第 一 章
瞬きの半とエビルのパーティ
ワードナの迷宮が広く一般に開放されてから3年が経とうとしていた。その間迷宮で落とされた命は数しれない。 それでもトレボー城塞にやってくる冒険者が減る事はなかった。 その冒険者のほとんどが狂王トレボーの親衛隊に入る事を望んでいた。 ワードナを倒す事など不可能、そう言う者もいる。だが、万に1つの可能性があれば冒険者達はそれに挑むのだ。何故なら狂王は多くの人々の尊敬を集め、さらに恐怖されている。 その狂王の親衛隊に入る事は名誉であり、また、同時に莫大な富を手に入れるチャンスでもあるのだ。最初はただの親衛隊員でも狂王に認められれば、領地と貴族の地位を与えられる。さらには国王の座を狙う事も……。 冒険者のほとんどが元は身よりのない者や戦い好きなならず者ばかりである。どうせ死んで屍拾う者のない運命ならば万に1つに賭けてみよう。そう思い冒険者達はこの迷宮にやってくる。 冒険者達はこの迷宮を‘狂王の試練場’と呼ぶ。 今までの冒険者達は4階が精一杯だった。5階へ進んだ者は親衛隊を除いては、まだ1人もいない。 かつて国王親衛隊の精鋭が迷宮に挑んだが、10階ワードナの部屋で全滅したという。しかし、1人だけ帰ってきた者がいた。まさに死ぬ寸前にテレポート呪文のマロールで逃げだしたのだ。だが、その者も城にたどり着くと少しの情報を残し、死んだ。 その情報の1つに4階のエレベーターに乗るにはブルーリボンがいり、そしてそれは4階のコントロールセンター内にある、というものがある。 だが、冒険者のほとんどがそのコントロールセンターで足止めをくらっていた。コントロールセンター内にあるモンスター配備センターを守る守衛の一団に殺られてしまうのだ。勿論そこまでたどりつける者も稀れである。 だが、今そこに向かうパーティがあった。エビルのホビット瞬きの半率いる、この迷宮最強のパーティである。 瞬きの半。ホビット、エビル、盗賊(シーフ)。パーティのリーダーで迷宮一素早い男。忍者(ニンジャ)になりたくてこの迷宮にやって来た。 この男の目的はそれだけ、忍者になる事、そして戦いを楽しむ事。いや、殺し合い、いや、殺す事を楽しんでいる。その為盗賊というクラスなのに前衛をやっている。まだ20代前半だが修羅場をくぐってきたその目は、歴戦の勇士と変わらない程鋭かった。 「もう少しでモンスター配備センターだ。……ふっ、わくわくするぜ。なぁ、ディープ?」 「あぁ……ふっ」 半にそう言われ頷いた男はディープ・グリーン・アイズ。ドワーフ、エビル、戦士(ファイター)。その名の通り深緑色の目をしたブラウンドワーフだ。 ブラウンドワーフはドワーフの中でも最も気が荒く好戦的な種族といわれ、その髪の色からブラウンドワーフと呼ばれている。その顎に蓄えている髭もやはり茶色だ。 この男もやはり根っからの戦士。戦いを楽しんでいる。そのせいもあり、歳も近いので半とは気が合う。 「おっと忘れてた。カン、マポーフィックを唱えておけ」 「分かった」 半に言われカンはマポーフィックを唱えた。4レベルプリーストスペルの防御呪文だ。 カン・チャンフウ。ドワーフ、エビル、僧侶(プリースト)。この男はトレボー城塞に来る以前は東方にある寺院で僧兵をしていたが、出世したくてこの街にやって来た。僧兵をしていただけあり、僧侶にしては腕が立ち、たまに前衛をやる事もある。 ディープと違いその髭は黒い。ちょっと見は老けて見えるがまだ20代後半である。 「それならラツマピックとロミルワも唱えておいた方が良いんじゃなくって?」 魔法の光で迷宮を照らすロミルワとモンスターの正体判別をするラツマピック、どちらも3レベルプリーストスペルだ。 「ん? いつになく弱気じゃないか、ミシェル?」 「敵が分からなければどの呪文を唱えて良いか分からないわ。それに私暗いのって好きじゃないの。シークレットドアだって見逃してしまうわ。