レイヴンは解くことの出来ない見えない赤い糸と、それが繋がった相手リーゼのことで頭がいっぱいになった。
 ぼんやりとそればかり考えてしまい、リーゼやオーガノイド達は首をかしげるばかりだった。
「君おかしいよ? 熱でもあるんじゃない?」
 その様子は、リーゼがそんなことを言うほどだった。
 昼前になって、リーゼが林の木の実を取りに行くと言い出した。
「スペキュラーはレイヴンとここにいて」
 自分についてこようとしたオーガノイドに残るように言う。
 ぼんやりのレイヴンが心配で、シャドーもいるがスペキュラーも側に置いておこうというのだろう。
「すぐに戻ってくるからさ」
 それからそう言うと、林の中に消えて行った。
 レイヴンは、リーゼが遠ざかるにつれて伸びる赤い糸を、ぼんやりと見つめていた。
 赤い糸が繋がっているということは、俺とリーゼは結ばれるということなのか?
 結ばれるというのは、やはり結婚ということか?
 俺はリーゼと結婚するのか?
 確かに今も似たような状態だが、そんなことは他人に決められることじゃない。
 そもそもどうしてこの糸は俺にしか見えないんだ? 
 何か、腹が立ってきたな……。
 レイヴンの戸惑いは徐々に怒りに変わってきていた。
 と、急にぼんやりがシャキっとして、立ち上がった。
 何か害がある訳ではないが、一生赤い糸が結ばれたままでは、それはそれで煩わしい。
 レイヴンは、頭ではダメだとは分かっているのだが、あれこれ試さずにはいられなかった。
 糸を焚き火に垂らしたり、石と石で打ちつけたり、ナイフを突き立てたり……。
 シャドーとスペキュラーには赤い糸は見えないので、何をしているのだろうと顔を見合わせていた。
 結局、案の定というか、レイヴンの試したことは全て徒労に終わり、赤い糸は何もかもすり抜けてしまい、断ち切るどころか傷一つつけることは出来なかった。
 レイヴンのアイデアも底をつき、後はジェノブレイカーの荷電粒子砲でも試そうかという気分になっていた。
「グオ」
「ギュウ」
 と、夢中になっていたレイヴンにオーガノイド達が話しかけてきた。
「どうしたんだ?」
 それにレイヴンが返事を返すと、スペキュラーが林の方を指してギュウギュウ言っている。
 そう言えば、リーゼがまだ戻っていなかった。
 すぐに戻ると言っていたのに、すでに太陽は中天から西に傾いていた。
「あいつ、何をしているんだ……?」
 オーガノイド達にしてみれば、そのセリフはレイヴンに対して言いたかったが、今はそれよりリーゼが心配だ。
「迷った、か?」
 レイヴンが一つの答えを出し、それを口にした。
「ギャウギャウ」
 それを聞くと、スペキュラーがいきなりブースターを噴かした。
 林に飛んで探しに行こうというのだろう。
「待て、スペキュラー! 俺に着いてこい!」
 だが、レイヴンはそれを制止すると、スペキュラーとシャドーを連れて林の中に駆け出した。

