ニューヨーク。午後11時55分。
 コンコン。
「はい」ドアをノックする音に、こんな時間に何だろうと思いつつ、マリアはドアを開けた。
「ルームサービスでございます」そして、そう言って現れたボーイにマリアは少し驚く。
 昔のマリアならいざ知らず、今のマリアをこのニューヨークで尋ねてくる人物といったら花小路伯爵しかいないだろうと思っていた為に、ボーイの存在は意外だったのだ。
「ルームサービス?私は頼んでいないわよ」そのボーイに気を取り直して言う。
「はい、大神様からでございます」言いながらボーイは微笑んだ。
「大神?」マリアは眉をしかめるとボーイの運んできたキャスター付きのテーブルの上に載っている物を見やる。
 そこには氷水に入れて冷やされているワインとそれを飲む為のグラス。その横にはリボンがかかった小さな箱が置いてあった。
 ふむ、とマリアは顎に手を添えて考える仕種を見せると、「ありがとう、運んで頂戴」と声を掛けた。
 あまり良い思い出のないこの街には、自分の命を狙う輩がいるかもしれないし、花小路伯爵を狙う者がまず護衛の自分に何か仕掛けてくるかもしれない、そんな思いがマリアにはあり警戒心が顔を覗かせたが、見たところあやしいところはないようなので、それを部屋に運ばせた。
 何よりボーイが口にした‘大神’という名前が気になった。
「ありがとう」そう言ってボーイにチップを渡すとボーイは礼を言って部屋を出て行った。
 その背中を見送ってからマリアは運ばれてきたワインとその横の小さな箱に目をやる。
 良く見るとそのワインはすでに開封されており、中身もグラス一杯分程度か、減っている。
 それを不思議に思いながら、今度はその横の小さな箱を手に取った。
「本当に隊長からなのかしら?」と思わず呟く。
 用心深いマリアらしい。
 ピーピーピー。
 その箱を開けようとマリアがリボンに手をかけた時、その音が聞こえた。キネマトロンの呼び出し音だ。
 タイミング良く鳴り出したその音にマリアは‘もしや’と思う。
 そして電源を入れたキネマトロンに映ったのは、案の定大神一郎であった。
「誕生日おめでとう、マリア」キネマトロンに大神の顔が映るとまずそう聞こえてきた。
「隊長」マリアが驚きの声を上げる。
「良かった。ちゃんとプレゼントは届いたようだね」大神がマリアが手に持っているその小さな箱をキネマトロン越しに確認すると、ホッとした表情で言う。
「これはやはり隊長が?」とマリア。
「ああ、誕生日プレゼントさ。受け取ってくれるかい?」
「ええ、勿論です。ありがとうございます、隊長」
「こんな時間に通信したりしてごめん。まだ寝ていなかったかい?」
「ええ、大丈夫です。隊長こそお仕事の方は大丈夫なんですか?」
「ん、ああ、大丈夫さ。それに1番にマリアにおめでとうを言いたかったんだ」
 大神の言葉にマリアが部屋にある置き時計を見る。その針は丁度午前0時をさしていた。
 日付は6月18日から6月19日に変わったところだ。
 そこでマリアはさくら達が通信してきた時に、なぜ大神がいなかったのかを悟った。
 日本とニューヨークでは時差が14時間ある。あの時点ではニューヨークはまだ18日。日本ではとっくに19日、マリアの誕生日を迎えていたが、おめでとうを言うならマリアのいるニューヨークの時間に合わせようと大神は思ったのだろう。
「隊長、ありがとうございます」マリアは心からの言葉を口にした。
「?」そして大神の服装に気がつく。
「隊長、その格好は?」
「折角の誕生日だからね。キネマトロン越しのデートも良いものだろう?」
「隊長・・・」どうしてこの人の言葉はいつもいつも心に響くのだろう、マリアはそう思った。
「マリア。その箱を開けて、・・・見せてくれないか?」不意に大神が言った。
「え、あ、はい」と手に持っている小さな箱のことを思い出し、マリアはそのリボンを解いた。
 リボンを解き箱を開けると、中には小さなパールがはめられたイヤリングが入っていた。
 マリアはそれを取り出すと、チラとキネマトロンに映る大神の顔を見る。
 それに大神が頷くと、マリアはそれを嬉しそうに着けて見せた。
「どうですか?隊長」少し照れたようにマリアが言う。
「良く似合ってるよ、マリア。とても綺麗だ」一拍間を置いて、まじまじとマリアを見つめてから大神が口を開いた。
 全くこの人は臆面もなく良くそんな歯の浮いたセリフを言えるものだ、とマリアは時々感心する。と同時にそういうセリフを言われたことがあるのは自分だけなのだと嬉しく思ったりもする。
「さあ、マリア。乾杯しよう」言うと大神はマリアにワインの入ったグラスを見せた。
「え、そのグラス?」マリアがそのグラスを見て驚く。さっきボーイが運んできた物の中にあったグラスと同じ物だったからだ。
「どうせなら同じグラス、同じワインで乾杯したかったから」
「え、じゃあ」とマリアはまた驚いた。
 さっき運ばれてきたワインが少し減っていたことの理由がそこにあったからだ。
 マリアの誕生日に合わせて、プレゼントと共にワインとグラスもホテル宛に送ってよこしたのだ。そして、丁度日付が変わる頃にルームサービスで運ばせるように頼んだ。
「隊長、あなたは演出家として十分やっていけますよ」マリアはそこまでする大神にそんなことを言う。
 そして、冷えたワインをグラスに注ぐ。
「じゃ、乾杯」
「乾杯」
 2人がそう言ってキネマトロンの画面にチンっとグラスを当てる。
 そして、それを飲み干すと笑い合った。

