例えば迷宮に入っている僧侶の全てが寺院や教会の僧侶ではない。ただ僧侶が使う魔法を使えるという事だけなのである。もっとも本物の僧侶が多い事も確かだが。それに魔法使いなどという職業が成り立つはずがない。勿論宮廷魔術師などは除かれるが、もし本当の意味で自分の職業を魔法使いだという者がいたら、その者こそまさに冒険者である。
 ガラン。
 聞きなれた音がした。酒場のドアが開く音だ。正確にはドアに付けられている鉄製の鈴が鳴った音、客が来た事を知らせる音だ。だがそんな音に客はいちいち反応しない。またどこかの冒険者が明日を生きる糧となる酒を喰らいに来たのだろう、そう思うだけだった。
 半もディープもそう思う内の1人だったので全く気にはしなかった。ところが酒場のボーイに「お客さん、相席お願い出来ませんか?」と、言われては気にしない訳にはいかなかった。
「ん?」半は酒を口に運ぶ手を止めてボーイ、次にその後ろに見える2人の男に目をやった。
「馬鹿野郎!」ディープが突然叫んだ。
「えっ?」分からなかったのはボーイだけだった。
「グッドの奴らと酒が飲めるか!」ディープの言葉にやっとボーイは自分のあやまちに気が付いた。2人の男はグッドの属性、しかも半達のパーティとはライバル視されているパーティの者達だったのである。
「俺達はエビル、そいつらはグッドだろう。同じテーブルで酒なんか飲めるかっ!」ディープは今までの酒が一気に来たかの様に顔を真っ赤にして怒っている。
「す、すいません。すぐに他を探しますから」ボーイは何度も頭を下げてそう言った。
「謝る事なんかないさ。悪いのはこいつらなんだ。エビルの連中はどうも心が狭くっていけない」そう言ったのは2人の内の1人、人間の戦士風の男だった。
「言ってくれるじゃないか、ジム?」半はその戦士に言った。
「そうだろう、半?」ジムと呼ばれた戦士も負けじと言い返す。
「ははは。いいぞ半、言ってやれぇ」ディープが楽しそうに笑う。
 そこで2人はお互い睨み合った。
「もういいじゃないか、ジム」慌ててもう1人の男が止めに入る。
「しかし、ジャッキー」戦士は不満そうにジャッキーと呼んだ男を見る。
「なんだジャッキー、まだこんな奴とつるんでるのか? いつ戻って来てもいいんだぜ」ディープだ。
「ディープさんも半さんもやめて下さいよ。さぁジム他へ行こう」ジャッキーという男は半とディープの顔を一瞥すると、渋る戦士を連れて他のテーブルを探しその場から離れた。
 事の成りゆきをハラハラしながら見ていたボーイも、何事もなかった事にホッとして半達に一礼してそこから離れようとした。
「待ちな」しかしディープが呼び止める。
「は、はい」ボーイは少し緊張気味にディープの顔に振り返った。
「お前も酒場のボーイならグッドとエビルの違いぐらい一目で分かる様にしておくんだな」ディープは言うとボーイの顔を睨みつけた。
「は、はい!」ボーイは答えると今度はさっきよりも深々と頭を下げて、小走りにそこから立ち去った。
「ふん!」ディープはまったくつまらなさそうに目の前にある自分の飲みかけのウォッカを一気に飲み干した。
 半もすでに10杯目の酒に口をつけていた。
  属性というのは、その者のものの見方や考え方、行動等を3つに分類し分けたものだ。属性には、グッド(善)、ニュートラル(中立)、エビル(悪)、と3種類あり、それらは多分にクラス、あるいは装備等にも影響する場合がある。
