その日も夜中まで実験は繰り返された。しかし、良い結果は出ないままその日の作業は中断された。
人気のなくなった工房に紅蘭は1人たたずんでいた。
「ごめんな。はよう動けるようにしてやりたいんやけど、どうもうまくいかんのや。けど、必ず動かしてみせるさかいもう少し待っとってな」新型霊子甲冑に向かって紅蘭はそう呟いていた。
独り言ではない。自分の子供に話し掛けるように、或いは友達に話し掛けるように、生きているものと話す様に紅蘭は接していた。
紅蘭にとって機械は友達なのだ。
そんな紅蘭の姿をあやめが見つめていた。見まわりの最中にその姿を見つけたのだ。
“紅蘭。あなたの気持ちは機械にも通じているかもしれないわね”あやめはその紅蘭の姿を見て、そう思った。
花やしき支部には、帝劇と同じく紅蘭の部屋が用意されている。
花組結成当時、光武の開発や轟雷号、翔鯨丸の調整の為、紅蘭は出向という形で花やしき支部に配属されていた。紅蘭が花やしき支部を去ってからも、紅蘭の気さくで誰にでも好かれる性格から紅蘭の部屋はそのままに残されていた。いつでも帰って来てくれて良い、歓迎する、という意味がそこにはある。
この新型霊子甲冑の開発の為に、紅蘭が花やしき支部に戻って来た時、自分の部屋が昔のまま残っているのを見て、紅蘭はそれをひどく喜んだ。
紅蘭にとって花やしき支部は帝劇と並ぶもう1つの自分の家といっても良い場所だった。
工房から戻った後、その自分の部屋で紅蘭は、机に向かってある作業をしていた。
紅蘭の手の中にあるのは懐中時計。それを分解しては組み立てていく。
父の形見。4歳の時初めて目にし、父の前で分解し、そして組み立てて見せた。
少女の頃、趙家で仕様人同然の生活を強いられていた時も分解と組み立てを繰り返していた。そうする事によって昼間のつらい仕事も忘れられたからだ。
だが、今の紅蘭は昼間の仕事のつらさを忘れる為にその作業をしているのではない。
むしろその逆。思い通りいかない開発と実験の繰り返し、その中で生まれる焦燥感と絶望の気持ち。それを打ち消す為にその作業を繰り返していた。
自分は機械が好き。そして今好きなだけ機械いじりが出来る。その喜びと楽しさを再確認する為に。
「あは」組み立て終わった懐中時計を見て無邪気に紅蘭は微笑んだ。
「明日もがんばりまひょか」そして呟いた。
次の日もその次の日も、紅蘭やあやめ、技師達は開発と実験を繰り返した。
そして失敗。また失敗。
日が経つにつれ焦りの色が濃くなり、疲れが溜まっていくのが誰の目にも分かった。
そんなある日。
「これいったい何個目やろ」何個目かの複合型霊子動力増幅器を新型霊子甲冑に取り付けながら、冗談混じりに紅蘭が呟やくが、技師達は誰も笑わなかった。
冗談に笑えなくなるほど疲労は蓄積されてきているのだ。
そんな状況を見て紅蘭も霊子甲冑の中のあやめも色をなくす。
技師達の疲労はピークに達している。ここで開発を始めてもうすぐ3週間。その間、技師達も紅蘭と同じく休みらしい休みも取らず働きづめなのだ。今ですらすでに気力だけで動いている状態である。せめて成功の兆しでも見えなければいい加減精神が参ってしまうだろう。
「ほな、いきまひょか」取り付けを完了し紅蘭があやめに声を掛けた。
「ええ」それにあやめが頷くと霊子力エンジンを起動させた。
ブルン、ブルルン。ドッドッドッドッ。
エンジンが起動して蒸気音が工房内に響く。
紅蘭はそれを確認すると工房から隣りの部屋に移動する。
「とっと」と足元に転がっていた工具に紅蘭が躓いてよろけた。
普段なら何ということはない、すぐに体勢を整える事が出来ただろう。が、連日の疲労は何でもない動作すら困難にさせた。
紅蘭はそのままふらふらと2、3歩よろめくと、壁際でドシンとしりもちをついた。
「いたたた」紅蘭が小さくそう言って腰を撫でているところへ技師の1人が叫んだ。
「危ない!」
その声に紅蘭がハッとする。
壁際に立て掛けてあったシルスウス鋼の板がゆっくりと紅蘭めがけて倒れてくる。
咄嗟に立ち上がろうとするが、思うように体が動かない。
「紅蘭!」あやめが霊子甲冑の中から叫んだ。
そして咄嗟に霊子甲冑を操り、その板を押さえようとする。が、とても間に合う距離ではない。
「くっ」紅蘭が息を呑み目を閉じる。
バシュ!バシュ!バシュ!バシュ!
4回その音は聞こえた。
ガキッ。
続いて金属と金属が触れ合う音。
そして、再び静寂。
そっ、と紅蘭が目を開ける。
「!」そして紅蘭はそれを見て、目を疑う。
紅蘭だけではない。あやめも、そして技師達も。
そこにはシルスウス鋼の板を支える4体のロボットの姿があった。
緑、赤、青、白の4つの機体。各々が何か幻獣のような姿をしている。
「聖獣ロボ!」紅蘭がその名を呼んだ。
「聖獣ロボ?」あやめがその紅蘭の言葉を繰り返す。
「あやめはん、ありがとう。ようやってくれたわ」と紅蘭があやめに礼を言った。
「え、何の事?私は何もしていないわよ」霊子甲冑の乗り込み口を開けて顔を出したあやめは、きょとんとして言う。
「何言ってますの?あやめはんが聖獣ロボを使ってウチを助けてくれはったんやろ?」
「私は何もしていないわよ」あやめは本当に訳が分からないようだ。
「そんなアホな。そしたら勝手にこのコらが出て来たいうんかいな・・・。ん、待てよ?」独り言の様に紅蘭が呟くと、何かに気付き首を傾げる。
「このコらが出て来るんには、相当な霊子力エネルギーが必要なはずや。てことは、複合型霊子動力増幅器が正常に動いたっちゅうことや!やったであやめはん、みんな!」紅蘭の表情がパッと明るくなった。
「やったー」
「ついに完成ですね!」
「おめでとう、紅蘭さん」
技師達が喜びの声を上げた。
「みんなホンマようやってくれたわ。ありがとう」うすら涙を浮かべ紅蘭が笑って見せた。
技師達が紅蘭に駆け寄って喜び合う。紅蘭も嬉しそうだ。
それをあやめは笑顔で見つめながら思った。
“でも、私は本当に聖獣ロボを作動させていないわ・・・。もしかしたら、紅蘭の霊力に聖獣ロボが感応して・・・”あやめはそう推測する。
だがこの前の夜、工房で見た紅蘭の姿を思い出すと、そうではない、他の理由のような気がした。
“機械と友達の様に接する事の出来る紅蘭。きっとその友達が自分の意思で紅蘭を救ってくれたんだわ”あやめはそう思った。
「行くでぇ!これが科学の力や!!聖獣ロボー!!!」紅蘭の叫び声と共に神武と名付けられた新型霊子甲冑から4体の小型ロボットが飛び出した。
それが降魔・猪の操る魔操機兵、火輪不動を取り囲む。そして粉砕!
火輪不動が轟音と共に爆発した。
神武の中、紅蘭は満面の笑みを見せる。紅蘭にとって神武は掛け替えのない仲間となった。
花組やあやめ、花やしき支部の技師達と共に。