仲見世のいつも以上のにぎわいも 大神達の世界を崩すことはできなかった。
否 大神達の世界を崩すことはできないと思われた
繋がれた大きな掌
繋がれた小さな掌
今はすこしでもこの時間を大事にしたい しかし、そんな時間は…
「お嬢さん。もしかして帝劇のレニさんかい?私ファンなんですわ」
屋台の店主が、大神の肩越しに声をかける。
大神の戸惑いの表情をよそに
「いつも応援ありがとうございます。」
レニはちょこんとお辞儀をして、店主に微笑む
「うわぁあ…なんか幸せですわ。レニさんがウチの店の商品を 身に付けてくれると思うと。
あ〜っすみません デートのお邪魔をして申しわけありませんでした。」
興奮気味な店主は頬を紅潮させ一人あたふたとしゃべくり倒している
幸い屋台に他の客がこないため騒がれることも無く
握手をせがまれたくらいで 大神とレニは開放された。
おまけにと花の種を渡されて。。。
「いい人だったね。」
他の祭り客に騒ぎたてられるかと心配していた大神をよそに
レニは満足げに店を後にしながら大神に言う。
「ちょっとヒヤっとさせられたけどね。」
すこしだけ口元を吊り上げて大神はレニの手をそっと握る。
喧騒の中に出来上がる 2人だけの空間で彼らは微笑み
また歩き出した。店を見る前と変わらぬふたり
ただ1つ 少女の胸に輝く石を除いては。。。
レニは胸元で輝く石を数瞬見つめシャツで隠すように中に入れる
「あれ シャツに入れちゃうの?」
そのしぐさがとても奇妙に見えた大神が問い掛ける。
「うん 今日だけは人に見せたくない気分なんだ、とくに帝劇の皆には。」
少しだけ拗ねたような顔、でもすぐに満足そうな微笑みでレニは大神を見上げる。
「なんだか意味深だね。」
疑問が残る大神だが、レニの微笑みに流されるのを大神は良しとした。
「それにね 肌に伝わる冷たさがとても心地良いだよ。確かにそこにあるって 感じがね。」
そう言って、レニはそっと大神の掌(てのひら)へと手を伸ばす
「確かにそこにある…かぁ。」
差し出された手をそっと包み込む大神も満足げに笑いながら歩き出した。
人ごみの中は少し歩き辛いが、2人を繋ぐ掌(てのひら)が行きたい場所を無言で
示してくれる。大神が無言で誘導するような感覚。
それはレニの錯覚か
それは大神の錯覚か
繋がれた大きな掌
繋がれた小さな掌
そのぬくもりだけで 幸せを感じる。
だから 今は少しでも長くこの時間を大事にしたい。
「あれーー!モギリじゃねぇか」
ものの数歩でその時間は崩れ去った。
その声の主は…
「姓は武田 名はべろむーちょ…って今更いうほどでもないけどなっ…おいコラ!モギリ。」
いつものシャツの上にハッピを羽織った姿の武田が祭り客を誘導しながら大神を呼ぶ。
武田の場所からは 大神の陰に隠れるように位置するレニは見えないためか
気がついた様子はない。
思った以上に人の波が激しく途切れる様子が無いのだが、
武田の周りでは 同じくハッピを羽織った数人が祭り客を誘導している。
そのエリには 【ダンディ団】と刺繍がされていた。
「何でぇ 余裕そうだなぁ。さすがの帝劇さんも浅草の祭りには閑古鳥が鳴くってかぁ モギリ。」
「ははは まぁそんなところです。」
「こっちは ボスの気まぐれで祭り客のお世話だよ。ぼらんちぁぁとか言うらしいなぁ。あぁ〜そういえばモギリなぁ。」
人の波越しに武田はかまうことなく話かけてくる。
大神はレニが一緒であることを隠すべきか、そもそも何故隠すのか迷っていたが、次の瞬間。
「てめぇは!」
もう1つの聞きなれた声とともに武田の頭に拳が降った。
「痛っ〜てぇなぁ 何しやがる!」
話の腰を見事に折られた武田が振り返ると
「お前はまだ モギリなんて呼んでやがんのか!」
武田達とおそろいのハッピ姿のボスはいつになく厳しい顔で武田をどなる。
「いや。別段悪気があるわけじゃないんですよ 親愛の意味をこめてなんですよ。」
「それが悪いこととは言ねぇが、人が大勢の時にはメンツもあるんだよ。」
ダンディと武田の掛け合いをよそに 出て行くタイミングを逃したレニは、
大神の手を握り直す
「あ〜すまなかったなぁ 大神支配人。」
そう言って ダンディは武田の耳を引っ張りながら大神とレニ軽く合図をすると
背を向けて去ってく 武田の悲鳴がか細くなりながら。。。「ヤボなことしようとすんじゃねぇよ!」「あっ〜いてぇいてぇーってボスゥゥウ」
「なんだか挨拶しそこねちゃったね。」
一人取り残されていた形のレニは大神の手を引きながら、
今度はレニが無言で大神を誘導するような状態で、2人はまた歩き出しめる。
掌のぬくもりと
胸に感じる石の質感が
今日だけは2人の秘密
だから、もう少しだけ
・・・今日だけは・・・いつの日か・・・