 例えばロードはグッド、忍者はエビルの属性でなくてはなることが許されない。それはそのクラスの性格上の制限である為、やむを得ない事といえるが、グッドとニュートラルの属性にしかなれない侍にエビルのシャドームーンが就いている事から1度そのクラスに就いてしまえば属性が転向しても大して影響はないといえる。要はそのクラスに就く時に真にそのクラスを納得できるか、という事だ。グッドの属性の者は暗殺や大量殺戮を目的として生まれたクラスである忍者になる事は出来ない、という事である。属性の事を性格という者もいるがそれとは少し異なったものである。何故なら、人の性格がたった3種類に分けられるはずがないからだ。属性は自分で決められるものではなく、訓練場に登録される際に鑑定士に識別される決まりになっている。鑑定士は冒険者に色々な質問をし、最後にタロットカードで属性を決めるのだ。



 地下9階。この階まで来ると流石にモンスター共も一筋縄ではいかなくなる。怪力無比のジャイアント族や魔界の住人レッサーデーモン、合成魔獣キメラ、そして魔に魅了され操られる哀れな冒険者達。
 だが、冒険者にしてみれば見返りも大きい。強いモンスター程良いアイテムを持っているものだし、倒した時の経験も高いのでレベルアップにもつながるのだ。
「よし、でーきた」レタスが嬉しそうに言った。
「どうしたんだ? レタス」ディープが聞く。
「マップだよ、マップ。9階のマップが完成したんだ」レタスが完成した地下9階のマップを見せながら言った。
「そんな物作ってたのか? どれ、見せて見ろよ」ディープが興味深そうに言う。
「ん」レタスがマップをディープに渡す。
「ふーん、どう行きゃどこに出るかっていうのはもう覚えちまったが、こんな感じだったのかい? 9階ってのは」ディープは少し驚いた風に言った。
「だが、何だってそんな物作ったんだ? 俺達はもうこの階のマップなんて頭の中に入ってるぜ」半も興味ありげに聞く。
「面白いだろ、マップ作りって」
「そうかなぁ」とディープ。
「それに低いレベルの冒険者には高く売れるかもしれないぜ」言うとレタスはニッと笑った。
「そうか、この野郎」ディープが言うとマップを自分の道具袋に入れようとした。
「あっ、こいつ! ディープ、返せ!」レタスは本気になって怒る。
「ははは」ディープはその顔が面白くてなかなか返そうとしない。
「馬っ鹿みたい」ミシェルはそう言ったが半とカンは声を上げて笑い、シャドームーンも珍しく微笑んだ。
 ミシェルはそれを見て“あっ、シャドームーンが笑った”と思い、もっと良く見ようとさりげなく近づいたが、すでに笑いは消えておりいつもの冷静な表情に戻っていた。
 いや、笑いが消えたのはシャドームーンだけではなかった。その事に気づいたミシェルはすぐに視線を他のメンバーと合わせた。そしてその先に見えたのは、人というには余りにも大きな体、そう巨人。そしてそれが4体。フロストジャイアントが4体だった。
「ククク」半とディープが再び笑う。しかし今度のは先程の‘楽’の笑いとは違い‘喜’の笑いだった。
 悪魔や巨人はワードナにしても召還するのになかなか骨が折れるらしく、9階あたりではたまにしかお目にかかれない。それに加えてなかなか強いのでいい経験になるのだ。しかし反面、呪文を無効化する能力を持つ者が多いので回復呪文を唱える僧侶はまだしも破壊、殺傷を目的とした呪文を主に使う魔法使いは、少々手持ちぶさたになる相手でもある。
「俺は今回見物させてもらおうかな? どうせあいつら何言ったって聞いてくれないからな」とレタスが言う。
 フロストジャイアントも呪文を打ち消す能力を持つモンスターの1つだ。
「そうね、馬の耳に念仏ってとこかしら」ミシェルもレタスに同意する。
「わしはそうも言ってはおれん……」カンだ。
「そんな事ないぜ、あんな奴らイチコロだ」半はそうカンに言うと真っ先に駆け出す。続いてシャドームーン、ディープとそれぞれの敵に向かって行く。
 レタスは効かないと分かっているが効けば必ず倒す事ができるので一応マカニトの呪文を唱える事にした。
 マカニトは、ある一定の生命力以下の者を完全な塵にしてしまうが、強い生命力を持った者と、もとから生命力など持っていないアンデットモンスターには全く効果はない。この巨人にこの呪文が通用するという事は、力と体力はあっても生命力は乏しいという事になる。体が大きくなりすぎて全身に生命力が漲らないのだろうか。
