チョコの話



  「織姫。おはよう」
「あらレニ。おはようでーす」
「……それ何?」
「これですか〜? ふふん。今から明日の準備をするんでーす」
「明日? 明日何かあるの?」
「レニ、明日が何の日だか知らないのですか〜?」
「え? 演習の予定でもあったっけ?」
「ふう〜。レ〜ニ、明日はバレンタインデーでーす」
「なんだ。それなら知ってる。ボクには関係ない」
「レーニ。関係なくはないでしょうー? あなたもしかして、少尉さんにチョコレート渡さない気ですかー!?」
「え? 渡さなくちゃダメなの?」
「当然でーす。レニは女の子にとってバレンタインがどういう日なのか分かっていないでーす」
「そうかな……? 織姫は、隊長にチョコレートあげるの?」
「少尉さんにですかー? あの人はついででーすね。わたしはパパのために作るです」
「ふーん。……でも、誰が決めたかも分からない風習にしたがう気にはなれない」
「まったく、レニらしいですねー。でも、誰がいつ決めたかなんてこの際どうだっていいんです。これはその誰かが折角くれたチャンスなんですよ〜。いつも言えないこともこの日になら堂々と言えるでしょう?」
「別にボクには言いたいことも言えないこともないよ」
「本当にそうですか〜? レニ、あなたまだ少尉さんに気持ちを伝えてないんじゃないでーすか?」
「何の気持ち?」
「レニは少尉さんのこと好きなんでしょうー?」
「ボクは織姫のことも好きだよ。アイリスや花組のみんなも。フントだって……」
「ノンノンノン。それとこれとは同じ好きでも月とクーポンでーす」
「それを言うならスッポン、だよ」
「それはともかく、明日はバレンタインデー。女の子が好きな男性に想いを打ち明ける日なんでーす。レニってばなかなか自分のことを口にしない性格ですからこれはいい機会です。明日はレニの想いを込めたチョコレートを少尉さんに渡すです。いいですね?」
「織姫、相変わらず早口だね」
「ちょっとレーニ聞いてるですか? まったく、レニの方こそ馬の耳に餞別でーす」
「それを言うなら念仏」
「コホン。とにかく、私が教えてあげますから、今から厨房でチョコレート作るです」
「今から?」
「そうです。善は急げです」
「それは……合ってるね」

「それじゃあ、レニでも作れるように簡単なカントリークッキーを教えるです」
「……その割には、始めから材料が用意されてるね」
「ギク。き、気のせいです。こんなこともあろうかと、最初からカントリークッキーにするつもりだったんです」
「ギク?」
「…………わたしも、ホントはあんまりお菓子作り得意じゃないんです」
「ふふ。でも、チョコじゃなくてクッキーなの?」
「カントリークッキーはチョコ味が定番なんです」
「そうか。分かった」
「じゃあ、まずこのチョコレートを湯煎するです。はい、これはレニの分」
「溶かすんだね」
「焦がさないでくださいねー」
「うん。でも、どうして市販のものじゃなくて手作りのチョコレートなの?」
「レニ、本当に分からないのですか?」
「うん」
「しょうがないお姫様ですね〜。いいですか〜? レニは少尉さんのことが好きなんです」
「織姫のこともね」
「シャーラップ。今は男性の話をしているんです」
「男の人は特別なの?」
「当たり前でーす。レニは少尉さんと2人でいても、ドキドキしたりしないのですか〜?」
「ん、それは、……するかもしれない」
「それが、好きってことです」
「そうなの?」
「そうでーす」
「それっていいこと?」
「いいに決まってまーす。恋は女を美しくします。わたし達女優はもっと恋をするべきなんでーす」
「恋?」
「好きになることです」
「でも、ボク男役だし」
「そんなこと関係ないです。大体クリスマス公演では聖母様やったではありませんか? あれは女役です」
「それは、そうだけど……」
「それにずっと帝劇で芝居を続けるとは限らないです。またヨーロッパの舞台に立つことがあるかもしれないじゃないですか? 男役なんて発想は日本だけのものです」
「え、織姫は帝劇をやめちゃうの?」
「あなたがやめるんです」
「ボクはやめないよ」
「きー、どうしてそう分からず屋なんですかー!?」
「訳が分からないのは織姫の方だよ」
「ふう〜、レ〜ニ。そろそろ湯煎はいいですから、次に行きましょう」
「了解」



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