それと、呼び捨てにするのやめていただけないかしら?」 「これはすまない。ドクターミシェル」半はわざと大げさに謝った。 ドクターミシェル。エルフ、エビル、ビショップ(司祭)。パーティの紅一点であるこの女の目的は狂王の親衛隊に入る事だ。 以前は施術師(医者)としてほうぼうをさすらっていたが、半年程前にこの街に来た時、試練場の事を知りビショップになったのだ。彼女はビショップになれるのに魔法使いや僧侶になるなんて馬鹿げている、そう考えるタイプである。20歳ぐらいの女にしてはしっかりしている。 あとの2人もついでに紹介しておこう。 シャドームーン。エルフ、エビル、侍(サムライ)。珍しいエビルの侍だ。それもそのはずこの男エルフとはいってもダークエルフなのだ。 太古、魔界の者と契約を結んだ一部のエルフ、それが闇のエルフ、ダークエルフ。昔、契約の為一時には世界を脅かすまでとなったが、魔界の者が神との戦いに敗れ魔界に封じられてからは力も衰えてしまい、今では肌の色以外は他のエルフ達と大して変わらなくなっている。 シャドームーンも例にもれず親衛隊に入る為にやって来た。しかし、狂王を尊敬してはいない。むしろ嫌っているところすらある様だ。その理由を知るものは誰もいない。 エルフの歳は見た目では良く判らないが、どうやらミシェルと同じぐらいの様だ。 レタス。人間、ニュートラル、魔法使い(メイジ)。このパーティ唯一の中立の男。性格は明るくミシェルはうっとうしがっているが、半は笑える男だと思っている。 親衛隊に入るつもりはないらしい。好奇心が旺盛な為博学である。好奇心だけでここまで来たらしい。パーティの中では一番若く、まだ少年っぽいところが残った顔立ちだ。 ビィ――――。そのドアを開けるとけたたましい音が響き、ガチャガチャという音が聞こえてきた。守衛の1団の鎧がたてる音だ。 6人は大して気にもとめず、構わず進んだ。 道は左右に分かれていたが、ガチャガチャという音は右から聞こえたのでそちらに向かった。するとつきあたりの右側にドアが見えた。そのドアにはモンスター配備センターと書かれた看板が掛けられていた。6人は息を飲み身構えた。 「開けるぞ!」半が言い、次の瞬間ドアは開け放たれた。 部屋の中には7人の人影が見える。 レベル7ファイター、レベル7メイジ、ハイプリーストがそれぞれ2人ずつ、そしてハイニンジャが1人だ。 「行くぞ!」半の声に全員がそれぞれ動く。 半は迷わずハイニンジャに向かった。 ディープとシャドームーンはハイプリーストに向かい、カンはハイプリーストにモンティノを唱える。ミシェルはレベル7メイジにモンティノ、レタスはマカニトを唱える。 モンティノは相手の魔法封じの3レベルの呪文である。対象になった者の周りの空気を全く振動させなくし、音を伝えなくさせる効果を持つ。 マカニトは広範囲に効果のある強力な攻撃呪文の1つだ。5レベルに位置する。 「マカニト!」 シュンッ! レベル7ファイターとレベル7メイジは瞬時に消滅した。 「モンティノッ! ……あら、もうレタスの馬鹿!」ミシェルは無駄に呪文を唱えてしまったのを怒った。 「モンティノ!」今度はカンだ。しかし、呪文は1人にしか効かなかった。 その1人にシャドームーンが斬りつけた。 シュッ。 ハイプリーストはシャドームーンに胸を切り開かれ、悲鳴を上げ倒れた。だが、モンティノの為音が伝わらず、その声は聞こえない。 ディープはもう1人のハイプリーストに剣を向けている。 ハイプリーストはディープの剣よりも早く呪文を唱えた。 「バディ」ハイプリーストはバディを唱えた。 バディはその呪文の対象になった者の冠状動脈に血栓を作りだし、突然死を与えるという恐ろしい呪文だ。5レベルプリーストスペル。 「うっ」ディープは思わず声を上げたが、それは無意味だった。呪文は効かなかった。 「ざけるな!」ディープは叫ぶとロングソード+1、通称切り裂きの剣を振り降ろした。 