 半がまず飛びかかった。悪の属性の者にしか使えない魔法の短剣ソウルスレイヤーがフロストジャイアントの体を滑る。
 フロストジャイアントは半の攻撃を受け多少身じろいだが、流石にタフですぐに半に襲いかかってきた。
 半もすかさず次の攻撃に移る。半はフロストジャイアントの真正面に立つと思いきり体を小さくし、そして次の瞬間、思いきり真上にジャンプした。
 フロストジャイアントは自分の目の前に現れた小人に思いきりその手に持つハンドアクスを叩きつけようと振り抜いた。しかし、それは空を斬った。代わりに半の持つソウルスレイヤーが眼前に迫る。フロストジャイアントの見る最後のモノだった。
 頭を斬り裂かれ絶命した巨人が仰向けに倒れていく。半は薄笑いを浮かべながら迷宮の床に降り立った。そしてすぐに次の獲物に向かう。
 シャドームーンは華奢なエルフの体とは対象的な巨人を相手に少しも劣らない戦いぶりを見せていた。
 シャドームーンの繰り出す剣はフロストジャイアントを翻弄していた。まるで舞を舞うかの様な美しい、冒険者には不似合いな戦いぶりだ。どこかで習わなければこんな美しい太刀筋は会得する事は不可能だろう。しかし、シャドームーンは誰に対しても独学で学んだと言った。
 昔、パーティーの仲間はシャドームーンの戦いぶりに非常に興味を持ち、しつこく聞いたがシャドームーンが詮索するのならパーティーを抜けると言い出したのでそれからは誰も何も聞かなくなった。シャドームーンはトレボー城塞に来て以来このメンバー以外とはパーティーを組んだ事がないので、他の冒険者達にそれを知られる事はなかった。
 しかしシャドームーンの戦いぶりが荒々しい冒険者のそれとは明らかに違っている為、他の5人はシャドームーンの過去には必ず何かあると踏んでいた。
 シャドームーンのロングソード+2、通称真っ二つの剣がフロストジャイアントの腸を斬り裂く。破れた腹からフロストジャイアントの内臓が飛び散った。倒れていく肉塊に一瞥をくれながら、次の目標に剣を向ける。その華麗な戦いぶりとは反対に残酷な一面も持つ男だ。
 ディープがその深緑色の目でフロストジャイアントと睨み合っていた。思いきり振り降ろしてきたフロストジャイアントのハンドアクスを今受け止めたところだ。
 ディープはこの巨人に対して力で五分の戦いをしていた。切り裂きの剣がハンドアクスと交わりギリギリと鈍い音を立てている。
 五分といってもその額には汗にしては少々赤すぎるものが流れていた。勿論、それに見合った礼はすでに渡してある。
「うおぉ――――――!」ディープが渾身の力を込めて切り裂きの剣を前に押し出した。
 ガキッ。切り裂きの剣がハンドアクスを押し砕いた! そのまま剣を押し切る。
 ズバッ。そして切り裂きの剣はその名の通りフロストジャイアントを切り裂いた。胸をかばい苦しそうにするフロストジャイアントにかまわず剣を叩き付ける。
 ハンドアクスを砕き刃こぼれとフロストジャイアントの血糊で斬れ味の鈍くなったそれは、まさに‘叩き付ける’という表現が合っていた。
 ゴキッ。鈍い音がした。フロストジャイアントの骨が折れた音だ。そして絶叫の内に駄目押しの一撃を頭に叩き付けられて死んだ。ディープは肩で息をしているが、その目は確実に次の敵を見据えていた。
 4体目のフロストジャイアントは不運だった。少し他の仲間と離れていた為に3人の冒険者の相手をしなくてはならなくなったのだ。だが、唯一ついていた事は奇跡的にレタスのマカニトが効いていた事だ。痛みを知らずに死ねたのだから。フロストジャイアントは塵となった。

 6人はキャンプを張り、傷の治療をしていた。
