売店には春公演の関連グッズが大量に入荷しており、ブロマイドやポスター、パンフレット等様々な物が箱に入ってドカッと積まれていた。
「これは大変だね」大神がその商品の山を見つめながら、椿に言う。
「すいません、大神さん。私の仕事なのに手伝ってもらっちゃって」それに椿が少し申し訳なさそうにそう返した。
「困った時はお互い様さ」大神が笑顔で言って、2人は笑いあうと商品の整理を始めた。
“そういえば、今日はエイプリルフールだったわ”と椿がてきぱきと手を動かしつつも、そう思った。
“忙しいのに手伝ってもらってるんだし、何か面白い嘘でも言って笑わせてあげよう”と椿は考えた。
椿らしい心遣い。しかし、タイミングが悪い。
「大神さん。実は私、今秘密任務の真っ最中なんです」椿が側にいる大神に声を掛けた。
「えっ!秘密任務!?」その言葉に大神が、荷物整理の手を止めて椿の顔を見た。
「ええ、本当は秘密なんですけど、大神さんにだけは教えちゃいますね」椿が微笑みながら話し始める。
「実は、今帝劇にいる米田支配人は偽者かもしれないんです」椿は小声で大神の耳元で話し始めた。
「いいっ!偽者!?」相変わらず大きなリアクションで大神が驚く。
「はい。私はそれを見張る役目なんですよ」椿は少し笑いを堪えるかのように口元を歪ませながら言った。
「それって確かなのかい?」大神が椿に確認する。
「それを確める為に見張ってるんですよぅ」椿が笑顔でそう返した。
こういう話なら普通神妙な顔つきになるだろうに、椿の笑顔を見ても嘘だと気付かない大神。帝劇の仲間を信頼しきっているのか?人が良いのも程ほどに。
「その情報はどこから・・・?」椿の言うことをすっかり鵜呑みにした大神がまた質問した。
「そ、それはまだ言えません」ちょっとだけ大神の突っ込みにドキッとしながら椿が答える。
“大神さん。ホントに信じちゃったのかしら?すぐにばれる嘘をついたつもりだったんだけど・・・”人の良い椿は、大神が全く疑っていない事に驚きつつも信頼されているんだな、と少し嬉しくもあった。
当の大神は今までかすみ、由里、椿に聞いてきた話を総合して、ある仮説を立てていた。
椿の言う通り米田が偽者だとすると、由里の話から考えてツノのある者、つまり降魔の変身した姿。そしてそのツノを隠す為には常に酒を飲んでいなくてはならない。
1人1人がついた些細な嘘が、大神の中で見事に融合し大神はとんだ勘違いをしてしまっていた。そこへ・・・。
「おう、今帰ぇったぞ」と声が聞こえた。
陸軍にかえでと共に、用事で出かけていた米田が帰ってきたのだ。
「支配人」椿がその声を聞いてドキッとする。
早く大神に今のは冗談だと言わなければ。
同じ頃、かすみと由里もやはり米田が帰って来る前に大神に本当の事を言っておいた方が良いと、2人とも売店に向かっていた。
「米田支配人。あなたは本当に米田支配人なのですか?」大神が米田の姿を見つけるとすぐさまそう聞いた。
大神の中では、もう目の前の米田は降魔が変身した偽者になっているのだ。
「大神くん?」米田の横のかえでが、その大神に首を傾げた。
「かえでさん!離れて!」大神がいつもの凛々しい顔つきになり、かえでに叫んだ。
「おいおい、どうした大神?」米田も怪訝な顔をする。
「黙れ、偽者め!本物の米田支配人をどこへやった!?」大神はすっかり臨戦体制で米田を睨み付ける。
「なんだとこの野郎!」米田が怒る。そりゃ怒るよ。
「お、大神さん!」椿が大神の後ろから声を掛けたが、大神の耳には届かない。
いつの間にか、かすみと由里の姿も見えた。大神の姿を見ておろおろしている。
かえでがその3人娘の様子に気がつく。
“はは〜ん。大神くんあの娘達に騙されたのね。ホントしょうのないコね”かえではそう思うと苦笑いをする。
「大神くん、今日何の日だか知ってる?」苦笑いのままにかえでが大神に聞いた。
「え?」不意のかえでの質問に大神が不思議そうな顔をする。
「今日はエイプリルフールよ」
「エイプリルフール?なんですそれ?」きょとんとする大神。
「やっぱり知らなかったのね。今日は年に一度嘘をついても良い日なのよ」いまだ苦笑いのかえで。
「え?嘘をついても良い日ですか?」そこで大神はハッとする。
元来察しは良い方なのだが、思いこんだら一直線なところもあり、3人娘の嘘を自分は真に受けてしまっていたと、ようやく気がついた。
「え!じゃあ、俺は!?」また大神は驚いた。
そして振り返ると申し訳なさそうなかすみ、由里、椿の3人。
「すぐに冗談だって言おうと思ってたんですけど・・・」とかすみ。
「まさか、大神さん本気にするとは思わなくって・・・」と由里。
「そうなんです〜。こんなに簡単に騙されるなんて思わなくて・・・」椿だ。
「そ、そんな〜」3人のセリフに大神は情けない声を出した。
「で、大神。俺が降魔だって?」苦虫を噛み潰したような顔の米田がボソッと呟いた。その目には異様な光が宿っている。
「いいっ!支配人それはその・・・」その眼光に悪寒を感じ、うろたえる大神。
「おめぇーら、俺がいない間にくだらねぇことやってねぇで、さっさと仕事しねぇかぁ!」ある意味降魔より怖い米田の雷が落ちた。
「はいっ!」
「すみませ〜ん」
「ごめんなさ〜い」
3人娘が小犬の様に可愛くうなだれる。
「うわぁ〜、すいませ〜ん」大神も謝りながら米田のその怒りの形相を見て、やはり米田にはツノがある、そう思い今日1日は誰の言うことも信じないと心に誓うのであった。
その後、4月1日は米田の誕生日でもあると花組に聞かされて、パーティをしようと持ち掛けられたが、騙される事に懲りた大神はそれを信じず、1人だけパーティに参加せずに部屋に閉じこもってしまった。
翌日、昨日は本当に米田の誕生日だったと知り、また米田に平謝りをする大神一郎であった。