ドサッ。 ハイプリーストは声もなく絶命した。 「片付いたな」いつの間にかハイニンジャを倒し、近寄って来た半が言う。 半は誰の助けもなしに、1人でハイニンジャを倒していた。傷は1つもない。半の素早さがそれを可能にするのだ。 半は宝箱の罠を調べた。 「テレポーターか。ふん、なんてことはない」半は言うと愛用のピックを取り出して罠を外しにかかった。 ピックを宝箱のカギ穴に滑り込ませる。 ヌル。 その時、半は手に奇妙な感触を覚えた。さっき倒した者らの血が宝箱に付いていて、それを触ってしまったらしい。 「ちっ、気色ワリィ」半は怒ったがピックをカギ穴に入れているのだ、下手に動けば罠が作動する。仕方なくそのまま続けた。 カチッ。 「よしっ!」半が言う。 罠は外れた……と、思った。しかし、次の瞬間6人はその場から消え去った。テレポーターが作動したのだ。モンスターの血の為に半の感覚が少しずれてしまったのだ。 レタスはデュマピックを唱えた。 デュマピックとはそれを唱えた者の現在地をその者の頭に浮かび上がらせるという1レベルメイジスペルだ。現在地というのは、現在いる地点なのだからその地点がどこからどれだけの地点か分かる呪文という事だ。 この呪文はそのどこからというのが重要なのだが、冒険者の多くが迷宮の地上に続く階段を想定して呪文を唱える。こんな薄暗い場所にいれば、地上への出口を想像するのは当然ともいえる。 ちなみに魔法というのは無限に唱えられる訳ではなく、一定の精神領域の範囲内に限られる。どんなに熟練の魔法使いでも、同じレベルの魔法は最高9回までしか唱えられない。それが人の限界なのだ。魔法には段階が7レベルあり、高レベルの魔法になるほど深い精神領域に入り高い集中力が必要になる。先程から登場している、何レベルの魔法とはそういう事である。そしてスペルとは呪文の事であり魔法使い達は呪文と言うより、スペルという言い方を好んで使う傾向にある様だ。 そして半達は愕然となった。そこは4階南西部の、熊の置物という鍵の役割をするアイテムがなければ入れない所だった。熊の置物があればなんてことはないのだが、もういらないと思い捨ててしまっていたのだ。この空間から抜け出すにはもう1度テレポーターに引っかかるか、5階への階段を降りるしかない。 「降りるしかないな」ディープが言った。 半もそのつもりらしく、すでに歩きだしていた。他のメンバーも続いて歩き始めた。先程の宝箱のアイテムの識別を今終えたミシェルだけが渋い顔をしたが、1人で残るわけにもいかずついて歩きだす。 「待ってよ。……これは珍しいわね、貰っておきましょ。これはいらないわ」ミシェルは識別した指輪が死の指輪と分かり投げ捨てた。 あの宝箱には死の指輪と毒消しと炎の杖が入っていた。ミシェルは毒消しと炎の杖だけはしまった。3レベルメイジスペルの中規模攻撃呪文マハリトが封じ込められてある炎の杖は、冒険者相手に武器や防具等を販売しているけちなドワーフが経営するボルタック商店に持ち込めば、12500ゴールドという高値で売却できる。今はなかなか珍しいアイテムだが、あと数年もすればたくさんの冒険者達が迷宮から持ち出し、ゴールドさえ出せば手に入る様になるだろう。 5階に降りてしばらく歩くとエレベーターが見つかった。 「エレベーターだぜ」ディープが言った。 「ああ、だが……、」シャドームーンが言う。「おそらく乗る事は……」 「シャドームーンの言う通りね」ミシェルだ。 「どういう事だ?」ディープには分からないらしい。 「4階でプライベートエレベーターという看板のかかった部屋があったでしょう? あの部屋に入った時、あっという間にみんな気絶させられたわ……」 「これが、そのエレベーター……」ミシェルの言葉でやっとディープは理解した様だ。 4階にあるプライベートエレベーターはコントロールセンター内に隠されているブルーリボンを持つ者しか乗る事が出来ないのだ。 