 キャンプというのは、迷宮内でのちょっとした休憩等に用いられるもので、聖水で魔法陣を描きちょっとした結界を作るのである。キャンプ内にいればモンスターに攻撃される事はないが、キャンプ内から攻撃する事も出来ないので戦闘には役に立たない。それ程長い時間効果があるわけでもなく、呪文で傷を癒したり未知のアイテムを識別したりする程度の短い時間だけである。
 相変わらず半は無傷だった。シャドームーンは多少傷を負っていたがディープ程ではない。ディープはフロストジャイアントの攻撃をまともに受けていたのでその傷は多少とはいえなかった。だが、カンのマディですぐに完治した。
 マディは対象になる者の生きる上での全ての傷害を取り除く呪文だ。この場合の傷害は肉体の意味でであり人生の傷害を取り除く訳ではない。もっともそのような呪文は人が扱えるはずもないだろうが。つまり全ての傷を癒し同時に毒や麻痺さらには石化した者までも元通りにする事ができる魔法だ。この呪文が使えるかどうかでその僧侶の価値も大きく変わってくる。6レベルプリーストスペル。
 ディープを治したマディでカンの6レベルの魔法が尽きたので地上に戻る事になった。
 キャンプを解き、エレベーターに向かって歩き始めた。
 ディープはもう一度ぐらい戦えるだろうと言ったがカンに「お前は自分の力を過信しすぎるからいらん傷を負うのだ」と言われて渋々諦める事にした。
 通路を歩いてエレベーターが見える所まで来た時、エレベーターの前に半達は人影を認めた。
「モンスターか?」ディープが目を凝らしてその人影を見た。
「いや、冒険者だ。それも俺達の良く知っている……」ディープに目の良いエルフが答えた。
「ジム達だわ」シャドームーンと同じエルフのミシェルが言う。
「ちっ」ディープが昨日の酒場での一件を思い出し舌打ちした。
「今からご出勤かい? グッドの戦士さんよう」会話ができる距離まで来ると早速半が声をかけた。
「俺達がいつ迷宮に入ろうとお前達の知った事じゃないだろう?」ジムがあからさまに自分の感情のまま話す。まだ昨日の事を許せないのだろう。
 パーティのリーダーとはいってもまだ若い。良く言えば直情だが反面、未だ少年であるという事だ。勿論、少年である事に何の罪もないが。
 ジム アクセル。パーティのリーダーである。
 ジム達のパーティもなかなかの手足れぞろいで、半達に続き9階を探索する2つ目のパーティだ。トレボー城塞ではナンバー2と噂され、トレボー城塞に現れるのが半達より早ければ半達を抜く実力を持ったであろうと言われている。
 ジムの後ろにドワーフ、次に昨日酒場にジムと来た人間ジャッキー、ノームが2人、最高尾にエルフの女が見えた。
「この野郎!」ディープが相変わらずの単細胞ぶりを見せて掴みかかろうとした。
 この男もある意味で直情径行といえなくもない。
「よせ」ディープを制して半が前に出る。
「確かに俺達には関係ないがお前達に教えといてやろう。俺達は次から10階へ降りる」半はなんてことのない事を言うように言い放った。
「本当か!? 半!」その言葉に全員が驚いたが一番驚いたのはディープだった。
 昨日、レタスがティルトウェイトを覚えるまでは9階で腕を磨くと聞いたばかりだからだ。
「あぁ、ディープ。俺達なら攻撃呪文無しでも戦えるだろう?」半は自信満々に言った。
「おうよ!」ディープがそれに答える。
「おいおい、俺の立場がないぜ」レタスが不満そうに言った。
「ふふ」半はそれには何も答えず微笑んだ。
「お前は得意のマップでも作ってればいいんだよ」半の代わりにディープが答えた。
「あっ、そういえば9階のマップ! 返せ、ディープ!」ディープに渡しっぱなしの9階のマップの事を思い出し、レタスがディープにくってかかる。
「しまった! 黙って売っぱらおうと思ってたのに……」ディープがやむを得ずレタスにマップを返した。
「ははは」半は2人のやりとりを聞いて笑ったが、ジムが悔しそうにこちらを見ているのに気付きジムに言う。
