サロン。そのテーブルにすみれと大神の姿はあった。
 大神のティーカップにすみれがティーポットの中の最後の一滴を注ぐ。
「ゴールデンドロップって言うんだっけ?」それを見ながら大神が口を開いた。
「あ〜ら、少尉。良くご存知ですこと」大神の言葉を聞くと、口元に手を当ててすみれが嬉しそうに笑った。
 それを見て大神が微笑むと、その色と香りを楽しんだ後ティーカップに口をつけた。
「おいしい」そして感想を言う。
「そうでしょう、そうでしょうとも」その大神の言葉に、すみれは嬉しそうに言った。
「やっぱりすみれ君の紅茶はピカイチだね」言うと大神はティーカップを受け皿に戻す。
「当然ですわ」またすみれが口元に手を当てて笑うと、それを見つめ大神が話掛けてきた。
「ところで『蛇女火炎地獄』好評みたいだね」
「え?ええ、それはもう。このわたくしが主役なのですから」とまたすみれが高笑い。
「でも、もう1人の主役、カンナがいてこそのすみれ君だろう?」
「そ、それはまあ、お芝居は1人じゃ出来ませんから。あんなカンナさんでもわたくしの引き立て役くらいにはなって頂きませんと・・・」そこまで言ってすみれは、大神が一口目を飲んだだけでその後ティーカップに口をつけていないことに気がついた。
「でも、やっぱりすみれ君とカンナの掛け合いは面白いよね。他の花組のメンバーには真似の出来ないコンビだよ」大神は尚も話を続ける。
「はあ、そうですわね。確かにわたくしもカンナさんが相手でないと思い切り立ち回れないとは思いますけど・・・」大神が何を言いたいのか計りかねながらも、すみれは言葉を繋ぐ。
「すみれ君1人でも十分魅力的だけと、カンナや他の共演者と絡んだ時にはまた違う魅力があるものだよね」
「はあ・・・」
「じゃあ、例えばすみれ君と親方が共演したりしたら面白くないかな〜?」と大神が突拍子もないことを言い出した。
「はあ〜??親方ってあのつるつるのハチマキのことですの??」すみれもそれに眉をひそめる。
「ああ」と笑顔で大神。
「少尉!?さっきから何をおっしゃりたいんですの?親方は裏方さん。わたくしは花組のトップスタアですのよ。それを共演だなんて、お話になりませんわ!」流石にすみれもこれには腹を立て、大きな声を出した。

 その頃事務室では、かすみの入れたお茶を飲みながら、あやめが大神と同じ様にかすみを相手に『蛇女火炎地獄』の話をしていた。
「あの、あやめさん。言いたい事があるのならはっきりおっしゃって下さい。それとも親方がすみれさんと共演だなんておかしな話をする為にここに見えたんですか?」かすみはさっきから要領の得ないあやめの話に、たまりかねてそう聞いていた。
「あら、かすみ。親方が舞台に立っちゃおかしいかしら?」と平然な顔であやめが言う。
「おかしいです。親方は裏方さんなんですよ。裏方さんには裏方さんの領分ってものがあるんですから」それに少し興奮気味のかすみが答えた。
「そう?そうよねぇ。なんだ、分かってるじゃない、かすみ」とあやめはかすみの言葉に笑みをもらす。
「は?あの、あやめさん?」かすみは訳が分からないという風に言う。
「お茶だってそれと同じよね?」とあやめが言った。
 そこでやっとかすみはあやめの真意を悟った。
「それは・・・」かすみは言葉がなかった。
 あやめの言うことは最もだった。すみれ1人でもスタアとして輝いている。花組と共演することによって更にすみれの存在が強くなったり、あるいは他の花組のメンバーを際立たせたりするだろう。ところが畑違いの親方が舞台に立ったとしてもそこに芝居など成り立ちはしない。逆にすみれにも裏方の仕事は出来ないはずだ。
 それと同じ様に日本茶には日本茶の良さがある。白いご飯を食べる時やおやつにお煎餅を食べる時はとても良く合うだろう。だが、ケーキと日本茶は合わない。逆に紅茶は白いご飯やお煎餅とは合わないが、ケーキにはとても良く合うだろう。
「あなただって本当は少し意地になりすぎたって思ってるんでしょう?」あやめは言うと優しく微笑んだ。