 銀座。午後3時。
 再びモギリ服に着替えると、大神はそっと自分の部屋から出る。
「あー、お兄ちゃん!」といきなりそう声が聞こえた。
「アイリス」大神がその声の主を見つけると思わずその名を呼ぶ。
「大神さん、どこ行ってたんですか!?」そのアイリスの隣りにはさくらの姿もあった。
「あ、いや、マリアのプレゼントを倉庫に運んでたんだよ」慌てて大神が言う。
「その前ですよ。折角マリアさんに一緒におめでとうを言おうと思ってたのに」
「そうだよ、お兄ちゃん。マリアだってお兄ちゃんのこと気にしてたんだからぁ」
「え、そうなのかい?」と大神がそれを聞いてちょっぴり嬉しそうな顔をするから、さくらはじと目になった。
「大神さん、まさか1人でマリアさんと通信してたんじゃないでしょうね?」じと目のさくらが大神に詰め寄る。
「え、あ、いや、そんなことはないよ」そのさくらに大神がどもりながら言うと、
「あ!大神さん何だかお酒の匂いがします!」とさくらが声を上げた。
「あ!」と大神は思わず口を押さえる。
「お兄ちゃん、昼間からお酒なんか飲んでたのぉ!」さくらのセリフに眉を吊り上げてアイリスも言う。
「いや、そういう分けじゃなくて。あの・・・」
「言い訳無用です!」言うとさくらはプイッとそっぽを向いて行ってしまった。
「アイリスお兄ちゃんのこと見損なったよ」とアイリスもさくらを追い掛けた。
「ああ〜、待ってくれ。さくら君、アイリス〜」顔を赤くしながらそう言う大神の言葉はもう2人には届いていなかった。

 ニューヨーク。午前1時。
 いまだ残っているワインをグラスに注ぐ。
 幸せの余韻にひたるようにそれを飲み干すと、マリアは小さく笑みをこぼした。
 今年の誕生日も大神は側にはいないが、マリアはそれでも嬉しかった。
 離れていて初めて気付く強い想いというものを感じられたからだ。
「来年は一緒に・・・」ふと言いかけてマリアは口をつぐんだ。
 帝撃の隊員である以上明日何が起こるか分からない。今はこの幸せを大切にしよう。そう思ったからだ。
 ふと、耳につけられた大神からのプレゼントをそっと揺らしてみる。
 耳元で揺れるそれが小さくチキチキと音を立て、大神の囁きのように優しくマリアの鼓膜をくすぐった。
「ハッピーバースデーマリア」そう言っているように・・・。



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