「ジム、お前達は9階で我慢しといた方がいいぜ。なんでも10階には友好的なモンスターが1匹もいないらしいからな」
「クッ、見ていろ半。すぐにお前らに追い付いてやるからな」ジムが半の言葉に拳を握りしめながら言い返した。
「ミル・カレン、この戦士をせいぜい暴走させない事だな」半はパーティの1番後ろに位置するエルフにそう言うと、エレベーターに乗る為にブルーリボンを取りだしエレベーターに歩み寄った。
「そうね。でも、あなた達も気を付けた方が良いわよ。レタスやカンはもう呪文を全て覚えたの?」ミルと呼ばれた女エルフがすれ違いざまに半に言う。
「心配無用さ。俺達は……」半はそこで一呼吸おいてから「強い」とミルの目を見て言った。
 全員がエレベーターに乗り込んだ時、ミルが再び口を開いた。
「本当に」そこでエレベーターの扉は閉まったが半達にはその後の台詞もはっきり聞こえ、半とディープは高らかに笑った。
「憎ったらしいわねぇ!」



 冒険者の宿。トレボー城塞1の部屋数を誇る宿屋だ。元々これだけの大きな都市なので旅の商人や芸人、そして冒険者達を相手で充分に商売として成り立っていたのだが、例の狂王の布告の為に一層冒険者の客が増え、嬉しい悲鳴を上げている。冒険者の宿の名は本来違うのだがリルガミンの街から来た旅の商人がその盛況ぶりを見て「まるで冒険者の宿の様だな」と言ったのが始まりだった。リルガミンには本当に冒険者の宿という名の宿があるとの事だった。
 その、通称冒険者の宿に世話になる者の中に当然半達もいた。半とディープは同じ部屋を取っていた。シャドームーンは1人部屋、カンとレタスが同じ部屋に泊まり、当然ミシェルは1人部屋だった。
 簡易寝台と呼ばれる部屋にディープと半の姿があった。ディープはすっかり眠る準備が出来ており、ベッドの上にその筋肉の塊と言っても言いすぎでない体を横たえていた。半はまだ眠る気配はなくベッドに座り、昔から愛用しているピックの手入れをしていた。迷宮で、迷宮に限った事ではないが、宝箱のカギをカギ無しで開ける為の道具だ。ディープは半のその姿を横目で見、口を開いた。
「やっぱり盗賊だな、剣よりもピックの手入れに時間をかけているじゃないか」
「ふん、今日は盗賊としての最後の夜だからな」半は相変わらずの事も無げの口調で言った。
「?」ディープは最初その意味を理解できなかったがすぐに気が付いた。
「半! もしかしてクラスチェンジを!?」ディープが驚き、体を半分起こして言った。
「あぁ、今晩ぐっすりと休めば明日には新たな力が漲っているはずだ。ついに忍者になる事のできる特性を手に入れるんだ」半は手入れの終わったピックを弄びながら言った。
「そうか、それでティルトウェイトの呪文無しで10階に降りると言ったんだな?」ディープがやっと分かったと言う。
「それは違うな。俺の勘だと多分レタスも今晩レベルが上がるだろう。つまりマスターになる訳だ」半はそこで初めてディープの顔を見た。
「何と! そいつは凄いぜ。これならいつワードナを倒しても不思議じゃないな。えっ、半?」ディープは言うと今度はベッドから飛び起きた。
「まだまだ。少なくとも俺の調子が戻ってからだ。クラスチェンジをするとその能力の違いから体力から何から全て低下してしまうらしいからな」
「そうか、だが戦力アップには違いない」ディープは言うと、明日が楽しみで眠れるかどうか心配だと言った次の瞬間いびきをかきだした。
 半はディープの就寝の早さにいつもの事ながら呆れ、もしかしてディープは眠りの妖精を飼っていて、夜になると妖精の砂をその目に受けているのではないか、などと考え、次の瞬間自分の子供じみた考えに苦笑するのだった。
 レタスとカンも簡易寝台に泊まっている。レタスはすでに眠りの中にあった。その無邪気ともいえる寝顔を見てカンは1人「本当にこの脳天気な男がマスターになるのか?」と呟いていた。