 簡単なことだった。
 赤い糸を辿っていけばいい。
 赤い糸は真っ直ぐにリーゼに伸びているはずだ。
 レイヴンは林の中を全力疾走した。
 森の奥の奥。ずいぶんと遠くまで赤い糸は伸びていた。
 どれくらい走ったか。やがて、林の木々が切れる場所に出た。
 赤い糸はその先にも伸びていて、勢い良く走っていたレイヴンは思わず落ちそうになる。
 崖だった。
 崖のギリギリまで木が生えており、気がつかずにその先に進もうとすると真っ逆さまだった。
 だが、ということは、赤い糸がその崖に繋がっているということは、リーゼは……。
 レイヴンは自分の考えを振り払うように、激しくかぶりを振ると崖の下を覗き込んだ。
「リーゼ!」
 思わずその名を呼びながら、下を見下ろす。
「レイヴン? レイヴン!」
 返事が返ってきた。
 崖の側面に突き出た岩棚に、リーゼの姿があった。
「ここだよー!」
 見上げて両手を振ると、一緒になって赤い糸も揺れていた。
「まったく……」
 リーゼが無事だったことに安心すると、険しかった顔がホッと笑顔になる。
 スペキュラーも今度こそ、リーゼを迎えに飛んでいった。
 そして、リーゼがスペキュラーに乗って上がってくると、すぐに飛び降りてそのままの勢いでレイヴンに抱きつく。
「わーん!」
 子供のように泣きじゃくると、ギュウっとレイヴンにしがみついた。
 余程一人で心細かったのだろう。いつもは勝気なリーゼも、レイヴンの腕の中で少女の素顔を見せていた。
 そのリーゼを抱きしめると、抱きしめている自分の手に赤い糸が見えた。
 このままでもいいか……。
 レイヴンは、ふと、そんなことを思っていた。

 木の実を採るのに夢中になり、足を滑らせて崖から落ちたが、運良く岩棚に落下してかすり傷ですんだ。
 と言っても、一人であんな場所に何時間もいたのだ。精神的にも疲労が見られるので、その日は予定を変更し、もう一泊することとなった。

 そして、翌朝。
 レイヴンが目を覚ますと、隣にリーゼの姿がなかった。
 見ると、すでに朝食の用意を始めている。
「早いな」
 いつも自分より遅いリーゼが、早起きして朝食の用意をしていることにレイヴンが少々驚いて言う。
「へへ〜。昨日のお礼に今日は僕のスペシャルメニューなんだ」
 そう言って笑うリーゼに、可愛らしいところもあるもんだと、レイヴンは微笑する。
 自分も起きだし、楽しそうに朝食の用意をするリーゼを見ていると、それに気がついた。
 なかった。なくなっていた。
 リーゼの左手、小指の赤い糸が消えていた。
 慌てて自分の左手も見る。
 やはりなかった。
「消えた……」
 思わず呟く。
 そして、その表情はどこか複雑に見えた。
 煩わしかった赤い糸が、消えてなくなったことに喜びつつも、少し残念な気にもなっていた。
「でもさー」
 そんなレイヴンに、リーゼが話しかける。
「どうして昨日、僕の居場所が分かったんだい?」
 レイヴンは一直線にリーゼの所に向かったと、スペキュラーから聞いていた。
「ああ。赤い糸を辿ったんだ」
 さらっとそう答えた。
「赤い糸……?」
 それにリーゼがキョトンとした顔になる。
 そして、それはすぐに照れ笑いに変わった。
「やだなぁ、レイヴン。君、今すごくキザなこと言ったよ」
 リーゼは、照れながらも嬉しくてたまらないという感じだ。
「え? あ! いや、違う! いや、違わないが……やっぱり違う!!」
 自分はありのままを答えたのだが、赤い糸の見えていなかったリーゼには、今のはキザな告白以外の何ものでもない。
「あははー。照れなくてもいいのに〜。僕、嬉しかったよ」
 柄にもなく、リーゼが頬を染めている。余程嬉しかったらしい。
「い、いや、だから……」
 レイヴンはしどろもどろになるが、赤い糸の見えていなかったリーゼには説明のしようがない。
「レイヴン、だーい好き!」
 そして、レイヴンがあたふたしてる間に、リーゼがレイヴンの胸に飛び込んできた。
「おい!」
 思わずそう言ってみるが、その体を拒むことはしない。
 受け止めたままに、そっと抱きしめる。
 リーゼの感触がレイヴンの体に伝わってきて、それを確かにそこに感じる。
 赤い糸は触ることは出来なかったが、リーゼはいつだって感じることが出来る。
 赤い糸など見えなくても、二人は今繋がっている。
 将来のことは分からないけど、今はこうしていられる。
 そして、この先も、きっと、ずっと…………。



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