らしさ
太正12年7月28日。
楽屋に山積みにされた自分宛のプレゼントを見上げて、さくらは少々興奮気味だった。
この春まで普通の女の子として、仙台の実家で暮らしてきたさくらが帝都に上京し4ヶ月。
帝国歌劇団・花組の女優となって、初めて向かえた誕生日。その女優としての自分に届いたプレゼントの数は、そのまま仙台で暮らしていては、この先決して拝めることの出来ない量であった。
「すごいですね。すごいですよね!これが全部私宛のプレゼントなんですよね!」興奮した調子でさくらは目を潤ませて言った。
「あら、さくらさん。あなた今日お誕生日でしょう?この位の量で驚かないで下さる。わたくしの舞台の初日にはこれと同じ位の量のプレゼントが届きましてよ。それに誕生日でしたら、この倍はプレゼントが届きますわ」半ば呆れた調子ですみれがそのさくらを見下ろして言う。
だが、さくらの耳にはすみれの言葉は届いていないらしく、楽屋の畳に座ったままプレゼントの山から目を放せないでいた。
「まったく・・・」すみれはそう言うと肩を竦め、付き合っていられないという風に楽屋から出て行ってしまった。
「すみれのやつ、羨ましいんだぜ」すみれが出て行った後にカンナが口を開いた。
7月の花組公演は『愛はダイヤ』主演はすみれとカンナだ。
その主役の自分を差し置いて、今回出番のないさくらにたくさんの贈り物が届くのが少々気に触ったのだろう。
「すみれらしいわね。でも、さくらの気持ちも分かるわ。私だって初めてファンの方から頂いたプレゼントは嬉しかったもの」先月の自分の誕生日に届いたプレゼントを思い出しマリアが言う。
「へー、マリアはんでもかいな」と少し意外そうに紅蘭が言った。
「あら、紅蘭。私だってプレゼントは嬉しいのよ」とマリアが少し照れたように微笑む。
「そりゃそうだよ紅蘭。アイリスもプレゼントはとぉっても嬉しいよ」アイリスもそう言って笑った。
「そりゃまあ、そうやな。しかし、さくらはん、さっきからえらいはしゃぎようやな」紅蘭が楽屋の奥でプレゼントの中身を一つ一つ確認しているさくらを見ながら言う。
「さくら、すっごく楽しそうだね」言うとアイリスがさくらの側に近寄って、さくらが開けているプレゼントを覗き込み始めた。
「あらあら、すごい量ね」そこへ、楽屋の扉が開いて、あやめが入ってきた。
「あ、あやめさん。さくらのヤツ、ちょっと興奮気味でよ」楽屋に入って来たあやめにカンナが笑って言う。
「ふふふ、仕方ないわよ。これだけの贈り物を貰ったら誰だって興奮するわ」楽屋の奥で順番にプレゼントを開いているさくらを見て、あやめは微笑した。
そのさくらはさっきから箱を開ける度にはしゃいでいる。
側に来たアイリスにその中身を嬉しそうに見せたりしていた。
すると、ふとさくらが手を止めて、1つの箱をまじまじと見つめた。
「さくら、どうしたの?」それにアイリスが不思議そうに尋ねた。
「これ、あやめさん宛だわ」とさくら。
「え〜、あやめお姉ちゃんにぃ?」とアイリスもその箱に書かれている宛名を見つめた。
見ると確かに宛名のところには“さくら”ではなく“あやめ”と書かれていた。
「あやめさん、これあやめさん宛ですよ」さくらがきょとんとした顔であやめの顔を見ると、そのプレゼントを差し出した。
「あら、私に?」とあやめも多少驚いた風に言うと、さくらからそれを受け取る。
「隊長が間違えたんじゃないのか?」とカンナ。
「でも、どうして役者でもないあやめさんにプレゼントが?」マリアも不思議そうにそう言った。
「ハッピーバースデーって箱に書いてありますけど・・・」とさくらがきょとんとした顔でそう言い、言った後に自分の言葉の意味に気がついた。
「じゃあ、あやめさんも今日がお誕生日なんですか!?」瞬間、驚いた顔に変わりさくらが声を上げた。
「えー、そうなの〜!?」アイリスも驚いてあやめを見ると、他の皆もあやめを見つめた。
「ふふふ、いいえ。あたしの誕生日は31日。明々後日よ」あやめがその皆に微笑んで答える。
「へー、じゃあ、もうすぐじゃねえか。お祝いしねえとな」とカンナ。
「そうね。今日はさくら、明々後日はあやめさんの誕生パーティね。また隊長に張り切ってもらわなくちゃ」とマリアも笑う。
「でも、3日も前やのにもうプレゼントよこすやなんて、せっかちな人もおったもんやね」紅蘭があやめのプレゼントの送り主について言う。
「そういえばそうね」そう言ってあやめは、誰からだろうと差出人の名前を探し、箱に書いてあるその名前を見つけると、少し驚いた風な顔を見せた。
そこでさくらが驚いた声を上げたので、皆そちらに気を取られ、あやめのその表情には気がつかなかった。
「お母様からだわ」さくらが嬉しそうにそう言って、プレゼントの1つを抱きしめていた。
それから、その母親からというプレゼントを開けると、中には淡い桜色のワンピースが入っていた。
「あ」とさくらがそれを見ると小さく声を上げる。
「わー、綺麗」とアイリス。
「へー、洋服とはさくらのお母さんも洒落た物送ってくるじゃないか」カンナも感心した風にそう言った。
この時代、まだまだ女性は和服の方が多く、洋服を着る女性は珍しい。もう3、4年もするとモダンガールと呼ばれる洋装にショートヘアといういでたちが大流行するが、今はまだその時ではなかった。
すみれのような財閥の娘ならともかく、庶民の娘達には和服、長髪が当たり前の時代である。
「あら、さくら。素敵なお洋服じゃない」あやめもそのワンピースを見て微笑んだが、すぐにさくらがあまり喜んでいる風ではないことに気がついた。
その日の夜に行われたさくらの誕生日パーティで、誰もがそのワンピースをさくらが着ると思っていたのだが、さくらは普段の袴姿で現れ、皆をがっかりさせた。