 シャドームーンは迷宮の中以外では1人でいる事の方が多かった。ギルガメッシュの酒場で半達と酒を酌み交わす事すら稀だった。そんな男だから冒険者の宿でも当然1人部屋を選んだ。本当は簡易寝台で良いのだが簡易寝台に1人用は無いらしく、仕方なくエコノミーに泊まっている。
 その部屋でシャドームーンは明日を思い、考えていた。
「いよいよ10階、ワードナの本拠地か。ワードナに近づく事はトレボーに近づく事。待っていろ、トレボー!」シャドームーンは部屋の窓から覗くトレボーの居城に目をやり、そう呟いた。
 ミシェルは他のメンバーと違い、1人スイートルームに泊まっていた。施術師として旅をしながら暮らしていた時はさほど良い暮らしとは言えなかったが、この街で冒険者として暮らしていれば迷宮のモンスターを倒しただけの金貨やアイテムが手に入る。加えてミシェルはビショップだ。ビショップのいないパーティからアイテムの識別を頼まれる事もしばしばだった。それに施術師の技はまだ失われていない。それらの臨時収入で同じパーティでも他のメンバーより良い生活をしていても不思議はなかった。
  ミシェルもまた、10階へ思いを馳せていた。
“私は今の生活に満足している訳ではないわ。必ずワードナを倒してトレボー様の親衛隊に入るのよ。勿論ワードナを倒すのは私ではないわ。連れて行ってね、半、それにシャドームーン”ミシェルはその日を思い、1人微笑した。



 訓練場。トレボー城塞の外れにあるそれは、冒険者の為のトレーニング施設である。本来、軍や親衛隊の為の施設だったが冒険者を募るにあたり、広く一般にも開放される事になった。
 迷宮に赴く冒険者は、まずここで名前と種族、属性を登録し能力測定を行われる。
 能力測定で冒険者の特性値を調べた後でどのクラスに向いているか判断される。
 特性値というのは、冒険者の能力の値の事でこれが高い程優秀な冒険者になれるというわけだ。
 そうして自分に適しているクラスを選んだら、そのクラスのマスターについて基礎訓練を受ける。
 マスターというのは、教官の様な者でマスターレベルのマスターはここからきているのだ。そのクラスの全ての技をマスターした、という意味だ。その点がマスターレベルのマスターとは若干意味が違っている。
 1日基礎訓練を受ければその者は晴れて冒険者として認められる。勿論今まで冒険者として生活して来た者やすでに魔法や剣術の心得のある者は訓練抜きで冒険者になれる。半達のパーティではみんなそれぞれに冒険者として暮らしていたらしく、基礎訓練を受けたのはミシェルだけである。
 また、レベルが上がったかどうかの判断もここで行われる為、定期的な検査がある。その時レベルが上がっていればそのレベルに見合った呪文や剣技を伝授されるが、この時特性値が低いとそれらは次の機会に持ち越される。
 レタスは今日レベルが上がったと認められ、新たな呪文をマスターから聞き覚え、その特徴と使用時の影響等も教えられた。
  半もレベルの上昇を認められ、マスターの教えを得ると、その足ですぐに転職所に向かった。
 訓練場のもう1つの機能。それはクラスチェンジをする事のできる場所であるという事だ。ロードや忍者等の上級クラスは必要な特性値が高い為、初めからそのクラスを選ぶ事がまず不可能なので他のクラスでレベルを上げ、特性値を上げてから上級職にクラスチェンジするのだ。
 クラスチェンジというのは、それまでの経験とレベルを捨てて新たなクラスにつく事で当然レベルは1に戻ってしまう。しかし、覚えた呪文だけは忘れる事はない。が、その使用回数は各レベルの呪文数にまで落ちる。
 半は当然忍者の転職所に現れた。そこにいる忍者のマスターに会い、クラスチェンジを受ける為である。
「来たな半。お前の活躍は私の耳にも入っている」忍者のマスターが半の姿を認め言う。
