熱は下がり、雨は上がった。
 絶好の行楽日和だった。
 だが……。
「何でお前が熱を出すんだ!」
「君が昨日あんなことするから、うつっちゃったんじゃないか!」
 大声を出した後、リーゼがゴホゴホと咳き込む。
「お前が雨になど濡れて来るからだ!」
「仕方ないだろう! 僕だって風邪なんか引いたの生まれて初めてだよ!」
 そう言って、またリーゼはゴホゴホと咳をする。
「まったく」
 俺は呆れて溜息をつく。
 あれほど俺の風邪を治そうとしていたリーゼが、逆に風邪を引いてしまうとは。
 待て。
 風邪なんか引いたのは初めてだよ。
 そう、言ったな。
 俺は、ふとその言葉に引っ掛かりを覚える。
 俺も、記憶が確かなら、昨日生まれて初めて風邪を引いた気がする。
 今までは、風邪など引いても世話をしてくれる人間はいなかった。
 軍にいた頃は軍医がいたが、俺は誰の世話になるのも嫌だった。
 だから、いつも気を張っていた。多少具合が悪いくらいは我慢してきた。
 戦争が終わって、少し気が揺るんでいたのかもしれない。
 そう思ったが、違った。
 戦争は関係なかった。
 気を許せる人間が、今まで側にいたことなんてなかったんだ。
 甘えられる人間なんて、今まで誰もいなかった。
 帰る家もなかった。安心して眠れるベッドなんてなかった。
 俺も、リーゼも。
 だから、か。
「今、薬を用意してやる」
 そんなことを考えて、俺はそう言う。
「昨日のお返しにおかしな水を持ってくる気だろう?」
 リーゼが咳き込みながら、そんなことを言う。
「そんなことはしない」
 真顔で答える。
「じゃあ、口移しで飲ませて」
 リーゼが悪戯に笑った。
「……そうして、ほしいなら」
 少し、照れながら言った。
「え?」
 俺の答えが余程意外だったのか、リーゼが口をポカンと開けて俺を見る。
「してほしいならしてやる」
 今度ははっきり。
「うん! してしてー!」
 リーゼは大喜びした。
 リーゼの世話をするのは、これで2度目。
 だが、あの時とは違った感じがする。
 何故か、リーゼの世話をするのが、楽しいような嬉しいような、そんな気がする。
 リーゼが俺に気を許してくれているのが嬉しい。
「治ったらちゃんと言えよ」
 そう言ってから、俺は薬を口に含みリーゼに口付けした。
 そうでも言っておかないと、リーゼはいつまでも風邪のふりをして俺に甘えていそうだったから。
 それはそれで、悪くはない気もしたが。



戻る   あとがき





ゾイド小説