音楽室のドアの前に立つと、ピアノの大きな音が大神の耳に飛び込んきた。それと一緒に、その音に負けないくらい張りのある澄んだ歌声も聞こえてくる。
 織姫のピアノに合わせて、レニとアイリスがその喉を振るわせているのだ。
 そのあまりの綺麗な音楽と歌に、大神は一瞬その場で聴き入ったほどだ。
 しばらくそこで立ちつくしてから、大神は部屋に入ろうとドアノブに手をかけた。
 練習の邪魔になってはいけないと、静かにドアを開けて中に入る。
 部屋に入るといっそう織姫のピアノの音が響き、レニとアイリスの声も耳に心地良かった。
 3人とも大神が部屋に入ったことに気づいているのかいないのか、そのまま練習を続け、大神もそれを静かに聞いていた。
 レニとアイリスは大神から見てピアノの向こう側に位置しており、ついでに譜面置きまで邪魔をして、はっきりと姿が見えない。
 レニは顔だけ覗かせているが、アイリスはわずかに大きなリボンがチラリと見えているだけだった。
 ピアノを弾いている織姫の横顔は真剣そのもので、普段天才には練習なんて必要ないと言っているだけあって、その様は優雅ですらあった。
 レニの歌っている時の顔を間近で見てみたいとも思ったが、ウロウロして気を散らせては悪いと、我慢してその場でおとなしくしていた。
 やがて曲が終わると、パチパチパチと大神が笑顔で手を叩く。
 それで、やっと3人は大神の方に目を向けた。
「何だ、中尉さんだったですか〜」
 そう織姫が口を開いた。
 誰かが部屋に入ってきたことには気づいたが、練習に集中していてそれが誰か確かめるまでには至らなかった、というところか。
 織姫の言葉にアイリスが、たたたっとピアノの陰から姿を現した。
「わーい、お兄ちゃん。いらっしゃーい」
 そう言って笑うアイリスは、昨日三越で買ったのだろう、赤いトレーナー、それにオーバーオールを着ていた。
 アイリスのズボン姿は珍しいが、とても良く似合っていて、大神はそれを見ると良く似合っているよと笑顔を見せた。
 それにアイリスが礼を言うと、
「あー!」
 と、急に織姫が驚いた顔で声を上げた。
「どうしたんだい?」
 その織姫に、今日は良く驚かれる日だ、と思いながら大神が尋ねる。
「あー、お兄ちゃんレニとおんなじ服だー!」
 そこでアイリスもそれに気づき、そう声を上げた。
「え!?」
 と、今度は大神がアイリスの言葉に驚く番だった。
「同じ服?」
 そう声が聞こえたかと思うと、ピアノの陰からレニが姿を現した。
 大神の目の前に現れたレニは、昨日かえでとアイリスと一緒に三越で買ってきたのであろう服を身に纏っていた。
 それはクリーム色のタートルネックセーターに濃紺のGパン。大神のそれと全く同じデザインの物だった。
「わーお。中尉さん、レニとペアルックで〜す。いつの間にってカンジ」
 お互いの服装を見て驚いている大神とレニを尻目に、織姫が2人をからかう風に言った。
「あ、レ、レニ。その服昨日?」
「た、隊長こそ。それ、どうしたの?」
「さっき三越で買ってきたんだ。・・・同じだね」
「そ、そうみたいだね」
 何とももどかしい2人の会話だろう。照れてしどろもどろになっている2人に、織姫は苦笑いを見せるばかりだった。
「レニ、いいなー。お兄ちゃんと同じ服、アイリスも着たいな〜」
 2人のやりとりを見ていたアイリスが羨ましそうに言う。
「アイリス。それはヤボってもんで〜す」
 それを聞くと、織姫がお姉さんぶって人差し指を立てた。
「ふ〜ん」
 本当に分かっているのか、アイリスがそれに頷いた。
 そんな2人のやりとりなど、どこ吹く風の大神とレニ。
「レニ、そのセーター良く似合うよ」
 ただでさえ可愛らしいのに、自分と同じ服を選んでいたことに顔がにやっけっぱなしの大神。
「た、隊長も・・・似合ってる」
 照れて肩をすぼめたレニが上目使いに大神を見つめた。恥ずかしさからか、セーターの袖に手の平まで隠し、指だけ出すと、その指で袖を掴んでいた。
「あ〜あ、やってられないってカンジ」
 当てられっぱなしの織姫が、ため息混じりに口を開いた。
 ガチャ。
 そこで、そう音がして音楽室のドアが開いた。
「あ、大神君。いたいた」
 そう言って部屋に入ってきたのは、かえでだった。
 かえでも昨日三越で買ってきたらしい新しい服を着ていた。
 黒のタイトワンピースに、黒とピンクの千鳥格子のツィードジャケット。
 いつにもまして大人の魅力を感じさせる服装だった。
 未だにやけ顔の大神がそのかえでの服装を見て誉めようと思うと、大神よりも先にかえでが口を開いた。
「ふふ〜ん、さっきさくらに大神君が新しい服を着てるって聞いてきたんだけど・・・。なるほどね」
「え?何がなるほどなんです?」
 かえでの意味ありげな言葉に大神が聞く。
「さくらがご機嫌斜めな訳よ。大神君たら、わざわざレニと一緒の服を買ってきたのね?」
「いいっ!」
 そのかえでの言葉を聞いて、大神は驚きの声を上げた。
 そして、さっきのさくらの態度を思い出すと、やっとその理由を理解した。
 かえでの言う通り、さくらは大神がレニに合わせて同じデザインの服を買ったと思っているのだ。
 さくらだけではない。マリアも紅蘭もすみれもカンナもその態度から察するに同じことを思っているのだろう。
 おそらくは大神が三越に行っている間に、皆レニの新しい服を見ていたのだ。
「え?」
 かえでの言葉にレニが声を上げる。
 レニにしてみれば、この服を着て大神に会ったのは今が初めてなのだから、大神が自分に合わせて同じ服を買ったとは信じがたい。
「隊長?」
 どういうこと?という意味で、レニが大神を見つめた。
「かえでさん、違います。偶然です」
 かえでに、と言うよりは音楽室にいる全員にそう言う。
「あら、ホントにー?」
 それに、照れて誤魔化してるんじゃないの?という風にかえでがそう言った。
「本当ですよ。だって俺がレニのこの格好を見たのは今が初めてなんですから」
 と、大神。
「そうなの、レニ?」
 それにかえでが、レニにそう聞いた。
「そう」
 短くレニが答える。
「わーお。じゃあ、中尉さんとレニ趣味が似てるですね〜」
 今まで黙って聞いていた織姫が、素直に驚きの声を上げる。
「相性ピッタリだね」
 少し意味が違うような気もするが、アイリスもすごーいという感じにそう言う。
「あら、そうだったの」
 かえでも2人が偶然同じ服を選んだことに、少し驚いた風だ。
「ふ〜ん。あなた達、良く似合ってるわよ」
 それから、どちらの意味で言ったのか、かえでは言うとニッコリと微笑んだ。
 それで大神とレニは、見つめ合い笑いあった。
 互いに少し照れた表情の中にも、嬉しさが見て取れる。
 好きな人が偶然自分と同じ物を手に取った。それが嬉しかった。
 同じ服、同じ笑顔。2人見つめ合うと、タートルネックのセーターがとても暖かく感じられた。
 今度は2人で買い物に行きたいな。
 大神はふとそんなことを考えていた―――。

 それからしばらくの間、花組の皆に本当に偶然かなぁとからかわれたり、冷やかされたりしたのは、言うまでもない。



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