「来たぜ、マスター。すぐ始めてくれ」半はトレボー城塞に来た時以来、久しぶりに会うマスターにそう言った。
「ふふふ、相変わらずの様だな」マスターは言うと、半がトレボー城塞にやって来たその日の事を思いだした。
 半がトレボー城塞に現れたのは今から半年程前の事だった。レベル10の盗賊として訓練場に登録されると半はすぐさま忍者の転職所に向かった。そこで半は忍者へのクラスチェンジを望んだが、僅かに信仰心が忍者の特性に向かないとしてそれを断られた。しかし、半の言い分はこうだった。「クラスチェンジ後はどうしたって特性はその種族の最低ランクまで落ちるんだ。それならクラスチェンジは早い方がいいだろう」確かにその通りであるがマスターの言う事ももっともであった。
「盗賊などという1番経験が少なくてすむクラスで特性値が満たないのであれば忍者という8クラス中、最も経験を必要とするクラスで必要な特性を得られるはずもない」つまりこういう事だ。
 特性というのは、力、知恵、信仰心、生命力、素早さ、運、の6種に分けられる。その6種をさらに18の段階に分けたのが特性値というわけだ。盗賊に必要な特性値は素早さの値が11で他の特性にいたってはその数値は幾つでもよい。極端な事を言えば素早さ以外の特性値が0でも構わないという事になる。それに比べ忍者は全てが17という数値を必要としている。半の言うようにクラスチェンジ後は短時間で前のクラスでの癖を強引になおす為、特性値は一気に落ち込んでしまうがその値でレベル1、そこからレベルアップを繰り返して全ての特性が17になった時、初めて忍者として1人前と認められる。すなわち、盗賊という最もレベルアップが早いクラスでその特性値が全て17になれない様では忍者にクラスチェンジしても勤まるはずがない、そうマスターは言いたかったのである。なお、最初に冒険者に登録される時も同様で、今までいくら長い間冒険者をやってきた者でも特性値の低い者はトレボーの親衛隊は必要としていないのである。
「いいのか半、お前達ホビットはただでさえ生命力の値が低い種族だ。クラスチェンジするという事は5つも年を取り、それだけ老衰が早まるという事なのだぞ」マスターが最後の忠告を半にする。
「構わねぇよ。どうせ俺が死ぬとこはワードナの迷宮か、でなきゃどこかでドラゴンにでも焼かれておしまいさ。老衰で死ねれば恩の字だ」半は本当にそう思っているらしく真面目な顔をして言った。
 それを感じてかマスターも無言で頷いた。
 では、クラスチェンジについてもう少し詳しく説明しよう。冒険者はマスターから新たなクラスに必要な知識や技を一昼夜かけて教えられる。その訓練の、いや修行といった方が良いだろう。その修行の1つに疑似体験をさせる魔法を使ったものがある。その魔法でそのクラスのマスターの今までの体験をそのまま冒険者にフィードバックさせるのだ。それによって冒険者はそのクラスの5年程の経験を数時間で体験する事ができるが、その魔法の副作用か5年分の老化も同時に進む。これによって冒険者はたった1日で新たなクラスを1人前とはいえないが前のクラスを完全に捨て去り、自分のものとする事が出来るのだ。勿論その体験は疑似的なものである為、レベルアップにはつながらない。昔はクラスチェンジといえば長い時をかけて一つ一つ教えていったものなので、この魔法が完成し行使されるようになってからはクラスチェンジを望む者はこぞって訓練場にやって来るようになったのである。
 そして半は、忍者へとクラスチェンジを完了した。



 ギルガメッシュの酒場に半達のパーティが集まっていた。半のクラスチェンジにミシェルが怒って集めたのである。
「何だって私達に黙ってクラスチェンジなんかしたのよ!?」ミシェルが酒場中に聞こえるかと思う程の声を出した。。
「どうしたんだ? いつものお上品なお前らしくないな」半はミシェルの言う事には答えず、相変わらずの素知らぬ顔だ。