「昇ってもエレベーターから降りれないんだ。いっそのこと10階まで降りてみようぜ」レタスだった。 だが、誰もそれに応えなかった。いや、半だけは口を開いた。 「……よし、10階だ」 エレベーターを降りると前に通路があり、左右にドアがあった。 「待って! ここは10階ではないわ」ミシェルはデュマピックを唱えて言った。 「らしいな」半だった。 「えっ! 知っていたの?」ミシェルは驚いた。 「5階でエレベーターに乗った時気付いた。エレベーターのボタンが6つしかなかったからな」 「4、5、6、7、8、9。そうか1個たりねェ」ディープが指をおって数えた。 「なるほどな。で、どうする?」シャドームーンが言う。 「進むしかないな。どっちへ行く?」半が全員に訊ねる。 「左」 「前」 「左」 「右」 「やっぱり帰る方法を考えた方が良いわ」ミシェルは10階へ降りるのには反対なのだ。 「考えたって仕方がないよ。戻れないなら進むしかないさ」レタスは、案外あっけらかんとしている。 「レタスの言う通り。俺は右だ。お前は?」半は有無を言わさず、ミシェルに言った。 「お前なんて呼ばないでくださらない? 私は右が良いと思うわ」 「失礼、ドクターミシェル。ふふ、よし右へ行こう」半は微笑した。 ディープは右のドアを開けた。開けると通路があり、そこを道なりに進むとやがてドアに突き当たった。そのドアを開けると4ブロック分の部屋であった。何の事はない、さっき左のドアを開ければここに出たのだ。右の方にそのドアが見える。 1ブロックというのは、だいたい10メートル立方の広さで、それが組合わさってこの迷宮は出来ている。ちなみに迷宮全体は、1フロア20ブロック×20ブロックの広さである。それが10個重なっているのだ。そんな物を造ったワードナのいる10階へ行こうというのだ。 「だけど10階へはどうやって行くんだろう?」レタスが言った。 「階段かエレベーターか、とにかく必ず何かあるはず、くまなく探すんだ」半が言う。 何も無い様に見えたがその部屋には落とし穴があった。 最初、それとは気付かなかったが、その場所に立つと突然床が口を開けた。 6人は10階に落ちた。 6人はついに10階にやって来た。 上を見てもすでに穴は塞がっている。勿論、飛び上がっても肩車をしても届く高さではないが。しかし、6人がそんな高い所から落ちても怪我ひとつ無いのは魔力が働いていたからだ。6人は落ちたというより、むしろ運ばれたといった方が良いだろう。目に見えないエレベーターに乗っている様な感じだったからだ。シュートと呼ばれる魔法である。 通路は前と右に分かれているが、右の通路は1ブロック進んだ所で行き止まりになっているのが見て取れた。 6人の前にワードナのメッセージが見えた。それは左手の壁に掛けられている額の中で、文字の1つ1つが色を変え点滅していた。 「綺麗だな。文は恐ろしいけど」レタスがらしい事を言う。 その文は冒険者への警告である。警告というと聞こえは良いが、早く言えば脅しの様なものだ。 「これはどういう意味かしら?」ミシェルは最後の文を見て言った。 ‘CONTRA-DEXTRA AVENUE’そう書いてある。 「逆の道を行けって事か?」半が言う。 「訳が分からんな??」とディープ。 「きっとこっちに行けって事だろ」レタスが明らかに行き止まりの右の方を指さして言った。 「馬鹿、レタス。そんな訳ないだろ」ディープが絶対にありえない、という口調で言った。 「いや……。ミシェル、やっぱり10階に来て良かったろう?」 「そうみたいね、半」ミシェルの顔にやっと笑みが浮かんだ。 「どうなってんだい???」ディープはまだ分からない様だ。 「ついて来な、ディープ」半の声に全員が行き止まりの方に歩きだした。 「?」 ディープは次の瞬間、やっと理解した。その行き止まりの一角がテレポーターになっている事を。 そして、6人は地上へ戻った。 |