LITTLE WING
第一幕
アジサイ



梅雨の時期はレニにとって嫌いな時期ではない。
むしろ雨が降っていたほうが最近は調子が良いくらいだと
レニは思う。

 梅雨の時期の不満をあげるとすれば、普段よりも中庭に入れる時間が少ないこと
「外に出たい?」
「クゥーン」
足元のフントは残念そうに外を眺めている。
帝劇の中は広いとはいえ 遊びざかりのフントには少々物足りないらしい

「夕方にはやむだろうから それまでの辛抱だね。」
フントの目線にあわせるように しゃがみこみレニも外を眺める。

パシパシパシッ
アジサイの花が雨をはじく音を楽しむ
そんな時間を過ごすことは今まで無かったことを思い出すと
レニの顔は自然と緩んだ。

 帝劇にくる前には考えもしなかった。
時間の過ごし方も、犬に話し掛けるなんて行為も
特定の人間に時間を割くことも

 以前の自分からみれば非効率的どころか無駄なもの
として切り捨てていたもの。今はそのすべてが
レニにとって大切なものになっていた。

 友人得て、愛する人も得ることができた。
だからこそ ここ数年の心境の変化が怖くもある

あれほど変わらないと感じていた心境が変わったのなら
また以前の自分に戻ることだってありえるからだ。

パシパシパシッ

アジサイの花は雨で色あせることはない。

パシパシパシパシッ

人を大切に思う心は色あせないものなのだろうか

パシパシパシパシッパシパシパシパシッ


「変わらないものなんて無いよね。」
誰に問い掛けたわけでもない
ただフントがレニの手のひらをなめつづける





梅雨の時期はレニにとって嫌いな時期ではない。
むしろ雨が降っていたほうが最近は調子が良いくらいだと
レニは思う。

レニに不満があるとすれば、梅雨のせいではなく
最近の隊長がしばしば姿をくらますことくらいだろう
隊長が外出するのは別に珍しいことではない
だが、それとは別に まるで外出を悟られたくないように
隠れて外出していることだ

加えて言えば、アイリスたちがその理由をしっているのに
レニに隠すことだ。

それはレニにとって大いに不満なことだ。

初めうちは、隊長が隠し事をしていることに不安を
感じていたのだが。

アイリスの
「レニには言えないよ」
一言に不安は不満へと変貌した。

隊長に聞いてみようかと考えていたが
アイリスに口止めまでしているのである
不満が憤怒へと変わりかねないので
最近は雨の中庭をみて気分転換を図っている。



ぱしぱしぱしぱしっ
「隊長のばか。」
「くぅーん?」

隊長が隠れて外出しようが怒る理由にはならない
それを フント相手にぶつけても何の解消にもならない
それはレニにも十分に承知している

ただ言葉に出さなければいられない
誰にも聞かれたくは無いけど 誰かに聞いて欲しい
そんな矛盾がレニをおそう。


ぱしぱしぱしぱしっ


ぱしぱしぱしぱしっ

何に対してこんなにも腹を立てているのだろう
それすらが レニには分からなくなる。

ぱしぱしぱしっ
ぱしぱしぱしぱしぱしっ

アジサイの歌が今日は哀しげにレニに届く。



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