どうすればいい?


 そんな言葉が頭を駆け巡る。
 何時の間にか、2人の周りに集まっているギャラリーのヒソヒソ声なんて1つも聞こえない。
 今、聞こえるのは、大切な。大事な、目の前に居る人の声だけ。
「レ二」
「隊長は皆の『隊長』だって知ってるけど。でも、やっぱり僕は・・・こうやって一緒に2人だけで
出かけれるのが嬉しいし」
 そう言って、大神の目を見つめていた瞳を、少しだけずらした。
「皆の『隊長』じゃなくて。僕だけの『隊長』だっていうの嬉しい・・・・こんな気持ちは初めてで」
 
 我慢していた。とは、思わない。
 皆と一緒にいる大神を見るのも、皆と笑いあっている大神を見るのもレニは大好きだから。
 幸せそうに笑う大神を見るたびに、ホワン。と胸が暖かくなる。
 でも、少しだけ胸が痛むのも事実で。
 もし。
 もしも。
 ほんの少しでも、大神がレニと同じような気持ちになってくれていたんなら嬉しい。と思う。

「レニ」
 大神は、レニの言葉を遮ると、ゆっくりと。
 ゆっくりと腰を屈めると、レニの華奢な肩に手を置いて・・・・。




『きゃ~~~~~~~~~~!!!!』




 そのくもぐった黄色い声に、大神は思わずずっこけた。それはもう、お約束のように綺麗に。

「な、何だ?」
「隊長」
 困ったようにレニは辺りを目線で追う。その目線を、大神もなぞると。
「・・・・あ、あはは、あははは」
 思わず乾いた笑いをあげた大神に、レニは無表情に問いかける。
「これ」
「気づかなかったな」
 苦笑しつつ大神はレニの肩に手を置いたまま、とりあえず辺りの様子を伺う。
 そうしていると、コソコソと聞こえてくる声に大神は眉を潜め。
 そして、思いっきり脱力した。
(いや・・・いくらなんでも。天下の往来で宣伝は)
 そう思いながら、大神はフゥと溜め息を吐く。何だか、今日は色々と邪魔が入るのが常らしい。
 そう思って、今日1日の事を思い返して。そうしていく内に、苦笑は微笑へと姿を変えた。
「隊長?」
 柔らかな微笑みに、レニは半分驚きつつ大神に声を掛けた。
「あ、ああ。ごめん。ちょっと、今日1日の事を思い出して。そうしたら」
 そこまで言って、言葉を区切った。
 そして、耳を澄ませば。
「ふぅ。本当になぁ」
 再び苦笑を浮かべるしかない。
 この土地は、広そうで狭い。そういう事なのかもしれない。
「・・・・?」
 自分の質問に答えてもらえないままのレニは、それでも大神に答えをせがむわけでもなく、
自分よりも背の高い大神の目を見つめ続けていた。
 何時も大好きだ。と感じる大神の優しい目が、ふわりと柔らかく弧を描いた。
 どこかで、大神の目に似たモノを見た気がする。そんな事をぼんやりと思ってると。
「レニ。今日は、帝劇に帰るまで。俺に攫われてくれるか?」
 大神らしからぬ誘い文句に、レニは今度こそ目を見開いて驚いた。それから、ポンと顔を赤くして
大神に言葉を掛ける。
「え?な、何?隊長!えっと、それって」
「どうやら、お客さんが周りで待ってるようだからね」
 え?と思う暇もなく、大神はレニの手を取ると。
「皆に見つかる前に、どこか別の場所に行こう」
「た、隊長?」
「今日1日くらいは、皆、見逃してくれるだろうし」
 それに。と付け加える。
「どうやら、ここで次回の劇の予告をしてるみたいだからね」
 しかも、駆け落ちの。
「か、駆け落ち!?」
「そう。ほら、早く行こう!皆が来るから」
 そう言ってレニの手を引く大神の目線を辿れば。


 大きく手を振りながら、大神に迫ってくる花組みの姿。
 どうやら、レニの姿は人ごみに紛れて見えてないらしい。


「・・・・行こう!隊長!」
「ああ」
 笑い合って、大神はレニの手を取って。そして、ほんの一瞬だけ花組みの方を振り返ると、
「今日だけは、見逃してくれ!」
 と、大声でお願いをする。
 そして、後は後を振り向かず。そのまま、レニと手を取り合って道を駆け抜けた。
 繋いだ手の温もりが、ほんの少しだけ汗ばんでいたけれど。
 何となく、手を繋ぐのが初めてじゃないのに。初めてのような気がして。
 それが、何となく嬉しくて。
 道を走る2人の顔は、自然と微笑が浮かんでいた。
 柔らかい、まぁるくて暖かい色のオレンジのような。そんな笑顔。



>>>