「お前なんて呼ばないでよ。どうして勝手な事したのかって聞いてるのよ」ミシェルが怒鳴る。
「俺は知ってたぜ」ディープが口をはさんだ。
「なんですって! 貴方知っていてどうして止めなかったのよ!?」ミシェルがディープに聞く。
「だってクラスチェンジすればパーティの戦力アップになるだろ? それに半が忍者になりたがってたのはみんな知ってんじゃないか」ディープがミシェルに言うと自分のグラスを取り口に運んだ。その時「今日は気分を変えてウイスキーだ」と小声で半に呟いたが、それに気付きミシェルがディープを睨んだので、ディープは膨れっ面をして酒を飲み干すと再びミシェルに口を開いた。
「一体何が気に入らないんだよ?」
「貴方知らないの? クラスチェンジすると、その人の特性は著しく低下するのよ。半だってそうよ。忍者になったって力は盗賊の頃より落ちてるはずだわ」ミシェルはそこまで言うと喋りすぎて喉が乾いたらしく、グラスを取り口に運んだ。
 ミシェルのお気に入りはリルガミンの国の植民島アルビシアから運ばれてくる葡萄で作られた白ワインだ。程好く熟成されたギルガメッシュブランドのワインである。
「‘イチジルシク’ってどういう意味だよ?」ディープが小声で今度はシャドームーンに話しかけた。
 それを無視してシャドームーンがミシェルに言う。
「そんな事で呼びだしたのか? ドクターミシェル。半の力をまだ分かっていない様だな。特性なんていうのはこの男にはあってないようなものだ。そんなものは技術で補うだろうよ」
「だから、特性が低下したら技術だって伴わないって言ってるのよ」ミシェルが今度はシャドームーンを睨んだ。
「ふん、くだらん! 他に話がないのなら俺は行くぞ。今日は潜らないのだろう? また明日だな」シャドームーンはミシェルを見、‘今日は’の所で半を見ると5人に背を向けて歩きだした。
‘潜る’というのは冒険者達が好んで使う言葉で、迷宮に入る事を意味している。
「あぁ」その背中に半が声をかけた。
「もう! どうなっても知らないからね!」ミシェルはそう言うとプイッとそっぽを向いて膨れてしまった。
「まあ良いではないか、ドクターミシェル。レタスもマスターレベルになった事だし、我らの呪文で支援すればどうという事はなかろう」今まで黙って聞いていたカンが同じく黙っていたレタスを見てミシェルを宥めた。
「そりゃ、私と貴方ならね。でも、レタスはねぇ〜」ミシェルが言うとチラッとレタスを見た。
「な、なんにぃー!?」レタスがミシェルの言葉に腹を立てる。
「何よ」ミシェルがそっぽを向いたまま言う。
「ははは」半が2人のやりとりを聞いて笑い始めた。
「半。もとはと言えば貴方のせいなのよ」笑っている半に思い出したかの様にミシェルが言うと、
「おいおい、とんだとばっちりだぜ」と半。
「はっはっはっ」それを聞いて今度はディープが大声で笑い始める。
「もーう、いい加減にしてー」ミシェルは言うとまったく付き合っていられないと酒場を出て行ってしまった。
「あーあ。行っちまったぜ、半」ディープが言う。
「そうみたいだな」半がそう言うと一拍おいてまた大きな笑い声が聞こえた。



 次の日、半達は10階に降りた。ミシェルの心配をよそに半の戦いぶりは今まで以上と言えた。低いレベルの内は当然レベルアップも早い。半がクラスチェンジをした日から3カ月後、半はディープがレベルを1つ上げる間にすでに11レベルにまで達していた。そして半達のパーティは、いつワードナを倒してもおかしくない、そう言われるまでになっていたのである。
 この時、半11レベル、シャドームーン13レベル、ディープ13レベル、カン14レベル、ミシェル12レベル、レタス13レベル、であった。



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