「それは分かりますわ。紅茶には紅茶の。日本茶には日本茶の良いところがある。少尉はそうおっしゃりたいんでしょう?でも・・・」言うとすみれは目を伏せた。
「でも、すみれ君にとっては紅茶が最高の飲み物だから日本茶を認めてはいるんだけど、日本茶を最高とは思えない。だからかすみ君とも喧嘩になってしまった。そうなんだろう?」そのすみれに優しく大神が言う。
「少尉・・・」大神に図星をつかれ、すみれは顔を上げるとその大神の顔をせつなげな瞳で見つめた。
「それで良いんじゃないかな」と大神。
「え?」とすみれが驚いた。
「すみれ君のファンにとっては、すみれ君は最高のスタアなんだよ。カンナも可愛いと思うんだけどやっぱりすみれ君にはかなわない。でも、カンナのファンにとってはカンナが最高。そういうことだろう?」大神は話を続けた。

「分かりました、あやめさん。確かに私も意地になってしまったとは気づいてたんです」かすみが言うとあやめに頭を下げる。
「かすみ。頭を下げる相手が違うわよ」そしてあやめはそのかすみに微笑んだ。
 ガチャ。
「かすみお姉ちゃーん」そこへ元気良くアイリスが飛び込んで来た。
「あら、アイリス。どうしたの?」それにかすみではなく、あやめが声を掛ける。
「あ、あやめお姉ちゃんもいたんだ。あのね〜、紅蘭におせんべいもらっちゃったの。それでね、かすみお姉ちゃんのお茶を飲みながら食べたいな〜って」そしてえへへと笑う。
「だそうよ、かすみ」あやめがかすみに笑顔でそう言った。
「はい、分かりました。やっぱりお煎餅にはお茶が合いますものね」とかすみはそこで笑顔を見せ、アイリスの為にお茶の用意を始めた。
「わーい」アイリスが喜ぶと、かすみもあやめも声を出して笑った。

「分かりましたわ、少尉。確かにわたくしも意地になってしまったところがあるのは認めますわ。でも・・・」とまだすみれは不服そうな顔を見せた。
「でも、なんだい?」それに大神は優しく聞く。
「わたくしのファンはカンナさんのことを可愛いだなんて思ってはいないと思いますわ」それにすみれがすねた様にそう言い、その後すぐに恥ずかしそうな笑顔を大神に見せた。
 そして、2人はくすくすと笑い合った。
「あ、何だか楽しそうですね」そこへケーキの箱を持った由里が現れた。
「やあ、由里君。・・・何を持ってるんだい?」大神がその由里が手に持っている箱に目をやった。
「今日休憩に頂こうと思ってケーキを買ってきたんですよ」と由里が目を輝かせる。
「ケーキ・・・。じゃあ、お紅茶を入れて差し上げましてよ」不意にすみれが由里にそう言った。
「流石すみれさん。話が早いわ〜」と由里が手放しで喜ぶと、
「やはり、ケーキにはお紅茶ですものね」とすみれが笑顔を見せた。
 それに大神も微笑むと、由里も一緒になって3人は声を出して笑った。

 その後、どちらからともなくすみれとかすみはお互いにお詫びの言葉を言い合うと、いつもの仲の良い2人に戻った。
 数日後。サロンでかすみがすみれに紅茶を入れてもらい、すみれのお気に入りのウェッド・エッジのティーカップでその紅茶を飲んでいた。
 一方、すみれはかすみに日本茶を入れてもらい、かすみ愛用の笠間焼の湯呑でそれを飲んでいる。
 その2人の姿を少し離れたところから大神とあやめが見ていた。
「大神君。今から私の部屋に来ない?」不意にあやめが大神を誘った。
「え?何です、あやめさん?」大神がそれにそう聞くと、
「久しぶりにお茶を立ててあげるわ」あやめがそう言って微笑んで、
「はい。是非ご馳走になります」大神も笑顔でそう答えていた。
 笑顔で迎える最高のティータイムだった。



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