ひとつ屋根の下



   喉が痛い。
 体もだるい。
 風邪? この俺がか?
 生まれてこのかた病気らしい病気などしたことはなかったのに、よりによってこんな日に風邪なんて。
 戦争が終わって、少し気が緩んでいたのかもしれない。
 明日までに治るだろうか……。

「ゴホゴホッ」
 俺はベッドの上で咳込んだ。
 その度に喉が痛い。
「遅いな……」
 薬を買ってくると言って出て行ったリーゼの帰りが遅くて、思わずそう呟く。
 声を出しても喉が辛かった。
 あまり大きな声は出せそうにない。
 家の中まで聞こえてくる雨音が耳について、顔だけを動かし窓から外を眺める。
 あいつ、ちゃんと傘は持って行ったのか?
 その雨足の強さに、俺は多少気がかりになる。
 ガチャッ。
 と、ドアの開く音がした。
「ひゃー、びしょ濡れだよ〜」
 同時にそう声が聞こえてきた。
 やはり、傘を持たずに出かけていたらしい。
「ただいまぁ」
 その声の後、リーゼが俺の部屋にひょいと顔を出した。
 そして、水滴を滴らせながら、ベッドの側に近寄ってくる。
「薬、買ってきたよ」
 どこか嬉しそうな表情で、リーゼが薬の入った袋を俺に見せる。
 俺は無言でそのリーゼを睨むと、じっとその姿を見つめた。
 まったく、出掛けに雨が降っていなくても、降りだしそうなら傘ぐらい持って出かけるもんだろうに。
 お前まで風邪を引くつもりか。
 俺はそんな非難の視線をリーゼに向ける。
 と、その濡れ鼠のリーゼの格好に気が止まる。
 ずぶ濡れになったシャツが胸にピタリとくっついて、ブラジャーがくっきりと浮かび上がっていた。
 こいつは……。
 そう思いながらも、思わず視線が釘付けになってしまう。
 大きくはないが、緩やかな曲線を描いているふくらみ。
 小ぶりだが、整った形。
 ……俺は、何を、考えている?
 俺はかぶりを振り、釘付けになっている視線をリーゼの胸からそらす。
 今はそんなことを考えている時じゃない。
 それより、その格好で街の中を走ってきたのか? 誰かに見られていないだろうな?
 いや、見られていても当然のような気がする。
 こいつは自分が女だという自覚がないのか?
 どうしてこう無防備なんだ。
「早く、シャワーを浴びてこい」
 俺は喉をかばって、小さくそう言った。
「うん。でも、その前に薬飲みなよ。今用意するからさ」
「後でいい。先に浴びてこい。お前こそ風邪を引くぞ」
 今度は強くそう言うと、リーゼも仕方なくという感じだが頷いた。
「じゃあ、ちょっと浴びてくるね。すぐ出てくるから待ってて」
「いいからゆっくり暖まれ」
 それにまた俺はそう言う。
「君がそんなんじゃなかったら、一緒には入れたのにねぇ」
「早く行け!」
 リーゼがそんなことを言うから、俺は思わず大声を出してしまう。
 悪戯な笑い声と共に俺の部屋から出て行くリーゼの背中を見送ると、俺はまた咳き込んだ。

 浴室のドアが開く音が聞こえた。
「ふ〜、さっぱりした〜」
 リーゼが髪を拭きながら姿を見せ、気持ち良さそうに溜息をついた。
 俺はそのリーゼを見つめ、また視線が釘付けになった。
「さ、薬用意するね」
 リーゼは髪を拭きながら、事もなげにそう言う。
「先に服を着ろ!」
 また、俺は大声を出してしまった。
 と、同時にゴホゴホと咳き込む。
「レイヴン。あんまり大きな声出しちゃだめだよ。喉に悪いよ?」
 誰のせいだと思っているんだ。
 リーゼはバスタオル1枚という格好だった。
 それが胸元で止められ、体を覆っている。
 胸元から太ももの付け根までを、絶妙な大きさのバスタオルがすれすれのところで隠してはいるが、付け根からはすらっとした足がにょきっとのびていた。
 絶妙? すれすれ? また、俺は何を、考えているんだ?
 俺はまた自分の考えを振り払うためにかぶりを振る。
「いつものことじゃないか。いい加減慣れろよ」
 と、リーゼは少し呆れた風にそう言う。
「いつも言っているだろう。風呂から上がったらすぐに服を着ろ。だいたい何でそんな格好で俺の部屋まで来るんだ」
 と、俺もそう言い返した。
「いいじゃないか。別に見られて減るものでもないんだし。それに僕、君に見られるの嬉しいんだけどなぁ」
 それは、俺も嬉しいが……。
 いや、そうじゃなく、お前にそんな格好でウロウロされると、俺は目のやり場に困るんだ。
 まったくいつも風呂上りにバスタオル1枚で。
 俺がどれだけ自分を抑えるのに苦労していると思ってるんだ。
「まったくレイヴンはウブなんだから」
 お前が無頓着すぎるんだ。
「服はちゃんと着るから、先に薬飲んでよ。熱上がったんじゃない? 君顔赤いよ?」
 顔が赤いのは熱のせいじゃない。
「服を着たら飲んでやる」
 お前が服を着れば顔が赤いのも治る。
 そんな俺の非難の視線を受けて、リーゼは渋々服を着ることに同意した。
「じゃあ、僕あれ着よ〜」
 そんなことを言って、リーゼが自分の部屋に消えて行った。
 あれ? もしかしてあれか?
 俺が買ってやった……。



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